第47話『戦う言い訳』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星―カルキノス星宙路】
今になって厄介な事になったとレオナルドは後悔していた。ジッと見つめられたダンジョウの視線のせいで思わず同行したが、これは彼の目的とは遠く離れた出来事なのだ。元々彼はマーガレット・ガンフォールの指示で輸送船の積み荷を監視しするのが仕事だった筈だ。しかし独断でその積み荷であるダンジョウ達に加勢する内に一緒に行動する羽目になってしまったのは異常事態といえただろう。
「(……しかもこんなボロ舟に乗る羽目になろうとは……参ったなぁ……)」
レオナルドはそう言って艦内の空気浄化装置のバルブを確認した。それを見計らったかのように梯子の上からビスマルクの声が響き渡る。
「うぉーい新入り! どうじゃ!?」
「あ、は、はい! バルブのチェックOKです!」
「そうか! すまんのぉ! しかし助かったわい! オラじゃそんな狭い所に入れんからのぉ!」
「引き続き他のチェックも済ませます!」
「おお! そんじゃオラは兄貴に報告してくるわい!」
豪快な声にレオナルドは「はい!」と元気な返事を返しながら手首の通信機にスイッチを入れた。
脱出船のボロさは想像以上だった。宇宙空間に到達するまでは良かったが、結局所々に修理が必要となったからだ。空気漏れした外壁個所はベンジャミンが積んであったCSを着用して修理し、予備エンジンの不良部分は多少船の知識があるカンムが修理し、ダンジョウやイレイナ、ヴァインでさえも古すぎる故にオート化してない多くの数値の確認作業などを行っていたのだ。
レオナルドは彼等と同じくその他の運行中に重要となる機器の確認に回っていたのだが、常に一人になれる瞬間を見計らっていた。そしてようやく一人になれ、更に周囲から隠れる形になった今こそが通信のチャンスだったのだ。しかし、そのせっかくのチャンスにレオナルドはしかめっ面で通信機を睨みつける事になった。
「(……おかしいですね……何で繋がらないんでしょう?)」
ホーンズ海賊団の拠点に連絡を試みるが何故か繋がらずノイズだけが走る。しかし、やがて通信機の一カ所が赤く点灯した。それは緊急時の暗号文の着信を告げる合図だった。
レオナルドは通信機から宙に浮かび上がる二次元画面を指さして暗号文を開くと、解読モードで変換作業を行った。文字化けしていた文章が徐々にその姿を現していくと、副頭領ザズール・ワインスタインから送られた緊急信号が浮かび上がった。
<海賊連合の襲撃あり 死傷者多数 生存者は逃走ルートより レオンドラ星宙域のアジトに向かう>
浮かび上がる文字にレオナルドは声を上げそうになって右手で口を覆った。
「(……バカな……何故、海賊連合が……連合加盟を拒否し続けたことの腹いせ? いや、あり得ない。連合に加盟はしていなくとも僕たちは同じマーガレットさんの傘下にある……傘下内での喧嘩はご法度の筈……)」
浮かび上がる文字を見つめるレオナルドのこめかみから一筋の雫が流れ落ち、彼は最後にあった文章を見て目を見開いた。
<本件の首謀者はマーガレット・ガンフォールなり>
レオナルドの頭はますます混乱した。マーガレット・ガンフォールは彼等宇宙海賊の総本山を取り仕切る女傑である。エルフィント航宙社の役員にも名を連ね事実上ガンフォールファミリーのマフィアの一面は彼女が取り仕切っているのだ。
「(……マーガレットさんが……僕達を切った? ……いや、そんな馬鹿な……しかし僕達以外でアジトの場所を知っているのは……でもマーガレットさんが僕達を切る理由はどこに?)」
混乱のせいで徐々に息が上がっていくのをレオナルドは自覚していた。額から零れ落ちる汗の量が増える中、いつの間にか背後の間合いを取られていたことに気付いたレオナルドは慌てて振り返った。
「……何をしている?」
そこに立っていた褐色の肌に銀髪を携えた男……カンムにレオナルドは驚きながらも無理矢理笑顔を作った。
「カ、カンムさん。いや、バルブのチェックを」
「この後の算段を整えるためにもイレイナ殿を中心に話し合っておきたいことがある。お主にも来てもらいたいのだが」
「もちろんです。それにしても、その、カンムさんも背が高いのに、よくこんな狭いスペースによく入れましたね?」
レオナルドは彼の高身長を羨ましがるような視線を投げる。おだてて会話を和やかにしようとしたのだが、カンムはの表情は冷徹なままだった。
「関節を外すのは虎殺流の初歩だ」
その冷たい目にレオナルドは息を呑みながら冷静さを取り戻した。今はまだ自分が宇宙海賊……ガンフォールファミリーの枝と知られるのは得策ではない。ダンジョウやビスマルク、イレイナ、ヴァインを誤魔化すことは出来るだろう。しかし目の前のカンム、もう一人の巨漢ベンジャミン、そして意味深な言葉を継げていたジャネットの3人は警戒しなければならない。レオナルドはそう思いながらその子供のような体型を活かした屈託なない微笑みを見せた。
「では行きましょうか。僕も関節外せればもっと色々出来るかもな~ハハハ」
レオナルドはそう言って身体を横にすると、カンムと壁の隙間をすり抜けるて梯子を上り始めた。
ここにいる以上、今は一味の助けに向かうことは出来ない。今彼に出来るのはここにいる面々に同行する事だった。
「(マーガレットさんがよくシャインさんの凄さを語ってらっしゃったな……ゲインさんから聞いた話では彼等はカルキノス星に行ってシャイン=エレナ・ホーゲンと合流する筈。……彼女に聞けば何か分かるでしょう)」
レオナルドはそう結論付ける。いや、そうするしか彼に道はなかった。素性を隠してシャイン=エレナ・ホーゲンに会う。必要となれば彼女を人質にすることも必要だろう。レオナルドはこの後のことを想定しながら梯子を登り続けた。
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宇宙空間は油断できない。それでもこのボロ船が今のように安定したのは偏に乗り合わせた面子の対応が迅速かつ優秀だったからだろう。ジャネットは彼等の事を内心で讃えながら、ポケットから紙を取り出してガムを吐き出した。
口内に何も入っていない事の違和感にソワソワしながら、彼女は新しいガムを取り出そうと胸ポケットに手を突っ込んだ。ジャケットの胸ポケットは深い構造になっており、それなりに膨らんできた胸のおかげで彼女はガムを取り出すのに手こずった。
「おらよ。ご苦労さん」
横からかけられた声にジャケットは振り返ると、自分とそれほど年の差はないであろうダンジョウがニヤリと笑いながら小さなカップを差し出してきていた。カップの中を確認すると、そこには固形タイプのガムが入っている。
「あー、あざす」
作り笑いをしたジャネットは小さく会釈して、一粒を指で掴み取ると口の中に放り投げた。奥歯でガムを一噛みする。すると彼女は思わずむせ返った。
「ぶへっ! な、何味スかこれ!?」
先程は丁寧に紙に吐き出したが、我慢できずに彼女は思わず床にガムを吐き出した。口の中に広がる異臭とガムとは思えないドロっとした感触にジャネットはペッペッと唾を吐き続ける。
ジャネットの様子を見てダンジョウは残念そうな表情で笑った。
「あーやっぱ腐ってたか。この船のCS置き場で見つけたんだけど食えるかどうか分かんなくてな。でもオメェの反応見る限りやっぱ駄目だったんだな」
「……実験台にしたんスか?」
ジャネットは思わず金色の目を鋭く光らせる。するとダンジョウはケラケラ笑いながら肩を竦めた。
「まぁまぁコミュニケーションの一環だよ。オメェの事はまだよく知らねぇからな。ほら」
ダンジョウはそう言って小さなボトルを差し出してきた。ジャネットは警戒しながらボトルを確かめる。ボトルの構造か新しいタイプの物であり、何より消費期限に余裕がある。ジャネットは安全と判断して受け取ると、差し込まれているストローを吸い込んだ。
「……普通の水っスね」
「あたりめぇだろ。星間飛行中にパイロットに倒れられたら困んのは俺等だからな」
「いやいや、それ分かってんなら変なもん食わさないでくださいよ」
ジャネットはムスッとしながらボトルをドリンクホルダーに置くと、前方に視線を戻して操縦桿を握り締めた。しかしダンジョウはまだ話したりないのか床に置いていた袋から様々なものを取り出して見せてきた。
「あ、あと他にも携帯食見つけたんだけどカルキノスまでこれで足りっかな?」
「……この船、ボロいけどエンジンの状態はそこまで悪く無かったッス。カルキノス星まで二日くらいじゃないッスか? そんなに食料は要らないッスよ」
ジャネットは仕方なく返事だけをするが、そんな彼女の態度を見透かしているようにダンジョウは話し続けた。
「でも腹が減ったら困んだろ。オメェ毒見してくんねぇか?」
「あのっスね。私は単純に皆さんを船で送れって言われただけなんス。それ以外の事で利用しようとすんのはやめてください」
そう言ってジャネットは少しハッとした。珍しく自分でも苛立っているのがよく分かったからだ。彼女は何か利益がある仕事ならやり通すが、無償で利用されることを極端に嫌う性格だったのだ。
ジャネットの苛立ちをダンジョウも察したのか、彼は隣の副操縦席に腰を下ろすと目の前の宇宙空間を眺めながら尋ねてきた。
「そうか。んじゃ、オメェに聞きてぇんだけどな。何で今は協力してくれんだ?」
「そりゃ上からの指示ですから。今回の件で臨時ボーナスも出ますしね」
「ふーん。んじゃオメェの目的は金か?」
「そうっス」
「嘘つけ」
ジャネットは食い気味に否定されて思わずダンジョウの方に振り返って睨みつける。しかし彼は視線を前に向けたままフロントモニター越しの宇宙空間を眺めたままだった。ジャネットもまた再び視線を前方に戻すと横目にダンジョウが微笑むのが見て取れた。
「何で嘘だと思うんスか?」
ジャネットは自分でも不思議に思ったが思わず訊ねていた。彼女自身、自分の事をそこまで理解しているわけではない。まだ十代後半の彼女は自分の過去は理解できても自分の性格を知るには若過ぎたのかもしれない。だからと言って自分と変わらない歳の異性にこんなことを聞くのは、初めて他者に興味を持ったからかもしれなかった。
「オメェさ。俺が何でカルキノスに向かおうとしてるか知ってっか?」
ダンジョウはジャネットと同じ柄のボトルを手に一啜りしながらそう告げ彼女は小さく頷いた。
「若頭に聞かされました。お兄さん、今の皇帝さんの弟なんスよね? そんでもって宰相が気に入らないから喧嘩売りに行くって」
「そうだ。俺は連中のやり方が気に入らねぇから喧嘩を売りに行く」
「そりゃ大層な事っスね。で? その話が何で私が嘘ついてる事に繋がるんスか?」
「オメェもどっかに喧嘩を吹っ掛けようとしてる感じがするからだ」
その言葉にジャネットは再びダンジョウの方に顔を向ける。すると彼はようやくジャネットの方に振り向いて口を開いた。
「俺、育ちはセルヤマでな。観光惑星なだけあって金にがめつい連中を沢山見てきた。今の戦皇団の前身なんだけどな。そん時やってたチームでそういう連中をぶっ飛ばしてたんだよ。そこで見てきた金に執着する奴ってのは金を得ることを目的にしていやがった。でもオメェは違う。金は手段の一つで、その先に何か目的があんだろ?」
ダンジョウの言葉……いや、声には独特の魅力があった。交渉事では彼の声で告げられれば多少自分に不利な状況でも呑ませる力があるのかもしれない。
ジャネットはダンジョウという人間の魅力は認めながらも小さく頭を振って否定した。
「……買い被りッスよ。私はどこにでもいるしがない操縦士ッス」
「そうか? オメェ見てぇな奴は簡単にハイハイ言って従うタイプには見えねぇんだけどな」
否定に疑問で返されるとどこか追い込めれているような気分になる。ジャネットはまるで取り調べを受けている逃亡犯のような気分になった。しかしダンジョウは飄々とした笑みを浮かべると、両手で後頭部を抱えながら背もたれに身体を預けると、フロントの計器の上に足を乗せてくつろぎ始めた。
「安心しろよ。俺は人の目的聞いて邪魔する趣味はねぇ。ま、オメェの目的が宰相派に加担するってんなら考えるけどな。カルキノスまでまだ時間があんだ。暇つぶしだと思ってちょっと聞かせろよ」
否定しているというのにダンジョウは確信を持ったようにそう告げる。彼の醸し出す不思議な雰囲気にジャネットは小さくは息をつく。そして何となしに自分の過去を語り始めた。
「私、実は結構操縦の腕がいいんスよ」
「んな事分かってるよ。カンムも言ってたぞ。こんなボロ船で大気圏脱出して通常航行できるまでトラブルを収束できんのは相当だってな」
カンムという名を聞いてジャネットは頭の中でクリオス人の青年の顔を思い浮かべた。ダンジョウ達がブランドファミリーと戦う発端となった青年といい、彼に付き従うベンジャミンやビスマルクは相当な人物であると思った。だからこそそんな彼らを魅了するダンジョウという男にジャネットは自覚なしに興味を抱いていたのかもしれない。
「でもこの操縦技術って別に私が努力して手に入れた訳じゃないんスよ」
ジャネットはそう告げるとフロントモニターに映し出される星の海を遠い目で見つめた。彼女の言葉にダンジョウは首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「操縦士の腕が一流になるまで本当なら数十年かかるんスよ。そんな技術をこんな小娘があっさり手に入れられると思います?」
「気合でなんとかなんじゃねぇの?」
「いや、そんな根性論でなるわけねぇッス」
キョトンとしたダンジョウにジャネットはジト目を作る。そして小さく鼻を鳴らしてから説明した。
「操縦技術だけなら私の歳でも上手い奴はいるでしょうね。でも電磁波やら宇宙気流の流れを推測は学びようがない。それは経験が物を言うんスよ」
「じゃあオメェはどうやってその経験を身に付けたんだ?」
「身に付けたって言い方は正しくねぇかも知んないッス。どちらかというと埋め込まれたってとこッスかね」
「埋め込まれた? 何言ってんだ?」
ダンジョウは眉間にシワを寄せて胡散臭そうな表情を浮かべる。その反応に納得しながらジャネットは話を続けた。
「私、カルキノス人なんスけど、出身はヴェーエス星なんス」
「それが何だってんだ?」
「まぁ聞いてくださいよ。正確にはヴェーエス星のバルトルクって所なんスけど、そこには私みたいな戸籍のない子供が沢山いたんスよ」
「孤児院か?」
ダンジョウの言葉にジャネットは苦笑を浮かべながら頭を振った。
何も知らない人間からすれば、身寄りのない子供が入れられる場所を孤児院と呼ぶだろう。しかし彼女が生まれたあの研究所はそんな生易しいものではなかった。
「バルトルク研究所にいた子供っていうのはローズマリー共和国の細胞培養技術を真似して作り上げた人造の試験管ベイビーなんス。所内の研究員の精子と卵子を使って、非合法に造られた人間なんスよ。私は運よく五体満足で産まれましたけど、中には人の形をしていない子も沢山いたッス。そのほとんどが人体実験で死んじゃいましたけどね」
人体実験――この言葉にダンジョウの表情が変わるのをジャネットは横目に感じていた。しかし彼女はダンジョウの表情を確認することなく話を続けた。
「で、その研究所の表向きの研究内容はローズマリー共和国の培養技術を解明なんスけど、裏は違った。本当は別の肉体に他者の遺伝子データを組み込んで、その能力が開花できるかって研究だったんス」
「別の人間の才能を埋め込む……んじゃオメェの操縦技術ってのは……」
ダンジョウが険しい表情を浮かべながら気付き、ジャネットは微笑しながら頷いた。
「ええ。天才操縦士の遺伝子情報を組み込まれたって訳ッス。因みに私の苗字、アクチアブリって聞いたことないッスか?」
ジャネットの問いにダンジョウは天井を仰ぎながら「う~ん」と考え込む。しかし彼の様子から答えは出ないと判断したジャネットは先の答えを告げた。
「アクチアブリって言うのは神話時代の登場人物の一人ッス。お兄さんの御先祖様の初代女帝オドレー=マルティウス・ガウネリンの部下の一人で優秀なパイロットだったらしいッスよ」
「……そんな大昔のババァ知るかよ」
考え中に先に答えを言われたのが不満なのかダンジョウは少しいじけた表情を浮かべる。先程とは一転してどこか子供っぽい彼の表情にジャネットは微笑みながら話を続けた。
「ま、私の他にも沢山遺伝子情報を組み込まれた子がいたんスけどね。みんな拒否反応やら適応率が悪くて精神異常引き起こしたり自傷行為をして死んでいきました。つまり成功したのは私だけ。そんな私も次の実験体が成功すると用済みになりました。そこで廃棄されそうになったんスけど……運よくヴェーエス星とアイゴティヤ星を行き来していたブランドファミリーに買い取られましてね。それで今に至るって訳です。あ、因みにその為に新しく戸籍も作ったんスよ。会ったこともない戸籍上の親はアイゴティヤの娼館の女らしいッス。その女には届けを出していない死んだ娘がいたらしくて、その子の名前がジャネットだったんス」
「なるほどな。ジャネット・アクチアブリの誕生か」
「ええ、苗字を一緒にすると娼館の女が知って変にお役所に確認でもされたら面倒ってなりましてね。そこから元々あった苗字の家をでっちあげて、そこに養子入りしたって事にしたらしいっス」
「へぇー」
ダンジョウは感心したような声を上げる。そして話の続きを促してきた。
「それで? オメェの目的ってのは?」
話が戻るとジャネットはハッとする。元々目的など無いと言っていた彼女にとってそれが浮き彫りになった形になっていた。それは恐らくダンジョウも知らぬ内に彼女の本質を見出したということなのかもしれない。
ジャネットは初めて知る自分の一面に少し戸惑いながらもゆっくり口を開いた。
「私は……多分、いやブランドファミリーから出ていきてぇんスね……出てって何をしたいかは分からないッスけど、もう誰かに利用されたりするのが嫌なんスよ。そのためには金を得るのが手っ取り早い」
「ほぉーら見てみろ。やっぱりオメェにも目的が合ったんじゃねぇか」
神妙なジャネットと違いダンジョウは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
そしてダンジョウはあろうことかとんでもないことを口走った。
「うし! オメェ今日から戦皇団に入れ。マフィアなんかやめてよ」
「は?」
「安心しろ。ライアンやら他のマフィア連中がぶつくさ言うってんなら俺達が体張って守ってやんよ」
すでに規定事項のようにダンジョウは微笑み、決意を固めるように拳を握りしめていた。ジャネットは思わず目を丸くする。そして苦笑にも近い引き攣った笑みを浮かべた。
「ハハハ……何言ってるんスか。私はこう見えて今までヤベェ仕事もしてきたんスよ。そんな奴が皇子様の部隊には居られないッスよ」
「あ? 何言ってやがる? こちとらセルヤマじゃ悪ガキで通ってたんだぞ? 大体十年以上生きてりゃ多少は人に言えねぇことくらい誰だってあんだろ? そんなもんねぇって奴はよっぽどの聖人君子か薄っぺらい野郎だ。何より俺はオメェみてぇな腕の立つ操縦士が欲しい。オメェはマフィアからとっとと抜けたい。それだけで充分じゃねぇか」
「だからってお兄さんに利用されるのは」
「利用じゃねぇ。こういうのは協力ってんだ」
ダンジョウの言葉にジャネットは口をぽかんと開けた。まるで有無も言わせないというその態度は普通の人間ならば不愉快だったが、ダンジョウからは傲慢ではなく天性のリーダーシップから来るオーラが伺いしれたのだ。
ジャネットは諦めたように……いや、どこか喜びを噛みしめるように笑った。
「分かりました。イイッスよ」
「お! その気になったか! じゃあオメェはこれからウチの操縦士だな!」
「ただ条件があるッス。お兄さんの目的ご達成されたら私は好きに生きれる事。それは約束してください」
「任しとけ!」
ダンジョウは大きく頷くとボトルを掲げできた。それは彼なりの盃なのかと思い、ジャネットは微笑を保ったままドリンクホルダーからボトルを取るとゴツンと色気ない音で乾杯した。
「じゃぁお兄さん……いや、団長さん。先に今の不安事項を言っといていいッスか?」
「おう! 何だ?」
ダンジョウは得意気な笑みを保っているが、不穏なことはすぐ近くにあった。この船に乗船した人間の中に注意すべき人物がいる。子供のような見た目のおかげで騙されるかもしれないが、乗船前の射撃術や身のこなし……そして宇宙海賊としのぎを削ってきた彼女からしてみれば忘れようのない名前を名乗った人物がこの船にいるのだ。
ジャネットは少し神妙な面持ちを作ると、索敵ソナーが光りだした。
「何だ?」
ダンジョウの問にジャネットはソナーを確認して舌打ちをした。
「優先宙路を無視して突っ込んでくる船があるッス。こりゃお偉いさんの船ッスね。すいません。ちょっと進路を変えます」
ジャネットはそう言って操縦桿を握りしめながらも少し不思議に思っていた。
広い宇宙の宙路外を航行中に他の宇宙船と出くわすことは滅多にない。しかも、ジャネットは追手の船を巻くために敢えて航行が困難な宙路を選んでいた。
「(確かラヴァナロス方面に向かう船団がいくつかあったッスね……もしかして索敵外にもそれが複数あるとしたら……)」
ジャネットは船を小惑星群の中に移動させると旧式のステルスモードに切り替えた。そしてフロントモニターに索敵映像を映し出す。通り過ぎる巨大な船は戦艦で、皇族の紋章が刻まれていた。




