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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3357年 復古宣言 [中編]
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第41話『噎せ返る地下で 前編』

【星間連合帝国 アイゴティヤ星 恒星間運送業社 地下施設】



 恒星運送業社の地下施設……等間隔の柱に支えられた広大な地下は建物の中という次元を通り越した小さな町だった。その地下施設には海陽の光が差し込むことも帝国憲兵が立ち入ることもない。

 アイゴティヤ星の吹き溜まりと呼ばれるその場所は裏カジノ、未成年の娼館、非合法ドラッグ、密輸武器や人身売買などで溢れており、それらは必要悪と言う名目で公然の秘密となっている。そんな地下施設で最も賑わいを見せるのが中央にある闘技場で行われるバーリトゥードだった。

 闘技場では剣闘士と呼ばれる者が富裕層の賭博提供のために血を流し続けているのだが、その日の闘技場の雰囲気はいささか違った。中央天井部からぶら下がる立体映写機からは何も浮かび上がらずVIP席の人もまばらだったのである。

 子供のように小さな体で人混みを掻き分けていたレオナルド=ジャック・アゴストは、潜伏中のブランドファミリーから与えられた仕事である監視場所に辿り着いた。監視と言っても下っ端扱いの彼が与えられた仕事は見物客同士のトラブルが起きた場合に上に報告することである。

 レオナルドは周囲を見回すふりをしながら中央の闘技場を眺めていた。


「(さて、積み荷の正体を拝見させてもらいますかね)」


レオナルドがそう心の中で呟くと、それに呼応したかのように耳に装着した通信機から声が響いた。


『ザック君。聞こえているかな?』


昨日紹介された若衆のまとめ役であるゲインの声を確認したレオナルドは自分の偽名がザック・ゴードンだったことを思い出す。そしてレオナルド同様にこのブランドファミリーに潜入しているのであろうゲインに応答した。


「あ、はい。ゲインの兄さん」


『これはプライベート通信だ。普段の君で問題ないよ』


「ははは……何のことやら」


互いに潜入者であるという確証があるわけではない。そのせいか度々ゲインはこうして探りを入れてくるが、レオナルドは下手くそな演技でなんとか切り抜けていた。互いの目的が見えない以上、信用するわけにもいかない。しかしそんなレオナルドの心情を知ってか知らずかゲインは自らの素性は明かしてもよいかのように小さく笑った。


『ッフ……お互いに苦労するね。まぁいいさ。一つ君に言っておこうと思ってね。君の目的は恐らく闘技場には出てこないよ。出てくるならVIP席の方だろう』


「VIP?」


ゲインの言葉を復唱すると同時に周囲から歓声が響き渡る。今しがたゲインに言われたVIP席に視線を送ると歓声の正体である最重要VIP席に超大物が現れた。


「おい見ろ! 会長だ!」


「ゴッドファーザーーッ!」


耳をつんざくような大歓声にレオナルドは少し表情を歪めながらも視線は外さなかった。

 ライアン・ブランド……ガンフォールファミリーの宇宙海賊であるレオナルドからすれば、敵対マフィアの総大将であり超一級の首である。しかし今はそんな事に構っているわけにもいかない。彼は努めて冷静にライアンの周囲を確かめた。ゲインの言葉から察するに彼が追っていた積み荷の正体はその近くにある筈だったからである。


「ラヴァナロス人……?」


レオナルドは歓声に応えるライアンの隣で絶世の美女を従える少年が腰を下ろす姿を捉えた。その少年はどことなく不機嫌……いや、不貞腐れたように頬杖をついて闘技場を見下ろしている。そんな少年の顔を眺めながらレオナルドは懐から片目用のゴーグルを取り出して右目に装着した。


「どっかで見た気が……」


レオナルドは思わず呟きながら装着したゴーグルのこめかみ部分にある絞りを調整した。徐々にピントが合って不機嫌そうな少年の顔がハッキリと浮かび上がっていく。ゴーグルは少年の顔を読み込むとレオナルドが認識する該当人物から驚くべき解析結果が浮かび上がらせた。


「て、て、帝国皇帝!?」


ゴーグル内のAIが導き出した一致人物にレオナルドは思わず声を上げる。周囲の歓声に紛れたおかげでその声が響き渡ることはなかったが、彼は少し焦りながら壁に背中を預けた。

 戸惑いながらも喉に引っかかっていた違和感が取れたような感覚にレオナルドは小さく息をつく。表記される情報の通り、髪型こそ違うがその姿形は帝国放送で目にする皇帝の顔と相違なかったからだ。思わず天を仰いだ矢先、再びレオナルドの耳にゲインの声が届いた。


『さてザック君。君は君の仕事をするといい。僕としてもそちらの方が効率的だからね』


ゲインの声でレオナルドは我に返ると再び大きな歓声が巻き起こる。レオナルドが闘技場に視線を送るとそこには6人の人影があった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 両隣に立つ二人を交互に見上げるカンム・ユリウス・シーベルの心中には頼もしさと不安が駆け巡っていた。若くして虎殺流の頂点を極めた彼をもってしても両隣の二人には敵わないだろう。自分以上の実力者と戦地に立つというのは頼もしいものだ。しかし当の二人は目の前の敵になど目もくれずカンムの頭上で睨み合っていた。


「この喧嘩が終わったらキサンの番じゃ! 表で待っとけ!」


「……貴様如き……我が方天戟の……錆となって……散るだけだ……」


「お二方、どうか戦う相手を間違えませんように」


巨漢二人に挟まれたサンドイッチ状態のカンムは窮屈さを感じながらそう告げる。カンムの頭上で睨み合っていた巨漢二人はいつの間にか額がぶつかりそうな程に接近していた。

 赤鬼の如く縦にも横にも大きなベンジャミン・ナヤブリは方天戟の柄を地面に突き立てて正面を向き直る。赤鬼よりも細身だが背は頭一つ抜け出た青鬼のビスマルク・オコナーも小さく舌打ちをしながら盾と一体型になっているベアナックルを握りしめて正面に向き直った。


 目の前に並び立つ三人の手練れを見てカンムは顔を顰めた。それぞれの実力は計り知れる。恐らく自分たちの敵ではないだろうが、全員CSを身に着けていた。


「(CSを着ているとなると……長期戦は避けられんな……だが無様な戦いをお見せるわけにもいくまい)」


カンムは心の中でそう決意しながらVIP席を見上げた。ダンジョウは未だにこの血闘に参加させてもらえなかった事を不満に感じているのか明らかな不満顔を浮かべている。そんな主君の一面に小さく微笑むと、敵方の中央に立つ男が声を上げた。


「笑うとは余裕じゃのぉカンム・ユリウス・シーベル」


カンムは正面の相手に視線を向けると声の主である男は首元のスイッチを押して装着していたヘルメットを収納させた。その素顔がモニターに浮かび上がった瞬間、闘技場内は本日二度目の大歓声に包まれた。


「うぉぉっ! 坊っちゃんじゃねぇか!」


「マジかヨ! 三代目が出るのカ!」


姿を表した現会長の孫であり次期三代目ブランドファミリー会長と呼ばれるスティーヴン・ブランドの登場はおそらくその日最大のサプライズだったのだろう。

 歓声が収まる様子もない中、スティーブンはその声に応えるでもなく、カンムから視線を外すことなく薄い笑みを浮かべていた。


「クリオス星でのぉ。下のモンにキサンを連れてくるように指示ば出したんじゃが……赤鬼と青鬼に襲われたっちゅうとった。今じゃそん一角では夜中に鬼が出るっちゅう噂が立っちょる。そん鬼っちゅうのはキサンの両隣におる兄さん方じゃな?」


スティーヴンはまるで全てお見通しと言わんばかりに得意気な表情でほくそ笑む。しかし当の本人であるベンジャミンとビスマルクはいつの間にか再びカンムの頭上で睨み合いを始めていた。


「赤カブが!」


「……青二才め」


完全に無視されたスティーヴンを見てカンムは不敵に笑った。


「お二方にとって貴様など眼中にない。そんなにお喋りがしたければ私が相手をしてやる」


「ほぉーう? キサンが遊んでくれるっちゅうんなら願ったり叶ったりじゃ。こん血闘ば終わったらキサンは俺の下でこき使っちゃる」


「生憎、主はもう決めている」


「あん席で不貞腐れとるガキがそんなに魅力的か?」


「あぁん? 誰のことをガキ呼ばわりしとんじゃチビ助!」


地獄耳というべきかダンジョウの悪口を聞いた瞬間にビスマルクは矛先をスティーヴンに変えた。

 血闘開始を待たずにビスマルクの長い腕がスティーヴンの胸ぐらに伸びる。その言動に観客席のボルテージは再び上がるが、その手が届くすんでのところでベンジャミンが一歩前に出て二人の間に割って入った。


「……血闘開始は……まだだ……」


仲裁が入ったことで更に盛り上がる歓声のおかげで聞き取れないが、ベンジャミンは律儀にそう告げる。冷静な彼に安堵したカンムだったが、その安堵は一瞬で消え去った。


「……この童は……某が滅する……」


そう告げるベンジャミンは()()を見せる。今の今まで常に無表情だった男が初めて見せた笑顔は禿げ上がった頭頂部の血管が浮き出るほどの怒りに満ちていた。


 血闘開始の時刻が迫ると中央の立体映写機に開戦までのカウントダウンが浮かび上がる。それと同時にどこからともなく現れた立会人……と言ってもブランドファミリーの者であろう男が声高らかに宣言した。


「血闘法に基づき、ここに我らがブランドファミリーと戦皇団の決闘を行う! ここにいる全員が見届け人であり、敗者には弔いを、勝者には賞賛の礼節を怠らないことを誓うように! 勝敗は……双方どちらかが死亡、または戦闘不能の判断で決定し、勝者は敗者から自由を得ることを許可する!」


決り文句であるらしい前口上が告げられると同時に本日一番の大歓声が闘技場にこだました。


 カウントダウンの数値が若くなるに比例して歓声は益々大きくなっていく。その数が10を切った瞬間、誰からともなく観客たちのカウントダウンがこだました。カンムは左手で刀を抑えながら左右を確認するとベンジャミンは方天戟を肩に担ぎ、ビスマルクは指の骨をバキバキと鳴らしている。

 映し出される数とともに観客の声がゼロになった瞬間――ベンジャミンとビスマルクはスティーヴンに向かって突貫していった!


「ぬおっ!」


「……む」


襲いかかるビスマルクとベンジャミンの攻撃はスティーヴンに届くことはなかった。何故ならスティーヴンの両隣に立つ二人がそれぞれに横槍を入れてスティーヴンから引き離したからである。

 如何にCSを装備していようと正面からであればベンジャミンとビスマルクに吹き飛ばされていただろう。しかし流石の二人も直進中の横からの攻撃には対処が遅れたようだった。

 カンムとスティーヴンを除く二組はそれぞれ左右に分けられ、見事に一対一づつに分けられると歓声は盛り上がりを見せた。


「さぁて邪魔モンはこれで消えたわい」


スティーブンはそう告げて首元のスイッチを押すと、完全収納されていたヘルメットが現れて再び彼の顔を包み込んだ。


「親父に聞かされとってのぉ……虎殺流ば最強の使い手は次元が違う。ワシはそんなキサンと殺り合ってみたかったんじゃ」


ヘルメット内でほくそ笑んでいるであろうスティーヴンはそう言って薙刀を構える。その隙のない見事な構えにカンムは小さくため息を付いた。


「なるべく人死には出さぬように。殿下の御命令だ」


「ハッ! 何を言うとる?」


「怒りに震えるビスマルク殿とベンジャミン殿ならばその御命令に背きかねん。お二人をお諌めするためにも早急に終わらせてもらうぞ」


カンムはそう言って腰を落とすと左腰に携えた愛刀を掴んだ。

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