第39話『反旗の時』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星 恒星間運送業社 会長室】
『分っかんねぇなオメェらは!』
浮かび上がるホログラムから呆れたような声が響き渡る。そこには恒星間運送業社の会長室から応接室へと移されたダンジョウ達戦皇団の姿があった。
ブランドファミリーと彼ら戦皇団の血闘は本日の夜に3名の代表者によって行われることとなった。血闘までのおよそ3時間……客人として待遇を受ける立場でもある彼等はライアン・ブランドの指示によって応接室へと通されていたのだ。
『今回の喧嘩をやるって言ったのは俺だぞ? なのに何で俺が出ちゃダメなんだよ?』
『兄貴。一応相手はヤクザモンじゃぞ? そんな殺し合いにオラ達の頭を出せるわけねぇじゃろ。大体何でこんな中で一番弱ぇ兄貴が出る必要があるんじゃ』
『テメェ最後の言葉は余計だぞ! ……まぁ本当だけど』
長を貶す部下とその言葉を肯定する長。マフィア内ではあまり見られない光景をダルトン・ブランドは興味深く眺めていると、先程ダンジョウに促されて契約条件を読んだ美女が二人の間に割って入った。
『一先ずお二人共落ち着きましょう。殿下、ここはビスマルク殿の仰るとおりです。何より殿下のお命を危険に晒すわけには参りません』
『あのな? 俺が危ねぇ事すんのはダメでオメェらはOKって話はねぇだろ? 危険も利益も全部みんなで分け合う。それがチームってもんだろうが』
『そういう考えができる兄貴を慕ってオラた達はここにおるんじゃ。ここはオラ達を信じてくれや』
『その通りです。……あ、し、失礼を』
精神論と現実論が混ざって平行線を辿る中で美女の鼻から血が滴る。すると彼女の止血のために話は中断してしまった。
代表者決めの様子をホログラム越しに眺めていたダルトンは隣の義父である頭目に視線を移す。ライアン・ブランドは煙管を咥え、若い衆から渡された資料を確認していた。
「親父さん、ほんにこんな子供連中と血闘ばするつもりか?」
ダルトンがそう尋ねるとライアンは資料から目を落とすことなく、鼻先に落ちたメガネを直しながら答えた。
「まさかこんガキが古臭い法律ば知っちょるたぁのぉ。ま、適当にあしらったれば満足するじゃろ」
「ウチはどいつを出すつもりじゃ?」
「ガキの相手なんぞキサン等で適当に考えんかい」
ライアンの適当な物言いにダルトンは怪訝な表情を浮かべる。そして再び監視している応接室の中を確認すると美女の止血が住んだのか再び代表者決めの討論が行われていた。
『もぉぉぉぉっ! 何なんだオメェ等! ずっと同じこと言いやがって! 嫌だ! 俺絶対出るからな!』
『殿下、どうか貴方様は長たる使命を知り後方で……』
『イヤだイヤだイヤだ!』
イヤイヤ期の子供のようなダンジョウとそれにこまる両親のような絵が広がる中、ダルトンは僅かに片目をピクリと動かす。彼がダンジョウの次に注目していた少年がようやく口を開いたからである。
『殿下、此度の闘いは3対3の変速方式ですが、元より私の自由を賭けたもの。ここは私めが一人で闘うべきでしょう』
カンム・ユリウス・シーベルがそう告げ、ダンジョウは少しムッとしながら立ち上がる。恐らく彼は「そういうことじゃねぇ」と言おうとしたのだろうが、その前に室内では異彩を放つスコルヴィー星人の大男が初めて口を開いた
『カンム殿が……一人で出る必要は……無い……某と……カンム殿…………あとは……そこにいる……木偶の坊で……充分であろう……』
久し振りの声にダルトンだけでなく室内の面々も少し面食らっていたが、カルキノス星人の青年はハッとしながらいきり立った。
『待てコラァッ! 木偶の坊っちゅうのは誰のことを言っとるんじゃぁっ!』
小さな部屋で繰り広げられる討論と呼ぶには拙すぎる言い合いが続いている。彼等にどこか羨ましさを感じていたダルトンだったが、隣で座っていたライアンが立ち上がると再び彼の方に視線を移した。
「さぁて、わぁは下請けのモンと打ち合わせがあるけぇ後はキサンに任す。血闘に出るもんは適当に見繕っておけ」
「そう簡単に勝てるとも思えんがのぉ」
ダルトンは遠回しに牽制の意味を込めてそう告げるが、ライアンは意にも返していなかった。
「別にどっちでも構わんわい。こんガキ共が勝とうが負けようが関係ないからのぉ」
「どういうことじゃ?」
ライアンの言葉にダルトンはスッと立ち上がる。すると彼は呆れたように笑いながら再び煙管を吸い大きく煙を吐き出した。
「何じゃ? キサンらしくもなく察しが悪いのぉ。こんガキ共が勝とうが負けようがここから出すわけ無いじゃろうが。連中ば付いとるシャイン=エレナ・ホーゲンやらライオットインダストリー社との交渉材料にでもなってもらわんとのぉ」
「ちょっと待ってくれ。親父さんもさっきまではこん連中の話ば乗るて……」
「若ぇのに大したタマなんは認めちゃる。じゃけん考えてみぃ? こん連中とわぁ等にゃ埋めきれんほどの差があるんじゃ」
ライアンはそう言って咥えていた煙管を手にして若い衆に差し出す。そしてダルトンの方を見据えながらあくどい笑みで言い放った。
「まぁ地下の血闘は見にいったるわい。こっちも本気じゃっちゅう態度くらい作っとけば子供も気が済むじゃろ」
ライアンはそう言い残すと新たに葉を詰められた煙管を受け取り若い衆に火を着けさせた。
傲慢なその姿に憤りを感じないといえば嘘になる。ただ、ダルトンはライアンに対してこの上ない恩義があるのも事実だった。しかしそれは義に熱かったかつての男に対してである。無一文の一宇宙海賊からここまで成り上がったライアンは地位を手に入れるにつれて、義理や筋というもの失っている。監視映像のダンジョウ等越しに映るライアンの後ろ姿は正に大人の卑劣さの犠牲になる子供を映し出しているようだった。
「(……筋を通せんくなったらヤクザは終わり……あんさんが教えてくれたことじゃけんのぉ)」
ダルトンはそう言って未だ討論が続く応接室の監視映像を切るとライアンを見送るために頭を下げてからニヤリと微笑んだ。
会長室の扉が開いてライアンが出ていくと若い衆も続いて行く。扉が閉まるのを確認したダルトンは頭を上げると一人きりになった会長室で通信端末を開いた。
無音状態が僅かに続く中、やがてホログラム映写機が起動すると、足元から徐々にその姿が映し出されていく。その姿がやがて首元に差し掛かるとダルトンにとっては数ヶ月ぶりに見る妻の顔を浮かび上がった。
「久し振りじゃのぉ。元気じゃったか?」
『……何の用ね? もうすぐ定時じゃけん、今日ば若い男と遊びに行くんじゃけど』
久し振りの夫婦の会話とは思えないマリアン・ブランドの返答にダルトンは苦笑する。だがそれも仕方のないことだった。元より二人は政略結婚のようなものであったのだ。そこそこの能力しか持たない大企業の一人娘とその大企業内で現会長から気に入られた有望株。二人が一緒になるのは互いの利益的にも好都合だったのだ。その証拠にライアンの指示で作った二人の息子に対してマリアンは関心さえ持っていない。
「実は腕のいい操縦士が必要でのぉ。いらん奴ば一人回してくれんか?」
ダルトンはあくまでも契約上のパートナーとして彼女に話しかけると、マリアンはあからさまに面倒くさそうな表情を浮かべた。
『そんなもん沢山おるじゃろ? わざわざ運送保安部に頼む必要ある?』
「色々あるんじゃ。何なら幾らか工面しちゃる」
今回の件はライアンに気付かれないように動く必要がある。そのためにはライアンも目を向けないような場所から人を使う必要があった。それにはライアンの娘であるマリアンがうってつけだったのである。彼女ならば今回の件をいちいちライアンの報告するはずもなく、ライアンもマリアンの部署から裏切り者が生じても長である娘を断罪はし辛いはずなのだ。
ダルトンの予想通りマリアンは理由になど興味なさげに自らの角にあしらわれたアクセサリーをイジっている。そして今日初めての笑顔をダルトンに向けてきた。
『幾らか工面てどれくらい?』
「言い値じゃ。じゃけん腕ば立つ奴寄越してくれんとのぉ」
ダルトンの言葉にマリアンは微笑む。そして一転して好意的な表情を浮かべると前のめりになった。
『んふふ。カルキノス人の女子なんじゃけど丁度ええのがおるわ』
「女子? 若いんか?」
ダルトンの問にマリアンはまるで「そこは勘弁して」と言わんばかりに苦笑した。
「もうすぐ20に届くくらいじゃったかな? じゃけん操縦だけは上手いんよ』
この言葉の羅列こそマリアンが無能であることを表している。操縦だけということは他の面で問題があるのだろう。そして何より、その言い草からマリアンにとっては不要の人物のようにも見受けられた。彼女からすれば金銭が入り、厄介払いも出来て一石二鳥なのだろう。
だがマリアンは交渉事で嘘を織り交ぜるほどの器用さも度胸も持ち得ない。となれば操縦の技術が秀でている事は間違いないのだろう。
「そん子でええ。こっちば回してくれるかのぉ?」
ダルトンはあまり大事に見えないよう努めて適当にそう告げる。何より、彼からすればその操縦士は使い捨てのような存在なのだ。そんなダルトンの適当な態度を真に受けながら、マリアンは交渉成立と言わんばかりに微笑んだ。
『分かった。すぐにそっちに行かすけん。金額の方は後で』
「ええじゃろ」
ダルトンの返答に満足したのかマリアンはそれ以上何も告げず、胡散臭い笑顔を残してホログラムは消え去っていった。
準備段階を終えてダルトンは一息つくとテーブル上の機器を操作した。彼の操作に従って天井から生えるように棚が飛び出してくると、ダルトンはその中にある高級ボトルを手にする。会長室の酒を勝手に飲むなど当然好ましい行動ではない。ライアンも恐らくは良い顔をしないだろうが、ダルトンならばとやかく言うこともないだろう。彼はそんな事を思いながらグラスに酒を注いで一口含むと会長室の扉が急に開いた。
ダルトンは思わず酒を吹き出しそうになったが、その姿を確認して顔をほころばせた。
「スティーヴン、ヴァイン、よぉ来てくれたのぉ」
ダルトンは笑顔でそう告げるが二人の少年は表情を動かすことなく無言で室内に入ってきた。
「親父、何か用かのぉ? ワシも色々と忙しいんじゃ」
祖父同様に顔に傷を持つスティーヴンがそう告げる。
しかしダルトンが今日用があったのはもう一人の息子の方だった。
「そうツンケンするなスティーヴン。ヴァインも久し振りじゃな」
ダルトンはそう言って今日の本命であるヴァインの方に視線を向ける。ヴァインは年相応の思春期さを見せながら小さく頷いた。
「ん、で何? 僕も兄さんと一緒でそれほど暇じゃないんだけど」
海賊訛りを使わないヴァインはぶっきらぼうにそう告げるとライアンは満足気に微笑んだ。
「キサン等は兄弟揃ってせっかちじゃのぉ。いずれこのファミリーば引き継いだら苦労するぞ?」
「会社は兄さんが継げばいい。僕は裏社会で生きていくつもりはないからね」
ヴァインはそう言い放つとソファにゆっくりと腰を下ろす。
彼の言葉を聞いたスティーヴンは不満気に、そしてドッカリと隣に腰を下ろした。
「ヴァイン! キサンは頭がええんじゃ。ワシが裏でキサンが表ば継げばええじゃろ」
「兄さん、何度も言わせないでくれ。僕は官吏にでもなって堅気で生きていく。裏社会と繋がる気は毛頭にないよ」
兄の提案をヴァインは連れない様子でそう言い放つ。
だからこそダルトンは彼がこのブランドファミリーの後継者になるべきだと思っていた。
「ヴァイン。そんなキサンにええ話ば持ってきちゃったぞ」
ダルトンはそう言って二人の正面に腰を下ろすと二人の前に棒状の機器を差し出した。ヴァインはそれを受け取って割り箸のように引っ張ると、賞状のような形で電子掲示板が浮かび上がった。
「何だいこれ?」
ヴァインは怪訝な表情を浮かべながらそのデータを見つめると、その表情を保ちながらダルトンの方に向き直る。書いてある事の重大性を理解しているであろう息子に満足しながらダルトンは再び微笑んだ。
「今ウチに帝国の要人の倅がおる。中々ヤンチャなガキでのぉ。色々問題ば起こしおって今晩ケジメつけるん事になったんじゃ」
「ワシ等とやり合おうたええ度胸しちょるのぉ」
血気盛んなスティーヴンは指を鳴らす。恐らく自分たちが舐められていると感じ頭に早くも血が登っているのだろう。そんな短気な兄と違い、ヴァインは冷静に物事を見つめていた。
「それで? その連中がええ話っていうのとどう関係が?」
「まぁ聞き。ケジメの結果がどう転ぼうが親父さんは連中をここから出す気は無いみたいじゃ。そこでヴァイン。キサンはこんガキ連中ば逃がす手伝いをしちゃれ」
その遠回しな反乱宣言にヴァインは一瞬顔を顰めながらも、すぐさまいつもの表情を取り戻した。
ヴァインは手にしていた資料をテーブルの上のそっと置くと、まるでダメな父親に嘆くかのような苦笑を浮かべる。
「あのおっかないお祖父さんに楯突くとは正気の沙汰とは思えないね」
「親父さんのやり方では敵ば作りすぎる。ここいらで一つ賭けどころを決めにゃならんのじゃ。何よりヴァイン、帝国要人の倅と仲良うなれば……官吏にも成りやすうなると思わんかのぉ?」
ダルトンの問いかけにヴァインは一瞬考えるように腕を組んでいたが、徐々に不気味な笑みを作り始めた。
「なるほど。悪くないね。ま、好きになれない奴じゃないことを祈るよ」
「それでええ。したらば、そこに書いてある場所行って船ば準備しておけ。操縦士は手配してあるけぇのぉ」
「分かった。じゃあそうさせて貰おう。官吏になったらこの歪んだ家ともオサラバさせてもらうよ」
意気揚々と立ち上がる息子を見てダルトンは微笑む。思春期特有の自立心も利用すれば大人のいい手駒となる。ダルトンはその事をよく分かっていた。
「じゃ、用はそれだけじゃ。スティーヴン、キサンは地下ば行って適当にケジメ付けさせる相手ば選んでみぃ。若い衆への示しにもなるじゃろうからのぉ」
ダルトンがそう告げるとスティーヴンは「おうよ!」と言って立ち上がる。帝国の双頭……ブランドファミリーの中で今まさに勢力争いが始まろうとしていた。




