第36話『仁義なき契約 後編』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星 恒星間運送業社】
生きていれば計算外の出来事は度々起きる。
それは巨大マフィアを統率するライアン・ブランドにとっても例外ではなかった。
目の前でニヤリと笑う年端も行かない子供……皇族の生き残りであれば甘やかされて育ったに違いないとタカを括っていたが、どうやらそれはライアンの思い違い……いや、油断だったらしい。
「どうする? 俺達と組むか今まで通り宰相の犬でいるか。好きに決めてくれて構わねぇ。あんまり時間はやれねぇけどな」
ようやく椅子に腰を下ろしたかと思えば、ふんぞり返って足を組むダンジョウを見てライアンは再び煙管を口に咥えた。
自分を前にしてこれほどまで尊大な態度を取る人間はどれほど居ただろうか?
そんなどうでもいい事が頭をよぎる。
チラリと視線を横に振ると婿養子にして右腕のダルトン・ブランドはライアンではなくダンジョウを一点に見つめていた。
「(……ダルトンも目ぇ離さんちゅうのは中々じゃのぉ)」
ライアンは心の中でそう呟くと、今一度正面のダンジョウをしっかりと見据える。
そして考えを改めて宰相との交渉材料ではなく、自らにとって有益な人物か確かめることにした。
「……キサンは宰相ば潰すつもりみたいじゃが、そいは本気なんか?」
「俺は冗談で相手を騙すほどの演技力は持っちゃいねぇよ」
「そうか。したらば教えてもらおうかのぉ? 今や皇帝……キサンの弟よりも民衆から支持を得て、隣国から最も注視されちょる男をどうやって潰すつもりじゃ?」
「んなもん簡単だ。帝国中にルネモルンがやった事をぶち撒ける。セルヤマのスパイ暴行、俺を殺すための宇宙船爆破、あと……オメェが知ってる前の宰相殺しの全貌だ」
「そんな事が出来ると思っちょるんか?」
「出来る」
ライアンの問いにダンジョウは真っ直ぐな視線で返答する。
そして彼はまるで規定事項のように言葉を連ねた。
「カルキノス星に行きゃな。あそこにはツレの親がやってる会社があんだ。そこの技術を利用すりゃ海陽系全域に俺の話を飛ばす事が出来る筈だ。俺の姉貴代わりの話じゃ元々そこに頼るつもりだって話だからな」
「キサンにとっては信用できるツレでもわぁにとっちゃ知らんモンじゃ。そんな連中を信用出来んのぉ」
「シャイン=エレナ・ホーゲンとライオット・インダストリー社って言ってもか?」
本日2度目の硬直……それはライアンだけでなく周囲の全てが息を呑んだ瞬間だった。
ライアンは顔を強張らせる。
帝国最大の企業は言わずもがな超速移動宙路を経営するエルフィント航宙社に他ならない。彼等恒星間運送業社はかつて所属していたガンフォールファミリーが経営するその宙路を使わねば事業がままならないこともあり、それが完全な独立の足枷になっていた。
そんな航宙社の宙路制作に携わり、今では軍需産業として名を馳せるライオット・インダストリー社は堅気の人間だけで構成された謂わば真っ当な企業である。
その影響力は凄まじく、今では年間総売上高は海陽系でもエルフィント航宙社、恒星間運送業社に続き第三位の位置に付けていた。
そしてもう一つの名前……シャイン=エレナ・ホーゲンといえば説明不要の傑物である。
「どう思うよ? テメェ等が俺等と組めばライオットインダストリー社と繋がりが持てる。お互いに協力関係を築けばエルフィント航宙社も敵じゃねぇかもな?」
ダンジョウの言葉は的を射ている。
そう思ったライアンは煙管の火種を再び落とすと、小さく笑いながらダンジョウの方に視線を投げて周囲に目配せをした。
その視線に気付いたチンピラ達はようやく構えていたブラスター銃を下ろすと、ぞろぞろと部屋を出ていった。
ライアンは煙管に新たな葉を詰めるとそっと火を点けた。
そして小さく吸い込むと小さく煙を吐き出す。
彼は驚いていた。
まさかこの年齢になって大きな分岐点に差し掛かるとは思わなかったのである。
「(……ここは一つ……昔教わった心得に従っとくか)」
ライアンは心の中でそう呟くと、再び煙管を吸って煙を吐き出した。
「大したタマじゃ。ええじゃろ。キサンの話に乗っちゃろうやないかい」
その返答にダンジョウはニヤリと笑い、彼の後方で臨戦態勢にあった面々はそっと体勢を緩ませている。
ライアンは形式ばかりの笑みを作ると煙管の火種を叩き落とし、手元で遊ばせながら過去を語り始めた。
「したらば教えてちゃるわい。わぁが知っちょる24年前の話をな。ルネモルンが前の宰相を殺した。っちゅうのは正解であってハズレみたいなもんじゃ」
「俺は頭が悪ィからよ。バカでも分かるように説明してくれ」
ダンジョウの茶々にライアンは小さく鼻を鳴らす。
そして煙管を回しながら再び口を開いた。
「キサン。ハーレイと殺られたラフレインがどういう関係だったか知っちょるか?」
「いーや。知らね」
そう答えるダンジョウは先程の緊迫感のある雰囲気と打って変わり、年相応の屈託のなさを見せてきた。彼のスイッチがどこにあるのか不可解に感じながらもライアンはさらに話し続けた。
「奴等は元々パネロ大学の先輩後輩の関係じゃ。そいで2人とも政治活動に入る前はジュラヴァナ星にあるデセンブル研究所にも出入りしちょった。奴らはそこで何の研究をしちょったと思う?」
「だから知らねぇって。勿体ぶってねぇでさ、話を進めてくれよ」
ダンジョウはお土産をお預けされた子供のような表情でそう告げる。
ライアンはその表情と今から話す自分の言葉に少し気恥ずかしさを感じながら小さく笑った。
「カカカ……まぁそう言うなや。わぁもこれからバカげた話ばするんじゃが、黙って聞くことじゃ」
ライアンはそう言って煙管をテーブルに置くと背もたれに体を預けた。
「わぁも詳しい話は知らんが……連中は人体再生技術の研究をしちょったらしい。大方、ローズマリー共和国の技術競争に張り合おうとしちょったんじゃろうな。じゃが連中の研究っちゅうのはヤシマタイトが仰山必要じゃったみたいじゃ。そこでアイゴティヤ星と繋がって、わぁにヤシマタイトの密輸を頼んできよったんじゃ」
「ふーん。んで? それがラフレイン殺しとどう関係があんだよ?」
「そう急くなや。若い癖にせっかちじゃのぉ」
ライアンはそう言ってダンジョウを揶揄うと説明を再開した。
「奴らが必要じゃったんはヤシマタイトの粒子分解性質じゃ。そいつば利用すれば人間の意識さえ分解して他の体に移すこともできる。それを使って神の再生をしようとしちょった」
「神の再生だぁ?」
胡散臭そうな表情を浮かべるダンジョウを見て、ライアンは自分で言っておきながらも彼の感情に同意した。ライアン自身もかつてラフレインから聞かされたこの研究を小馬鹿にしていたのだ。
「連中はそう言っちょった。学のねぇわぁでは連中の言う事もよぉ分からんかったがのぉ。じゃが、それだけにあり得んとも言い切れんやった。これだけ科学技術が発展しちょりながら、未だ原因が分からんもんがあるからのぉ。ヤシマタイトのエネルギー発生現象も、人間の一部が持って生まれる神通力もそのいい例じゃ」
「言いてぇことは分からなくもねぇけどな。神の再生って事は何だ? 女神メーアを生み出すって事か?」
「そうじゃろぉのぉ。その研究の為には帝国全域の技術やら調査が必要っちゅう事で研究所から政界に入ったらしいわい。じゃが連中は結局方向性の違いで仲違いしてのぉ。その時じゃ、ラフレインがわぁに協力ば求めてきたんわ」
ライアンはそこまで告げて煙管をカンッと灰皿に叩きつける。
皿の上に落ちた火種が小さく燃え続ける。
その火種を見つめながらライアンは話を続けた。
「ラフレインの身体は病魔に侵されとってのぉ。多分、ローズマリーの協力があっても長くはなかったじゃろ。自分が助かるには粒子分解の技術ば使って健康な肉体に移り変わる必要がある。それには新しい身体が必要じゃと言ってきおった。そしてもう一つ。そこのユリウスを皇族から引き離さんといかんという事も言っちょった」
「カンムを皇族から引き離す? 何だそりゃ? ユリウスの名前を継いだら皇族に忠誠を尽くすんじゃねぇのか?」
話の本命は前半部分なのだが、ダンジョウは後半部分に食いついた。
ライアンはそちらについて後々説明するつもりだったが、問われたので敢えて先にその箇所の説明を始めた。
「その通りじゃ。じゃがそれは帝国皇族の呪いにも近い執着心からくるものじゃ。キサン、神話の話はどれくらい知っちょる?」
急な展開にダンジョウは戸惑った表情を浮かべるが彼は大人しく答えた。
「神話って女神の話か? 大雑把にしか知らねぇよ。女神さんが三人のツレと海陽系を守ったとか作ったとか」
ダンジョウの不鮮明な返答にライアンは頷く。
そこまで知っていればこれからの説明で充分だったからである。
「女神メーアが死んで三千年以上経っちょるのに信仰心は薄れん。これを初代女帝は危惧しちょった。だから生き残った三賢者を自分の手元におこうとしたんじゃ。その為に知の賢者パネロ・デセンブルば引き入れてその名を冠した研究所を作り、帝都に心の賢者シエル・セプテンベルの名を持つシルセプター城ば建造した。じゃが残った武の賢者ザイアン・ユリウスを引き入れることは出来んかった。その為にその名ば継ぐ奴ば代々皇族に力ば貸すように命令したんじゃ。皇族に安泰を齎すためにのぉ」
ライアンの言葉にダンジョウは首を傾げる。
どうやら彼は発想力はあれど理解力はそれほど優れていないらしい。
ライアンは仕切り直すように言葉を軽くして言い直した。
「つまり三賢者を近くに置いておけば安泰じゃから皇族はユリウスを離しとうなかったっちゅう事じゃ」
「ん……ああーなるほどな」
ダンジョウは分かっているのか分かっていないのか一先ず納得したように頷く。ライアンも彼の完全な理解は後にして話を戻した。
「そいで話ば戻ると、ラフレインはユリウスを皇帝から引き離さんといかんと言うちょった。それはつまり皇族の安寧を取り払うっちゅう事じゃ」
「? 待て待て。つまりラフレインは皇族を潰そうとしてたって事か?」
ダンジョウの解釈にライアンは頷いて話を続けた。
「そうじゃ。してラフレインはわぁに言ってきおった。ルネモルンの身体ば丁度ええと。そして全部が上手くいったらわぁの所にユリウスのガキを寄こすけぇ離さんようにしとけとのぉ。ここまで言えば分かるじゃろ」
ライアンは一息つくように背もたれに体を預ける。
目の前のダンジョウは全く分からないと言わんばかりに首を傾げている。
しかし、ややあって彼の背後に立っていたカンムが目を見開きながら一歩前に躍り出てきた。
「よもや……! あの時死んでいたのは!?」
彼の言葉にダンジョウ以外の面々はハッとしたらしく目を見開いている。
そんな若人達を見つめながらライアンはニヤリと微笑んだ。
「今宰相の座に居るんはハーレイ=ケンノルガ・ルネモルンじゃ。ただ中身が本人かどうかは分からん。奴らの研究が本物じゃとしたらラフレインがルネモルンに成り代わっちょらんとは言い切れんからのぉ」
「見た目はルネモルンで中身はラフレインって事か? 何だそりゃ? オカルト話じゃねぇか」
ようやく理解したダンジョウは呆れたようにそう告げる。
ライアンも同意だったがあの時のラフレインの様子から考えられなくもない事実ではあった。
一通りの話を終えたライアンは小さく息をつくと再び前のめりになりダンジョウの顔を見つめた。
「これがキサンの聞きたがっちょった24年前の話じゃ。つまりわぁも真相はよぉ分かっちょらん」
「いや、よく分かったじゃねぇか。つまりコイツはルネモルンもラフレインも殺しちゃいねぇって事がな」
ダンジョウは再び親指で背後のカンムを指しながらニヤリと笑う。
そして堂々と立ち上がると、まるで鬼の首を取ったように誇らしげに胸を張った。
「オメェが言ってたこの国の判決も結局意味がねぇ。コイツはこれで自由だな」
「……そうもいかんのぉ」
ライアンは会談開始時のように薄い笑みを浮かべる。
ライアンダンジョウのように立ち上がると、背後のダルトンに目配せをしてモニターにある誓約書を浮かび上がらせた。
「こい誓約書は冷凍刑中にそんガキの代理人が承諾しちょる。国なんぞ関係ない。そんガキが認めた代理人が誓約しちょるっちゅうことは本人がしたっちゅう事と変わらんのじゃ」
「あぁ? 何だそりゃ。どうせその代理人も宰相派の息がかかった連中じゃねぇか」
「そうじゃろうな。じゃがそいつば選んだんはカンム自身ちゅうことを忘れんことじゃ」
「なにぃ!? おいカンム! そうなのか?」
ダンジョウは振り返ってカンムの方を見つめている。
カンムはと言うと苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。
「……あの時、すでに判決も出ていた私には選べる代理人も一人しかいなかった……しかし、それを認めたのは事実です……」
「何じゃそりゃ。選べんかったんじゃったらキサンのせいじゃなかろうが」
カンムの言葉に反応する横に立っていた長身痩躯のカルキノス人の口調にライアンは興味を示す。
自分達と同じその口調は宇宙海賊をやっていた者の言葉だったからである。
しかしそんなライアンの関心をかき消すかのようにダンジョウはいきり立った。
「冗談じゃねぇ! 全部宰相連中の筋書きじゃねぇか! そんなもん聞き入れる気にはならねぇな」
「言うとるじゃろ。追い込まれたとはいえカンム自身も認めとるんじゃ。キサンがどう喚こうがソイツをウチから出すわけにはいかんのぉ。そいが筋っちゅうもんじゃ」
ライアンはそう言ってニヤリと笑う。
彼の推測ではダンジョウと言う少年はバカなほどに真っすぐに違いなかった。
そんな人物と交渉する際には同じ目線で……つまりは筋を通して自分の真っ当性を見せるのが効果的だったのだ。
「(……何より、このまますんなり連中と組むわけにもいかんしのぉ)」
ライアンは心の中でそう呟きながら、再びダンジョウ等を値踏みするような目で見つめる。
このダンジョウと言う少年は恐らく稀代のカリスマ性を持つ男となる。
ライアンはそのことは認めていた。つまり、この少年が現宰相派を撃ち滅ぼす可能性は少ないが零ではないと思わせたのだ。
だからこそライアンはダンジョウの案に乗り彼に協力する姿勢を見せた。
しかし、それは多くの奇跡が重ならなければ起こり得ないというのも事実なのだ。
事実上帝国の全てを掌握する宰相派を倒すことは皇族であっても容易ではない。直接的な言い方をすれば返り討ちに遭う可能性の方が大いにある。
その時に備えてカンムを手元に置いておくことは、ある種の宰相派への忠誠を示す保険になるとライアンは考えていたのだ。
ライアンの思った通り、限りなくグレーに近くとも筋を通された話にダンジョウは唇を噛み締めている。話はここで終えて、あとは彼等をカルキノスに送りカンムは近くで軟禁しておけばもう問題ない。ライアンがそう思った矢先、ボソボソした小声がライアンの耳にわずかに届いた。
「……何じゃ?」
ライアンは声の主を探すように視線を泳がせると、ダンジョウの背後に立つ赤肌の巨漢がその図体には似つかわしくない口の大きさで再び声を発した。
「……では……ケジメをつけた……形で……抜けるほか……ありますまい……」
「ケジメ? 何だそりゃ?」
ダンジョウが振り返りながら尋ねると、赤肌の巨漢はその大きな腕を上げてモニターに浮かぶ誓約書を指さした。
「……新たな制約を基に……正当な……戦いを……行えば……よろしいかと……」
途切れ途切れの言葉にライアンだけでなく全員が首を傾げるが、青肌の長身痩躯が思い出したようにダンジョウの方に振り返った。
「そうじゃ兄貴! こっちの注文付けて戦えばいいんじゃ! 向こうの要求も聞いてのぉ!」
「何だそれ?」
戸惑うダンジョウを他所に青肌の長身瘦躯は目を輝かせた。
「オラと兄貴が最初に出会った時と同じことをすりゃあええんじゃ!」
「オメェと会った時……? ……あぁ! そうか! よっしゃ!」
ダンジョウは思い出したように再びライアンの方に振り返ってくると、まるで選手宣誓をつげるかのように堂々とした面持ちで声を上げた。
「おいジィさん! 俺達戦皇団はテメェ等に血闘を申し込む! こっちの要求はコイツの自由だ!」
その言葉にライアンは一瞬あっけにとられる。
しかし言葉の意味を理解すると彼は満面の笑みを浮かべた。




