第32話『晴れていく靄』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ アイゴティヤ管理館】
セルヤマ星のマスドライバーで行われた皇帝の歓迎式典は滞りなく終了した。皇帝とは言え慰問客を歓迎するなど不謹慎ということもあり、その模様が公開されることはなかったが、セルヤマの住民は皆一様に皇帝が歓迎され接待を受けているであろうことを感じ取っていただろう。その証拠にマスドライバーから出立した御料車は待ち構えていた報道関係のエアカーに取り囲まれていた。
「……大したもんや」
その光景を眺めていた神栄教神聖ザイアン隊隊長のスコット・ヒーリングは小さく独り言を呟く。彼の見つめる視線の先にあるのは御料車でも報道関係のエアカーでもなく、両者の間に割って入る護衛用エアカーの陣形だった。その見事な配置は御料車に何人も近づける隙を与えず、それでいて報道陣には確実に映像を届けるスペースを与えている。それは今後法王や枢機卿を守る彼にとって見習うべき手腕だった。
「(……確か皇帝の護衛隊長はあのデカイ姉ちゃんやったな。名前はベアトリス・ファインズ)」
皇帝の背後に立つスコルヴィー人女性を思い出していると、御料車ゆっくりと進み始める。それに併せて護衛と報道陣も一斉に移動を開始した。恐らくこの後皇帝は宿泊するホテルに向かい、アイゴティヤ星のクリフォード・ストラス知事、そしてあと数時間後に到着するセイマグル・ヴァレンタイン法王やコウサ=タレーケンシ・ルネモルン枢機卿と会談して今日のスケジュールを終えるのだろう。
御料車が見えなくなったところでスコットは小さく背伸びをした。今の彼の目当ては皇帝ではない。敬愛する枢機卿から頼まれたクロウ・ホーゲンという少年の安否が最優先事項だったからである。御料車を見送った人々が散り散りに去って行こうとする中、施設内から誰もが見惚れる美しい笑顔を振りまくフマーオス人の男が現れる。そして彼はそこに居た要人等をまとめ上げるかのように声を上げた。
「では皆さん。ご苦労様でした。皇帝陛下との謁見やストラス知事との面談をご希望の方は僕までご連絡ください」
男の言葉に周囲の面々はどこか苦虫を噛み潰したような苦笑を浮かべている。彼等の気持ちがスコットも分からないではなかったが、神栄教の教えに従い彼は無表情でその光景を見つめていた。
フマーオス人はこの海陽系の中で最も美しく均衡の取れた顔立ちとスタイルを持つと言われている。その反面、彼等は知能指数が全惑星の中で最も劣るとB.I.S値で証明されていたのだ。そんな格下とも言える種族に仕切られれば多少の不快感を抱くのは必然なのかもしれない。
「もしもご要望がお有りなら後ほど応接室に。僕、セルヤマ星議会議員アブソロム・アシスまでご連絡ください」
アブソロムはまるで選挙演説のように爽やかな表情でそう告げてマスドライバーの中に戻っていく。そんな彼の美しい後姿を睨みつけながら心無い人々は小さく悪態をついた。
「……ッチ。面だけの成金が」
「やめておけ。あの男、ストラス知事とは懇意と聞く。アイゴティヤ星に睨まれれば我々の生きていく道はないぞ」
大声を上げづらそうな彼等を尻目にスコットはアブソロムと入れ替わる形で外に出てきた副隊長ソレント・マーヴィンの姿を確認してエントランスの壁際に移動する。ソレントも彼の存在に気付いたのか、後を追うように近づいてきた。
「隊長。待たせてもうたな」
ソレントは若干の笑みを見せながらそう告げる。その表情と口調から有益な情報が手に入ったことが伺い知れ、スコットも少し表情を緩ませて頷いた。
「ええで。そいでどうやった?」
「ああ。色々伝手を使うてジキルの港宙ステーションに連絡を入れたんやけど、クロウ・ホーゲンっちゅう人間の搭乗データは残っとったわ」
「ほなクロウ・ホーゲンは宇宙の塵になったっちゅうことかいな?」
スコットは一転して眉間にシワを寄せるが、ソレントはまるで今の発言が前振りかのようにニヤリと口角を上げながら話を続けた。
「それがそうでもないみたいやで。爆発した二隻の船は満席の予定やった。せやのに座席に付いとる重量計から3つ空席があったそうや」
宇宙船の座席には一つ一つに重量計が付いている。一般的に使用される宇宙船は衛星であろうと重力から脱する為に宇宙船の質量が重要になって来るからだ。その内の3席が空席という情報は航宙センターの管制塔職員しか知り得ない情報である。その情報を耳にしたスコットは眉間の皺を解くと腕を組んで再びソレントの表情を確かめた。
「ほぉーそいで?」
「重量が加算されとらんかった席を調べてもろうてな。そこに座る予定やったんはハイネル・ペッツァ、ビスマルク・オコナー、それとクロウ・ホーゲンや」
「……ハイネル・ペッツァやて?」
スコットはクロウ・ホーゲンという名前以上に記憶の隅に残っていた別の名前に反応を示す。彼はしばらく黙考すると、記憶の中を探り出してハッとした表情を見せると、大きくなりそうな声を抑えながら告げた。
「ハイネル・ペッツァ言うたら諜報部のトップエージェントやんけ!」
スコットは少し興奮しながらソレントに視線を投げかけると少し早口になりながら言葉を連ねた。
「帝国軍諜報部の情報収集、変装、暗殺のエキスパートでな。軍におった時によう聞いた名前や」
「隊長。驚くのはそこちゃうやろ?」
「いや、クロウ・ホーゲンの事もそうやけどあんまりにも驚いてな」
「クロウ・ホーゲンでも無いやんか」
興奮気味のスコットを他所にソレントは冷静にツッコミを入れてくる。訳の分からないスコットは首を傾げると、ソレントは爆発した宇宙船に乗っていなかったと見られる名前が乗った2次元データを浮かび上がらせた。
「クロウ・ホーゲンとハイネル・ペッツァ。それとこのもう1人や」
「ビスマルク・オコナー? ……オコナーっちゅうたら」
スコットはハッとしながら瞳に覆われた黒目を見開くと、ソレントは少し険しい表情を浮かべながら頷いた。
「式典で隊長が目ぇ付けた子、エミリア・オコナーと同じやで」
「……偶然にしては出来過ぎやな」
スコットは息を呑む。先程の歓迎式典で皇帝に微笑まれた青い肌の少女……エミリア・オコナー。あまり悲壮感を感じさせないエミリアと彼女が口にした「アニキ君」というフレーズ。無論、このビスマルクと兄妹という可能性もあるが、実の兄をアニキ君と呼ぶのはあまりにも不自然過ぎた。それはソレントも同じだったようで、彼はまるでスパイ映画の相棒のように周囲に警戒心を払いながら再び口を開いた。
「枢機卿様が生存を確認した少年、隊長が知っとる帝国の諜報員、そいでもって今日式典で妙なこと言うた女の子と同じ名字の男。この3人が爆発する船に乗らんかった。キナ臭い話やと思わへんか?」
「キナ臭すぎて鼻が曲がりそうやわ」
スコットはニヤリと笑いながらも、そのこめかみには一筋を汗が滴った。どうやら彼等は思いの外大きな事件に首を突っ込んでいるようだったからである。
スコットは小さく深呼吸して一滴の汗を拭うとソレント越しにマスドライバーから現れた人物を見て小さく微笑んだ。
「一先ず、あの子に直接訊こうやないかい」
そう言ってスコットはソレントを横切りマスドライバーから出てきた青い肌と金色の目をした少女に歩み寄った。
近づいてみると少女は年相応の幼さを持ちながらも発育は良いようだった。恐らく同級生の男児にはチラチラとのぞき見されている事だろう。そのせいか、少女は近付いてくるスコットに気付くと、少し怪訝な表情を浮かべている。しかしスコットはそんな事を気にせず、自分が無害であると言わんばかりの笑顔で少女の目線まで屈み込んだ。
「エイリア・オコナーちゃんやな? ちょっとお話聞いてもええやろか?」
「……何ですか?」
スコットは優し気に問いかけたのだが、エミリアの警戒心はより深まっているようだった。




