第31話『虎穴での出会い』
【星間連合帝国 アイゴティヤ星 恒星間運送業社】
アイゴティヤ星の中心地にそびえ立つ恒星間運送業社の高層ビル……エントランスのある南口は煌びやかで洗練されたデザインをしている。
――そのエントランスから北北東に数キロ。
中心街の暗部とも言える小さな町にはブランドファミリーの事務所があった。事務所と言っても大ぴらな建造物があるわけではなく、地下に繋がる階段があるだけである。その階段を下りると地下街とも言える常に闇に包まれた町が広がっており、そこでは日夜非合法の娼館、ドラッグの密売、裏カジノ、金網に包まれた闘技場の経営が行われていた。
この広大な地下街は数キロ先の恒星間運送業社の地下に繋がっており、まさにブランドファミリーの巨大さを表す象徴と言えなくもなかっただろう。
襲撃された船の積荷を追って密入ルートからアイゴティヤ星に降りた宇宙海賊レオナルド=ジャック・アゴストは自らのアジトへ連絡をとり、仲介人の伝手を使ってこの地下街へ潜入にしていた。今の彼はブランドファミリーの新米であり、目の前を歩く若いチンピラの舎弟に付けられたという設定である。それは小柄で見た目は貧弱な彼にはうってつけの偽装と言えただろう。
「オメェそんななりでよくウチに入れたなぁ?」
目の前を歩く若いクリオス人の男は明らかに形から入ったようなタトゥーを見せつけると、レオナルドを小バカにするようにそう告げる。そんな横柄な態度にレオナルドは小さな身体を最大限に活かして遜った。
「あ、はい! もう拝み倒しました! 雑用でも何でもやります!って」
「まぁしかもそのなりに頭の耳見りゃぬいぐるみだな!」
若いチンピラはそう息巻いて意味もなくレオナルドの頭の耳を引っ張る。息巻く男の機嫌を損ねないようにレオナルドはニコニコしながら「や、やめてくださいよ~」と更に遜った。
こんな小さな男が宇宙海賊の一団を束ねているなど誰も思わないだろう。いじめられっ子を演じるレオナルドの様子に若いチンピラは満足気に手を離すと「ま、せいぜい勉強しろや」と息巻いて堂々と胸を張る。
やがて辿り着いた一軒の店に入るとレオナルドは揉み手をしながらチンピラに尋ねた。
「で、兄さん。これから僕達は何を?」
その問いにハンネルは“兄さん”と呼ばれた嬉しさと、何か説教したいという願望に駆られてか笑顔で声を荒げた。
「馬鹿野郎! ヤクザモンが僕なんて言ってんじゃねぇっ!」
ハンネルは言葉と同時にレオナルドの頬に向けて裏拳を繰り出す! その軌道を確認しながらレオナルドは最もダメージの少ないであろう箇所に顔を移動させ、大袈裟に後方へと倒れ込んだ。店内はそれなりに客が入っているので2人は一斉に注目を浴びるが、チンピラは自らの力を誇示するために更に声を荒げて注目を集めた。
「いいか!? 俺たちは舐められたら終わりなんだ! その事を意識して生きろボケ!」
「ヒッ! す、すいません! 兄さん!」
頬を抑えて尻餅をつくレオナルドにハンネルは大見得を切ってそう告げる。周囲の目を一身に浴びることにエクスタシーを感じているのか、チンピラは笑みを抑えきれていないようだった
「わ、分かりました! か、勘弁してください!」
レオナルドは頭を抱えるような体勢でヘコヘコすると、若いチンピラは再び満足気にニヤニヤと笑みを浮かべて踵を返した。
「分かったらさっさと立ちやがれ!」
レオナルドは背中を向けられながらも、彼が今ほくそ笑んでいることを確信していた。嘘を見抜けない以上ハンネルはこの世界で長く生きられない。仮に生き延びても大した出世は出来ないだろう。レオナルドはそんな感情を一切見せずにゆっくり立ち上がると、再び若いチンピラの後ろに付き従う。そして次は言葉遣いを変えながら再び尋ねた。
「それで兄さん。 一体どこに向かってるんスか?」
ハンネルは満足気な表情だけを浮かべ、まるでドラマのワンシーンのように進行方向を見つめながら口だけを動かした。
「これからゲインの兄貴の所に行く。聞いた話じゃ偉いさんがこの本社ビルに来てやがるらしい。ライアンの大頭がこれからその連中と交渉するらしくてよ。万一に備えて俺たちはここで準備しとくってわけだ」
若いチンピラの説明が終わると同時のタイミングで彼は店の裏へと繋がる扉の前に辿り着く。そのドアノブに手を掛けてゆっくり押すと、中では血の気の多そうな連中が興奮して鼻息を荒げていた。
「そのお偉いさんが俺たち側に付かねぇってんなら……こん中の誰かが絞めるってわけだ」
若いチンピラはニヤリと笑う。恐らく今まさに決まったと思っているのだろう。そんな彼の言葉を聞いたレオナルドは驚きの感情を押し殺しながら能無しの表情を保っていた。
「(積み荷が人だったとはね……マーガレットさんと連絡が取れない以上、自己判断するしかないか……一先ず、積み荷のサポートに回るか)」
レオナルドは心の中でそう判断する。彼が今後の予定を組み立てている中、若いチンピラは何やら自分のこれまでの経歴を語っていたらしい。
「聞いてんのか?」
若いチンピラに咎められると、レオナルドはすぐさま笑顔で遜った。
「は、はい! 流石ですね兄さん!」
若いチンピラの話など聞き流していたレオナルドだったが、適当な相槌は正解だったらしく若いチンピラは満足気に鼻を鳴らした。
「そうだそうだ。オメェにも兄貴を紹介しといてやるよ」
若いチンピラはそう息巻くと、屈強な男達がいるその部屋を進み始める。
レオナルドは再び彼に付き従って行くと、奥のテーブルで何やら作業をしていた男の前に辿り着いた。
「ゲインの兄貴! お疲れさんです!」
若いチンピラは両手を膝に付けながら声を上げる。レオナルドも彼に倣って両手を膝に付くと、テーブルに座っていたラヴァナロス人の男は眉間にシワを寄せてこちらに振り返った。
「……ああ。お疲れ様。えぇとー」
ゲインの兄貴と呼ばれた男は一瞬口ごもる。そして持っていたタブレットを眺めて何かを確認すると薄い笑みを浮かべた。
「……あぁ! えぇとご苦労だったねハンネル。……おや? その後ろの少年は?」
ゲインが少し怪訝な表情を浮かべてレオナルドの方に視線を投げかけてくる。レオナルドはその視線に一気に背中が濡れるのを感じ取った。が、そんな事を露とも知らない若いチンピラ……ハンネルは自らの舎弟を得意気に紹介しだした。
「ウッス! 今日から俺の下に付きやしたザックッス! オラ! 挨拶しねぇかッ!」
ハンネルはそう言ってレオナルドの方にチラリと視線を送って頭を小突いてくる。レオナルドは今の偽名がザック・ゴードンだったことを思い出すと慌ててゲインという男に頭を下げた。
「新人のザック・ゴードンです。ハンネルの兄貴の下で勉強させてもらってます。よろしくおねがいします」
「……ふぅん」
ゲインはそう呟くとハンネルなど見向きもせずにレオナルドの方に歩み寄る。小柄なレオナルドに合わせてゲインはしゃがみこむと、マジマジと顔を覗き込んできた。
「これはこれは……君も大変だね。ま、僕の邪魔さえしなければいいけど」
「……ウッス」
レオナルドは頭を下げながら自身の緊張感が一気に高まっていることに気がついた。
ゲイン……この眼の前の男はレオナルドと同類である。つまり、彼もレオナルド同様にどこからか潜入しているに違いない。それは外を知る人間同士にしか感じ取れない独特の感覚だったのかもしれない。
表情を曇らせるレオナルドを他所にゲイン彼は特に警戒心を払う訳でもない。彼はレオナルドの肩にそっと手を置くと助言のように耳元で囁いてきた。
「……安心してくれ。恐らく君と僕の目的は同じだ。せいぜい僕の仕事を減らしてくれ」
ゲインはそう囁き終えると、否応なしに小型のブラスター銃を気付かれぬようにレオナルドに握らせてきた。その不可解な行動に益々表情を強張らせるレオナルドだったが、それと同時にある直感を感じ取っていた。恐らく、不可解なのはこの男ではない。本名かも疑わしいゲインの背後にいる存在がその行動を示している。ゲインはそれ以上何も告げずに小さく微笑みながら踵を返すとハンネルに作った笑みを見せて再びテーブルに腰を下ろす。
何も知らないハンネルは先程までの強気な態度から一転してゲインにすり寄るような笑みを浮かべていた。




