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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3357年 復古宣言 [中編]
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第29話『男と女』

【星間連合帝国 カルキノス星宙域 フローズヴィトニル号】



 暗闇の中に漂う星々に同じ輝きを放つものはない。それは同じ人間が存在しないのと同義である。

しかしそんな綺麗事では弁解できないような輝きを放つ星もある。肉眼でカルキノス星を捉えたシャインはそう思いながら顔を顰めた。


「……相っ変わらずきったな」


フローズヴィトニル号の進行方向に漂うカルキノス星はシャインの目にはまだら模様に映っていた。


 科学技術が発展した工業惑星であるカルキノス星は排気ガスや粉塵によって大気は悍ましい程に汚染されている。

その汚染密度が場所によって違うせいで、宇宙から見れば汚染がやや薄い箇所からは地表の光が見えるのだ。

そのおかげで宇宙から見るカルキノス星をまだら模様というのが最も適した表現だった。


 汚れた星を眺めながらシャインは通信機に手をかざす。

視認できる距離に入れば他惑星に盗聴されることのない狭範囲の通信が可能となるからである。シャインが通信を試みて僅かなビジー音の後、映写機にはホログラムが浮かび上がった。


『お待ちしておりました。お久しぶりです。ホーゲンさん』


浮かび上がるホログラムの姿を見てシャインは再び眉をひそめる。

そこに映し出されたのは連絡先の主であるナイスミドルではなく、同じ青い肌でも正反対の性質を持つ生真面目な青年だったからだ。


「久しぶりだねステファン君。お父さんは?」


シャインが尋ねると、カルキノス星知事の息子であり秘書官を務めるステファン・レオパルドは相変わらず父とは対象的な生真面目な返答をよこしてきた。


『レオパルド知事は数日前より知事室に籠もり何やら思案しておいでです』


「あらそ。まぁいいや。それはそうとダンジョウ達は着いてるでしょ? アイツ今何している?」


『それがその……殿下ご一行の御姿もまだ見えていないのです』


ステファンの言葉にシャインは一瞬表情筋を歪ませた。


 現在の星の周期から考えて、ヴェーエス星からカルキノス星への宙路はクリオス星からカルキノス星への宙路と比較して倍以上離れている。そう考えるとダンジョウ達がもうこの星にいておかしくない筈なのだ。


「どういうこと? じゃアンドリューさんは? 取り次いでくれる?」


『そうしたいのは山々なのですが現状でそれは非常に難しいようです』


遠回しに表情を変えずにそう告げるステファンを見てシャインは苦笑する。どうやらこのカルキノス星でも何か不測の事態が起きてしまっていたようだった。

……と言ってもそれが何なのかシャインは大体の予測はついていたのだが、彼女は敢えて気付かぬフリをしてステファンに微笑みかけた。


「ステファン君。物事は的確に話した方が円滑に進むもんよ? それとも遙か上空から知事室まで突っ込んであげようか?」


シャインはまるで誂うように告げると彼もまた小さく苦笑してから顔を上げた。


『ホーゲンさんをお待ちしていたのは他でもありません。ですがその前に少々お話を済ませていただけますと幸いです』


「ふーん……ま、いいわ。それで? 何のお話しする?」


『無論、先のクリオスからの協力要請の件について』


ステファンはそう前置きして椅子に腰を下ろすと話し始めた。


『先のクリオスからの使者以来、知事の様子がおかしいのです。知事同士で交わした密談後から……』


「知事同士……? 何? ミドガルド・アプリーゼ本人が話に来たって事?」


『ええ、お供の秘書官を引き連れて』


ステファンの説明にシャインは思わず表情を歪める。


 クリオス星から協力要請があったのは聞いていた。

しかし知事自らが動くというのはただ事ではないように感じられる。クリオス内でも何やら不穏な動きが錯綜している様に感じ取れたのだ。


「……そっか。それで? 向こうさんは何だって?」


シャインは努めて冷静に尋ねるとステファンは小さく頷いてから口を開いた。


『はい。ラヴァナロス星入星ルート、宰相派の軍事規模情報などの有益情報を提示してくださいました。先方としては、ルネモルン宰相が隣国に対してクリオス星の軍事執行権の一部を譲渡するという動きを見せている事に不満を抱いており、そのけん制のつもりで協力を申し出ていると』


「多分それは建前ね。クリオス側の本音は皇族派に付くこと以外にも宰相派に対して何かカードを持ってるはず……」


『はい。恐らくその点については我が知事も同じ意見でしょう。何よりセルヤマの事故に関しては彼等が一枚かんでいるという事も認めておりました』


「へぇ……そこまで白状してんだ。となると他にも隠してる事はあるんでしょうね」


シャインがそう告げるとステファンもそこまでは理解していたのか再び小さく頷いた。


『私も同意見です。そしてその秘匿すべき情報を確認した瞬間、父の顔色が変わった。まぁ元々青色なのでホーゲンさんからすれば不健康そうかもしれませんが』


「お、何それ? カルキノスジョーク?」


シャインが微笑むとステファンは小さく鼻を鳴らした。


 ステファンはクリオス星のミドガルド・アプリーゼがアンドリューに見せたものこそがシャインのカンガエルクリオス星側の秘密と捉えているようだが、彼女の考えは違った。

寧ろ、アンドリューが聞かされた秘密の正体の見当は付いている。そしてアンドリューという男が思い悩むという現状が彼女の見当が当たっている事を物語っていた。


『ホーゲンさんは何か心当たりがありませんか?』


何も知らないステファンはシャインに困ったような表情で尋ねてくるが、シャインは敢えてかぶりを振った。


「さぁ? ただクリオス星宙域では軍事以外の事件が多発してるのも事実でしょ? 例えばアタシの両親が死んだ事故とかね」


『そんな昔からですか』


「アタシの両親の話が昔の話? 若い人はそう感じんのかしら?」


シャインは話をすり替える意味でもジト目でステファンを睨みつける。

すると彼は再び苦笑しながら肩を竦めた。


『これは失礼を。ですが加齢と美しさが反比例しない事を体現されていらっしゃるホーゲンさんの前ではこの言葉が不躾になるとは思いませんでしたので』


「良い心がけね。そういう美点はお父さんに似てきたじゃない」


『反面教師にしているつもりですがね』


ステファンはそう言って立ち上がる動作を見せて歩き始めた。

彼はどうやら追尾式の通信機でシャインと連絡を取っているようだった。


『とりあえず、私がホーゲンさんに報告できるのはここまでです。知事は未だ部屋から出ようとしませんが、強行突破と行きましょう』


「そんな事が出来んのにやんなかったってことは何? アタシから色々情報聞こうと思ってたってわけ?」


シャインは見透かしたようにそう告げると、ステファンもまた気付かれたかと言わんばかりに苦笑した。


『流石はホーゲンさん。全てお見通しですか。……ご明察です。この世界で最も多くの情報を持っているのはホーゲンさんか神栄教にいる枢機卿のいずれかと思っていますので』


「あんなへなちょこと一緒括りにされるのは少しムカつくんだけど……」


『この国で有数の智者と比肩されて嫌がるのは貴女くらいですよ』


ステファンは微笑しながらそう告げると、どこかで立ち止まり懐からカードキーを取り出した。

彼は自らを写すモニターを避けるようにカードキーを持つ手を伸ばすと、扉のロックが解除されたような音がモニター越しにシャインの耳に届く。


 カメラが切り替わりステファンから項垂れた男が座る知事席が映し出される。


『レオパルド知事。シャイン・ホーゲン中佐から通信が入っております。というか、現在進行形で繋がっておりますが』


陰鬱な光景に似つかわしくないステファンの朗らかな声だけが響き渡ると徐々にホログラムは大きさを増していき、項垂れるアンドリューの姿を克明に映し出した。


 アンドリューは思いの他に窶れていた。

そして自分の指針に迷っているような虚ろ気な表情をしている。その表情がシャインの予測を確信に変えた。


「アンドリューさん。随分痩せちゃって。いい男が台無しだよ」


シャインは明るくそう告げるが、アンドリューは一瞬チラリと金色の瞳を見せてすぐに俯いてしまった。


『……シャイン嬢か……生憎今日は君の美しさを讃える言葉を絞り出す気力が無い。許してくれたまえ』


「あーら? 魅力的な異性を口説かないなんて歩く生殖器の異名が廃るんじゃない?」


シャインはそう微笑むがアンドリューのお通夜モードは終わることない。

まるで自分がスベったような空気に気恥ずかしい表情を浮かべるシャインは、頭をポリポリと掻きながら話を切り替えるように小さくため息を付いた。


「アンドリューさんも聞いたんでしょ? ランジョウの事」


シャインがそう囁くとアンドリューはハッと顔を上げて彼女を睨みつけてきた。


『シャイン嬢! ……あ、貴女は……それを知りながら今まで行動していたというのか!?』


アンドリューの態度は彼女の推測が正しかったことを証明している。普段ならば感情を表に出さないアンドリューの姿に珍しさを覚えながらもシャインは小さく頷いた。


「アタシも聞いたのはさっきよ。覚えてる? 昔皇后直轄護衛騎士団(ウチ)にいたトーマス。アイツが今ランジョウの世話をしててね。彼から聞いたの」


『……では何故! 何故そんな平静としていられる……!』


アンドリューはそう叫ぶと再びふさぎ込んだ。


 彼の気持ちは分からない訳ではない。

ただその根底にある物をシャインは理解できないだろう。それは性別の違いという大きな障壁があったからである。


「アンドリューさん。貴方の気持ちが全部分かるとは言えないわ。貴方が皇后様に抱いていた感情はアタシ達の敬愛とは少し色が違ったから」


『……』


その返答にアンドリューは黙って拳を握り締めていた。


 男というのはロマンチストであり情けない。

彼はそんな男性の良い部分も悪い部分も多く持ち合わせているのだろう。そんな純粋な男が一惑星の知事まで昇り詰められたのも、偏にその純粋さを力に変えていたからに違いない。


「惚れた女に子供の幸せを託されて、その使命を全うするために今の地位を手に入れた。なのにその子供同士が殺し合おうとしてる。そりゃ辛いよね」


『……』


シャインの言葉をアンドリューは項垂れたまま動かない。反応がなくともシャインはただ話を続けるしかなかった。


「でもだからってアタシはふさぎ込んじゃいられないの。アタシにもっと力があれば……今頃宰相連中も蹴散らしてダンジョウもランジョウも一緒に仲良く暮らさせていたかもしれない。それが皇后様の……ひいてはアタシ達みんなの願いだった」


シャインはそこまで告げると小さく息をついでアンドリューを改めて真っ直ぐに見つめた。


「……でもそれを“だった”にするのはまだ早いんじゃない? 今は無理でもいつかはあの兄弟を並んで同じ方向に向かせる。アタシはその為に戦うって決めたの」


シャインはそう告げるとアンドリューを見下ろしながら発破をかけるように力強く声を上げた。


「アタシね。最初はダンジョウを皇帝にしようと思ってた。でも今はそんな事はどうでもいい。ただあの2人を本当の兄弟にしてみせる。それで充分なの。そしてそれを成し遂げるまでアタシは止まれないんだ。……アンドリューさん。貴方はどうする?」


アンドリューは未だ俯き顔を上げようとはしない。

言えることは言ったシャインはそのまま彼に背を向けた時、アンドリューの声が彼女の耳に届いた。


『……ダンジョウ様は……どのようなお方になられた?』


か細い声にシャインは振り返る。

そして呆れたようにウンザリとしながら微笑んだ。


「もう超バカ! 自分の目的のためなら余計な仕事を増やすし考えが甘ちゃんなの! おかげでアタシも何回面倒事を任されたか……しかも厄介なのがアイツに同調する連中も多いのよね!」


シャインは口悪く罵りながらも笑顔を絶やさない。

そして最後に自信あり気に言い放った。


「でもイイ奴よ。アタシは嫌いじゃないわ」


『……そうか』


アンドリューはようやく小さく微笑む。

そして天を仰いでからシャインの方に向き直った。


『そうだな。このまま塞ぎ込んでいては皇后様に合わせる顔もない』


「うん。あの人は本当に最後まで厄介な仕事残してくれたと思ってるわ。死後の世界があるんならそこで文句の一つくらい言わせてもらわなきゃね」


『君が愚痴る前に僕が口説かせてもらうがね』


2人は微笑み合うとアンドリューは息を吹き返した。


『では行動に移らねばな。シャイン嬢。我が息子から聞いているだろうがダンジョウ様は未だお見えになっていない。この状況はどうも解せぬ。カルキノスを前にして申し訳ないが、このままクリオス方面に向かってくれないかね?』


「うん。アタシも元からそのつもり。で、アンドリューさんは……」


『ああ、私は()()との交渉の場を準備しておこう。シャイン嬢にはこちらの駐留軍を何人か付けよう。しばらく待っていてくれるかね』


「ううん。大勢で行っても目立つだけだからここはアタシ1人で行くわ」


『分かった。……そして感謝するシャイン嬢。この借りはベッドの中で返させてもらおう』


アンドリューは得意気に微笑む。

その顔を見届けたシャインは小さな胸を張りながら彼を見下ろした。


「せいぜい素敵な夜を期待しておくわ」


2人は今一度確かめ合うように微笑むと互いのホログラムはゆっくりと消えていった。


 シャインはすぐさま操縦席に向かうと目的地を変更した。

カルキノス星からクリオス星の宙路を見て彼女は少し顔を顰める。

その間には宰相派の最大勢力とも言えるアイゴティヤ星が浮かんでいたからだ。


「(……クリフォード・ストラス知事は今セルヤマにいるはず……ブランドファミリーとかに絡まれてたら最悪ね……ここはマーちゃんに連絡を入れておくか)」


シャインはそう思ってインカムを装着すると旧知であるマーガレット・ガンフォールに連絡を入れた。

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