第27話『その一言がすべてを変える』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ マスドライバー】
皇帝がやってくる。準惑星セルヤマで起きた航宙事故の悲観はそのニュースだけで若干和らいでいるように見えた。観光資源が収入源となるこの星で事故のイメージは一刻も早く払拭したいのか、それともこの星の住民性か。多くの犠牲者を出した航宙事故は僅か数週間で過去のものになりつつあるのかもしれない。
それが戦艦スレイプニルから降り立ったランジョウが最初に感じ取ったことである。その証拠にマスドライバーの離着陸場を一望できる観覧スペースには小さな人影が密集しており、ランジョウの姿を捉えるや否や歓声にも近いどよめきが巻き起こっていた。
民衆から見ればランジョウの姿など小さな豆粒程にしか見えないだろう。それでも民衆からすれば多くの惑星を統治する皇帝を直に見る事など一生に一度あるかどうかなのだ。そう考えれば彼等の反応は仕方がないのかもしれない。
民衆からの声援に軽く手を上げて応えていたランジョウは護衛と思しき駐留帝国軍等によってすぐさま室内に誘導された。マスドライバーの中は亜空間のように無機質で、真っ白な通路を進んでいくとやがて来賓を迎えるVIP用の待合室に辿り着いた。
VIP用の待合室内で待ち受けていた大勢の人々はランジョウの姿を見ると笑顔で手を鳴らし、中には歓声を上げる者もチラホラ見受けられた。セルヤマに到着して最初のイベントは、皇帝の来星を歓迎する式典として、住民達から様々な催しを見せられる予定となっていたのだ。
「(事故後だというのに……のどかなものだ……だからこそ奴を隠すには都合が良かったのかもしれんがな)」
ランジョウは笑顔を振りまきながら心の中で呆れると用意された座席に腰を下ろす。彼の着席と同時に拍手が徐々に収まり、ランジョウに続いてセルヤマ星に関わる錚々たる面々が腰を下ろした。
「え、ええ皇帝陛下! この度は我らセルヤマ星の住民の為はるばる足をお運びいただき、感謝に堪えませぬ。ささやかではありますが歓迎の儀を執り行わせていただきますので……僅かな時間ではありますがどうぞごゆるりと……」
進行役の男が緊張しっぱなしの口調で言葉を並べる中、ランジョウは周囲を見回してから彼の左右に腰を下ろす男たちにそっと視線でけを送っていた。
やがて進行役の男の言葉が終わると、正面に派手な装いの数人が並び立ってセルヤマ星文化の一つである舞を踊り始めた。独特な音楽に合わせて踊る様々な星の特性を持つ老若男女の舞を眺めながらランジョウは小さく口を開いた。
「ストラス知事。昨年は大儀であったな」
ランジョウは舞から視線を外すことなく右隣に腰を下ろす男にそう告げる。準惑星セルヤマを管轄するアイゴティヤ星知事クリフォード・ストラスはランジョウの労いの言葉に小さく微笑みを返していた。
「昨年……諜報員の摘発の件ですかな?」
クリフォードの言葉に振り返る事なくランジョウは口だけを小さく動かし続けた。
「ああ、そちも聞いておろう? あの事件の発端は隣国の権力争いの一端に過ぎん。だからといって密入国者を野放しにしておくわけにもいかん。国際問題でもあるこんな面倒事の処理を押し付けたのだ。労いの言葉をかけてもバチは当たるまい」
「私目は微力を尽くしたに過ぎませぬ。何よりテセウス・ガイムラン中将の迅速な対応があってこそかと」
クリフォードはそう言ってランジョウを挟んで腰を下ろすテセウスの方にチラリと視線を送っている。当のテセウスは頭頂部の耳を微動だにさせることなくランジョウ同様に口だけを動かした。
「自分も任務を全うしたに過ぎませヌ。陛下から労っていただくなど畏れ多イ……」
「2人とも良い心がけだ」
ランジョウは歪んだ薄い笑みを浮かべる。彼は決して両隣に腰を下ろす壮年の2人に視線を投げることなく舞からは視線を離さなかった。
やがて舞が終わると踊り手達は並んでお辞儀をした。中々激しい踊りであったにもかかわらず踊り手達はそれほど息が切れている様子もない。セルヤマ星は準惑星という事もあり混血の人間が人口の大半を占めているが、もしかしたら身体が強いスコルヴィー人の血が多いのかもしれないとランジョウは思った。
ランジョウが踊り手達に小さく拍手を送ると、それに倣って観覧する有力者たちも手を鳴らす。踊り手達がお辞儀したまま後退していく中、クリフォードは拍手の中でランジョウにのみ聞こえるくらいの声で言葉を投げかけた。
「陛下。その件について一つ質問させていただくことをお許しいただけますでしょうか?」
「……申してみよ」
ランジョウは初めてチラリと視線だけをクリフォードに投げると彼は微笑みながら来賓席には聞こえる声量に上げて尋ねてきた。
「隣国より諜報員の情報が流された時、他にも多くの潜伏する星がございました。その中でセルヤマを対象としたのは陛下の鶴の一声があったと聞いております。何故陛下はこのセルヤマをお選びになられたのかと……」
ランジョウは拍手する手を止めないまま視線を正面に戻すと小さく口角を上げた。端から見ればありふれた疑問だろう。しかしクリフォードが宰相派と知る人間からすれば意味は違った。宰相派の中でも頭の切れるこの男がありふれた質問などする筈がない。何かを探っているに違いないのだ。
ランジョウの口角は上がったままである。しかし彼は取り留めて焦った様子もなく平然とクリフォードの方に初めて振り返った。
「セルヤマを選んだ事が不思議か?」
「はっ。私如きではありますが足りぬ頭を巡らせてみましたが軍事的、政治的な面から考えればクリオスやカルキノス、ジュラヴァナなどの方が重要に思えてならなかったものでして」
クリフォードはあくまでも有効的な笑みを浮かべながらそう告げる。ランジョウはそんな彼の笑みを真正面から捉えながら同様に薄い笑みを浮かべた。
「左様か……しかし残念ながら余はそちが思う程深く考慮はしておらぬ。我が国の民は素晴らしい生産性を持つがガス抜きは誰にでも必要であろう? このセルヤマはそのガス抜きにはうってつけの星だ。何より余もこのセルヤマに一度は来てみたいと思っていたのでな。そんな時に隣国の不届き者が居てはおちおち妾探しも出来ぬではないか」
ランジョウの笑みに周囲は戸惑いの表情を浮かべる。これは世に聞く堕落的な生活を重ねる絞りカスの言い分とほとんどの人間は思うだろう。しかし宰相派のトップにいるであろうクリフォードやテセウスの意見は少し違った。あの真昼の血闘……ザイク=モウト・イルバランの件が彼等の中では妙に引っ掛かっていたのだ。裏で皇族派の手が廻っていたとしても愚弟如きにあのザイクを打ち負かすことが出来ようか? その疑念はやがて正体の掴めない不気味さに変貌していった。それは2人だけに限らず宰相派の中でもランジョウをあまり侮らない方が良いという意見が徐々に増えてきていたのだ。
「こ、皇帝陛下! よろしいでしょうか!?」
ランジョウの本性を探る面々の心理など知る筈もない進行役の男が緊張した面持ちで声を上げる。薄い笑みを浮かべていたランジョウはその微笑を保ったまま男の方に振り返る。気付けば男の背後にはまだ童子ともいえる子供達が1列に並んでいた。
「その子たちは?」
ランジョウはまるで聖人君子のように柔和な微笑みでそう尋ねると男は緊張による汗を額に浮かべながら胸を張り背筋を正した。
「ははっ! 此度の事故で親族を亡くした子供たちです! ぜ、是非とも陛下から励ましのお言葉をおかけいただければ……」
男の言葉を聞き流しながらランジョウは横一列に並ぶ少年少女等の表情を見つめる。親兄弟を亡くした悲しみが早々に消えるはずもない。それが一般論であるが元より天涯孤独同然だったランジョウからすれば彼等の心情は分かりかねた。
「……」
ランジョウは笑みを解いて冷たい表情を浮かべながら立ち上がる。立ち上がる皇帝の姿を見た進行役の男はその場で跪き、腰を下ろしていた面々は皇帝だけを立たせる訳にもいかない為かぞろぞろと立ち上がった。
ランジョウは一歩前に出ると一列に並ぶ子供たちの前を横切っていく。どの子も悲しみが拭いきれないような悲壮感に満ちていた。
「……」
ランジョウはカルキノス星人の少女の前で立ち止まった。その金色の瞳と青い肌を持つ少女は他の子等とは違い悲観的な雰囲気は皆無で皇帝であるランジョウを興味深そうに見つめ返してきたのだ。
「……余の顔に何かついているか?」
ランジョウはまたしても薄い笑みを浮かべながら少女の前で屈みこむと、少女は目を丸くしながらただただランジョウを見つめていた。そして頭の中の整理がついたのかパァっと明るい笑顔になると声を上げた。
「皇帝陛下って……アニキ君にそっくりですね!」
突拍子もない言葉に周囲は息を呑む。子供とは怖いものを知らないもので自分の目の前にいる人間がどれほどの人物か理解が出来ていない者なのだ。
「……余が……そなたの兄君に似ているのか?」
「いいえ。お兄ちゃんのアニキ君に似てるんです」
訳の分からない言葉に周囲は益々戸惑うがランジョウだけは違った。
ランジョウは一瞬目を細めると大きく口角を上げてゆっくりと立ち上がった。彼は確信する。そしてその確信は彼の今後の展望を明るく照らすものに違いなかったのだ。
「……左様か。いずれ……そのアニキとやらに会う日が来るかもしれんな」
ランジョウはそう言って少女に背を向ける。そして一列に並ぶ子供等に上辺だけの歯に付くような慰めの言葉を与え廻った。
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歓迎式典の会場となるVIP用の待合室への入室は厳戒態勢であった。ジュラヴァナから到着した神聖ザイアン隊のスコット・ヒーリングとソレント・マーヴィンは枢機卿からの紹介状のおかげで入室を許されたが、当然と言うべきか一切の武器の持ち込みを禁じられていたのだ。
「やっぱり丸腰やと落ち着かへんなぁ……」
副隊長のソレントはそう言ってどこか落ち着かない様子で身体を小刻みい揺らしているがスコットは違った。彼は皇帝と少女が躱す言葉を一言一句聞き逃さないように聞き耳を立てていたのだ。
「……面白い事言う子やな」
スコットはそう呟くと皇帝と少女の姿を見つめたまま背後のソレントに声をかけた。
「あの子……一応犠牲者家族なんやな?」
「ん? ああそう聞いとるけど」
「その割には他の子と違うて元気なもんや。あの子の名前、分かるか?」
その問いにソレントは持っていた端末から今回の式典の来場者リストをすぐさま調べ上げた。
「えぇと……エミリア・オコナーっちゅう子やな。花火師の家の子で今回の事故でお兄はんを亡くしたみたいや。可哀そうにな」
「……エミリア・オコナーか。クロウ・ホーゲンと繋がりがあるか調べとかなあかんな」
スコットはそう告げると少女の姿をジッと見つめる。別に彼はカンが鋭い訳ではなかったが、敬愛するコウサの為ならばどのような些細なことでも調べる必要があった。彼はクロウ・ホーゲンの生死を調べる為ならば悪魔に魂を売る覚悟さえしていたのかもしれない。




