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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3357年 復古宣言 [中編]
75/110

第26話『錯綜』

【星間連合帝国 クリオス星―カルキノス星間宙域 恒星間運送業社用護衛艦 ブリッジ】



 仕事内容が簡単そうな時にホッとする奴はひよっ子である。それは誰かから聞いた恒星間運送業社運送保安部の戒めにも近い教訓なのだが、今では彼女は自分の言葉にしていた。


「部長、報告にあった輸送船の鹵獲が完了したみてぇです」


通信士の報告を聞いたマリアン・ブランドは艦長席に腰を下ろしながら「ん」とだけ返事をすると大きく欠伸をした。こめかみから生える歪曲した角にアクセサリーを付け替えるとマリアンはモニターに映るボロボロの輸送船を見つめる。


「(やっぱり誰か乗っちょった……パパもあん人もまーた厄介事に首突っ込んどのかねぇ?)」


明らかに堅気とは思えない風体のマリアンは同じくならず者の風貌をしたブリッジの面々を見回す。しかし彼女の心情とは裏腹に、ブリッジ内スタッフは仕事後の一杯の話や以前引っ掛けたフマーオス人女性の話をしたりしている。


 恒星間運送業社運送保安部。それは宇宙海賊を始めとする外敵から輸送船を守る事を主な業務としている。そしてその部署の裏の顔はブランドファミリーのマフィアで構成されていた。部員の殆どは宇宙海賊上がりか前科者だらけであり、彼等の存在こそが恒星間運送業社の黒い部分と称される所以でもある。


「部長、一応被害報告しといていいスか?」


体全身に入っているタトゥーのおかげで最早肌の色が定かではない男がそう告げると、マリアンは気怠げに振り返った。


「被害報告って何ね? 全員投降したんじゃろ?」


「輸送船の中に居た内の3人が投降前に暴れやがったもんで」


「殺しちゃったの?」


「逆っス。ウチのモンが29人ブッ飛ばされました」


その報告にマリアンは面倒くさそうな表情を浮かべた。


「何ばしとっとね。保険が下りても面倒じゃわ。大体相手はガキンチョじゃろ?」


「ただのガキじゃねぇみたいスよ。鬼みてぇな奴が二人とスゲェ動きの奴が一人居たみたいス。そんでもって更に驚きなのが、その3人の内の1人ってのがクリオスで行方くらましたカンム・ユリウス・シーベルの小僧らしいんスよ」


「誰ねそれ? 興味ないわ」


マリアンは不愉快そうに経費から落とされる被害保険の事を考えていると通信士が横やりの様に再び報告してきた。


「部長。一先ず今こっちの船に移送完了みてぇっす」


報告を聞き終えたマリアンは「ん」と告げて片手を払うと、報告に来ていた男は軽く会釈して彼女の前から去っていった。マリアンはひじ掛けに頬杖を突きながらモニターを眺める。

 クリオス星に在中しているブランドファミリーからの報告によって齎されたクリオスから出た個人用輸送船。アマンダと呼ばれる酒場の輸送船であり、日頃から恒星間運送業社に賄賂が送られているので見逃していたが、何故か今回に限り本社より調査命令が下された。今回の調査における過程を思い返しマリアンは面倒そうにため息をついた。


「(なーにをやっちょるんじゃろねーウチの男連中は……わぁ(私)に面倒事押しつけんとってくれりゃええんじゃけど)」


もともと出世欲など無い彼女からすれば穏便に安定した給金が貰えれば何の不満もなかった。父である会長ライアン・ブランドのコネでこの恒星間運送業社に入り、その血筋だけで現職の地位を手に入れた彼女は自由に遊ぶお金があれば何の文句もない。唯一の不満があるとすれば別段好きでもない男をあてがわれて2人も子供を生まされた事くらいだろう。

最もその世話もほとんど会っていない夫がしているのだが……


「部長。ドッキングルートの回収も終わりやした」


通信士の報告にマリアンはまたしても「ん」と返してゆっくりと立ち上がった。


「じゃアイゴティヤに帰るけんね。連中ばさっさと本社に引き渡して、わぁ達は定時帰宅じゃ」


マリアンの言葉にブリッジ内の船員は「うぃーす」と気のない返事をして各々作業に取り掛かり始める。しかしそんな中でメイン操縦席に座る青い肌の少女はアイマスクとヘッドホンをしたままピクリとも動かなかった。


「操縦席。聞いとんの?」


両足をクロスして操縦桿に掛けていた少女は未だ動かない。

するとマリアンは小さく舌打ちをして艦長席から降りると、操縦席までズカズカと歩み寄りヘッドホンをむしり取った。


「聞こえとらんみたいやね」


マリアンはそう言って少女の頭に手を振り下ろすと少女は体をビクッと動かす。少女はアイマスクを額に乗せて半開きの瞼の奥に金色の瞳を輝かせながらでマリアンを見上げてきた。


「あぁ……すいませんどうも」


「娼館行きが嫌じゃったら真面目に働き。注意に2度目はないで? ジャネット?」


「そうっスね。気をつけるッス。ハイ」


ジャネットと呼ばれる少女はヘッドホンを首にアイマスクを額に乗せてモデルのように長いて足を伸ばして背伸びをしている。その舐めきった横柄な態度にマリアンは聞こえるような舌打ちを鳴らして艦長席に戻った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【星間連合帝国 クリオス星―カルキノス星間宙域 宇宙海賊ホーンファイト小型艦】



 急転した事態に宇宙海賊ホーンファイトの首領レオナルド=ジャック・アゴストは困惑していた。監視をするように告げられた輸送船が恒星間運送業社の護衛艦に襲撃され、中から何かを運び出されていたからである。監視という指示を受けていた彼からするとこれは不測の事態であり、その後の行動に関しては依頼主の判断が必要と考えられた。


「……全然繋がらない。参りましたね」


レオナルドはその可愛らしい童顔で困った表情を浮かべる。

先程から依頼主であり宇宙海賊の統括マーガレット・ガンフォールに通信を試みているが繋がらない。いや、正確には繋がっているのだが出てもらえなかった。

 そうこうしている内に輸送船から護衛艦へ何かの移送が終わったのか、ドッキングルートの回収が始まっている。護衛艦は旋回行動に移り帰路につこうとしていた。


「あらら……どうしますかね……ん~……」


レオナルドは腕を組んで小柄な体を丸めると、無重力空間の中でボールのように回転した。


「……うん。仕方ないですね」


彼は自分に言い聞かせるように腕組を解くと再び体を回転させて後部デッキに向かった。

 後部デッキに入ったレオナルドは早速CSを着用すると壁に掛けられている多種多様の武器を眺めた。と言っても状況的に選べる武器は1つしか無い。


「ま、いつもどおりですね。さて、一先ず足止めして中からのリアクションを確かめますか」


彼はそう言って巨大な出刃包丁のような対艦刀をヒョイと持ち上げて軽々と背負い込む。


 レオナルドの行動は決まっていた。状況が分からない以上、一先ず中から脱出を試みるような行動があれば援護し、再び輸送船に乗せて予定宙路に戻せばいいと思ったのだ。彼は壁のボタンを押して内の空気を真空にするとハッチを開いた。


「さて、と。まずは適当にエンジンでも潰しますかね」


レオナルドはそう呟くと漆黒の宇宙空間に飛び出す。そして背部スラスターを起動させて護衛艦に向かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【星間連合帝国 クリオス星―カルキノス星間宙域 恒星間運送業社用護衛艦 営倉】



 「兄貴! 説明してくれんかのぉッ!」


営倉の中に血気盛んなビスマルクの声が響き渡る。耳元で叫ばれたらしいダンジョウは思わず耳を塞ぎながら顔を引き攣らせていた。


「バカ! デケェのは背丈だけにしろ! あーもう鼓膜破れるかと思ったー」


耳の中に指を入れながらダンジョウは眉間に皺を寄せる。

すると営倉の中でも美しいイレイナは困ったような表情でダンジョウに微笑みかけた。


「殿下。私としても今回の件はあまり賛同できないのですが……」


「……戦力的に……不利は承知……しかし……某であれば……あの程度……」


珍しく普段は口数が少ないベンジャミンも重い口を開くと、ビスマルクは割ってい入るようにダンジョウに詰め寄った。


「2人が言いたいんはあんな連中オラ1人でブッ飛ばしてやったっちゅうことじゃ!」


的外れな回答にベンジャミンは無表情で漆黒の髭をなぞりながら鼻を鳴らした。


「……貴様の……単純さには……頭が下がる……」


「何じゃコラァッ!?」


ベンジャミンの皮肉にビスマルクは目を吊り上げて躙り寄ると、ダンジョウは慌てて2人の間に割って入った。恐らくこの2人はイライラしているのではなくそれが平常運転なのだろう。カンムは心の中でそう思っているとダンジョウは2人の額をペチンと平手で打った。


「やめろっちゅーに! 1回話すから座れ」


ダンジョウがそう告げるとビスマルクは不服そうにベンジャミンから離れてドカリと地べたに腰を下ろす。すると着席早々に壁にもたれ掛かって腕を組んでいたカンムに後ろ指を指してきた。


「兄貴! 逃げたんもそうじゃが、この年寄り小僧をオラ達と一緒くたにしとんのが気に食わん!」


「それには同意です。拘束も解き更に武器の携帯も許可するとは……少し軽率かと思いますが」


「……殿下の御身は……お守りします……が……この者を……失神させる……許可を……いただきたい……」


三者三様の物言いをカンムは黙って受け入れていた。

 現状は芳しくない。恐らくブランドファミリーはこれから5人を様々な点で利用するだろう。カンムは過去の事件の重要人物として。そしてダンジョウは対宰相の交渉材料として……そして何よりも彼等に捕まった以上、逃げ出すことは難しい。先の事を想定すれば今ここで彼等に殺されるのも後でブランドファミリーに殺されるのも変わりないのだ。

 ビスマルク、イレイナ、ベンジャミンの3人がそれぞれの意見を叫ぶ中、カンムは黙ってダンジョウの方に視線を送る。すると彼は咎めるでも叱るでもなく、一言冷徹な声を発した。


「うるせぇぞ。黙って聞け」


ダンジョウの口調にカンムは少し驚きながら彼の表情を窺う。すると他の3人も同様に神妙な面持ちでダンジョウの方に体を向けてきた。どうやら彼等にはダンジョウが真剣になれば同じ方向を向くという共通点があるようだった。

 ダンジョウは適当な場所に腰を下ろすとカンムを指して告げた。


「いいか。まずコイツはババァの両親を殺ってねぇ。濡れ衣ってやつだ」


そう告げられた3人は少し驚いたように顔を見合わすとイレイナが代表するかのように訪ねてきた。


「根拠は?」


「コイツがそう言ってるからだ」


突拍子もない回答と思ったのだろう。3人は再びひな鳥のように口を開こうとするがダンジョウは両手を前に出して3人の動きを止めると話を続けた。


「分かってる。でもな。コイツの言うことが俺はどうも嘘とは思えねぇ。だからそれが本当かどうか確かめる意味でもコイツを今縛り付けてる連中に会う必要がある」


「……連中とは……ブランドファミリー……ですか……?」


ベンジャミンの問にダンジョウは軽く頷き更に話し続けた。


「コイツは過去に当時の宰相を殺したことにされてる。そいつを見逃す代わりにババァの両親を殺した事件の加担者にでっちあげられた。そうすりゃ酒場のフィルディクナ達みてぇな一族を助けるっていう条件を出してな。そんでその話を持ってきたのが黒幕のルネモルンの野郎だ。そんでもって更にブランドファミリーが一枚噛んでやがる」


「真相を聞き出す。そういう事ですか?」


イレイナが美しい表情を保ったまま顎に手を当てて考えるようにそう告げると、ダンジョウは彼女の方に振り向きながら頷いた。


「そういうことだ。まずはこのマフィア連中の頭から話を聞いてみる」


「我々の事はただの密入者と認識しているはずです。国内最大クラスのマフィアの頭領と我々が話すチャンスは少ないと思いますが?」


イレイナの苦言は最もだったが、ダンジョウはまるでそれすらも見通していたように微笑んだ。


「多分大丈夫だろ。確証はねぇけど連中は俺達の素性に気付いてる可能性がたけぇ」


ダンジョウがそう告げるとビスマルクは慌てて立ち上がった。


「な、何でじゃ!?」


「考えてみろ。何で連中は俺達の輸送船を襲ってきやがったんだ?」


ダンジョウの問いにビスマルクは首を傾げるとイレイナはカンムの方に視線を投げながら答えた。


「クリオス星の事を考えるなら、そこにいるカンム氏を捕らえる為では?」


「この船に乗るまで尾行はなかった。んじゃ誰からカンムがこの船にいるって聞いたんだ?」


「……よもや……フィルディクナ・ブルートゥが情報を売ったと……?」


ベンジャミンは怒りに満ちた表情で声を震わせるが、ダンジョウはかぶりを振った。


「だとしたら行動が遅せぇ。もうすぐカルキノス宙域に入るところまでグズグズしてねぇはずだ。となると考えられんのが俺達がここに乗ってる可能性があるってことを聞いて念のために調査してたってことだ」


ダンジョウはそこまで告げるとゆっくりと立ち上がった。


「ルネモルンとブランドファミリーが繋がってんなら、宰相派が俺等の事に気付いて調査させたって線が一番しっくりくる。そう思わねぇか?」


「だとしたら尚更捕まるわけにはいかんじゃろ? 兄貴はカルキノスに行ってまずは味方を増やさんと……」


「んな事は後回しでいいんだよ」


ビスマルクの言葉をダンジョウは遮ると、悪戯前の少年のような笑みを浮かべて胸を張った。


「このカンムがワリィ事してねぇんなら嵌めた野郎をぶっ飛ばす。しかもそれをやりゃババァの両親の事件の真相も見えてくる」


「いや、それこそ後回しでエエじゃろ」


ビスマルクは引き攣った笑顔でそう告げると、ダンジョウは呆れたように項垂れた。


「バカ野郎! 俺達のチームは何だよ? 字面は変わっても戦皇団だろ?」


ダンジョウはそう言って再び胸を張ると、両越しに手を当てて堂々と宣言した。


「戦皇団は世の中の平穏を蔑ろにする奴を許さねぇ! それがどんな野郎でもだ! イイかテメェ等! 俺達の最初の喧嘩相手はブランドファミリーだ!」


 大見得を切るダンジョウを見てカンムはキョトンとしながらもその真っすぐな信念にどこか敬服していた。そしてそれは他の3人も同様だったのか、彼等は各々の表情を浮かべながら立ち上がった。


「しゃあないの。兄貴がそう言うんじゃったらオラは手伝うだけじゃ」


「どこかしらでホーゲン中佐に報告する必要がありますね。向こうに着いたら何とかしましょう」


「……どこであろうと……殿下を……お守りするのが……某の……務めでです……」


3人の言葉を聞き届けたダンジョウは満足気に頷くと、カンムの方に振り返ってきた。


「んじゃ、オメェはこれからしばらくはウチ預かりな」


「……私を引き入れるおつもりですか?」


カンムは戸惑いながら尋ねると、ダンジョウはケラケラ笑いながら肩をバシバシと叩いてきた。


「そりゃそうだろ! コイツはオメェの平穏を取り戻す喧嘩でもあんだぞ? あと言っただろ! 俺一応皇族なんだからオメェは、あの、何だっけ?」


ダンジョウが振り返ると、イレイナが察したのか小声で「ユリウスです」と告げると、ダンジョウは「ああそれそれ!」と言って再びカンムの方に振り返った。


「オメェは俺の指南役やってもおかしくねぇじゃねぇか。あ、ビス! オメェも喧嘩しか知らねぇんだから何か教わっとけ!」


「何でオラに振るんじゃ? オラよりも弱っちいこんボケナスに教えた方がええじゃろ!」


「……貴様如きに……劣るだと……?……」


「お? 何じゃ? やるんか?」


ビスマルクとベンジャミンが額をぶつけ合わせると、何故かその後ろに立っていたイレイナの鼻から一滴の血が滴り落ち、再び始まりそうな喧嘩ムードにダンジョウは「やめんか!」と静止に入る。

 彼等を見ながらカンムは不思議な感情に捕らわれていた。

惑星系の双璧を成すマフィアに捕らわれているというのに悲壮感や絶望感が全く感じられなかったのだ。彼はその場で思い立ったように立て膝を付くと、ダンジョウを始めとした4人は彼の行動に気付いて視線を投げかけてきた。


「ダンジョウ殿……。貴方様が私を信じてくださった事……感謝に堪えませぬ。我が命は御屋形様の為に捧げます」


「御屋形様って堅苦しいなおい」


カンムはそう告げるダンジョウを見上げる。その微笑みに彼は生涯の忠誠を誓った。その瞬間――船が急激に旋回して彼等の身体が宙を舞った!

 人工重力装置が切られたのか5人は営倉内に浮かび上がっていると真っ先にダンジョウの声があがった。


「何だおい!? みんな大丈……イ、イレイナ!」


「あ、大丈夫です。これは元からです」


イレイナの顔の前には赤い水滴が舞っているが、それはカンムが先程確認した鼻血に違いなかった。そんな中でベンジャミンはすぐさまダンジョウの身体を掴んで安全を確保し、ビスマルクは小さな小窓から外の様子を窺っていた。互いに無言で各々の仕事をこなす2人を感心しながらもカンムもビスマルクの後ろから外の様子を確認した。


「どうやら原因はあれみたいじゃのぉ」


ビスマルクがそう告げながら見つめる先には巨大な対艦刀を振りかざす深緑のCSの姿があった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



【星間連合帝国 クリオス星―カルキノス星間宙域 恒星間運送業社用護衛艦 ブリッジ】



 蜂の巣をつついたような混乱がブリッジ内で起きていた。

通信士は各所から届く被害報告を叫び続け、先程まで偉そうにふんぞり返っていた艦長席に座る部長も目を血走らせながらモニター越しのCSを眺めている。


「迎撃は!? CS部隊は何しとんじゃ!」


癇癪を起こしたようなマリアンの甲高い声にジャネットはあからさまに不機嫌そうな表情を浮かべる。その耳障りな声は幼少期によく暴力を振るってきた施設教員の声と似ていたおかげでジャネットのイライラは募っていた。


 ――「仕事内容が簡単そうな時にホッとする奴はひよっ子じゃ」


かつてマリアンは偉そうにそんな高説を垂れていたが、それも元は彼女の形式上の夫であるダルトン・ブランドの言葉に過ぎない。もっともマリアンのような人間ならばそれは自分が考えた言葉だと思っている事だろう。

 ジャネットは額に上げていたアイマスクを首元に下げると、金と黒の美しいメッシュカラーをした長い前髪と側頭部のコーンロウを1つに纏めて頭頂部で縛り上げた。そして交感神経を高めるドラッグ入りのガムを口に放り込むと奥歯でカリっと噛み締めた。


「フーーーーッ……」


目の覚めるような匂いを感じ取りながら彼女はヘッドホンを被って操縦桿を握り締める。ヘッドホンからは制御室の状況が聞き取れるが、そこから察するにエンジンはまだ温まり切っていないらしい。


「……うっとうしいッスねぇ……どいつもこいつもどんくさいッス」


ジャネットはそう呟きながらモニターで外の状況を確認すると、深緑のCSは迎撃に向かった自軍のCSをまるで紙切れの様に毟り殺していた。


「(あ~あ~迎撃の砲手も下手ッス)」


ジャネットは益々苛立ちながら腕を組んで片足を貧乏ゆすりしていた。


「(……大体あれってホーンファイトじゃねッスか。ここにいる面子だけじゃどうにもなんねぇッスよ)」


ジャネットはブツブツ文句を言いながら益々貧乏ゆすりを加速させていく。するとここでようやくエンジンの稼働率が上がったことがヘッドホン越しに伝わってきた。

 貧乏ゆすりを止めて急に立ち上がったジャネットはヘッドホンを首元に落として艦長席の方に振り返った。


「部長。逃げようと思うんすけどいいっスか?」


彼女はそう言って口内のガムをプクっと膨らませる。この緊迫した状況の中でもいつもと変わらないジャネットを見てマリアンはさらにヒステリックさを増し、目を吊り上げながら甲高い怒鳴り声を上げた。


「さっさとやんなさいよっ!!」


その怒号を合図にジャネットの眼前で膨らんでいたガムはパンと破裂する。そしてジャネットは「はーい」と気のない返事をして操縦席に腰を下ろし、再びヘッドホンを付けて制御室や整備室に向かって指示を出した。


「自殺願望者以外はエンジンルームから避難してくださいッス。あと外に出てる人は戻れるだけ戻った方が良いっスよ。70秒で帰ってこれなかったら置いてくッス」


ジャネットは心無い指示を残して向こうからの通信を切ると、ヘッドホンからの音声を切り替えてお気に入りの音楽を流し始めた。イントロから始まる過激な爆音とドラッグ入りガムのおかげで彼女の気持ちは挙がっていく。70秒のタイム表記が削られていき、それがゼロになるとヘッドホン内の音楽はサビに差し掛かった。

 ジャネットは金色の目を見開いて操縦桿を握り締める。そして大型戦艦をまるで小型船の様なアクロバット飛行をさせながら撤退を開始した。

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