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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3357年 復古宣言 [前編]
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第24話『精力絶倫なる皇帝陛下』

【星間連合帝国 ラヴァナロス星―セルヤマ星間宙域 皇帝用宇宙戦艦スレイプニル内】



 静寂は時として不安を煽る。不自然なほど順調に進む宇宙船の中でベアトリス・ファインズは嵐の前の静けさのような緊張感を感じ取っていた。彼女が警護に当たる扉の奥からは僅かに女性の喘ぎ声が漏れている。女性の息遣いが激しさを増すたびにそれは演技などではなく本物の快楽を得た声なのだとベアトリスは女性的直感から察していた。


「護衛官殿」


自身を呼ぶ声の先に体を向けると侍従長のジュリアン・フェネスが小さなカートを押しながらゆっくりと歩み寄ってきた。因みに今日の彼女の装いはギンガムチェックをした袴のようなメイド服である。


「お茶をお持ちしました。どうぞご休憩を」


「感謝いたします」


ベアトリスはジュリアンから差し出されたティーセットを受け取る。しかし大柄なスコルヴィー星人である彼女にとってそのティーセットはやや小さく、ベアトリスはまるで料理の味見程度の一吸いでカップのお茶を飲み干してしまった。


「あら嫌だわ。申し訳ございません。護衛官殿用のカップを取り寄せなければなりませんね」


ジュリアンは驚きながらも自らのミスを戒めるように顔を引き締める。そんな彼女を見てベアトリスは苦笑しながら会釈した。


「お気遣いなく。私如きの為に公費を割く必要はございません」


「何を仰るんです。陛下の御身をお守りする貴女が使用するならばそれは必要経費です。セルヤマ星には伝手がありますから到着後に準備させましょう」


「いえ、しかし」


「準備させましょう」


「い、いえジュリアン殿」


「準備させましょう。……ね?」


ジュリアンは小首を傾げながら微笑む。その妙な威圧感にベアトリスは思わずたじろいだ。皇后直轄護衛騎士団にいた頃からベアトリスは彼女とシャインにはどうも頭が上がらない。それが自身よりも小柄な同性というのがベアトリスにとってちょっとしたコンプレックスにも近い屈辱を感じさせていた。


「では、お頼みいたします」


ベアトリスは諦めたように頭を下げるとジュリアンはどこか得意気な表情で微笑んだ。


「大変よろしいお返事です」


「それでその……ジュリアン殿、護衛官殿などとお呼びにならずとも昔のように名前で呼んでいただいて構いません」


「まぁ。護衛官殿を護衛官とお呼びすることに何か不都合が?」


ジュリアンは再び小首を傾げながらそう尋ねてくるが、ベアトリスにとっては不都合というよりも違和感を感じずにはいられなかった。

 皇后直轄護衛騎士団の時代――ベアトリスは一団員に過ぎなかったがジュリアンは護衛騎士団と兼任して皇后陛下の侍従長を務めていた人物である。団長のシャインでさえも彼女に対してはどこか敬意を払っており、平たく言えばベアトリスにとってはジュリアンは雲の上の存在なのである。副団長だったトーマスならいざ知らずベアトリスは彼女から尊敬語的な役職名で呼ばれるのはいささか抵抗があった。


「その、ジュリアン殿は自分にとって目上の方に当たりますので」


「何故です? 前執政大臣殿の手で皇室から追い出された私を呼び戻すよう陛下に取り計らってくださったのは、他ならぬ護衛官殿と側近長殿ではありませんか。恐れながら私に雇用先を紹介してくださった恩人に敬意を払うのは淑女たるもの必然に思われますが?」


「……ま、まさしく。その通りでございます」


ぐうの音も出ない正論にベアトリスは唇を歪ませる。護衛騎士団時代から交渉力において彼女の右に出る者はいないと言われていたが、その力は健在のようだった。

 ベアトリスが論破されると同時に背後の部屋から女性の叫び声にも近い絶頂の声が響き渡った。その声にベアトリスは慌てて振り返ると例の如く扉が横にスライドした。


「ベアトリス。入るが良い」


「はっ」


皇帝に呼ばれたベアトリスは中に足を踏み入れると、そこにはあられもない姿で横たわるカルキノス人美女とランジョウの姿があった。

 ランジョウはサイドテーブルに置かれた琥珀色の高級酒を口に含むと、汗で煌めく引き締まった身体を見せつけるように立ち上がった。


「こ奴を連れていけ。次は……そうだな。趣向を変えクリオス人としよう」


ランジョウはそう言って失神したように項垂れるカルキノス人の美女をベットから蹴落とす。ベアトリスは椅子に掛けてあったガウンを美女に掛けると、軽々と持ち上げてランジョウの方に向き直った。


「クリオス人の宮女は本日7名乗艦しておりますが……」


「左様か。一先ず全員呼び寄せるが良い。余の目に敵う幸運な女がいればよいのだがな」


「はっ。承知いたしました」


ベアトリスは小さく会釈すると、ガウンを通り越して美女の火照った身体の体温を感じ取った。青い肌に似つかわしくない火照りと時折見せる痙攣にベアトリスは少し顔を顰めると扉から覗いていたジュリアンが苦笑しながら入室してきた。


「これは何と……いささか羽を伸ばしすぎですね坊ちゃま」


室内を怪訝な表情で見回すジュリアンだったが、ランジョウは彼女に一瞥もくれることなく再び酒を煽った。


「ジュリアン・フェネス。そなたに入室の許可を出した覚えはないが」


「侍従長には必要とあらば陛下がいらっしゃる場合に限り独断で入室することが許されております」


「それは余が急病などの危険性にあった場合のみであろう?」


「左様にございます。今は坊ちゃまが性交渉により要らぬ病を持った可能性があります故、入室させていただきました」


屁理屈を言いながら辺りを片付け始めたジュリアンを見てベアトリスは狼狽するしかなかったが、ランジョウは面白そうに笑みを浮かべながらグラスを空けた。


「なるほどな。だが性交渉後にそれほど早く発症する事もあるまい。要らぬ心配ではないか?」


「いついかなる時も万が一に備えるのが侍従長の務めですので」


よくよく考えれば、年頃の男子が年配の世話係に情事を見られるという状況である。それはくだらない論戦なのだが何故か2人が交える言葉には思わず聞き入ってしまう力強さがあった。

 ベアトリスは全裸の美女を抱えたまま右往左往しているとジュリアンはどこからともなく取り出した氷嚢を美女の額にそっと当ててきた。


「非常に健啖家です事。生前の御父上を思い出しますわ」


ジュリアンがニコリと微笑みながらそう告げるとランジョウはあからさまに不愉快そうな表情を浮かべる。そして空になったグラスをテーブルに置くとジュリアンを睨みつけた。


「興が削がれた。もうよい。ベアトリス、セルヤマまであといか程か?」


「はっ、ええ、あの」


「あと2時間ほどにございますよ坊ちゃま」


たじろぐベアトリスを差し置いてジュリアンはニンマリと微笑みながらそう告げると、ランジョウは小さく舌打ちしてから立ち上がった。


「着替えを持て。式典後に市街に慰問に入る故、警備の算段を立てておくのだ」


ランジョウはジュリアン、そしてベアトリスにそう告げるとそのままベッドから飛び降りる。そして前方モニターを起動させるとそこに小さく浮かび上がる星を拡大した。


「……セルヤマ……我が愚弟を育てし星……か」


ランジョウの小さな囁きを耳にしながらベアトリスは美女を抱えて退室していく。着替えを持つジュリアンは普段と変わらない笑みを浮かべながらランジョウの後姿を見つめていた。

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