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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3357年 復古宣言 [前編]
71/110

第22話『冷酷無残な元老院議員』

【ローズマリー共和国 惑星パルテシャーナ 元老院議事堂 元老院議員用個室】



 ホログラムで映し出される報道を眺めながらエリーゼ・ゴールベリは小さく息をつく。


『今回の選挙は特に波乱もなく予想通りの結果で幕を下ろしました』


報道する女性キャスターが淡々と告げるその言葉は、当事者であるエリーゼからすると若干配慮にかけるように聞こえなくもない。

 キャスターはそれから各派閥の議席獲得率について少し触れると、僅かに表情を緩ませながらエリーゼの事を語りだした。


『ですが、予想通りといってもやはり驚きなのはエリーゼ・ゴールベリ元老院議員の当選ですね。議員は今年27歳。20代の元老院議員誕生は実に前々元老院議長であるヴェルゲミーナ=アイナ・ホーゲン女史以来とのことです』


キャスターの取って付けたような驚きの表情にエリーゼは少しうんざりする。キャスターの台詞は事前に送られてきた台本と相違なく、彼女はキャスターよりも女優の方が適任なのかもしれないとエリーゼは心の中で皮肉った。


 今やエリーゼは共和国内でのニューヒロインのような扱いになっており、次世代の指導者として多くの国民から期待を寄せられている。そのプロパカンダも全てはエリーゼ自身が作り上げたものだったが、そんな用意周到な彼女でも今回の元老院選挙において及ばなかった箇所はあった。


「穏健派の議席が8割か……」


当選した新元老院議員の名簿リストを再確認するエリーゼは唇にそっと撫でながら呟く。自らが所属するミリアリア・ストーン元老院議長が束ねる穏健派が占める結果は単純に言えば勝利と言えるだろう。しかし再選を果たした名前を見てエリーゼは訝しげな表情を浮かべずにはいられなかった。


「チェン議員ですか」


その心中を察してくれたのか彼女の傍らに立っていた秘書官グラハム・コックスは後ろ手に組みながら問いかけてくる。彼の言葉通り、得票数において末席ではあるが保守派の筆頭マルグリット・チェンの名前は確かに存在していた。

 帝国で起きた共和国諜報員摘発事件。この事件は共和国では少し違った形で報道されている。エリーゼが流した情報は

《宇宙船の事故などによって不本意に帝国に入ってしまった、或いは拉致された共和国民がEEA(共和国諜報機関)の手で救出されたが、マルグリット・チェン元老院議員の情報漏洩により複数の被害者を出した》

というものだった。


「……ロビー活動が少し足りなかったわね」


エリーゼは自嘲しながらそう呟くとグラハムは彼女を労うかのようにポジティブな言葉を連ねてきた。


「しかしおかげで保守派は確実に議席を減らしました。ストーン議長の支持者も増えております」


「そうね。でもこの元老院議員という地位を手に入れた今、穏健派に貢献する必要はもうなくなったわ」


その言葉にグラハムは少し驚いたような表情を浮かべるが、エリーゼは気にせずティーカップを手に取った。

 紅茶を一口含むとエリーゼは渋い表情を浮かべる。その表情の原因は決して紅茶の苦みが原因ではなく、彼女の今後の展望の前に立ちはだかる壁の多さに対するものだった。


「私が元老院議員になった以上、これからは私の派閥を作る必要があるのよ」


その真意を知りたそうな顔をしているグラハムにエリーゼは微笑みながら答えてあげる。しかし、彼は怪訝な表情を崩すことはない。どうやら彼はエリーゼが排除政策でも起こすのではと勘違いしているようだった。


「安心して。私がするのは排除ではなくて改革よ」


「……と、申しますと?」


グラハムはようやくホッとしたように胸を撫で下ろすと、エリーゼはティーセットを置いて彼の方に向き直った。


「現状では帝国と対等に渡り歩くことは難しいわ。その最たる要因が国力の違い。私達が帝国に対抗できる武器は医療技術や人体細胞のサイエンスしかないのにストーン議長達穏健派は未だにこの武器だけで帝国と渡り合おうとしてる。バカげてるわ」


エリーゼはそう告げて微笑みながらかぶりを振る。事実上の国家元首でもある元老院議長を嘲笑うかのような態度だが、グラハムは咎めることなく一考してから尋ねてきた。


「ではどうなさるおつもりです? 帝国と同等の力を急に得ることなど出来ぬと思いますが?」


「当然よ。国民の総数、領星の数、ヤシマタイトの産出量、その他の科学技術、食料生産率、経済力。殆どの面で劣っているこの国が全て同等になるなんて余程のイレギュラーがない限り不可能だわ」


「では……」


グラハムが言いかけたところでエリーゼは微笑みながら手を差し出して彼を制止した。彼女はその手をそっと彼のデスクの方に向けると、彼の座席に設置された来客を告げるランプが点灯していた。


「これは失礼いたしました」


話を中断されるとグラハムはドラマの続きが気になる少女のように若干の歯痒さを見せながら足早に扉の方へ向かった。

 扉に手をかけるグラハムの背中を見つめながらエリーゼは先程までとは一転して柔らかな表情から冷酷な無表情に切り替える。いや、彼女は緊張を冷酷さで隠していたのかもしれない。複雑な感情が渦巻く中、グラハムが開いた扉の先を見据える。

 入ってきた少女を見てエリーゼは目を細めた。パルテシャーナ星人は翠の瞳を持ち線の細い体系をしているのが大半である。しかし入室してきたその少女は翠の瞳こそあれど、帝国の女性らしい肉付きと、この国では珍しい赤毛を生やしていた。しかしそれ以上に目を引くのは少女の顔左半分を覆う痛々しい眼帯である。残った右目を泳がせている少女を見てエリーゼはその心中を悟られぬように敢えて傲慢な態度で鼻を鳴らした。


「あら? 挨拶も出来ないのかしら?」


絵に描いたような嫌味口調でエリーゼは薄い笑みを浮かべる。すると少女はほんの一瞬表情を歪ませてから跪いた。


「……はじめまして。フィーネ・ラフォーレと申します」


「ラフォーレ。母親から本当の苗字は教わらなかったの?」


エリーゼは威圧するように言い放つとフィーネは改めて言い直してきた。


「……失礼いたしました。フィーネ・ゴールベリと申します」


「私は母親に教わらなかったのかと聞いたのだけど? 受け答えもまともに出来ないのね」


エリーゼは厭味ったらしくそう告げる。

 その様子を見ていたグラハムの表情は明らかに戸惑っているようだった。当然である。エリーゼはどれだけ無能な部下に対してもここまでの対応を取ったことはない。無論、大きなミスがあれば毅然と注意はするが、このように虐めじみた行動をとる女性ではなかったからだ。


「(……この子が……確かに“あの人”に少し似てるわね……)」


エリーゼは組んでいた腕に力が入っていることに気が付いた。彼女の右手は爪を立てて自らの左腕を握り締めていたのだ。

 怒りと憎しみ……様々な負の感情と僅かにある情けの感情によってエリーゼはフィーネを見つめ続けた。


「……立ちなさい」


エリーゼの命令にフィーネは大人しく立ち上がる。左半分は覆われていても、フィーネの顔は美しかったであろうことが想像できる。その点は見た目だけが取り柄だった母親……エリーゼの姉によく似ていた。


「……聞いているかどうかは知らないけど、もう自分でも分かってるわね? 貴女の母親は私の姉。つまり貴女は私の姪ということになるわ。父親はゴールベリ家の庭師をしていた男だったけど……その忌々しい赤い髪なんかそっくりよ」


エリーゼはそう言って立ち上がるとフィーネに歩み寄る。一歩づつ近づく度に彼女の中に忌々しい思い出が蘇っていった。優秀なB.I.S値を出した自分に嫉妬の視線を投げかける姉、そしてその姉に垂らし込まれて情事に耽っていた薄汚れた男の息づかい……いつの間にかフィーネの眼前にまで迫っていたエリーゼは、気付くと右手を伸ばし彼女の頬をガッシリと掴んでいた。


「……貴女は母体出産で生まれた穢れた存在。ただそれは貴女が望んだことじゃないでしょう。私が優秀に生まれたのと同じようにね」


「……」


フィーネの残った右目はブレることなくエリーゼを見つめている。その目はある種の決意に満ちているように見えたが、エリーゼはそんな目を信じなかった。姉同様にこの娘にそれほどの胆力がある筈はない。そう確信していたのだ。


「左目の再生は難しかった様ね?」


エリーゼはフィーネから視線を動かすことなくグラハムに尋ねると彼はハッとしながら頷いた。


「はっ。損傷から10時間以上経過しており自然治癒状態に入っていたこともあって、新たに眼球を作っても視神経の接続は厳しいとのことです」


「そう。仕方ないわね。これも天命と受け入れなさい」


エリーゼはそう言って投げ捨てるようにフィーネの顔から手を離す。そして彼女に背を向けて再び自らの椅子に腰を下ろすと、椅子を回転させて改めてフィーネの方に向き直った。


「本来なら貴女などに構うつもりはないのだけれど、一応の血族としての情け。そして今回の潜入捜査における功績を評価してチャンスを上げるわ……グラハム」


「はっ?」


グラハムは返事とも戸惑いとも取れる声を上げると慌てて走り寄ってきた。


「今後は貴方の家で一般教養と淑女としての作法を学ばせなさい。そして今後自立出来るよう教員をあてがってあげるわ。()()()のね」


エリーゼの言葉にグラハムだけでなくフィーネも僅かに顔を歪ませる。そんなフィーネの表情を見逃すはずもなく、エリーゼは無慈悲で冷酷な表情を保ちながら見捨てるかのように言い放った。


「当然でしょう? 選択肢があるとでも思っていたのかしら? 貴女はこの国では最下層の身分なのよ? 貴女が生き残るには今まで以上に厳しく、そして女性ならではの特技を用いた技術を磨いてもらわないとね。我が国の為にせいぜい処女は大事に守っておきなさい」


エリーゼはそう言い放つと、既に興味が失せたと言わんばかりに椅子を回転させて姪に背を向けた。


「話は終わりよ。グラハム。彼女の身分は使用人扱いで構わないわ。ただ男は近づけないように。それと指定された時間にEEAの特殊訓練所に向かわせるのを忘れないでちょうだい」


「……はっ」


グラハムの返事を聞き届けると、ややあって彼がフィーネを誘導する声がエリーゼの耳に入った。

彼とフィーネの足音を聞き届けるうちに、やがて扉の開閉音が鳴り響く。背後から人の気配が消えた瞬間にエリーゼはようやく一息つくと、再び椅子を回転させて誰もいなくなった部屋とその先にある扉を見つめた。


 ――「ではどうなさるおつもりです? 帝国と同等の力を急に得ることなど出来ぬと思いますが?」


先程グラハムが告げた質問を思い出す。そしてエリーゼは小さく微笑むとデスクにディスプレイを浮かび上がらせてフィーネの情報を映し出した。


「……帝国に自ら差し出させればいいのよ。女の武器を使ってね」


エリーゼはそう告げて機器を操作するとフィーネの情報の隣に帝国皇帝ランジョウ=サブロ・ガウネリンの情報が新たに浮かび上がる。

 同い年の男女を交互に見つめながらエリーゼは悪魔のような笑みを浮かべていた。

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