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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3357年 復古宣言 [前編]
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第19話『一期一会の夜 後編』

【星間連合帝国 クリオス星 ヴェイリヨン大陸 カルサック地区ヴェスラー 酒場アマンダ】



 意識を取り戻したカンムは、まず自分が生きていることに驚いた。記憶に残っている最後の光景から考えると、今頃マフィア連中にリンチを受け簀巻きにされて海に捨てられていてもおかしくなかったからだ。

 薄明かりの中で話し声がかすかに聞こえる。薄っすらと感じる人の気配にカンムはゆっくりと目を開けるが、額に受けた傷で脳震盪を起こしたらしく視点が定まらなかった。さらに身動きがとれないことに気がつくと、二重になっても美しいと判別できる美女がカンムの顔を覗き込んできた。


「目が覚めたようですね?」


目覚め一番に出迎えてくれた絶世の美女にカンムは驚きの表情を浮かべようとしたが思わず顔を歪めた。


「痛ッ……」


「動かない方がよろしいかと存じます。まぁ動けないでしょうけど」


痛む額とまだ揺れる脳に顔を顰めながらカンムは美女の言葉を噛み締める。動けないという表現。それは現在の彼の状況を説明しているに等しかったのだ。

 カンムが最初に推測した現状の中で唯一正解だったのは簀巻きされるという状態だった。彼は自らの不様な姿を確認してから、かろうじて出ている首を動かして周囲の状況を見回す。テーブルの上に寝かされたカンムの左右には先程もこの酒場で見かけた巨漢の2人が腕を組んで彼を睨みつけていた。赤い肌にも関わらず漆黒の髭を携えたスコルヴィー人らしき巨漢と、恐らく他星間の両親を持つ長身痩躯の男。

 若くして虎殺流師範の実力を持つカンムだったが、単純な戦闘ではこの2人には敵わない事を察していた。しかしカンムが最も興味を惹かれたのはこの2人の傑物ではなく、正面で偉そうにあぐらをかく少年である。


「(……黒い髪に深紅の瞳……ラヴァナロス人か)」


カンムは頭の中で少年の正体を推測しようと試みる。

しかし過去をどれだけ巡ってもラヴァナロス人の知り合いなど思い返すことが出来ない。そして何より他の疑問がカンムの頭の中を駆け巡っていた。


 ――なぜ彼の攻撃を防ぎきれなかったのか? それはカンムにとって最大の謎だった。両サイドに立つ巨漢2人と違って少年の筋肉量や体格は明らかに後天的なものであり、剣を振り下ろした動作から見ても武の才覚……つまりB.I.S値に関しては低いことが考えられた。となればカンムの実力を持ってすれば少年の攻撃を食らう以前に防ぐどころか完全に回避することも可能だったはずなのだ。不意打ちとはいえ何故自分は防御態勢に入る事しかできず尚且つ防ぎきれなかったのか?

 チラつく視線が徐々に元に戻り始めカンムは今一度少年を見つめる。すると彼はスッと立ち上がってテーブルの上に飛び上がると、簀巻きにされているカンムの胴体部分に馬乗りになってきた。


「オメェに詫びを入れさせてェ奴がいる。多分地獄見る事になっから覚悟はしとけ」


少年はそれだけ告げて再び立ち上がる。しかしカンム自身も身に覚えのない誰かから恨まれる筋合いはなかった。


「……誰に会わせるつもりだ」


ようやくハッキリしてきた意識の中でカンムは口を開くと、少年は年相応のどこか悪戯っぽい笑みを浮かべながら振り返った。


「シャインってババァだ。あのチンピラ連中に殺された方が良かったって思うぞ……そこだけは同情してやるよ」


全く聞き覚えのない名前にカンムは動揺する。シャインなどという名前の知り合いなどいなかったし過去に出会ったこともない。唯一……というよりかすかに記憶にあるとすれば、彼が冷凍刑に処される前に報道されていた帝国史上最高のB.I.S値を出した童女の名前が確かそうだった筈である。しかし、そんな著名人から恨まれる筋合いは無いのだ。


「……シャインという名に覚えはない」


カンムは釈明と抗議の意味を込めて声を絞り出す。しかしその言葉は不注意だった。このような状況で……しかも自分を拘束する人間たちの前で発するべきではなかったのだ。

 深紅の瞳をした少年は振り返ると、凄まじい勢いとスピードでカンムに近づき首元を掴んできた!


「ッく……」


窒息死させる勢いの握力にカンムは苦悶の表情を浮かべる。少年は怒りを通り越した無表情でサイコキラーのように目を見開きながら耳元で囁いてきた。


「……24年前にやったつう事件を思い出してみろ。オメェが墜落させた宇宙船の事だ。そん中にアイツの……俺の仲間(ツレ)の親が乗ってたんだよ」


仲間の親の事であるにも関わらず少年の目は異常だった。まるで自分の親が殺されたかのように……今にもカンムを絞め殺しかねない程の怒りが滲み出ていたのだ。


「ガ……カハッ! ……ウ……わ、わた……」


「兄貴。喋らせてやりぃや」


気道が塞がれて苦しむカンムを見かねたのか長身痩躯の男が少年の腕を掴む。すると少年は仲間の彼にまで眼光を光らせた。


「何言ってやがる……これでもぶち殺してやりてぇのを我慢してんだぞ?」


「確かに平穏を壊したコイツはどうかしちょる。じゃが無抵抗の野郎をいたぶるなんざ兄貴らしくねぇわい」


彼の言葉を機に少年の握力は徐々に収まっていく。そして塞がれていた気道が広がると、カンムは咳き込みながら呼吸を繰り返した。


「グハッ! カハッ! ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」


苦悶の表情を浮かべながらもカンムはその怒りを受け止めざる得ない。彼は自分の罪に向き合う覚悟が出来ていた。

 徐々に呼吸が整いカンムは今一度少年を見つめる。

自分の為でなく仲間の為にマフィアから自分を奪ってきたと考えると、中々胆力のある人物なのかもしれない。そんな少年越しに見えていた扉が開くとカンムにとって旧知でもあるこの店の女主人が姿を現した。


「……」


女主人は無言でツカツカと歩み寄ってくるとゴミを見るような目でカンムを見下した。


「……ッ!」


女主人は否応なしに拳を振り上げる。誰もが急な光景に目を疑う中、彼女はカンムめがけて拳を振り下ろしてきた!

 テーブルが揺れて破壊音が響き渡る。彼女が振り下ろした拳はカンムの顔を掠めてテーブルの板面を突き破っていた。


「……同門での争いはご法度……こんな掟はカビが生えたもんだけどね。アタシはアンタと違って掟を守り続けんのよ」


「……私とて一族の掟を放棄したことなどない」


カンムはそう告げると彼女は目に涙を浮かべながら怒鳴り散らした!


「どの口が言ってんのよ! アンタが! 本家跡取りのアンタがブランドファミリーに付いたせいで! シーベル家もバーンズ家も……ウチのブルートゥ家もお家断絶よ!」


彼女の目から涙が零れ落ちる。その姿にはカンムが子供の頃に見た分家の一人娘……フィルディクナ・ブルートゥの面影が確かにあった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 店内に響き渡る女主人の声にイレイナは首を傾げる。聞き覚えのある苗字……そして暗号文にあったクリオス人女性だという協力者。イレイナはハッとしながら女主人に駆け寄った。


「あの、まさか貴女がフィルディクナ・ブルートゥ女史ですか?」


その問いにダンジョウを始めとした面々はギョッとすると、女主人は頭に巻いていたターバンを脱ぎ去った。


「ええ。クリオス側の協力者よ」


彼女はそう告げると涙を拭いダンジョウの前に歩み寄って膝まづいた。


「殿下。数々のご無礼失礼いたしました。店内に人がいる以上、接触は避けるべきかと思っており、ようやく客足が消えたかと思ったところで殿下が急に出て行ってしまわれたので……いえ、これは言い訳にございます。全てが終わりし時、いかなる処分でも」


「あ、おお。気にすんな」


急な態度の変化にダンジョウは少し戸惑ったような表情を浮かべてから、小さく顎をクイッと上げてカンムを指した。


「んな事よりオメェの話の続きを聞かせてくんねぇか? コイツはどんな野郎なんだ?」


ダンジョウが尋ねるとフィルディクナはスッと立ち上がり、カンムに一度視線を落としてから再びダンジョウに向き直った。


「はっ。我がブルートゥ家、そしてシーベル家、バーンズ家は建国以来ザイアン・ユリウスが遺した古武術流派虎殺流を代々受け継いで参りました。三家の世継ぎとなる世代毎に競い合い、最も秀でた者には武の神ザイアンの苗字ユリウスを名乗る事が許されます」


「ちゅうことはこんガキが一番じゃったちゅうわけか」


ビスマルクが口を挟むがフィルディクナは嫌な顔一つせずに頷いた。


「私達の世代ではこの男かバーンズ家のクヌカのいずれかと言われていました。下馬評ではクヌカに分があったのですが最終選考戦で勝利したのはこの男でした……それが我が一族の崩壊の始まりです」


フィルディクナは口惜しそうに拳を握り締めると再びカンムを見下しながら目に涙を浮かべた。


「この男はユリウスの名を受け継いだ身でありながらブランドファミリーの傘下に入り、政府にとって不都合な人間の暗殺を請け負うようになりました。そして24年前……ブランドファミリーの敵対勢力が乗る宇宙船を事故に見せかけ小惑星帯にぶつけるという惨事を引き起こしたのです。当時は事故と判別されましたが、それは帝国の官僚も多数搭乗していたため、妙な憶測を国民に与えぬように隠ぺいしたに過ぎません。星内でのみ処理されたこの事件はクリオス星では周知の事実であり汚点でもあるのです」


フィルディクナはそこまで告げると僅かに屈んでカンム顔を近づけて微笑んだ。


「私はこの時を待ってたのよ。同門の私にアンタは裁けない……なら他の人間に裁いてもらえばいいとね」


彼女の憎しみの籠った目をカンムは受け入れている。

少なくともイレイナの目にはそう映った。

 フィルディクナは再び立ち上がると、ダンジョウの方に向き直って小さく敬礼した。


「殿下。シャイン=エレナ・ホーゲン中佐の高名はここクリオスにも広がっています。せいぜいこの男に惨たらしい最期をお与えください」


「あ、ああ……」


ダンジョウは先程から一転し落ち着いた様子で……いや、どこか腑に落ちない表情を浮かべている。しかしフィルディクナはそんなダンジョウの違和感に気付くことなく敬礼を解き、懐からカードキーを取り出した。


「ここから数キロ離れた地下施設にクリオス軍の偵察機が格納されております。マスドライバーなしで星間移動が可能ですので、こちらを使ってカルキノス星へお向かい下さい」


差し出されたカードキーを受け取るとダンジョウは一瞬考えてから笑顔を作った。


「分かった。ありがとよ」


「とんでもございません。どうかご無事で。そして宰相打倒の暁には虎殺流の復興にお力添えいただけますと幸いです」


「……ああ」


ダンジョウは小さく頷くと、フィルディクナ越しに口を閉ざすカンムを見つめている。

 新たな航路が決まり彼等の旅はようやく進み始めた。

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