第14話『咄咄怪事な訪問』
【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所 離着陸場】
雪は僅かに収まったが、今にも暴れだしそうな分厚い雲が海陽の光を押し隠している。ノヴァとの交渉で奪取したフローズヴィトニル号内で外の映像を見ていたシャインは、頬杖を付きながらため息をついた。
ノヴァとの交渉後、彼女はすぐにでもカルキノスに向かうつもりだったのだが、天候が大荒れしてしまい待機せざる得なくなってしまったのだ。
「……もう3日か」
再び大粒の雪が降り始める映像を眺めながらシャインは気だるそうに項垂れる。そんな彼女の心情を知らずライオットインダストリー社のエンジニア、ジョージュ・べべは満足気にBEのチェックを行っていた。自らが設計に携わった兵器に触れられることがよほど嬉しいらしく、彼は外の天候とは対照的に清々しいほどの笑顔でシャインを励ましてきた。
「まぁまぁ中佐。おかげでメンテナンスは完璧ですよ。これなら4着ともいつでも使用は可能です。とはいっても肆号着は誰も動かせないでしょうけどね」
ジョージュは冗談めかして微笑むと、シャインは机に突っ伏しながら顔だけ彼の方に振り返った。
「……3着あれば充分だね。まずはその2着動かせる人間探さなきゃ」
「異端手帳持ちの人間なんてすぐ見つかるでしょ?」
「単純に動かせるだけじゃ駄目。これから宰相派と喧嘩する可能性があるんだから信用できる奴じゃないとね」
「ほーぉ。まあ戦時的感覚は私には分かりませんのでおまかせしますよ」
ジョージュはそう言って再びBEに視線を戻すと、シャインも顔を動かしてジョージュの視線の先にある四つん這いに並ぶ人形兵器を眺める。BEのそれぞれの肩には空想上の生物と思しき刻印が肩に刻まれていた。
サキュバスが刻まれた翠玉の壱号着
ケルベロスが刻まれた白黒の弐号着
マーメイドが刻まれた紅玉の参号着
グリフォンが刻まれた純白の肆号着
この4着と地下に送られた3着のBEはフレームこそ同じであるが、カラーリングと細部のデザインにはそれぞれ違いがある。デザインしたジョージュ曰く「試作機で色々な空気抵抗を調べたい」とのことで、肩の刻印はノヴァのアイディアだった。
神々しささえ感じる美しいBEを見つめながらもシャインの気持ちは外の天候同様に晴れない。彼女は再び大きな溜息をつきながら机に突っ伏していると、薄気味悪い声が船内に響き渡った。
「フェフェフェ! 団長。随分と退屈そうだもんね」
笑い声の方にシャインは顔だけ振り返る。開放しているハッチから船内に入ってきたのは、相変わらず白衣の下は全裸らしいノヴァだった。
「退屈じゃない。内心では少し焦ってるくらいよ」
言動が一致しない体勢でシャインがそう告げると、裸足のノヴァはペタペタと足音を鳴らしながら彼女の前に腰を下ろした。恐らく彼の正面から見れば矮小な彼の汚物が視認できることだろう。
「焦っても結果は変わらないもんね団長。何より団長は焦っているというよりも誰かを心配しているように見えるもんね?」
妙に心理を突いてくるノヴァにシャインは顰めっ面を向ける。
「うっさいわね。短小包茎の分際で一丁前に嫌味言いに来たっての?」
生理前に似た苛つきを感じながらシャインは上体を引き起こすと、ノヴァはニヤニヤしながら天井からぶら下がるホログラム映写機のスイッチを入れた。
「勿論そんな暇じゃないもんね。懐かしい人から連絡が来たから教えておこうと思ったんだもんね」
「……誰?」
シャインは怪訝な表情を浮かべながらホログラム映写機に視線を送る。するとノヴァの言った通り懐かしい顔が浮かび上がった。
「団長。お久し振りです」
「あらま。クヌカじゃない」
シャインは少し驚きながら微笑む。通信とは言え久しく顔を合わせたクヌカ・バーンズは元皇后直轄護衛騎士団の一員である。元々皇族の武術指南役を担っていた一族の分家であったが、様々な経緯によりお家は断絶されている。そんな中で1人燻っていた彼をシャインがスカウトして騎士団に招いたのだ。
「よくアタシがここにいるって分かったわね」
シャインはお忍びで旅行に来た奔放令嬢のような態度でそう告げると、クヌカもまた彼女を探していた生真面目な執事のように的確な言葉を並べた。
「ええ。大変苦労しました。そちらの副参謀にお聞きしたら教えてくださったので」
クヌカの返答にシャインはノヴァを睨みつける。するとノヴァはいつもの調子で笑いながら股間を掻き毟っていた。
「フェフェフェ! 僕はもう軍属じゃないもんね! 副参謀という呼称は間違っているもんね!」
「失礼。そうでしたね。今はデセンブル研究所所長とお呼びすべきでした」
ホログラムのクヌカは丁寧に頭を下げる。そんな彼を見ながらシャインは警戒心を払いながら微笑んだ。彼の現在の所属をしっかりと頭の中に記憶していたからである。
「そういえばクヌカ。アンタ確か今は帝国軍第九実行部隊だったわよね?」
「現在は隊長を務めております。階級も大尉に昇格いたしました」
「おー凄いじゃん。実行部隊といえばトップはテセウス・ガイムラン中将かぁ」
「ええ。軍内における宰相の懐刀です」
クヌカの回答を聞きシャインは彼が相変わらず話が速い男だと少し感心した。恐らく彼も今自分が敵対関係にある人間と話しているということを理解しているだろう。シャインはそう結論付けると、ゆっくりと立ち上がってホログラムに歩み寄った。
「それで今日はどうしたの? もしかしてこのアタシに喧嘩売ろうってわけじゃないわよね?」
シャインは満面の笑みでそう問いただす。彼女はクヌカの実力は認めているが本心を語れば自分の敵ではないとも理解している。付け加えるならこちらにはBEがある以上、よほどの戦力差がない限り彼女1人でねじ伏せることも可能なのだ。そしてそれはクヌカ自身も理解しているだろう。彼はBEの存在は認識していないだろうが、CSを着用した彼女を攻略する術など持ちえていない筈なのだ。そんな彼はかつての騎士団時代同様に任務報告を行うように的確な口調で告げてきた。
「団長。貴女に出頭命令が出ています」
「ふーん。あっそ」
「現在、我々の部隊は団長拘束の為にあと2時間ほどでヴェーエスに到着する予定です」
「それで?」
「予報士の話では今から22分後に10分ほど天候が回復してその間にヴェーエス星の出入りが可能になるそうです。その後の予報では再び天候は悪化し、我々が到着する頃にようやく再度出入り可能になるとのことです」
彼の口からは決して「早く逃げろ」という言葉は出てこない。それは形式上とはいえ自軍を裏切ることの出来ない真面目な彼なりの最大限の助言なのだろう。そんな彼の真意を察しながらシャインは出来る限りの感謝の気持ちを込めて微笑んだ。
「そ、ありがと。1つ借りが出来たわね」
「……何のことやら。ですが団長からは頂いた恩が多いので少しでもお返しできたなら幸いです」
クヌカはそう告げて敬礼する。シャインはおもむろに立ち上がると背筋を正して答礼をした。微笑む2人の間に変わらない信頼感があることを確認すると、小さく笑うクヌカの表情を最後にホログラムは消えていった。
シャインは右手を下ろすとノヴァとジョージュの2人の方に向き直った。
「じゃ本格的に行くわ。ジョージュ。アンタはどうする? カルキノス星に行くつもりだから乗っけてってもいいけど」
シャインの誘いにジョージュはジョーク交じりの微笑みを見せながらかぶりを振った。
「いやいや私は自社の船で戻りますよ。そっちの方が安全そうですし」
「利口だね。アンタ長生きするわ。んじゃカルキノスでまた会いましょ。それとノヴァ」
「またお願いもんね?」
的外れな言葉にシャインはしかめっ面を作ると、眉間に皺を寄せてクギを刺すような口調で注意喚起した。
「お願いじゃなくて命令。地下に置いてるBEをちゃんと隠しときなさいよ? 軍事力じゃ宰相派の方が圧倒的に上なんだから。これで連中にBEまで抑えられたらウチの勝ち目が相当薄れんだから」
「フェフェフェ! 団長との仕事は団長としか話す気はないもんね。じゃ、またねだもんね」
ノヴァはそう告げると踵を返し片手を振りながらハッチの方へと歩いて行く。その言葉を聞き届けたジョージュも同じくシャインに「では」と告げ会釈しながら船を降りていった。
2人が降りたことを確認したシャインはハッチを閉じるとコックピットに向かって歩きだした。格納庫を出て簡易的な休憩スペースに入る。そこを通り過ぎれば小さな廊下に出て船頭の一室に入るとシャインは操縦席に腰を下ろした。
「今から少し晴れ間があるから、フローズヴィトニル号発進するわ。第3隔壁までを開けておいて。後はマニュアルで出ていく」
『所長から聞きました。了解です。お気をつけて』
顔見知りの研究員の言葉にシャインは「ありがと」と返して大きく息を吸い込む。そして彼女は自分の活力が戻ってきていることに気が付いて苦笑した。
「ホントにアタシってば動いてないと駄目なタイプ」
開いた隔壁を確認してシャインは操縦桿を握りゆっくりと前進すると、今しがた開いた背後の扉が閉じていく。この何重にも連なる分厚い隔壁は、外の寒気から研究所を守るという名目だけでなく、研究所内で不慮の事故が発生した際に外への被害を抑えるための役目も果たしているという。
最後の第7隔壁が開き3日ぶりに外の景色を確認してシャインは目を細めた。辺り一面が真っ白かと思ったが外は漆黒の闇に包まれている。雲の厚みはまだ重厚らしく、日中だというのに海陽の光は全て遮られているようだった。
「んじゃ頼むわよ最新鋭機ちゃん」
シャインは周辺の計器を操作して操縦桿を握り直しメインエンジンに火を入れて何時でも飛び立てるようにホバリング状態に入った。そしてわずかに収まるという隙間を時間帯を静かに待つ。
やがて漆黒の闇の中に薄っすらと光が差し込んでくる。その光景を確認したシャインは意を決して船を前進させると、フローズヴィトニル号は吹き荒れる暴風などものともせず研究所を飛び出していった。




