第12話『喧喧囂囂な船の中で』
【星間連合帝国 帝国領宙域 羊海】
宇宙船の窓の外に広がる宇宙は果てしなく広い。おかげで長い宇宙航海となるとすぐに飽きる。その為に生まれた超速移動宙路だが、無人船のこの船は普通の宇宙空間を彷徨うだけだった。
「暇だな」
はめ殺しの窓から何もない宇宙空間を眺めていたダンジョウはそう言って溜息をつくと、隣の美女イレイナはタブレットからダンジョウの方に視線を移すと微笑みかけてきた。
「申し訳ございません。ですが宰相派の手があそこまで回っている以上、これが最も適切な処置だったので」
「いきなり無人船に乗れってのは驚いたけどよ。どうやって手配したんだ?」
「輸送管理を行うブランド運輸の一部は私目の雇い主の資金提供を受けているので」
「ふーん。ブランド運輸って言やあ裏の顔はマフィアなんだろ? なぁマフィアってどんな野郎なんだ?」
「さぁ? 私が関わるのはあくまでも堅気の人間だけですので」
イレイナは美しくにこやかな表情を保ちながら的確に答える。そんな彼女にダンジョウはどことなく胡散臭さを感じていたが、これから連れ立つ仲間に疑いの目を向けるということはしたくなかった。だから彼は「そんなもんか」と話しを終わらせて欠伸をしてから再び窓から何もない空間を眺めることにした。
この無人船はセルヤマ星から出る貨物定期便だった。船の行き先はクリオス星……帝国軍の士官学校や訓練施設が数多く点在する軍事惑星である。セルヤマから距離のあるカルキノスに向かうには無人宇宙船では時間が掛り尚且つ臨機応変な対応がしづらいからだ。
「そういやクリオスの協力者ってどんな奴だ?」
ダンジョウは再びイレイナの方に振り返って尋ねると、彼女はタブレットを操作しながら微笑んだ。
「後程正式な協力者情報が届きます。情報漏洩を防ぐためにギリギリまで開示は避けているようですね」
「ババァの指示か?」
「はい。中佐の指名する方ですから信用に値する方かと」
「ふーん。で、そいつの伝手でカルキノス行の船に乗るって訳か」
ダンジョウは今後の行動予定を確認すると、イレイナはゆっくりと頷きながらタブレットを閉じた。
「そういうことです。その前に殿下。今後の予定確認も大切ですが、あの2人をどうにかした方がよろしいのではないでしょうか?」
イレイナは少し困ったような表情でそう告げる。しかし、ダンジョウは全く意に返さずに肩を竦めながら笑った。
「今は2人にしとこうぜ。男同士ってのは一回拳で語り合えば理解できんだよ」
「今は2人に……ですか」
「ああ、今頃はもう普通に話し合って……ってどうしたおい!?」
ダンジョウは慌ててイレイナに詰め寄る。何の前触れもなく急に彼女の鼻から一滴の血が流れ落ちたのだ!
「も、問題ありません。少し船内が暑かったようです」
「いやいや、むしろ寒ぃだろ」
無人貨物船は本来は空調設備など備わっていない。しかし、この船はかつての有人船を再利用していたものらしく、旧式の空調設備があったのだが、それでも船内の室温はそれほど快適とは言い難かった。
ダンジョウは「鼻になんか詰めとくか」とイレイナの背中を摩る。すると貨物室の扉を突き破って2つの巨大物質が絡み合いながら床に転がり出してきた! 妙な展開が同時に起きた事でダンジョウは首を振りながらイレイナと転がる巨大物質を交互に見るが、転がる2人はどこ吹く風で罵り合いを続けていた。
「キサンーーッ!! 大概にせぇーーーーーーッ!!」
「……うぬ! ……如きに! ……遅れは取らぬ!!」
貨物室から飛び出した2人の大男は掴み合い揉み合いながら床に転がりまわる。その顔は痣だらけで所々に傷がチラホラ見えた。まるで子供のように取っ組み合いをするビスマルクとベンジャミンはダンジョウの前ということも忘れて醜い罵り合いを続けた。
「兄貴の下に付いて日が浅い新参モンがッ! 一番部下のオラに向かって!!」
「……貴様は…………殿下の部下に…………相応しくない…………品が無い…………」
「あぁ!? 何じゃ! もう一遍ぶちのめしちゃろうか!!」
「……戦績は…………4勝…………3敗…………某が…………勝ち越している…………」
「今4勝4敗になるんじゃろうがッ!!」
ビスマルクが振り下ろす拳がベンジャミンの顔面に食い込む! 人工重力が備わっているおかげで、ベンジャミンの鼻から噴出した血は、床にボトボト垂れ落ちていった。その出血量は常人ならば失血死しそうな勢いだったが、巨漢の彼にとっては微々たる量らしく元気にビスマルクの腹部めがけてアッパーカットを繰り出していた。
「こんガキッ!!」
「……某の方が……年長者だッ!」
狭い船内でぶつかり合う2人のおかげで室内の温度は若干上昇したように感じた。そんな2人を見てイレイナは何故か益々鼻から出血させている。ダンジョウは頭を掻きむしると、身体を反らせながら大きく息を吸い込んだ。
「やかましいーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」
まるで宇宙空間にも届きそうな大声に3人は耳を塞ぎながら身体を硬直させる。イレイナは両足を抱えるように身体を縮こまらせ、ビスマルクとベンジャミンは老け顔を素っ頓狂な表情に変えて呆然とダンジョウに視線を向けていた。
「テメェ等4勝3敗だぁ!? 俺は一回殴り合えば気が済むと思ってたのに何6回も喧嘩してやがんだッ!!」
「し、しかし兄貴!」
ビスマルクは反論しようとしたのか立ち上がろうとするがダンジョウはさらに一喝した!
「じゃかましい!! いいか!! ビスもベンもよぉーっく聞け! テメェ等が殴り合って怪我して戦えなくなったらな! 喧嘩が弱ぇ俺はこれからどうすりゃいいんだ!」
その一喝にビスマルクとベンジャミンは黙って正座をする。そんな2人を尻目にダンジョウはゆっくりと歩み寄ると胸を張って声を上げた。
「いーか! これからはテメェ1人の事を考えてんじゃダメだ! チーム全体の事を考えろ! それが出来たら他全部の事を考えろ! でねーと国全部を平穏にするなんざ夢のまた夢だぞ!!」
ダンジョウは我ながら高説を述べたと思ったが、ビスマルクは悪態をつきながらふんぞり返ってベンジャミンを指さした。
「チームだぁ? 兄貴とイレイナはんはともかく兄貴に手ぇ上げたこんな野郎と!?」
「…………ご静止した…………だけであって…………攻撃など…………していない…………」
「屁理屈言いおって!!」
「やめろボケナス!!」
ダンジョウはついに両手を振り上げて2人の頭上に鉄拳を振り下ろす! まるで何かを砕いたかのような衝撃音が船内にこだまする中、ムスッとしたままの2人とは対照的にダンジョウはまるで岩石を殴りつけたかのような衝撃に悶えながら両拳を股に挟みこんだ。
「ッテェ~……この石頭共……」
ダンジョウは涙目になりながら2人を睨みつける。すると今まで沈黙していたイレイナがタブレットを掲げながらダンジョウに歩み寄った。
「殿下。お取込み中申し訳ありませんが、例の協力者から暗号文が届きました」
いつの間にか鼻に詰め物をしたイレイナは微笑みながらタブレットを差し出してくる。絶世の美女である彼女が鼻に詰め物をするというのは滑稽以外の何物でもなかった。
「ん、ああ。ありがとよ。オメェ等! 俺が戻るまでお互いに手出しすんじゃねぇぞ!」
ダンジョウはそう言ってイレイナからタブレットを受け取る。そして文字を斜め読みしてから再びイレイナにタブレットを返した。
「分かんねぇ。暗号文なんだろ? なんつってんだ?」
「はっ。お任せください」
頼もしくそして丁寧にそう告げるイレイナだが、彼女は鼻に詰め物をしている。おかげで仕事が出来るはずの人間なのに、間抜けな秘書官に見えなくもなかった。
「では解読いたします。
≪愛しの殿下へ。此度はこのような形で初接触となり臣下としてまずお詫びいたします。さてクリオスの協力者ですが、名はフィルディクナ・ブルートゥという者になります。軍事惑星クリオス星の未来を憂い政治活動を行っている褐色美女だそうです。クリオス星ご到着の際はヴェイリヨン大陸のカルサック地区ヴェスラーにあるアマンダという酒場に足をお運びください。そこで殿下をお待ち申し上げている算段となっております。ではカルキノス星でお会いできることを心待ちにしております≫
とのことです」
「差出人はどこのどいつだ? 文字だけで軽い奴って分かんぞ」
暗号文らしくない文面にダンジョウは顔を顰めるとイレイナは苦笑に近い微笑みを浮かべた。
「差出人はカルキノス星のアンドリュー・レオパルド知事です。こちらの方は少し風変わりな方でして」
「知事っつったら星の代表者だろ? そんな軽い奴でいいのかね? あと何かキナ臭ぇ感じがすんな」
「は?」
戸惑うイレイナを他所にダンジョウは暗号文の言葉尻に少し違和感を感じ取っていた。
「暗号文の中の褐色美女だそうですってとこだ。だそうですってのはよ。こいつもどんな奴か分かってねぇって事じゃねぇか」
ダンジョウの推測にイレイナは少し驚いたような表情を浮かべる。しかし、すぐさまいつもの笑顔に戻して首を傾げた。
「そう捉えられなくもないですが……流石に考え過ぎでは?」
「ならいいけどよ。他にも筋が通らねぇことねぇか? 暗号文とは言え傍受される可能性もあんだからババァも手紙をよこしてんだろ? こんな重要なことをこうやって送るもんか?」
「そうかもしれませんね……ですがレオパルド知事が裏切っているとは考えにくいと思いますが……」
イレイナも少し考えるが、ダンジョウはかぶりを振った。
「いや、考えんのはやめようぜ。とりあえず俺たちは今クリオスに行くしかねぇんだし。仮に罠でもコイツに乗るしかねぇだろ」
「……はい。あと殿下。捕捉が1つ……」
――ガンッ!
イレイナがそこまで告げた瞬間、再び船内に衝撃音が走った! ダンジョウとイレイナは慌てて音の発生した方に振り返ると、ビスマルクとベンジャミンが額を合わせていた。
接触する2人の額から薄っすらと血が流れる。その光景を見たダンジョウは再び声を荒げた。
「クラァッ! またやってんのか!!」
「あ、兄貴が手ぇ出すな言うもんじゃからのぉ」
「…………頭突き合い…………です…………」
「そう言うのを屁理屈ってんだ! このデカブツドアホコンビが!!」
ダンジョウはそう叫びながら再び2人の素性に拳骨を振り下ろす! ……が、やはり2人にダメージを与えることなど出来ず、ダンジョウの両手が悲鳴を上げるだけだった。
「チキショウ! 何で俺が痛がんなきゃなんねぇんだ! イレイナ! オメェも何とか言って……イ、イレイナ!? お、おま、鼻血鼻血!!」
「? ああ、突き破って来たようですね。それと殿下。捕捉ですが4勝3敗ということは7回戦っているという事です」
詰め物を突き破って流れ出た鼻血を抑えながら、イレイナは新しい詰め物と取り換えだした。
殴り合う大男2人とそれを見て何故か鼻血を出す美女。不可解な部下に囲まれてダンジョウは着実にクリオス星に向かっていた。




