第11話『神栄教と宇宙海賊の一騎当千』
【星間連合帝国 ジュラヴァナ星宙域 衛星ザルディアン近宙】
ジュラヴァナ星宙域は海陽風も小惑星帯も少なく、有害な宇宙塵も宙域内には確認されていないことから海洋惑星系の中で最も静かな宙域として知られている。それは、裏を返せば最も防御力がない星とも取れるのだが、帝国史において同宙域で戦闘が行われたことはなかった。何故なら近隣宙域に帝国軍が駐屯する人工衛星があったことや、何よりも神栄教の聖地という心理的な防御壁があったからに他ならない。
「今日は歴史が変わった日やな」
このジュラヴァナ宙域に侵入してきた一団確認したスコット・ヒーリングは青白い高貴なCSに身を包み宇宙空間に漂いながらそう呟く。
先の帝国議会において帝国軍の完全撤退が決定した。帝国軍がこれまで守ってきた宙域は現在無法地帯と化している。目の前の一団もそのルートを通ってきたに違いない。その一団は自らを主張するように熱源旗(ホログラムの旗)を掲げており、そこには髑髏のマークがしっかりと刻まれている。見紛うことなき宇宙海賊の物だ。
「全く罰当たりやなぁ。海陽が届くところは全部女神はんが見てはるっちゅうのに……ま、信仰していない人間からすれば宗教ほど興味を感じえないものはないっちゅうことやな」
スコットは呆れたように苦笑する。彼の言葉は神栄教とて例外ではない。女神メーアを信じないに人にとって、神栄教などただの有象無象の集団に過ぎないのだろう。そんな教徒である彼等にとって、無宗教者が一般人ならば問題ないのだが略奪者となると話は変わった。
「思ったほどの数やないな。宇宙海賊にも女神の威光を感じ取れるやつがおるんか?」
スコットと同じCSを纏ったソレント・マーヴィンは隣でそう告げると、スコットは苦笑した。
「そうかもしれへん。しかしこれから連中みたいなもんが増えたら敵わんなぁ」
「その心配はないやろ。この世界の半分以上は神栄教の信徒なんやで?」
「せやな。つまり半分近くは神栄教を信仰しとらんちゅう事や。今日の初陣でウチ等が負けようもんなら、その連中に変な意識を持たすかもしれん。女神の加護なんぞ無いっちゅうてな」
「それが原因で信徒が減ってくっちゅうんか?」
ソレントの不安気な声にスコットは小さく笑いながら頭を振った。
「その可能性があるっちゅうだけや。せやけどそうなると難儀やで」
「信徒無き神は無力やって言うんか?」
「信徒がおらんで困るんは神様やのうて宗教やろ」
「スコット隊長。今のは少し過激な発言やないか?」
CSの中で浮かべているであろうソレントの怪訝な表情を思い浮かべながらスコットはまたしても小さく笑う。
スコットにとって神栄教とはただの繋がりに過ぎない。彼が崇拝するのは女神メーアでなければ、ましてやセイマグル法王でもなかったのだ。
「さ、そろそろ戦闘準備といこか」
スコットは話を切り上げるようにそう告げると振り返って、隊列を組む神聖ザイアン隊を眺めた。
神聖ザイアン隊……ジュラヴァナ星が率いる部隊はそう名付けられている。数年前からコウサ=タレーケンシ・ルネモルン枢機卿によって組織されていた自警団は、遂に帝国にその存在を認めさせた。先にもあった帝国軍の撤退には彼らの存在が配置されたことも要因の一つである。
ザイアン隊のCSは全て青白く、肩には神栄教の象徴でもある女神のシルエットが刻まれている。均一に並び立つ陣形と揃いのCS。その光景は相手の戦意を削ぐ美しさがあったと言えるだろう。
「さて諸君! 今日はウチ等の初陣や!」
一糸乱れぬ隊列を組む部下達にスコットは声をあげると、一団はインカム越しに「おお!!」と声をあげた。
「相手はこの星のならず者だらけや! 情けはいらへん! 思う存分やったれ!!」
スコットの言葉に高揚する面々を見て、スコットは小さく頷く。すると眼前にプライベート通信の文字が浮かび上がった。
発信者が誰かなど言うまでもない。スコットは息を呑んで承認すると、敬愛すべき若きリーダーの顔が浮かび上がった。
『ヒーリング隊長。緊張しとるんとちゃうか?』
画面越しに浮かぶ崇拝すべき存在……ルネモルン枢機卿の姿を見てスコットは目を輝かせた。
「とんでもありまへん。でも久々の戦いに武者震いしとりますわ」
『そら頼もしいなぁ。せやけど無理はアカンで。初陣で隊長が戦死なんてシャレにならんやろ?』
「ははっ! えらい恐れ入ります」
スコットは心の中で感激する。コウサ程の人間が自らの安否を気にしてくれていることはこれ以上にない喜びだった。
目の前に映る精悍な顔つきにスコットは思わず見惚れる。年下でありながらも尊厳に満ちた彼の姿に感激しながらも、その装いを見てスコットは違和感を感じた。
「ところで枢機卿様。何でっかその御恰好は?」
普段の法衣とは違う姿にスコットは目を丸くするが、コウサはニコニコと笑いながら話をすり替えた。
『ん? ああ、気にせんでええ。そないな事よりそろそろ相手の射程圏内や。まずは防衛部隊を前にしてボクらの狩場まで誘い込むとしよか』
「ははっ! やったります!」
スコットが力強く返事を返す。そんな彼の自信に満ちた声を聞き届け、コウサは笑顔を残して通信は途切れた。
「いよいよやな」
通信が終了したのを確認したであろうソレントがそう告げながら傍らに立つと、スコットは「ああ」と頷いて隊列に指示を出した。巨大な盾を持つ部隊が前進し、隊列の前に防護壁を作り上げる。それは開戦の時が迫っているのを物語っているようだった。
CS越しの望遠から敵艦の形状がハッキリと確認出来る距離になり、その時はやってきた。宇宙海賊の戦艦から紫色の閃光が走り、瞬く間に巨大な光が隊列の中心に襲いかかってくる! その発光にスコットは思わず薄目になるが決して手で眼前を覆うことはない。その自信の表れと言うべきか、目の前の防衛部隊はシールドを展開しキッチリとビームを分散させることに成功していた。
「相手のチャージ前に牽制開始! 射撃部隊は前に出ぇッ! 模擬戦通り適当に応戦しながら相手をおびき寄せるんや!」
スコットの指示に従いブラスター長銃を手にした射撃部隊が前に出ると、彼等は一斉に射撃体勢に入る。ソレントの「放てぇッ!」の激を合図に一糸乱れぬ同時射撃が行われ、小さな光の矢が宇宙海賊の船団に突き刺さっていった。索敵兵による報告で戦艦が再び射撃体勢に入るや、スコットは再び防護部隊を前に出して防護壁を作り、ビームキャノンを再び分散させる。この攻防が繰り返すうち、宇宙海賊との距離は徐々に狭まっていた。
「そろそろや! 本隊は鶴翼の陣を敷いて取り囲むで!」
スコットは意気揚々とそう告げると本隊はまるで網のように上下左右へと広がっていく。こちらの陣形を確認した宇宙海賊の戦艦からは野蛮な髑髏マークが描かれたCSが発進し、ついに白兵戦となる戦いが始まった。
「ソレント! 行くで!」
「了解!」
スコットとソレントは複数の部下を引き連れて、彼等と見事な陣形を組みながら宇宙空間を駆け抜けていく。バラバラに好き勝手な動きを見せる宇宙海賊と違い、スコットが率いる小隊を始めとしたザイアン隊は、統率された動きで確実に敵を落としていった。
「一気に攻め立てるで!」
スコットは自身に満ちた声を上げながら敵陣を駆け巡っていく。帝国軍時代に培ってきた経験を活かす彼の戦法は確実に宇宙海賊を凌駕していた。
戦闘開始時には五分に近かった両軍の総数だが、その数は徐々に開いていき、やがてザイアン隊は最小限の被害で宇宙海賊の母艦の喉元に迫っていた。
『隊長。カンタナの部隊が敵母船に侵入しました!』
さらに前線で戦う小隊から通信が入るとスコットは小さく笑った。
「ほな他の連中は外の相手をせぇ。カンタナを援護や」
「ええんか?」
スコットの指示にソレントは少し不満気な表情を浮かべるが彼は肩を竦めた。
「下のモンの手柄取るほど落ちぶれるつもりはないで。猪武者のカンタナが一番槍っちゅうんもええやんか」
スコットがそう告げて援護に回ると、宇宙海賊の母艦から小さな爆発が巻き起こった。それを機に所々から火が上がり、明らかに運行に支障をきたしたような動きを見せながら母艦は徐々にその動きを停止させていた。
「……何や……おかしないか?」
所々で火が付く母艦を見てスコットは違和感を感じとる。母艦と思われていたその船はどこか薄汚く目に映る。そして何よりも母艦が襲撃されているというのに宇宙海賊のCSは救援に向かうような素振りも見せない。いかに統率が取れていないとはいえ、自らの母艦が轟沈するさまを見せつけられて暴れまわることなど出来ないはずだ。そんなスコットの不安を証明するかのように耳元に再び前衛からの報告が響き渡った。
『隊長! カンタナ部隊より報告です! 母艦を抑えたが中に人影なし! 繰り返します! 母艦を抑えたが中に人影なし!』
その報告にスコットは目を見開いて戦況を再度確かめる。急に戦列を離れるかのように上方へと移動するスコットを見てソレント等は慌てて彼の後を追いかけてくる。その際に彼等の何事かと問いかける声がスコットの耳に入っていたが、それに答える余裕が彼にはなかった。
「やられた……」
母艦から後退する小さな海賊船を確認したスコットは小さく呟くと、穏やかな表情から徐々に怒りを沸騰させて叫んだ!
「前衛部隊! 撤退せぇッ!!」
スコットの叫びと同時に母艦から眩い光が走る。母艦から飛び散る破片と閃光は漆黒の宇宙を瞬間的に照らし、ほんの僅かな時間だけ辺りに光を齎した。
周囲を取り囲んでいた小隊を巻き込んで自爆した母艦を見ながらスコットは唇を噛み締めた。
「……こなくそが」
スコットは怒りを小さく吐き出しながら目を吊り上げる。そして後退する戦艦の位置を確認すると、心の底から滲み出る悪態を噛みしめる。そして背中のスラスターを最大出力にして突貫した!
周囲の戸惑いの声を他所に真の母艦と見定めた敵艦に向けてスコットは腰からランスを抜き取って突き立てる! スコットのランスが届くその瞬間――彼の視覚モニターは物々しい雰囲気で赤く光りだした!
「(何やっ!?)」
上を向くと同時に「スコット!!」と叫ぶソレントの声が響き渡る。条件反射的に防御態勢を取ったスコットだったが、目の前が急転し姿勢制御をするには手間取ってしまった。気付けば彼は宇宙空間を漂っていた小惑星に叩きつけられ、思わず頭を揺らしていた。焦点も定まらない中、彼は何とか平静を保ちながら、自らに衝撃を与えた正体を確かめた。
「……クッ」
ふらつく頭のせいで視点がぼやける。二重になって彼の目に映る衝撃の原因を見て、スコットは思わず息を飲んだ。
端的に言えば衝撃の正体は宇宙海賊のCSだった。
しかし、それはただのCSではない。そのCSの肩には、今し方蹴散らした宇宙海賊のCSとは違う紋章が刻まれていたのだ。その紋章はスコットが帝国軍に所属していた時、まことしやかに囁かれていた物に違いなかった。
「……ア、アゴスト……ホーン・ファイト……!」
帝国軍の精鋭部隊が告げた言葉をスコットはハッキリと思い返す。
“ぶつかり合う角”
宇宙海賊きっての武闘派一味ホーン・ファイト……その首領であるレオナルド=ジャック・アゴストを見たら逃げるべし。かつての上官に告げられた言葉を思い返しながらスコットは歯を食いしばった。
『た、隊長!』
『うぉおおおおおお!!』
突然の咆哮にスコットはハッと我に返る。しかし、彼が指示を出す前に2名の部下がホーン・ファイトに突撃していった!
「や、やめぇッ!!」
スコットの叫び声が虚しく響き渡る。突撃した2人を前にしたホーン・ファイトは、対艦刀と呼ばれる巨大な片刃剣を片手で掲げると、一切の予備動作を見せる事なく振り抜いた。
――その光景を見てスコットはまるで時が停まったように硬直した。動きが見えなかったのだ。次に彼が認識できたのは、その巨大な出刃包丁によって真っ二つにされた部下の姿だったのだ。
「(……モノが違う)」
そのあまりにも現実離れした存在はかえってスコットを冷静にさせた。おかげで彼は隊長としてやらねばならない指示をすぐさま部隊に出すことが出来たといえるだろう。
「撤退や! 引けェッ!」
スコットの激昂に彼同様呆気に取られていた面々の肩がピクリと動く。
『スコット! 撤退てどういう事や!?』
「ソレント! お前が全員引っ張ってったれ! 俺が殿じゃ!」
自らの言葉を遮るように叫ぶスコットの覚悟を感じ取ったのだろう。ソレントは躊躇することなく状況を理解し、「引け!」と叫んで周囲の部隊を撤退させた。
撤退する部隊を見ていたホーン・ファイトは振り下ろした対艦刀を担ぐと周囲を見回し始める。それはまるでこれから狩りを始める肉食獣のような冷酷さに満ちているように見え、スコットは身震いせずにはいられなかった。
「これ以上……枢機卿様から預かったモンをやられてたまるかいな……」
スコットは意を決して再びランスを握り締める。
逃げ惑う部下に目もくれずにこちらを見つめるホーン・ファイトを見てスコットはランスを構える。相も変わらず穏やかなジュラヴァナ宙域の中で彼は小さ微笑みながら囁いた。
「……死ぬにはええ気候やわ」
自らの死期を察しスコットはランスを突きつける。するとホーン・ファイトもまた対艦刀を片手で握り締めた。背部のスラスターが徐々に熱を帯びていく。彼は勝つ気などない。ただ死ぬならば突貫して道連れにする覚悟は出来ていた。
「シャァァァァァッーーーーーー!!!!」
咆哮と同時にスラスターが起動し、音速を超えたスピードでスコットは突き進んでいく。迫りくるホーン・ファイトは一切の同様を見せず、ゆったりとした動作で対艦刀を振りかざすと、スコットは目を瞑った。
――もう目を開くことはない。
彼はそう決意していたが、その予測は大きく外れた。
スラスターが移動しているという感覚もなければ、何かに接触した感覚もない。そして何よりも、身体を切り裂かれたような痛みが全く無いのだ。
「…………………………?」
スコットはゆっくりと目を開けると、そこに広がっていた神々しい光景を見て言葉を失った。
漆黒の宇宙の中に羽衣を纏った青白いCSが漂っている。それは地獄に舞い降りた天女のようで、スコットはあまりの美しさに言葉を失っていた。息を吸うのも忘れながらそのCSに見惚れ、その一挙手一投足に目を配るうちに彼は目を見開いた。青白いCSは左手でスコットのランスを掴み、右手に持つ金箍棒でホーン・ファイトの放った対艦刀を防いでいたのだ!
『隊長。手ぇ貸したろか?』
聞き覚えのある声にスコットはCSの中で身体を震わせる。
ホーン・ファイトはというと新手に対して僅かに動揺を見せながら間合いを取ると、再び対艦刀を両手に持ち変えて再び振りかざした。それに対して青白いCSもスコットのランスから左手を解放し、金色に輝く金箍棒を構えた。
「――ッ!!」
振り下ろされた対艦刀を金箍棒が受け止める。宇宙空間ということもあって衝撃音はないが、ほんの一瞬の閃光が走り、目には映らない衝撃波がスコットを襲った。
『こりゃ厄介やな』
耳に届く青白いCSのボヤキにスコットは戦慄する。
ホーン・ファイトを相手にしていながら、その口調にはまだどこか余裕があったからだ。そんなスコットに見向きもせず、青白いCSとホーン・ファイトは目にもとまらぬ攻撃を繰り出し続けた!
対艦刀と金箍棒が重なる度に衝撃波が広がり、宇宙空間を漂う残骸が進行方向を変えていく。2人はまるで竜虎の如く他を寄せ付けずに一心不乱に打ち合うが、次の瞬間その戦闘に水が差された。
『枢機卿様! スコット!!』
射撃部隊を率いたソレントが援護射撃を放つと、ホーン・ファイトは対艦刀を盾にして後退していった。
『逃がすな! ここで仕留め』
『ええ。見逃したり』
ソレントの追撃を止めた青白いCSは金箍棒を指示棒のように収縮させると腰に装着してスコットの方に近寄ってきた。
『ご苦労さんやったな隊長。一先ず追っ払えたみたいや』
「あ、あ、貴方様は……」
スコットはその正体に気付きながらも……いや、気付いていたからこそ動揺を隠せなかった。目の前の人物はこのような場所にいてはならない人物だったからだ。
『とりあえず、一回戻ろか。怪我人の手当てや犠牲者を弔ってやらんとなぁ……』
「ルネモルン枢機卿……」
遥か雲の上の存在に命を救ってもらったこと、そして何よりも彼の手を煩わせてしまった自身の不甲斐なさにスコットはCSの中で涙を流した。




