第10話『自己韜晦なる皇帝陛下』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 皇居寝室】
扉が再び閉ざされたことで室内はまた暗がりに舞い戻る。ランジョウは再びベットに腰を下ろすと、未だ全裸で直立する美女達に自らのガウンを投げつけた。
「破片を残すでないぞ」
「は、はい……あの」
美女の一人が何かを告げようとするがランジョウは聞く耳も持たずに彼女等に背を向ける。そしてベット脇の機器に手をかざした。
「入るが良い」
ランジョウの言葉を合図に壁一面に覆われたカーテンの一部がゆっくりと動き出す。すると僅かに出来た隙間から1人の女性が現れた。
「お目通りが叶い光栄に思いまス」
頭を下げる女性の頭頂部には長い獣耳が備わっている。彼女は数日前から皇居に滞在し、謁見を希望していたと聞いていたが、未だ留まっていた根気とハーレイに聞かされた情報から、ランジョウは気まぐれで彼女謁見を許可したのだ。
「久しいな。マーガレット・ガンフォール。今の話は聞いていたか? 我が弟が朽ち果てたやもしれぬ」
ランジョウはまるで小事のようにそう告げると、エルフィント航宙社からの客人マーガレット・ガンフォールは小さくかぶりを振った。
「陛下。そのようなことはあり得ませヌ」
「ほう? 随分と自信ありげだな」
ランジョウは大きく片方の口角を上げながらそう告げると、マーガレットは頭頂部の長い獣耳を僅かに撓らせた。
「無論でス。シャイ……ホーゲン中佐が何もしないとは思えませン」
「随分と信用度が高いのだな? そのシャインとやらは」
ランジョウはゆっくりと立ち上がる。そしてマーガレットの眼前まで歩み寄ると、深紅の瞳を見開きながら彼女の耳元で囁いた。
「だが貴様の信用が必ずしも絶対とは思わぬことだ。愚弟の命を狙うのは宰相連中だけとは限らぬぞ?」
「……どういうことでス?」
眉間に皺を寄せるマーガレットを尻目にランジョウは彼女から離れると、狂気の笑みを保ちながら再びベットに腰を下ろした。
「気にするな。して? 今日は何用か」
含みを持たせて会話を切り替えると、マーガレットは予想通り怪訝な表情を浮かべる。しかし彼女は自らの使命を全うするかのように表情を切り替えた。
「はっ。陛下にはセルヤマへの慰問後にジュラヴァナ星域にも足をお運びいただきたく思っておりまス」
「ほう、ジュラヴァナか。何故だ?」
「宰相派が神栄教に自衛の為の武装を許可いたしましタ。神栄教には宰相の次男であるコウサ=タレーケンシ・ルネモルンが枢機卿の座に就いておりまス。あくまでも自衛の為というけん制の意味を込めて陛下自らが法王と会談していただければト」
マーガレットの長々とした説明にランジョウはイライラしたような表情を浮かべる。そしてまたしても立ち上がると、屈みながら散らばったグラスを片付ける美女の髪を掴んで起こし上げた!
「へ、陛下!」
予測不能な行動にマーガレットは声を上げる。しかし、ランジョウは気にすることなく美女の髪を掴んで引き摺ると、マーガレットの方へと投げつけた!
「マーガレット・ガンフォールよ……そなたは何か勘違いをしておるのではないか?」
ランジョウは少し鼻息を荒げながら、うずくまる美女と彼女を介抱しようとする他の美女やマーガレットを見下ろす。そして戸惑った表情を浮かべるマーガレットにランジョウは再び歩み寄ると、腰を折ってまるで口づけするかのような距離で微笑んだ。
「そなたの今の肩書はアルバトロス・ガンフォールの名代であろう? それが余の行動に指示を出すとはどういうつもりだ?」
「ですが陛下。私めはそれ以前にホーゲン中佐……いえ、貴方様の母君様より命を受けておりまス。お二人のために尽力するようにト」
「貴様は余の問に答えぬつもりか?」
ランジョウはそう言って立ち上がると、狂気の笑みを消し去って怒りに満ちた表情で怒号を上げた!
「貴様が! 何故ッ! 余のッ! 行動にッ! 口を出すッ! 申してみよッッ!!」
「……」
鬼気迫るその激昂にマーガレットは恐れではなく戸惑いを感じているようで、その不可解そうな表情が益々ランジョウを苛立たせた。
「それだけではないッ! 余は知っておるぞマーガレット・ガンフォールゥッ!! 貴様の属する一族が裏で何をやっているかをなッ!」
怪訝な表情を浮かべるマーガレットを見て、ランジョウは再び狂気の笑みを取り戻す。そして怯える美女達とマーガレットに背を向けてランジョウはベットに腰を下ろすと、サイドテーブルの引き出しから新しいグラスを取り出した。
「貴様らが運航する超速移動宙路は快適らしいな。他の移動用宙域では宇宙海賊が横行しているというのに……そう思わんか? 宇宙海賊の司令官よ?」
ランジョウは押し黙るマーガレットを見つめながらグラスに淡い金色の銘酒を注ぎ込むと、一気に口へと流し込んだ。
「もしも余にジュラヴァナ行きを望むならば、そなたの部下らに我が愚弟を連れてくるよう命じよ。無論首だけになっても構わんがな」
「陛下……」
戸惑うマーガレットに様々な感情が入り混じった表情を向けながら、ランジョウは更に声を上げた。
「分かっておる。貴様等が愚弟を生かす為に様々な策を弄している事くらいな」
「そこまで……ご理解なさっているなラ、何故ジュラヴァナを放っておくのでス?」
「貴様等が危機感を抱いているのは神栄教ではない。コウサ=タレーケンシ・ルネモルンであろう? たかが枢機卿1人に余は注力する気などない」
ランジョウの言葉は的を射ているのだろう。だからこそマーガレットはランジョウの実力に気が付いたに違いない。だからなのか、彼女は悲し気な表情でランジョウを見つめてきた。
「陛下……では何故……何故血を分けたご自身の弟の命をそうモ……」
彼女の悲しみに満ちた声にランジョウは思わず吹き出した。
「クカカカ! 今まで多くの命を奪ってきたマフィア風情からそんな言葉を聞くとはな!」
ランジョウは笑いながら立ち上がると、怯えたように震える美女達を足蹴にしてマーガレットの胸倉を掴んだ。
「その偽善の顔はそろそろ見飽きたところだ。もしまた余との謁見を望むならば……ダンジョウ=クロウ・ガウネリンを連れて来い。それが余と顔を合わせる最低条件と思え」
ランジョウはそう言って手を離すと、彼女に背を向けて「出ていけ」と言い放った。
「陛下……」
「余は出て行けと申した」
ランジョウがそう告げると、彼の背後から人間一人分の気配が消えていく。カーテンの中に隠された扉が閉じる音を聞き取ると、ランジョウは振り返って呆然と項垂れる美女達を見下ろした。
「……下らん連中ばかりだ」
ランジョウは苛立ったように片足を上げてドンと床を鳴らす。その瞬間――壁を覆っていたカーテンが開いていき、複数の扉と窓が姿を現した。
窓から差し込む光が室内を照らす。そしてカーテンの動きがピタリと収まると、ノックもなしに一つの扉が開き2人の人間が入ってきた。
「陛下。ご報告いたします」
部屋に入ってきた1人……ランジョウの側近であるトーマス・ティリオンはそう告げると、ランジョウの前まで歩み寄って立て膝を付いた。
「セルヤマ行の船の準備は整いました」
トーマスの言葉に捕捉を加えるようにもう1人の大柄な女性ベアトリス・ファインズは頭を下げたまま口を開いた。
「ご同行させていただきます」
「相分かった。それと……ジュリアンを呼べ」
ランジョウがそう告げると、トーマス達が入ってきたのとは別の扉が開き、そこから真っ赤なミニスカートのメイド服を着た壮年女性ジュリアン・フェネスが入ってきた。
「お呼びですか坊ちゃま」
ジュリアンはハーレイやマーガレットの様にその心情を押し隠すことはなく、まるで睨みつけるかの如くランジョウを見つめながらズカズカと室内を見回す。そして未だ床にへたり込む美女に目をやると、さらに激しい目つきでランジョウを睨みつけた。
「坊ちゃま」
「慰問用の喪服を用意せよ」
「それだけではないでしょう?」
ジュリアンはランジョウへの鋭い緯線を解くことなくそう告げる。ランジョウはジュリアン越しに見える手を抱えた美女に視線を送ると、面倒くさそうに言い放った。
「余は傷ものには興味がない。失せろ。2度とこの皇居に足を踏み入れるな」
冷たく突き放す言葉を聞き美女達は悲しみと屈辱によって目を腫らす。ジュリアンは彼女らに歩み寄って寄り添うと優しくゆっくりと起こし上げた。
「……満足か?」
ランジョウは睨み返すようにジュリアンにそう告げると、彼女はニンマリと微笑んだ。
「ええ。では、私めは喪服の準備がありますのでこれで」
彼女はそう言い残すと一礼をすることもなく、黙って美女達を肩に抱きながら寝室を出て行ってしまった。
ようやく静かになった寝室の中でランジョウは先程の狂王のような素振りを見せることなくベットに腰を下ろした。
「トーマス。手筈は?」
「はっ。セルヤマに向かわせたハイネル・ペッツァとの連絡が途絶えました」
「ふん……どうやら使えん男だったようだな……なぁベアトリス?」
ランジョウはそう言ってベアトリスの方に視線を送ると、彼女はその大きな体を揺らすようにかぶりを振った。
「あの男は暗殺部隊のエースだった男です。そう簡単に死ぬとは思えません」
「だが現に連絡が途絶えておる。ペッツァなる男が無能ではないなら考えられることは1つ。愚弟には相当な手練れが護衛に付いているということだ」
「団長ならその準備をしていると充分に考えられます。そしてそれほど用意周到ならば、宰相派如きの策略によって命を落とすとも思えません」
自身の言葉に同意して推測を入れるトーマスにランジョウは頷くと、少し考えてから2人に視線を投げかけた。
「トーマスよ。未だにシャイン=エレナ・ホーゲンとは連絡が付かぬのか?」
「無理にでも接触しようとすれば不可能ではありません。しかし、我々と団長が接触することを宰相派が見逃すとも思えませぬ故、少し危険かと」
「構わぬ。貴様はシャイン=エレナ・ホーゲンと接触せよ。マーガレット・ガンフォールでは信用に足りぬ。貴様が直にシャインの考えを探ってくるのだ」
「はっ」
トーマスが頭を下げると、ランジョウは次にベアトリスの方に視線を送った。
「ベアトリス。貴様は余に従いセルヤマに同行せよ。愚弟の消息に関して余が自ら検証する。そのついでに慰問とやらも済ませておこう」
2人に指示を出してランジョウは大きく息を付くと、少し考え込むように俯いた。まるでそれまで見せてきた狂王の振る舞いは仮初のように静寂な空気が室内を包み込む。ややあってランジョウはゆっくりと顔を上げると、再び狂気の笑みを取り戻していた。
「フフフ……この程度で終わる筈がない……我が愚弟には……余の大願の贄となってもらわねばな……」
その狂気の笑顔には、まるで世界の概念を変えようという変革者のような逞しさと、この世界を憎む憎悪が入り混じっていた。




