第7話『女はいつでも胆大心小』
【星間連合帝国 ヴェーエス星 デセンブル研究所周辺の丘】
ヴェーエス星は雪に覆われた氷の国である。基本的に空は高密度の雲が覆いつくし、吹雪が収まることはほとんどと言っていいほどない。しかし、年に数度、雲ひとつない晴天を迎える日があると言われている。その日のヴェーエス星は正にその貴重な晴天を迎えていた。複数の気流が重なり、分厚い雲の層が切り開かれた時に起きるその晴天は、真っ青な青空と純白の雪景色という見事なコントラストを生み出してた。
「セルヤマのとはレベルが違うね」
小高い丘の上に立っていたシャインは眼下に広がる雪原を見下ろす。そこには風が作り出した雪の砂紋が広がり、大気中の氷の結晶がキラキラと反射していた。準惑星のセルヤマにも同様の観光スポットがあるが、より美しく感じるのは年に数度見れるか見れないというレア感が神秘性を増幅させているのだろう。
「ま、肉眼で見れないのが残念だけど」
『フェフェフェ! 肉眼で見たら表面の水分が凍って一巻の終わりだもんね!』
感動をぶち壊すかのように薄気味悪いノヴァの声がシャインの耳に届く。……いや、耳というよりも今は意識に届くと言った方が正しいかもしれない。何せ今のシャインは実体がなく、その身体は全高3m程の機械の鎧の中で粒子になって彷徨っているのだ。
「気色悪い笑い声あげんじゃないわよ。いい気分が台無しだわ」
シャインはそう言って無機質な手の開閉を再び確認する。雪原の上に立つシャインは自らの身体がエメラルドの機体になっていることを再確認しながら、自らの世紀の発明であるBEが完成した感動に慕っていた。
BE……正式名称Body Extension その最新鋭人型決戦用スーツは、今シャインが着用する物を含めて複数の試作機が完成するに至っていた。最終テストを終えて感動も一入の中、シャインはBEの状態で大きく背伸びをした。
「完璧だね。これで戦略上に起きる数的不利の問題は多少解決できるわ」
握りしめる機械の右手を見つめながらシャインは感心する。
すると、通信先のクジャは仕事の話に切り替えるかのように質問を繰り出してきた。
『外気は-78度だもんね……寒さの方はどうだもんね?』
「全然感じないね。問題は触覚機能の中で痛覚がどれほど感じるかっていうのもあるけど、今はその問題は良いでしょ。それにしても身体が機械になるとこうなんのかな?」
『フェフェフェ! サイボーグ技術みたいな表現はやめて欲しいもんね! 団長は今、海陽系の科学技術の最先端を着込んでいるんだもんね! フェフェフェ!!!!』
ノヴァの仕事モードは一瞬で終了し普段の薄気味悪い状態に戻ると、シャインは美しい雪原とは逆方向……背後の眼下にあるデセンブル研究所を見下ろした。
研究所の前に広がる広大な雪原はシャインが先程まで見下ろしていたものとは違い、エアカーが慣らした空圧痕や一瞬液状化してすぐに幕が張った氷面、さらに破損した的や明らかに何かによって貫かれた穴が至る所に残っていた。
「とりあえず、テストはこれで十分。そろそろ戻るから第3ハッチに残りのBEを置いといてくれる?」
『フェフェフェ! それならもう済んでるもんね!』
「ん、よろしい」
ノヴァの声を確認して、シャインは今一度自分の姿を確認する。そして背部のスラスターを起動させて丘の上から一歩踏み出すと、両足裏に装着されているホイール回転させ、まるで一筋の雪崩の様に雪原を滑り降りた。
丘の上から一気に滑り降りて平地に辿り着くと、シャインはBEの足裏に備わっているホイールを更に回転させて研究所の第3ハッチに滑り込むように音を立てて入りこむ。強すぎる寒波を遮る為に幾層にも重ねられた扉を潜り抜けていくと、シャインはようやく作業着を着た整備班が出迎える整備場へと辿り着いた。
小さく横滑りしながらシャインは立ち止まると、作業着の整備員と白衣を纏った設計士がぞろぞろと歩み寄ってくる。その中の白衣を着たジョージュ・べべはニッコリと微笑みながら口を開いた。
「中佐、いかがでしたか?」
ライオットインダストリー社の技術部に所属するジョージュは、レオンドラ星人という特性だけに収まらない髭もじゃな顔でそう告げる。その言葉に応える様にシャインは親指を立てながら頷いた。
「完璧。もうずっとこの格好で生活したいくらいだね」
「それは良かった。ですが、今は整備のために一度脱いでいただきますよ」
ジョージュはそう言って「取り掛かってくれ」と周囲に指示をだすと、それを合図に整備班がシャインの周りを取り囲んだ。シャインは黙って四つん這いの体勢になると意識の中で着脱の指示をBEに送る。そこでようやく彼女は機械の身体から自らの手足を始めとした実際の自分の体の感覚を取り戻していった。
視界がBE越しではなくBEの中に切り替わったことを確認すると、シャインは背部ハッチを開き数時間ぶりに外の空間へと舞い戻った。BEの上に立ちながら首元のスイッチを押してヘルメットを格納すると、彼女は微笑みながら周囲に確認した。
「ふぅ。どう? 変な風に再構築されてない?」
全く色気のない童女の姿で彼女はセクシーポーズを取ると、ジョージュはニッコリと微笑みながら頷いた。
「大丈夫です。元の愛らしい中佐ですよ」
ジョージュの返答に満足したシャインは「ありがと」と言いながらBEから飛び降りる。彼女の着るBE着用のためのスーツ……粒子分解流出防止スーツは体のラインが浮き出るほどフィットするデザインなのだが、相変わらずのシャインは童女体型だったので色気などは全く感じられなかった。
シャインは栗色のお下げ髪を靡かせながらスーツの手首にあるボタンを操作すると、スーツ地と肌の間に空気が送り込まれてゆったりとしたツナギ服スタイルに切り替わった。シャインは研究員の1人からボトルを受け取るとストローを吸いながら、周囲を見回した。
「あれ? 他の3着は?」
「他の? どのタイプのことです?」
ジョージュは全く知らない様子で尋ね返してくるので、シャインは少し眉間に皺を寄せながら説明した。
「ほら、私が着てたこの翠玉のBEの他に白銀と淡赤と黒に近い黄土色のがあったでしょ?」
シャインの説明にジョージュは「ああ」と納得しながら頷いた。
「既に搬入準備に入っています。確か一着は色付きのヤシマタイトを組み込んでいるので試作機の中の試作機になりそうなんですがね」
「色付きの?」
ジョージュの説明にシャインは怪訝な表情を浮かべた。
海陽系惑星で産出されるヤシマタイトは特殊な技法でエネルギーが抽出される高価な鉱石でありその入手は困難を極める。シャインは良質なヤシマタイトが産出されるアイゴティヤ星から手に入れるべく、アイゴティヤ星と深く繋がるガンフォールファミリーの一人、マーガレット・ガンフォールに依頼していくつか密輸を頼んでいたのだ。
「色付きのは不安定だからいいのよ。何で組み込んでんの?」
シャインは不可解そうにジョージュに視線を送る。
ヤシマタイトとは無色透明である。しかし、産出に当たり色付きのヤシマタイトが見つかることがあったが、エネルギーを発するのには非常に不安定だったため廃棄物として処理される事が多い。その廃棄する色付きのヤシマタイトに紛れさせて密輸を行っていたのだが、エネルギーが不安定な物をBEに組み込むのは中止となったのだ。そんなシャインの当たり前の問いに、ジョージュはレオンドラ人特有の頭部の耳を掻きながら首を傾げた。
「さぁ? エネルギーに関して私は専門外ですし」
「じゃあ他の3着は? 全部で7着作ったでしょ?」
「残りの3着は地下に送るようにと所長から指示がありましたけど? 何でもこの所長お気に入りの部下が考案したアイディアを組み込むからとね」
ジョージュの言葉にシャインの表情は不可解から怒りに切り替わった。
「……3着も?」
「ええ。署長からそう言う指示がありましたが……」
「……あの野郎」
シャインの目が吊り上がる。愛らしい童女の姿に似つかわしくないその表情にジョージュは少し驚いたような表情を浮かべていたが、シャインは気にせず彼に言い放った。
「船への搬入はちょっと待って。少し話あるから」
シャインはそう残すとボトルを床に投げ捨てる。そして明らかに苛立った様子でノヴァがいる研究室に向かった。




