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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3357年 復古宣言 [前編]
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第3話『外交辞令無き会談』

【ローズマリー共和国 パルテシャーナ星 元老院議事堂外交応接室】



 元老院議事堂内の応接室の中央に置かれるテーブルは著名な大樹の一枚板で作られており、そのテーブルは広い室内を埋め尽くさんばかりの大きさを持っていた。その版面の表面積は帝国との距離を表しているよう皮肉さを表現しているともいえるだろう。少なくとも、次期元老院議員確実と称されるエリーゼ・ゴールベリの目にはそう映っていた。

 ローズマリー共和国のトップともいえるミリアリア・ストーン元老院議長を中心とした元老院議員達が横一列に並び、そんな彼女等の正面にはホログラムではあるが星間連合帝国の顔役が一同に並んでいる。

今正に()()()()()()()()()()()()()()()


「(あれが帝国宰相ハーレイ=ケンノルガ・ルネモルン……そしてその隣が懐刀という息子のキョウガ=ケンレン・ルネモルン……か)」


エリーゼの視線など気付く様子のないハーレイは、ホログラム越しでも伺えるほどの余裕と威厳に満ちている。当然といえば当然なのだが今のエリーゼでは全く太刀打ちできない力を持っているのだろう。そしてハーレイだけでなく、彼を中心とした帝国首脳陣は各々が持つ力や権力が盤石であるような安定感があった。


「宰相閣下。まずこの度は新皇帝陛下のご即位をお祝い申し上げますわ」


ハーレイの正面に座るミリアリアがにこやかに祝辞を述べる。するとハーレイは余裕の表情の中に笑みを含ませながら応えた。


「こちらこそ、先日は大層な祝いの品を贈っていただき感謝いたします。特に共和国の民芸品を陛下は大変お気に召されたようでして、陛下に代わりお礼を申し上げます」


「それはそれは。お気に召していただけたようでこちらも光栄ですわ。それで、ランジョウ=サブロ・ガウネリン皇帝陛下は?」


それだ。とエリーゼは心の中で同意する。ミリアリアの問いはエリーゼだけでなく共和国元老院全員が思っていたことに違いない。

 星間連合帝国の頂点は宰相ではなく皇帝に他ならない。それは決して象徴的な意味合いではなく、政治・軍事・経済・法務など全てを司る頂点といえるだろう。その皇帝がこの両国のトップ会談に現れないということは不可解以外の何物でもなかった。そんな当然の質問に対して、ハーレイは鍵盤を弾くようにひじ掛けに触れると、まるで些細な業務連絡のように微笑んだ。


「外交問題に関しては私が皇帝陛下より一任されております。故にこの場は私目が。無論、皇帝陛下のお耳にも届くようにしております故ご安心を」


その言葉に他意はないのかもしれない。新たな皇帝であるランジョウは、B.I.S値において、歴代でも屈指の低さを誇る凡庸な男だという。であれば、そんな人物よりもハーレイが外交を行った方が帝国としては有意義なのだろう。しかし、そのような理由で納得できるほど外交の場というのは甘くない。

 共和国側からすれば、最高指導者であるミリアリアが出席する場に相手国の最高指導者である皇帝が出席しないというのは、帝国が共和国を同列に見ていないという風に取れなくもないのだ。


「非常に残念ですね議長」


突如室内に響く声にエリーゼは眉を顰める。相変わらず濃いアイシャドーのマルグリッド・チェン元老院議員は一同の視線を集めると、扇で隠しきれない真っ赤な唇を動かし続けた。


「実は私どもは誰一人として皇帝陛下にお目通りがかなっておりませんので。今回の会談で是非ご即位のお祝いを直接申し上げることが出来ればと思っておりましたの」


マルグリッドは欠席という批判と次は出席させろという本音を隠す素振りも見せずに建前の言葉を並べる。そんな彼女を見てエリーゼは辟易した。

 昨年のスパイ摘発時に責任問題の濡れ衣を彼女に擦り付けたのだが、マルグリッドは様々な支援者の力を駆使して掻い潜っている。次期元老院選挙ではエリーゼ同様に議席の確保は固いだろう。


「(……黙っていればいいものを)」


エリーゼは苛立ちを隠すことなく背後からマルグリッドを睨みつけるが、ミリアリアはまるで諫めるように微笑んだ。


「良いではないですかチェン議員。皇帝陛下にお目通りする機会はこの場に限った話ではありませんからね。そうでしょう? 宰相閣下」


「無論です。しかし皆様方を皇帝陛下の御前にお迎えする機会を設けなかったことはこちらの落ち度でしょうな。謹んでお詫び申し上げます」


ハーレイの言葉の節々に感じる不遜さにマルグリッドのアイシャドーの位置が徐々に上がっていく。しかし、ハーレイは彼女など眼中にはないのだろう。眉一つ動かすことなく、先程から変わらない余裕の表情で椅子に座りなおしていた。


「では、そろそろ本日の……というよりも以前から続く議題について進めましょうか。前回の議題、次の協定の内容についてですが、共和国側で検討していただけましたかな?」


ハーレイがそう告げるとミリアリアは小さく頷いた。


「そうですわね。我々としてはアインデール協定の延長、もしくは再締結できればと思っているのです」


「その話は以前の議会で終えたと思いますが」


宰相席の隣に座る無表情な男……キョウガが不愉快そうな口調でそう告げる。トップ同士の会話に割って入るなどおこがましいにも程があるのだが、彼を咎める者は誰もいない。それはキョウガがこの会談における事実上の3番手である事を証明したかのようだった。


「よしたまえ秘書官。元老院議長に対して失敬であろう?」


ハーレイは怒った素振りも見せずに苦笑とも嘲笑とも取れる笑みでキョウガを諫めると、ミリアリアもまた笑みを崩すことなく小さく頷いた。


「構いません宰相閣下。前回の会議で済んだ話を掘り返されると気分が悪くなるのは当然ですわ」


ミリアリアは微笑みを保ちながらそう告げる。彼女のとってアインデール協定とは特別なものであるとエリーゼは知っていた。


 アインデール協定。この協定が結ばれる以前、公表こそされていないが両国の国境となる海陽周回領域では帝国軍と女傑軍のいざこざが度々引き起こされていたという。それを見かねた前々元老院議長ヴェルゲミーナ=アイナ・ホーゲンと前皇帝ゼンジョウ=サブロ・ガウネリンが会談の場を設け、その際に結ばれたのがこのアインデール協定である。この協定は主に互いの利益共有や軍事的不可侵条約を目的として結ばれたものであった。


「ですが28年の長きに渡り、両国の平和を維持してきたこの協定を終わらせるのは惜しいと思うのも人間の性でしょう?」


ミリアリアはあくまでも建設的に話すがその本心は違う。この協定は彼女の亡き師である前々元老院議長と共に作り上げた最後の財産のようなものだったのだ。そしてこの協定が共和国にヤシマタイトなどの有益な資源を齎したことは周知の事実でもあった。しかし、ハーレイの隣に座るキョウガは無表情のままかぶりを振った。


「前皇帝がアインデール協定の無期限化を求められた際、そちらはその提案を反故にしている。こちらとしては既に協定終結後の政策に取り掛かっているので今更提案を呑むといわれても困るのです」


キョウガの言葉は正論だった。これほどの平和的な条約に対して有効期間が設けられたのは、当時の共和国の保守派が裏で動き回ったことが要因となっているという噂が流れている。だからこそ共和国側は強く出れない側面があったのだ。


「その通りですわ。ですが、前回帝国側からご提示いただいた新たな条約に関しては、こちらも容認できかねない箇所が多々見られます」


ミリアリアはにこやかな笑みを崩さずにそう告げてから、少し前のめりになって右端の席に座る短い髪の女性に視線を向けると、彼女は黙って立ち上がり手にしていたタブレットを操作した。


「帝国の皆様方が提示された条件案を基にこちらの希望を少し添えさせていただきました。ヴィタゥ議員。よろしいかしら」


「はっ」


ミリアリアに呼ばれた短い髪のリーアム・ヴィタゥ議員は頷くと帝国側に新たな条約が書かれた資料を送った。

 ハーレイを始めとした帝国首脳陣の前に共和国側が提示する新たな協定の内容が浮かび上がる。キョウガを始めとした首脳陣が渋い表情を浮かべる中、ヴィタゥ議員は説明に入った。


「まずヤシマタイトの輸出規制です。共和国としましては第二段階までの細胞培養技術の提供をさせていただくことで輸出規制の撤廃とこれまで通りの継続を求めます。続いて各惑星宙域の領域に関する条約ですが……」


ヴィタゥ議員が次々と説明をする中でエリーゼはハーレイをジッと見つめていた。そしてその姿から確信する。今回の会談において、この男は外交の先にある()()を見据えているのだ。

 長々と続くヴィタゥ議員の説明が終わる頃、エリーゼと同じくハーレイの妙な雰囲気に勘付いていたミリアリアは、微笑んだまま探りを入れるかのように尋ねた。


「いかがでしょう? 帝国側のご意見を伺いたいのですが」


ミリアリアは明らかに帝国首脳陣らにではなくハーレイに対してそう告げる。ハーレイはというと相も変わらず余裕の表情で頬杖を解くと、両手を組みながら背筋を正した。


「こちらは添削を受け付ける気はありませんよ」


それはまるで、日常の会話と同じような口調だった。

 国家間の条約を突き返すとは思えないほど……まるで取るに足らない用事について断りを入れるかのようにそう告げるハーレイを見て、エリーゼは少し背筋が凍る。


「受け付ける気がない……とは?」


ミリアリアの問いにハーレイは再び椅子に座りなおしてから答えた。


「言葉の通りです。以前提示した内容を変更する気はありません」


「ですが宰相閣下。今後も引き続き両国家間の恒久的平和を望むならば」


「恒久的平和を望んでいるのは共和国側だけでしょう?」


ミリアリアを遮って言い放つハーレイの言葉に誰もが息を呑む。まるで戦争を望むかのような口ぶりに、さすがに帝国側の首脳陣もハーレイの方に視線を送っていた。


「失礼。無論、私も平和であればそれに越したことはないと思っております。ですが、それは帝国の安寧があってこその話です。お言葉ですが我々星間連合帝国はヤシマタイトや超速移動宙路技術に限らず、これまで多くの資源や技術を共和国に提供してきました。しかし、共和国が還元してくれたのは何でしょうか? 身体再生や細胞の培養などの医療技術に関して我が国より優れているにも関わらず、その技術のほとんどは共有はされていない。これはフェアな協定と言えるでしょうか?」


正論はどんな悪党も正義に変える。その言葉に従うならば共和国側は悪と言われても文句は言えないだろう。エリーゼの視線の先にいる唇を噛み締めて黙りこんだマルグリッドの姿がそれを表しているようだった。

 ハーレイは目の前に二次元のウィンドウとして浮かんでいた共和国側からの提案を払いのけると再び口を開いた。


「例えばご存じですかな? 我が国の平均寿命な横ばいではありますが、共和国のそれは右肩上がりなのです。理由は1つ。共和国には素晴らしい医療技術があるからです。平均寿命だけでなく、国民の8割が女性であるにも関わらず出生率においても我が国を上回っている。それに比べて我が帝国は出生率に関しても平均寿命に関しても何ら成長が出来ない。なぜならば共和国の協力が得られていないからです。我が帝国の病に苦しむ人々を貴女方は見殺しにしているといわれても過言ではないのですよ」


ハーレイの言葉は過激だ。だが過激な言葉は芯を食えばこの上ない強さを持つ。共和国側の元老院議員達が眉間に皺を寄せ、帝国側の首脳陣は「うんうん」と頷いている。空気は完全に帝国側へと傾いている誰もがそう思っていたに違いない。

 しかし、その空間を切り裂くかのようにミリアリアはにこやかな笑みで前のめりになった。その姿を見たエリーゼは思わず心の中で「あっ」と呟いた。多くの場面で誰もが眉間に皺を寄せたり怪訝な表情を浮かべる者が多い中、ハーレイは今も余裕の表情を崩していない。そしてそれはミリアリアも同じだったのだ。


「宰相閣下。帝国側の皆様のご意見は大変深く理解できました。ですが、医療技術の共有についてはこちらも譲ることができないものがあります」


「譲れないもの……それは人の命以上に重い物でしょうか?」


ハーレイの言葉にミリアリアは少し俯きながらかぶりを振る。そして初めてその微笑んでいた瞼を見開くと、笑みを保ったまま顔を上げた。


「医療技術とは人々の健康という面で大きな幸福をもたらす半面、大きく悪用されることもあります。事実、我が国でも身体再生技術によって体の再生治癒が可能となった今、自傷依存という症状を持つ人々が生まれているのです」


「議長。心のケアの話ですか?」


本日初めて口を開いた帝国軍将校はほくそ笑む。しかし、それは明らかに空気の読めない人間の横やりでしかなかった。ミリアリアは格下の相手など気にすることなく話を続けた。


「自傷依存とは恐ろしいものです。“体に傷が無ければ自分に存在価値がない”……そう錯覚する症状は我が国の女傑軍の中に多く見られます。その証拠に彼女たちの多くはその体に自ら傷を入れるのです。このようにね」


ミリアリアは小さく腕を捲ると、そこには美しい花の刺青が彫られていた。

 彼女が元女傑軍であることは知られていたが、初めて知る彼女の体に刻まれた真実にエリーゼだけでなく帝国軍側も黙って彼女の言葉に耳を傾けていた。


「女傑軍は災害時に被災者の救助に派遣されます。当然、現場で自らも大きな傷を背負うこともあるでしょう。しかし彼女たちは怪我を恐れません。優れた医療技術を彼女たちは誰よりも身をもって経験しているからです。だからこそ女傑軍の多くは無茶な行動をし、多大な傷を負いながらすぐさま復帰する。おかげで女傑軍は非常に現場復帰が早く、対応の速さに優れた部隊になっています。それは平和な時代であれば救世主でしょう。しかし戦時下であれば彼女たちほど恐ろしい存在はありません。優れた医療技術はそんな弊害を齎すのです。だからこそ、我々は優れた医療技術を持つ国の責任として細心の注意を払わなければならない。それを他国に提供するのであれば尚更です」


ミリアリアの言葉には当事者であったことの重みがあった。その経歴はハーレイは決して持たないものであり、帝国側の首脳陣にいる軍属の者にはどこか理解できるような言霊があっただろう。しかし、最後にミリアリアが告げる言葉で彼らの目の色は一気に変わることになった。


「それを踏まえた上で我が国の医療技術を望まれるならば、最低でもこちらの条件は飲んでいただきます」


「ほう。何でしょうかな?」


ハーレイは微笑しながら尋ねると、ミリアリアはハッキリとした口調で言い放った。


「帝国軍を動かす際に我が共和国元老院の承認を得ていただきます」


「「なっ!」」


ミリアリアの言葉に帝国側の人間は思わず立ち上がる。彼女の告げる条件は帝国軍が共和国の傘下に入るも同然といえるだろう。

 帝国側の……特に軍属の首脳陣は目を吊り上げてミリアリアを睨みつける。しかし、彼女はそんな屈強な男たちを前にしても引くことなく堂々と胸を張って続けた。


「医療の発展は軍事力の稼働率を上げるのです。医療技術を提供するならばその責任を背負う。それが共和国のとって譲れない信念ですわ」


ミリアリアの言葉にハーレイとキョウガを除く面々は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

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