第2話『天真爛漫な大博打』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス衛星ベオルフ イルバラン家別荘】
≪ダンジョウ等が衛星ジキルに上がる三日前――≫
帝星ラヴァナロスは強固な星である。その周辺にはシュメールの傘と呼ばれる小惑星帯が周回し、衛星の数も各惑星の中で最も多い。その衛星の中でもベオルフは準惑星並みの質量持ち、ラヴァナロスの気象を操作する人工衛星の管理、半径数百キロに渡る宙域の防衛などを担っており、まさにラヴァナロス星の最後にして最強の砦として名を馳せていた。
衛星ベオルフはその質量と大型重力調整機の効力もあり、他惑星と大差のない重力に保たれている。その為、ベオルフ内は他惑星とほぼ同等の人口と都市に溢れており、さらに搬入された水や動植物のおかげで、人が普通に暮らすための自給自足さえ可能な星と化していた。
そんな衛星べオルフにあるとある地区……保安上の問題でどこにも知られていない小さな丘の上に一軒の邸宅が建っていた。このベオルフの開拓時に資金提供を行ったイルバラン財閥の別荘である。
ソフィア=マリリン・イルバランはその美しい別荘の中で鏡に映る自身の髪の色をチェックしていた。
「う~ん……もう落ちてきた。ラヴァナロス人の髪って黒過ぎるからさぁ~染めてもすぐに戻っちゃうんだよね~」
ソフィアはそう言って鏡越しに背後の美女に微笑む。後ろに立っていたイレイナ・ミュリエルはその美しい笑顔を保ったまま小さく首を傾げた。
「良いではないですか。黒髪が似合うというのは美に選ばれた者が持つ特権です。お嬢様もそれに見合った美しさをお持ちかと思いますが?」
常に笑顔のイレイナがどんな本心を抱いているのか。それはソフィアにとって最大の謎だった。ただ間違いなく言えるのは今の彼女の言葉がソフィアの心情において全くと言っていいほど的を射ていないということである。
「似合う似合わないは問題じゃないんだよ。自分がどうなりたいかが大事なの。私はクリオス人みたいな銀髪も、ヴェーエス人みたいな真っ白い肌も、カルキノス人の金色の目や青い肌も、スコルヴィー人の赤い肌も、ジュラヴァナ人の大きすぎる瞳も全部好きなんだよね。あ、もちろん美形のフマーオス人やローズマリーの人の翠色の瞳もね」
ソフィアはそう言ってニッコリと微笑みながら、美しい銀髪の生え際をもう一度確かめる。漆黒の髪色と深紅の瞳が嫌いなわけではない。ただ、彼女は自分がこうしたいと思ったことにはとことんこだわるタイプだった。
「そういえば。今日発つんでしょ?」
ソフィアは生え際をクシャクシャと掻きながら適当に髪を束ねて振り返る。するとイレイナは微笑を保ったまま小さく頷いた。
「はい。第6衛星のジオルフの港宙ステーションからセルヤマに向かいます」
「ふ~ん。楽しみだな~ダンジョウ君ってどんな子だろ? 会ってみたいなぁ~。でも今は彼のお姉さん代わりの方が会ってみたいかも」
「シャイン=エレナ・ホーゲン中佐ですか?」
イレイナが名前を口にするとソフィアは口角だけを上げる。そして再び鏡に目をやりながら金色のカラーコンタクトを取り去った。
「天才なんでしょ? 帝国史でもB.I.S値が最高だったって。ホログラムでしか見たことないけど、小っちゃくて可愛い感じだよね」
「……意外とすぐに会えるかもしれませんよ」
イレイナの返答を聞いてソフィアはカラーコンタクトを専用のケースに収めると口角を下ろした。彼女の口調に少し違和感を感じたからだ。
ゆっくりと顔を上げて鏡越しにイレイナの表情を確かめる。今まで自身を見つめていたイレイナの視線はソフィアを捉えてはいない。いや、彼女越しに外のテラスを見つめているようだった。
ソフィアは冷静に顔を上げてテラスの方に視線を送る。そこには栗色の綺麗な髪を三つ編みで二つ縛りにした童女が立っていた。
「丁度良かったね。アタシも会ってみたかったから」
目の前の童女はそう言ってニッコリと微笑んだ。
ソフィアは人の笑顔を見て初めて恐怖心を覚えた。童女の目の奥にある様々な思考回路が深すぎてソフィアでは理解できなかったからだ。
「……エントランスから入るってルールは守ってほしかったな」
テラスから侵入したその深淵の笑顔の持ち主に向かってソフィアは努めて微笑む。すると童女はゆっくりと近づいて来て彼女の正面に腰を下ろした。
「そりゃ失敬。はじめまして。シャイン=エレナ・ホーゲンです」
童女とは思えない内から滲み出る貫禄に少し圧倒されながらも、ソフィアは悠然と立ち上がって手を差し出した。
「んふふ。ソフィア=マリリン・イルバランでーす」
差し出した手をシャインはゆっくりと握り締めてくる。その手は固くも柔らかくもない。しなやかという表現が最も適していただろう。感じたことのない感触にソフィアは少しワクワクしながら微笑んだ。
「よろしくね」
「よろしく。という言葉は少し考えさせてね」
友好的に接するソフィアだったが目の前のシャインはそうではなかった。
シャインは表面上は完璧な笑顔を作っているが、明らかにソフィアという人間の存在を品定めするかのような雰囲気を纏っていた。
「まず、イレイナを派遣してくれてありがとう。彼女すごく美人で優秀ね。時代が違えば騎士団にスカウトしたかったくらいだわ」
「騎士団って、あの皇后様直轄の護衛騎士団!? わぁ~すっごーい!」
ソフィアは目を輝かせる。それは彼女なりの無邪気の演出だったが、そんな事は全て見透かしているかのようにシャインは笑みを崩さなかった。
「それでね。そんな協力的な行動をしてくれる貴女の本心を探っておきたいんだよね。質問はたった2つ」
シャインは一呼吸置くように前屈みになると、まるで脅すかのような笑顔で言葉を連ねた。
「貴女はイレイナの派遣だけじゃなくて、今後のアタシたちに資金提供までしてくれるって言うじゃない?」
「うん。そうだよ」
ソフィアは少し観念したような笑みで頷く。どうやら、目の前のシャイン=エレナ・ホーゲンという女性にはソフィアが醸し出すフワフワとした雰囲気は効かないらしい。どちらにせよ、これから協力関係にあろうと思っていたことには間違いないので、彼女はあるがままに答えることにした。
「これからはシャインさん……じゃなかったね。ダンジョウ君の行動をサポートする資金援助をしてあげる。分家とは言え帝国でもトップの財閥だからね~それなりに期待してくれてもいいよ」
「ありがたい話だわ」
「そうでしょ? でも納得できないって感じ?」
「少しね」
シャインはそう言って前屈みを解くと腕と足を組んだ。
「上手い話には裏があるっていうのは生きてく上での教訓だよ? 無償で資金提供してくれるって言うのはそれと同義なの。つまりは貴女にも目的やメリットが必要だけどそれが見えないの。そして同じくらい重要な質問がもう一つ……ダンジョウのバカが生きてるってことを誰に聞いたの?」
シャインは人差し指をテーブルにコツンと立てる。それはまるで審問のような雰囲気だった。
自らの別荘内でこれほどまでに場の雰囲気を制圧されるとは驚きである。それがちょっとした諦めの境地に至ったのだろう。ソフィアは自分がまだまだ経験不足であることを理解しながら、僅かな知略を入れ混ぜて言葉を連ねた。
「資金提供の理由は簡単だよ。ほら、イルバラン家の本家のザイク君がランジョウ君にやらかしちゃったからさぁ~。おかげで私が次の当主候補になっちゃったんだけよね。で、なるからには私も潰すわけにもいかないでしょ? でも今言ったザイク君の件のせいでランジョウ君にはもう取り入れないじゃん? じゃあルネモルン宰相かなぁとも思ったんだけど、宰相派は本家の人たちとズブズブな関係でさぁ~。本家って頭が固いから、どうも私は好きになれないって訳。そんな時に聞いたわけですよ。死んじゃったはずの片割れの皇子様は生きている。しかも、近いうちに宰相派に対抗するために立ち上がるってね! これは生き残りルートの出現でしょ~?」
ソフィアはまるでカフェで友人と話すかのように軽い口調でまくし立てる。そして再び無邪気を演出するかのように両肘をつき、その小さな顔を支えながら微笑んだ。
「んでね? その生きてた皇子様。ダンジョウ君の小さい頃の話も聞いてさぁ~! 確か先光団って言うのを作って、悪い奴らをやっつけてたんでしょ!? すんごいバカみたいだけどさぁ~そういうのってなんか青春っぽくていいなぁ~って思っちゃんたんだよね! 私女子高だからそういう男の子って新鮮に見えちゃって!」
ソフィアは少し興奮気味に立ち上がると、先程のシャインの前屈みとは違う前のめりになって今日一番の笑顔を見せた。
「つまり! 私からすると、ダンジョウ君っていう男の子が気になるんだよね! しかもこれで宰相派をやっつけたりしたらイルバラン家も大逆転じゃん!? これはもう協力するしかないでしょ! 以上! ご清聴ありがとうございました!」
ソフィアは全てを言い終えて満足したように再び椅子に腰を下ろす。そんな彼女の砕けた態度を微笑ましく見つめていたシャインはやはり変わらぬ冷静さで頷いた。
「……なるほど。よく分かったわ」
シャインはそう告げると先程の警戒心が少し薄まった笑顔で微笑んだ。
「でも一つ答えてくれてないよね? ダンジョウの事……一体誰から聞いたの?」
その問いにソフィアは少し顔を引きつらせる。
ハイテンションの捲し立てで一時的にごまかせないかと思ったが、やはりこの天才童女にそんなことは通用しないようだった。
「……言わなきゃダメ~? 口止めされてるんだよね~。特にシャインさんには言うなって」
「へぇーアタシが知ってる人?」
シャインは悪戯っぽく微笑みながら追い詰めるかのように見下してくる。ソフィアは本日何度目か分からない観念をしながら小さくため息をついて白状した。
「ヒカルさん。ほら、ライオットインダストリー社の取締役のね。イルバラン家とライオットインダストリー社は付き合いが古いから、私も小さい頃から何度かお世話になってたんだよね」
ソフィアの自供にシャインは呆れたような……それでいて想定通りと言わんばかりのため息をついた。
「はぁ~……やっぱりね。ヒカルさんは変なところで口が軽いから……全く、息子の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ」
シャインはそう言って立ち上がると懐から小さなカードを取り出した。
「とりあえず事情は分かったわ。この中に今後の予定が書いてある。それと随時連絡も入れるからよろしくね。友好的な関係を築きましょう。ソフィアちゃん」
「うんうん!」
ソフィアは笑顔で相槌を打つと、シャインはソフィアの背後で女神のオブジェと化していたイレイナの方に視線を送った。
「イレイナ」
「はい」
「私はこれからヴェーエス星に行かなきゃなんないの。それで貴女の任務だけど予定変更ね。港宙ステーション経由のセルヤマ行は変更。ジキルに向かってちょうだい。彼とね」
シャインはそう言ってテラスの方に振り返る。そこから現れた筋骨隆々の人間を見てソフィアは目を輝かせて走り寄った。
「うっわ! でっか! え!? 嘘!? 何者!? 何食べてんの!?」
ソフィアの興奮にも眉一つ動かさずに微動だにしない男はスコルヴィー星人と思しき赤い肌をしていた。思しきという表現になっているのには訳があった。
スコルヴィー星人は多分に漏れず赤い肌と大きな身体を持っているが、一切の毛髪が生えないという特徴を持っている。しかし、目の前の大男は頭頂部に毛髪は無かったが見事な黒髭を蓄えていたのだ。
大男はまるで鬼神のような風貌だったが、ソフィアは気にすることなく身体をべたべた触る。その無遠慮さに苦笑しながらシャインは忠告するように言い放った。
「彼がベンジャミン・ナヤブリ。イレイナはスカウトありがとね。あ、ソフィアちゃん気を付けなよ。彼がもし暴れたりしたらアタシじゃ止めきれないかもしんないから」
帝国でも屈指の実力者であるシャインの言葉がどれほどの意味を持つかをソフィアは知らない。彼女にとっては危険よりも好奇心が上回っていたからだ。
こうして美女と野獣の派遣。そしてソフィアの……いや、イルバラン家の命運を左右する運命の博打が始まった。




