第1話『その一心発起は純粋か?』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ衛星ジキル 港宙ステーション】
星間移動をする場合、殆どと言っていいほど1度乗り換えする必要がある。まずは地上のマスドライバーから上昇用の船で宇宙に上がり、比較的重力の弱い衛星に建造された港宙ステーションで宙間移動用の宇宙船に乗り換えるのだ。マスドライバーから衛星を経由せずにそのまま運航可能な宇宙船も存在するが、そのクラスの船は基本的に軍用か要人用だけである。
準惑星セルヤマにはジキルとハイドという双子の衛星があり、地表が脆いハイドではなくジキルの方に港宙ステーションが作られていた。そんな衛星ジキルの港宙ステーションが混み合うのは、この世界では常識でもある。
「あれは観光客……あれは労働者……あれは……どっちだ?」
愚弟の皇子ダンジョウ=クロウ・ガウネリンは荷物番をしながらベンチに腰を下ろし、頬杖を突きながら行き交う人々を眺めていた。入星手続きの受付に並ぶ人々は冬の美しい情景を眺めに来たのであろう富裕層と、ここジキルで暮らすセルヤマの労働者の2種類の人間が見て取れた。
ダンジョウはそんな人々を見つめながら欠伸をすると、早朝から一緒に行動する長身痩躯で青い肌をしたカルキノス人が手を振りながら走り寄ってきた。
「兄貴! 取ってきたわい!」
無駄に大きな声にダンジョウは顔を上げると、長身痩躯のビスマルク・オコナーは豪快な笑顔を見せてくる。そんな彼が掲げる手にはカルキノス星行のチケットがしっかりと握られていた。
「手ぇ挙げなくてもオメェはデカイから分かるよ」
ダンジョウは少し呆れたように微笑みながら座る位置をずらすと、ビスマルクはその空いたスペースにどっしりと腰を下ろした。
「そうでもねぇわい。さっきオラよりも横にデカイ男がおったんじゃが、ありゃ相当な手練れじゃ。髭を生やしとったが、あの赤い肌。豪傑モンが多いっちゅうスコルヴィー星のモンに違いないわい。あんなのに喧嘩売られたら流石のオラも手こずるじゃろうなぁ」
「スコルヴィー人は毛が生えねぇんじゃなかったか? まぁどっちでもいいか。とりあえずシャインのババァがスカウトするオメェが手こずりそうってんならよっぽどだな」
ダンジョウは笑いながら肘でビスマルクを小突く。すると彼は少し照れながら頭をボリボリと掻いた。
「いやぁ兄貴。この世にはオラよりも強い奴がいっぱいいるんじゃ。現に兄貴もオラを打ち負かした1人じゃろ」
「いつの話してんだよ。んな事よりチケット」
ダンジョウはそう言って手を差し出すと、ビスマルクは「おおそうじゃった」と言って握り締めていたチケットを差し出してきた。
ダンジョウがチケットを軽く振ると、見た目はペラペラの紙から発着時間がホログラムになって浮かび上がる。そして、シャインから指示された便であることを確認するためにダンジョウは懐から手紙を取り出した。
<ダンジョウへ
せっかちなアンタは今頃すぐにでもラヴァナロス星に向かおうとしてるんだろうけど、それはやめときなさい。今、ラヴァナロス星はアンタが思っている以上に危険なの。アタシが居ても帝星に辿り着く前の衛星ベオルフで捕まるくらいにね。そうならないようにするためには連中と同じくらいにアタシ達のチームを大きくする必要があんの。その為にまずはカルキノス星に向かいなさい。知事のアンドリュー・レオパルドさんはアンタのママの教え子で隠れた協力者よ。そしてカルキノスには他にもたくさん協力してくれそうな人がいる。アタシも道中で合流できるようにするから添付したデータの船でカルキノスに行きなさい。一応使える人間を2人を派遣してるからちゃんと言うこと聞くこと。それとビスマルク君は別指示以外の時は常にダンジョウから離れない様に!
シャイン>
乗るべき船がシャインが指示した船と間違いない事を確認して、ダンジョウは手紙を再びポケットに仕舞い込む。そして背後の窓からこれまで暮らしたセルヤマ星を眺めた。
ダンジョウの生まれは複雑だ。彼は帝星ラヴァナロスで生まれた双子の皇子の片割れだったが、既に老齢で寝たきりだった皇帝に変わり、帝国の主権を掌握しつつあった宰相派の手から逃れるため、このセルヤマ星に送られた。
というのがダンジョウの母の元部下であり、姉代わりであるシャイン=エレナ・ホーゲンに聞かされた大まかな話である。
それから17年――ダンジョウはこのセルヤマ星で様々なことを経験したが、まだ彼は宰相派に敵意を抱ききっているわけではない。彼らの行う政治が正しいのであればそれでいいのだ。ダンジョウは今それを見極める必要があると感じていた。それは彼の幼い頃から持っている信念……“全員日々平穏”という世界を作るためである。
「何じゃ兄貴? 少し名残惜しいんか?」
物思いにふけながらセルヤマ星を見下ろすダンジョウに、ビスマルクは揶揄うように笑いながら顔を近づけてくる。ダンジョウは苦笑しながらそんな彼の額にデコピンをかました。
「そんなんじゃねぇよ。見納めってやつだ。ここは一応俺にとっちゃ故郷みてぇなもんだからな。あとオメェやタクミ。それとフィーネと出会った星でもあんだ」
ビスマルク、タクミ、そしてフィーネ。この3人はダンジョウにとって掛け替えのない友人である。このセルヤマ星において、彼等は“先光団”と名乗り平穏を乱す連中を成敗してきたのだ。
しかし、ビスマルクを除く2人はもうこの星にはいない。帝国随一の軍事企業であるライオットインダストリー社の御曹司であるタクミは家の方針で別惑星の学校へ移っただけなのだが、問題はフィーネの方だった。
彼女は隣国ローズマリー共和国の諜報員の娘であり、先に起きた摘発事件で片目を潰されて強制送還されてしまった。このフィーネの一件は国際問題であり、ただの子供として生活するダンジョウではどうにも出来ない問題だった。ただ、ダンジョウはこれによって明確な目的が出来たのも事実である。
――フィーネの国がスパイなどしなくても良い世界にする。
それを成し遂げるにはローズマリー共和国を服従させようと目論む宰相派を打倒することが必要だったのだ。
「(……宰相派のやってる事をまずは確かめる。んでその後は…………ま、それはそん時考えるか)」
ダンジョウは一先ず一番近い問題を解決することを決意すると、ビスマルクがゆっくりと立ち上がった。
「さぁて兄貴。そろそろ時間じゃ」
ビスマルクは降ろしていた荷物を背負うと、ダンジョウも「おう」と言って立ち上がる。そして懐からチケットを取り出すと、ビスマルクと照らし合わせた。
「オメェは8番搭乗口、俺は1番搭乗口か」
「おうよ。シャインの姐さんが言っとった通りじゃ。オラの面で名前は兄貴になっちょるわい」
そう言って彼は自身の顔にダンジョウの偽名……クロウ・ホーゲンの名前が入ったチケットをヒラヒラとさせる。これはダンジョウの身を守るため、シャインが用意した偽造のチケットだった。
「う~ん。やっぱりオメェを囮にすんのは気に入らねぇなぁ……」
ダンジョウが不満気にそう告げると、ビスマルクはケラケラと笑った。
「何を言っとるんじゃ兄貴。シャインの姐さんの話じゃ、兄貴の素性がもうバレとる可能性もあるんじゃ。こういう対策は必要じゃろうて」
「そうじゃねぇ。俺はツレを囮にすんのが気に入らねぇんだ」
ダンジョウはそう言って不服そうに口をへの字にすると、ビスマルクはニヤリと微笑んできた。
「兄貴。アンタはこれからデカいことをやり遂げる人じゃ。オラはそんな兄貴に命を預けると決めた。でも兄貴がデカいことをやり遂げるからそう決めたんじゃねぇ。オラは兄貴のそういう下のモンを見捨てねぇような心意気に惚れたんじゃ」
「だからその下のモンって言い方やめろ。俺たちゃツレで仲間だろ?」
「んじゃ兄貴。そのツレであるオラを信用してくれんか?」
ビスマルクはそう告げると、得意気な表情を浮かべながら上腕二頭筋を膨れ上がらせた。
「大体。オラがそう簡単にやられると思っちょるんか?」
ビスマルクの説得は全く持って効力がない。だが、ここにいないシャインと転校したタクミを除けば、彼はフィーネと並んで最も共に過ごしてきた男なのだ。そんな彼のここまで告げる心意気を無駄にするわけにはいかなかった。
「分ぁったよ。ただ1つ! 無茶はいいが大怪我はすんなよ。何かあったらすぐに合流だ。オメェの命に関わりそうなことがあればすぐに中止すっからな」
「分かったわい」
ダンジョウの言葉をちゃんと理解しているのかは定かではないがビスマルクは力強く頷く。それを見計らったかのように場内にアナウンスが鳴り響いた。
『セルヤマ発、カルキノス第3マスドライバー行の航宙機、ライオネル3015の発射時刻が迫っています。ご乗車になります方は、チケットに記載された搭乗口より……』
アナウンスを合図に2人は顔を見合わせると小さく頷く。
二人は一度拳を合わせると、お互いに踵を返してそれぞれの搭乗口に向けて歩き始めた。




