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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
海陽連邦暦 78年 
48/110

プロローグ『祇園精舎の鐘の声は遠く』

【海陽連邦自治惑星ラヴァナロス パネロ大学】



 久し振りの緊張感の中にはどこかノスタルジックな感覚が入り混じっていた。自分の書いた文章を読んでもらうなど、初等部の頃に作文をチェックしてもらって以来だったからだ。


「(別段おかしなことを書いているわけでもないのに、教員に見てもらっているときのあの緊張感は何だ?)」


俺はそんなことを思いながら、原稿をチェックしてくれている同期の助教授チグサ・コーナー……の大きな胸を見つめる。


 チグサは気怠い少しアンニュイな雰囲気で前屈みになり、机の上にその大きな胸を乗せていた。しかし、眼鏡の奥にある瞳は真剣さに満ち満ちている。眼前のディスプレイに浮かぶ俺の書きなぐった文章を読みながら、チグサはやがて大きく息を付いた。


「フーッ」


彼女は机に突っ伏すように額を当ててしばらく硬直する。やがてデスクに両手を付くと、大きな胸を揺らしながら上体を引き起こした。


「ん~~っ!」


背もたれに体を預けながら背伸びをすると、張り裂けそうな程に胸部の布地が引き延ばされる。そんな光景を想像しながら俺はゆっくりと背後からチグサに近寄った。


「どうだ? 中々いい出来だろ?」


彼女の真後ろに立ち、上から胸元を覗きながら俺はそう告げる。しかし、そんな下心を見透かしたかのようにチグサは俺を上目遣いで睨みつけた。


「全然ダメだネ」


「え?」


俺は思わず呆然とする。数カ月かけて作り上げた論文をたったの8文字で否定されるというのは気持ちがいいものではない。しかし、サディスティックな彼女はそんな俺の気持ちを踏みにじるかのように溜息をつきながら、再びディスプレイに視線を送る。そしてピンと指で弾くと、宙に舞う二次元ディスプレイはクルクルと回るった。


「物語調にダンジョウ=クロウ・ガウネリンの生涯を描こうって言うのは面白いヨ。でも、いかんせん君には文章力がなイ。これは勉強不足云々の問題じゃなくテ、単純に才能の問題かもネ。まず地の文が長かったり短かったりで統一性がないシ、セリフの描写も稚拙。それト」


「あぁ、もういいもういい」


俺は思わず両手を前に出して彼女の言葉を遮る。

 別に小説家になりたくて彼女の意見を聞きに来たわけではないのだ。ただ単純に言葉の使い方があっているかを聞きに来ただけだというのに……このまま彼女の話を聞かされるとなると、ノンフィクションのこの物語の筋書きにまで文句をつけてきそうだ。


「もっと感情的な意見を聞かせてくれよ」


俺はそう言って懐から煙草を取り出すと、チグサは「失礼」と一言告げて一本奪い取った。


「感情? ……そうネ。ま、歴史に興味のない私からするとどうでもいいことだワ。第一分かってることじゃなイ。ダンジョウ=クロウ・ガウネリンは歴史に名を残す悪逆非道の独裁者。B.I.S値を最も重視して国民のカースト制度を作り、混血人種を嫌った最低野郎ヨ?」


「興味ない割にはよく知ってるじゃないか」


俺は揶揄うように微笑みながら彼女の咥える煙草に火を点ける。するとチグサは馬鹿にするな言わんばかりに肩を竦めた。


「知ってる知らないの話じゃなくてこれくらい常識でショ? 初等部の子だって授業で習うわヨ」


チグサはそう言い捨てると煙を吐き出しながらディスプレイを閉じる。立体ディスプレイを浮かび上がらせていた支柱はただの棒きれと化すと、彼女はその照射機を差し出してきた。

 俺は同じく肩を竦めながら受け取ると、照射機を胸ポケットにしまって彼女の正面に腰を下ろした。


「なぁ聞いてくれ。こいつを今度の論評会に出そうと思ってるんだ。そこで君の力を借りたい」


「嫌ヨ。世界中で嫌われてる戦犯を擁護するなんて真っ平だワ。そこに書いてあった先々代のインダストリー社社長も言ってたじゃなイ? 政治に口を出すとそれは自警の意味をなくすってネ。私達研究員も同じだと思わなイ?」


「そう思うよ。でもこいつは別に政治の話じゃない。単純にこのダンジョウっていう男の生涯を追った物語なんだ。ひとつ古典文学を作ると思って協力してくれないか?」


俺はそっとチグサの手を握ろうと腕を伸ばす。しかし彼女は煙草をくわえたままものも言わずにその手を払い除けて立ち上がった。

 チグサは腕を組みながら窓の方に向かうと再び煙を吐き出した。夜景をバックに妖艶な女性が煙草を嗜む姿はとても絵になる。やがて、一考したチグサは眼鏡を外してゆっくりと振り返ってきた。


「条件があるワ」


「何なりと」


俺は服従すると言わんばかりに首を垂れると、チグサは再びこちらに歩み寄りながら眼鏡を掛け直して煙草の火を消した。


「完成後に文学作品として発表する権限、そしてその著作権に私を連名して印税は折半するこト。それト……」


彼女はそこまで告げると小さく息をなでおろし、いつものような笑顔で俺に微笑みかけてきた。


「もう一本いただけるかしラ?」


俺は小さく鼻を鳴らすと煙草を一本咥えて彼女に再び差し出した。チグサが煙草を咥えたのを確認して小型バーナーに火を灯す。俺達は顔を近づけて同じ火から煙草に明かりを灯すと満足気に微笑み合った。

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