皇帝崩御 第24話『宿命』
【帝星ラヴァナロス シルセプター城 聖堂】
国葬から2週間後――帝星ラヴァナロスでは新たな時代の幕開けを告げる戴冠式が行われていた。国葬時と対象的にその日の聖堂は煌びやかな装飾が施されている。法王セイマグルは女神メーア像を背に参列者を眺めているが、その表情は以前とは明らかに違って映っているだろう。
そしてもう1つ。明らかに前回の国葬時と違う点があるならば、彼の眼前にランジョウが片膝を付いていることだった。
晴れやかな……新たな時代の到来を期待する笑顔に満ちた参列者の注目を浴びながら、セイマグルは高らかに声を上げた。
「ゼンジョウ=カズサ・ガウネリンの子……ランジョウ=サブロ・ガウネリンよ。そなたは亡き先帝の遺志を継ぎ、この国に平穏と安寧を齎すことを女神メーアに誓うか? 肯定ならば沈黙をもって頭を垂れ、否定ならば面を上げて異議を唱えよ」
聖堂内に静寂が張り詰める。誰もが息を呑みながら視線をセイマグルの顔からランジョウの背中に移す。彼は皇帝となる宿命を受け入れるかのように微動だにしなかった。
程なくしてセイマグルは傍らの台座に置かれていた星間連合帝国に代々伝わる王冠を手に取った。そして王冠を天高く掲げると、新たな時代の幕開けを宣言した。
「女神メーアの名の下。ここにランジョウ=サブロ・ガウネリンを第106代星間連合帝国皇帝と定める。……ランジョウ=サブロ・ガウネリンよ……今、貴殿は頭を垂れているが、この王冠を身に付けしときより頭を垂れることを必要とはしない」
セイマグルはそう宣言してゆっくりとランジョウの頭に王冠を乗せると、彼はゆっくりと立ち上がる。
「天命に従い、皇帝の名を賜る」
ランジョウはそう一言告げると、深紅のマントを翻して観衆の方へと振り返る。すると参列者達は総立ちして新たな皇帝に喝采を送った。
「ランジョウ皇帝陛下! バンザーイ!!」
全宙域に生中継されていたその光景を見る人々は或いは声を上げ、或いは隣の人と抱き合い、そして或いはようやく報われたと言わんばかりに涙を流したりしていた。それは明らかにこれまで喪に服してきた期間のウサを晴らすかのようだった。
他の惑星で起きている歓喜とは違い上品な拍手が巻き起こる聖堂の中で、1人訝しげな表情を浮かべる人物がいた。周囲に合わせて手だけは叩くベルフォレスト・ナヤブリ元執政大臣は、周囲を見回しながら眉間にシワを寄せる。建国以来皇族の最も近くで支えてきたナヤブリ家の家長である彼は、参列者の中でも最後方……謂わば形式上招待される末席に追いやられていたのだ。
「(偽りの皇帝めが……)」
ベルフォレストは憎しみが籠もった目で喝采を浴びるランジョウを睨みつける。
あの血闘以降――皇族派は失墜の一途を辿っていた。それもこれも、全ては皇族派の統率者であるベルフォレストが執政大臣という地位を奪われたこと、そして彼が蟄居に処されていたからに他ならない。
歓声に応えるように片手を掲げていたランジョウは歪んだ笑みを浮かべる。本来ならばここで新皇帝として演説するのだが、ランジョウは何も告げること無く壇上から降りていった。歓声は留まることはなかったが、式典の終わりを誰もが察していただろう。そんな中、背後から聞き覚えのある声がベルフォレストの耳に届いた。
「ナヤブリ卿。お久しぶりです」
ベルフォレストは振り返り、声の主である青年の顔を見て眉を顰めた。
執政大臣まで上り詰めたベルフォレストの最大の処世術は記憶力にある。そんなベルフォレストの記憶の片隅に声の主である青年は確かに残っていた。更迭したハンフリー・ギランからランジョウの側近として選出され、自らが避けていた元皇后直轄護衛騎士団の肩書を持つ男である。
「……貴様、確かトーマス・ティリオンだったか」
「はっ」
法王同様にジュラヴァナ星人であるトーマスは漆黒の目をゆっくり開くと、まるで規定事項のように淡々と言葉を連ねてきた。
「ランジョウ皇帝陛下からご伝言を賜りましたのでお伝えいたします」
「……何?」
ベルフォレストは警戒心を露わにしながらトーマスを睨みつける。
表面上はまるで脅しをかけるように凄んではいたが、ベルフォレストの胸中は穏やかではなかった。既に処罰を受けたとは言え、彼はランジョウを拘束しようとしたのだ。愚弟であるランジョウが心変わりして、更なる罰を言い渡すことも考えられない話ではなかった。
「私に伝言? どういうことだ?」
ベルフォレストは少し緊張感を持ちながらそう告げるが、トーマスは一切の動揺を見せること無く再び口を開いた。
「はっ。陛下のお言葉をそのままお伝えいたします。
『卿にこれ以上の罪を問うつもりはない。既に悔い改めているならば余の前に姿を表し、再度忠誠を誓え。そうすれば執政大臣の地位を再び授けてやることを考慮する』
とのことです」
ベルフォレストは思わず息を呑む。それは彼にとって想像し難い慈悲のある言葉だったからだ。あの血闘の日までランジョウはベルフォレストに最大の信頼をおいていたことは彼自身が最も自負している。そうなればこの寛大な処置は十分にありえることだった。しかし、ベルフォレストの中には屈辱にも似た感情が渦巻いていた。
「(……愚弟めが……真の皇帝たる兄君を差し置いてワシを許すだと……?)」
ベルフォレストは拳を握りしめる。彼にしてみれば、ランジョウなどただの保険であり身代わりなのだ。そんな存在から慈悲をかけられるというのは彼にとって屈辱以外の何物でもなかった。そういった意味では彼は真の皇族派とは言い難いだろう。
ベルフォレストは再びトーマスを睨みつけ、次は明確に怒りを露わにしながら、しかしそれを噛み殺すように声を抑えて囁いた。
「……随分とありがたい話だ。だが遠慮させていただこう。ワシには真に仕えるべき方がいらっしゃるからな」
聖堂内は未だ歓喜に満ちている。そんな中で、ベルフォレストは負け惜しみと捉えられても仕方がない言葉を残し、トーマスを横切って聖堂を後にした。
響き渡る歓声を背に廊下を歩きながら、ベルフォレストは懐を探って通信端末を取り出す。宙に浮かぶディスプレイに「Voice Only」の文字が浮かび上がると、先日とある交渉を持ち出してきた美女の声が響いた。
『ご連絡お待ちしておりましたナヤブリ卿』
美しい声にベルフォレストの吊り上がっていた目が僅かに緩まる。しかし、彼は毅然さを何とか保ちながら声を発した。
「イレイナ・ミュリエル。先日そなたから持ち掛けられた……賢兄たる真の陛下の護衛にワシの倅を派遣するという件だが、受けても良かろう」
『ありがとうございます。では早速』
「その前に確認しておく」
ベルフォレストは足を止めることなく声を上げると、語気に慎重さを入れ混ぜながら告げた。
「此度の件が遂行され、真の皇帝たるダンジョウ様が皇位に就かれた暁には、ワシを宰相の座に据えていただく。よろしいな?」
『勿論です。ナヤブリ家の人間こそが宰相に相応しいのはこれまでの歴史が物語っていますから』
「ならば良い。すぐに手配する。追って沙汰を待て」
ベルフォレストはそう告げて一方的に通信を切る。そして視線を正面に切り替えると、廊下の突き当りに立つベルフォレスト以上に大柄な男を見据えた。
「ベンジャミン。貴様に仕事をくれてやる」
「……」
ベルフォレストの息子……ベンジャミン・ナヤブリは縦にも横にも大柄である。しかし、息子と言うには異質な姿をしていた。ラヴァナロス人特有の深紅の瞳を持ちながらも頭髪はなく、若者には似つかわしくない髭を蓄えている。そして何よりも彼の肌は燃えるように赤かったのだ。
「貴様はこれよりセルヤマ星へ向かい、真の皇帝陛下であるダンジョウ様をお迎えに上がれ」
ベルフォレストはそこまで告げてベンジャミンに歩み寄る。そして我が子へ向けているとは思えないほどの鋭い目でその顔を睨みつけた。
「我が血を引いているとはいえ、貴様にはスコルヴィー星人の血が混じっている。奴隷種族たる穢れた貴様が陛下にお近づきになれること自体が僥倖なのだ。心して掛かれ」
「……御意」
そう一言告げて頭を下げるベンジャミンに対し、ベルフォレストは歯がゆそうに舌打ちをしながら彼の前を横切り去っていく。
残されたベンジャミンはそれ以上何も告げることなくベルフォレストとは反対方向の通路を歩き出した。




