−0.1話『双子の皇子 前編』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城】
帝星ラヴァナロス……それは帝国の総本山である。ラヴァナロスは伸縮性のある特殊な地盤を持ち、地震などの災害は殆ど無い。気候的も穏やかで海陽系12惑星の中で最も住みやすい星として知られていた。さらにラヴァナロスの外周には6本の輪が並んでおり、周辺宙域には無数の小惑星群が囲っている。おかげで外惑星からの攻撃にはとことん強く、軍事関係者からは要塞惑星と呼ばれていた。
「……うっわ……見てよあれ」
帝都セプテンべルの中心にある王宮シルセプター城内の超高層階の廊下を闊歩していた童女は、思わず足を止めて大きな窓に額を擦りつける。その視線の先……いや、眼下には数え切れないエアカーで渋滞する空路が浮かび上がっていた。
「団長、子供やあらへんのやからエアカーの渋滞くらいで興奮せんといてくださいよ」
真っ黒な瞳で覆われたジュラヴァナ星人の男がそう告げるが、童女は気にすることなく窓に両手を付けながら遠くまで見渡せるラヴァナロス星を見回していた。
「見てよあの大樹。樹齢四千年以上でしょ? そんなご神木にヘンテコな機械撒きつけちゃってさぁ」
無邪気な童女はその見た目同様の無邪気さと少しマセた言葉で微笑む。すると童女の隣に色黒の青年が歩み寄り、苦笑交じりに口を開いた。
「自然保護システムですよ。あと各惑星に一本づつしか生えない神星樹ですからご神木とは違います。それくらいご存じでしょう?」
ホバリングする無数の空中建造物よりも高くそびえ立つこのシルセプター城だが、神星樹はこの城に肩を並べるほどの高さを誇っている。
機械と自然が入り混じったその世界を眺めていた童女は、しびれを切らしたように溜息をついた。
「みんなね。もうちょっと遊び心を持とうよ? いっつも同じ見慣れた景色見てたら飽き飽きするでしょ? そんなマンネリに刺激を与えるために、このアタシがまるで知らない様な雰囲気で無邪気にやって見せてんだから」
童女……シャイン=エレナ・ホーゲンがウンザリした様子でそう呟く。そんな彼女に対して王宮内を行き交う人々はチラチラと覗き見るように視線を投げていた。それは童女である彼女が偉そうにしているからという訳ではない。
小さな身長。
凹凸のない寸胴な体型。
三つ編みに纏められた栗色の髪。
見た目はどこにでもいる童女であるシャインの後ろには皇后直轄護衛騎士団専用CS(COMBAT SUITS)を着た騎士たちが付き従っていたからだ。
皇后直轄護衛騎士団団長であるシャインは文字通り不機嫌になった子供のようにムスッとしながら腕を組む。そんな彼女に最初に声をかけたジュラヴァナ人男性が尋ねた。
「そないなことより団長。どないしてこの時間に王宮に? 今日は皇后陛下との謁見予定はありまへんで?」
「チッチッチ! 甘いねトーマス。予定通りに動いてちゃ成長しないよ?」
「はっはっは。エライすんまへん。ちゅうことは今日何か起きるかもしれへんってことでっか?」
「さぁ? どうかな……でもアタシの女の勘が来たほうが良いって言ってんの」
副団長であるジュラヴァナ人男性トーマス・ティリオンの問にシャインは屈託のない笑みで答える。そんな不明瞭な回答に対してトーマスは大きな瞳をすべて見せるかのように目を丸くした。
「それだけでっか?」
「そ。何か文句ある?」
シャインはあっけらかんとそう告げると、トーマスは苦笑しながらも肩を竦めて背後にいる無数の団員の方に振り返る。すると他の面々も納得したように頷いた。
「フェフェフェ! 団長の勘の良さは非科学的でありながらも見事な正答率があるもんね」
「団長がそうおっしゃっるなら仕方あるまい。ボルストーク一味のアジトを襲撃した際は団長の計画と直感で戦況が一転したのだからな」
「エンバス宙海戦でも団長の直感が当たりましたしね。まぁおかげで私の船がボロボロになりましたけど」
「団長。その勘は吉か凶のいずれでしょうか?」
ゴーグルを装着した白衣の不気味な男、神聖樹の説明をしてくれた色黒な青年、こめかみから角を生やした男性が続き、最後に赤い肌の大柄な女性団員が尋ねるとシャインは困ったような笑みで首を傾げた。
「さぁね。まずはジュリアンに話を聞いてからかな」
シャインは明確な回答を避けてそう返答すると、再び皇后の居室に向かって歩き始める。
彼女の言葉の奥にあるその心情を察しているのか、団員達はそれ以上何も聞くことなく再び口を閉じて彼女の後ろに付き従っていった。
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シャインの言葉を濁した予測を聞いた団員の一人、角の生えたアイゴティヤ星人のリーゼル・ハリトーノフは少し不安そうな言葉を口にした。
「はぁ……団長が明確な発言を避けるということは……あまり良い臭いがしませんねぇ」
「君もそう思うということは私の推測も間違っていなさそうだな。リーゼル」
そんなリーゼルの不安に対して色黒のクリオス星人男性クヌカ・バーンズがそう返答すると、同じく横を歩く白衣を着たゴーグルのヴェーエス星人ノヴァ・ホワイトは不気味な笑い声を上げた。
「フェフェフェ! B.I.S値に裏付けされた頭脳とその科学にそぐわない勘の良さ。是非とも団長の脳を解剖してみたいもんね!」
「ホワイト副参謀が仰ると冗談に聞こえないませんな。しかし団長の判断とあれば従う他あるまい」
「……ですが、団長の判断ばかりに従うのはいかがなものでしょうか?」
クヌカ達の言葉に対して大柄なスコルヴィー星人である女性隊員ベアトリス・ファインズは思わず少し不満気にそう告げる。
副団長のトーマス、副参謀のノヴァ、実行部隊長のクヌカ、空挺長のリーゼルを除けば、ベアトリスはこの騎士団では最古参となる。しかし、彼ら四人と一緒になればベアトリスも新人扱いされるのが定石だった。その証拠にリーゼルはまるで困ったような苦笑を浮かべながら頭を振っていた。
「団長の判断で間違ったことがないから仕方がないですよ。麻薬密売組織の壊滅、反政府運動の鎮圧、星間密輸組織の摘発、ベアトリスさんも一緒に近くで見てきたじゃないですか。何より、彼女はその知能だけじゃなく血統も本物ですしね。ローズマリー共和国に送られていた駐在大使と共和国史上最年少の元老院議員との間に生まれたサラブレットですから」
「フェフェフェ! 母体出産は嫌悪の対象となっているローズマリー共和国ではそうでもないもんね!」
ノヴァの悪気のない言葉に対してクヌカは顔を顰めた。
「あの国は頭が固い。ベアトリスは聞いていないか? 以前、団長が少し話してくれたのだが、母体出産というだけで団長家族は共和国内で謂れのない差別を受けたそうだ」
「でもまぁそのおかげで団長一家はこの帝国に帰化してくれたんだからある意味ラッキーですよ。しかもその時に行政の手続きを済ませてくれたのが父方の従伯母でもあった皇后様。皇后様に至っては団長の御両親が観光船と小惑星の衝突事故で亡くなった後も後見人としてずっと見守ってきたそうですしね」
「そういうことだ。団長の皇后様に対する忠誠心は我々のものと比較にならないと分かるだろう?」
「まぁでも、それを知らない人間はよく言ってるみたいですよ。皇后様のコネで護衛騎士団団長の座についたってね」
「フェフェフェ! 皇后様の口利きで士官学校の飛び級や、軍師試験、軍務試験をパスできるならここにいる連中全員がもう帝国軍将校だもんね!」
「そういうことですな。団長は自らの力で若干13歳にして皇后直轄護衛騎士団団長の座に就いている。隣国出身の彼女が軍の……ましてや皇族の騎士団長に就くというのは異例中の異例とも言える。まるで漫画の主人公だ。……ベアトリス。これでもまだ団長の言葉に疑問を抱くか?」
三人から一斉に向けられた言葉にベアトリスは閉口する。そんな彼女には苦し紛れの言葉を返すのが精一杯だった。
「皆さんでいじめないでくださいよ。ただ、今のままでは団長不在時に独自の判断力が鈍るのではと思っただけです」
クヌカ、リーゼル、ノヴァの三幹部の言葉にベアトリスは捨て台詞のようにそう告げる。そして先頭を歩くシャインの小さな背中を覗き込んだ。その背中には大きな責任が背負い込まされている。その外見のせいで甘く見られがちだが、シャインが人知れずにその重圧と戦っていることをベアトリスは知っていた。だからこそ、少しでも彼女の荷を軽くすることが自分の使命ではないかと思っていたのだ。
そんな彼女の心配さえ知らない第三者であろう城内の人々は、奇異の視線を向けながらシャイン達が歩く隊列が来ると道を開ける。そんな連中を横目に見ていたベアトリスだったが、先頭のシャインが足を止めると同時に反射的に自らも足を止めた。それは彼女だけでなく騎士団は一糸乱れぬ動きでその場に立ち止まる。シャインが足を止めた理由……それは背後から届いた馴れ馴れしい声が原因だった。
「おぉ! 久しぶりやなぁ。シャイン騎士団長」
聞き覚えのある声にベアトリスはハッとする。するとシャインが後方に振り返ると、ベアトリスたちはまたしても一糸乱れぬ動きで一歩横にズレるとシャインの背後に道を作り上げた。
ベアトリスはシャインに視線を投げると、彼女は溜息を押し殺すかのように笑顔を作っていた。次にベアトリスが声の先に視線を投げると、そこには頭を剃り上げた僧侶が立っていた。
「どーもルネモルン枢機卿。それとも宰相閣下のご子息って呼んだ方がいいかしら?」
シャインの完全なる嫌味と皮肉の籠った挨拶に対して、神栄教の枢機卿であるコウサ=タレーケンシ・ルネモルンはまるで受け流すかのようにヘラヘラと笑っていた。
「(あれが……コウサ=タレーケンシ・ルネモルン……団長が生まれるまで帝国史上最高のB.I.S値を出していたという怪童……)」
ベアトリスが小さく呟くと、隣に立つ副団長のトーマスが正面を向いたまま小さく笑った。
「(そうか……君はあの男見るんは初めてか?)」
「(ええ、実際にこの目で見るのは)」
「(よぉ見とき……今目の前におるんがこの帝国……いや、この海陽系で屈指の若き実力者同士や)」
トーマスの言葉にベアトリスは小さく息を呑む。この副団長であるトーマスも帝国軍内では知る人ぞ知る智者である。そんな彼がただ黙って成り行きを見届けるしかないほどの実力者がこうして相まみえているのだ。
まだ成人前でありながら世界最大の宗教神栄教の枢機卿に上り詰めた男……コウサは剃り上げた頭をペチペチと叩きながら騎士団が開いた道を悠々と進み、徐々にシャインとの距離を詰めていった。
「相変わらずキッツい物言いやなぁシャインちゃん。確かに親父殿は宰相やけど僕は関係ないがな」
「あらそう。で? 神栄教の枢機卿様がここシルセプター城に何の用かしら?」
「いやぁウチの神栄教は基本的に助け合いの精神やろ? そろそろ皇后はんがご出産ちゅー話を聞いて安産祈願に来たわけや。セイマグル法王様もじきに見えられると思うで」
コウサの飄々とした口ぶりと白々しい笑顔に対してシャインは嫌悪の感情を押し隠しながら笑顔で応えている。二人の間には目に見えない殴り合いが起きているようにベアトリスは感じていた。事実、ベアトリスや他の団員はシャインからある情報を聞かされていたのだ。
――「あのコウサはね。政教分離原則みたいに謳ってるけど、父親を利用してチョロチョロ動き回ってんのよ」
シャインの告げた言葉の重さがベアトリスの腹の奥に重く響き渡る。それは隣に立つトーマスも同じらしく、彼もまた視線をシャインとコウサの交互に振りながら小さく告げた。
「(ベアトリス……君も分かっとるな? 今、帝国内は大きく揺れとる。ゼンジョウ=カズサ・ガウネリン皇帝陛下が高齢による寝たきり状態の為、今はハーレイ=ケンノルガ・ルネモルン宰相が帝国内の政治を執り仕切っとる……それをええ事に連中は次期皇帝の継承権にまで口を出そうとしとる)」
「(はい。奴らは皇帝陛下の妹君の息子ザイク=モウト・イルバランをガウネリン家に入れることで皇帝に即位させるという計画を持ち出していると聞いています)」
「(そうや。その計画の発起人がこのコウサっちゅう話や……つまり、この男にとって皇后のお腹の中に授こうた双子の皇子様ほど邪魔な存在はおらんのや)」
警戒心を露わにするトーマスは周囲に視線を向ける。その仕草を見てベアトリスも周囲を見回しハッとした。
コウサの周囲に彼以外の気配はまったくない。即ち神栄教の枢機卿ともあろうと男が、従者やSPを一切引き連れていないのだ。それは不用心であると同時に彼の絶対的自信を見せつけられているようにも感じられた。
「それはそうとシャインちゃん。僕が出した連絡届いてへん?」
視線で火花を散らしていた二人だったが、コウサが先に折れるように口を開く。するとシャインは小さく溜息をつき、眉間にシワを寄せながら首を傾げた。
「連絡? 何のこと?」
面倒臭そうに両手を腰に当てながら尋ね返すシャインにコウサはニヤニヤしながら答えた。
「決まっとるやないか。皇帝陛下のお身体があんまり良うないみたいやからなぁ。万が一の時は次の皇帝は皇后はんのお腹の中の子や。子供のうちは摂政でも立てなあかん。今のところその力があるのはウチの親父殿しかおらんやろ? そんでその親父殿の護衛官にシャインちゃんを推薦したいんや」
コウサの発言にベアトリスだけでなく騎士団の全員が目を光らせる。
皇帝崩御の予測……その発言は帝国民にあるまじき言葉である。そしてそれは帝国軍人としては許すまじき言動なのだ。誰もがコウサを睨みつけ飛びかかろうとする中、ベアトリスを始めとする全員が再び口を閉ざした。彼らが絶対と信じる団長、つまりシャインが恐ろしい形相で一歩前に足を踏み出したからだ。
「皇帝陛下が崩御なんて話……いくらアンタでも不謹慎過ぎるよね」
シャインは怒りを通し越して、目を見開きながら微笑んでいる。おおよそ童女とは思えないその風格に味方であるベアトリスたちも息を呑む中、一人コウサだけは全て受け止めるように笑っていた。
「カカカ……何言うてんねん。最悪の事態を想定するんがオタクらの仕事やろ? いつまで経っても何の行動も見せてくれへんから代わりに言っただけや」
「そうだよ。それはアタシ達宮内の人間が考えることで政治家が……ましてや宗教家が口出す事じゃないっつってんのよ」
「これは宗教家としてちゃう。この帝国に生きる帝国民としての意見や」
「枢機卿である前に帝国民? その言葉を大金出してくれてる信者の前でも言えんの? どんなお題目並べようが世間はアンタを枢機卿としか見ないのよ。その自覚を持って政教分離の原則くらい守んなさい」
「なるほど。枢機卿には国を憂う資格は無しか。皇后様直轄の騎士団長はんが職業差別主義者とは驚きや。それとも僕ら一般人の意見はどうでもええっちゅうことかな?」
「差別? 区別との判別も出来ない奴が聞いて呆れるね。でも1つ利口な事言ってるわ。アンタの意見は聞きたくもないってのは正解だし」
「ありゃま。公私混同はようないなぁ。そんなんやと一昔前の共和国の議員と大使みたいな目に合うで?」
「お生憎様。どっかの独裁宰相みたいな傲慢扱いされるよりかマシだわ」
二人の視線が再び激しく交差する。そして再び始まった見えない殴り合いにベアトリスは身体を硬直させることしか出来なかった。
目の前にいるシャインとコウサは自分とは次元の違うステージに居る。彼女はそう痛感しながら額を濡らしていると、眼光を重ねていた2人は同時に視線を切った。
「……ふぅ……まぁええわ。確かに僕が言うのもおこがましいわな。でも僕が言ったことはホンマに考えといたほうがいいで。近いうちにシャインちゃんはえらい目に合うんは避けられへんのやから」
「……」
まるで予言めいたコウサの言葉にシャインは怪訝な表情を浮かべている。それは図星を付かれているような不快感が入り混じっていると言っていいだろう。そんなシャインの表情を見たコウサはニヤリと笑った。
「シャインちゃん。君はほとんどの面でボクより優秀や。腕っぷしでも知恵比べでも君が本気になったらボクなんかでは敵わんやろ。でも君に勝っとる所もいくつかあるんやで?」
「何が言いたいわけ?」
「まぁ聞きいや。ボクが君より勝っとる所の1つは人を見る目や。だからこそボクは君のことを高う買っとる。ハッキリ言って君の実力を一番理解しとるんは皇后はんでも……ましてや君の上官にあたるベルフォレスト・ナヤブリ執政大臣でもない。このボクやというこっちゃ。これから先のことをホンマに考えるんなら仲良うする相手は選んだ方がええで?」
賞賛と自賛が入り混じる薄気味悪い言葉にシャインは益々不愉快そうな表情を浮かべる。しかしコウサは不気味な笑みを保ったまま続けた。
「ボクはあきらめへん。憎まれ口叩きあってみてよう分かったわ。君とボクが組めば帝国だけやない……この世界に敵はおらんのや」
「女の口説き方も知らない奴と組む気はないわ」
「ボクは不器用な男や。女子を口説くときは直球勝負やで。せいぜいこの愛の言葉の意味を理解するとええ」
全く愛のないラブレターのような言葉を残すとコウサは踵を返して去って行く。彼の剃りあがった後頭部には水辺に咲く華の刺青があり、その茎は首を伝い背中まで届いていた。
まるで大軍に包囲されたかのような緊張感が徐々に薄れていく。それがコウサという男の巨大さを物語っていた。ベアトリスは額から流れていた汗が滝のようになっていることにようやく気付くと、大きく息を吐きだしてから汗を拭い取る。それは彼女だけでなく先程まで彼女に先輩ヅラを向けていたクヌカやリーゼル、ノヴァまでもが同様だった。
「シャインちゃン!」
今までの空気とは似つかわしくない可愛い声が廊下内に響き渡る。騎士団の進行方向から響いたその声に全員が視線を向けると、見覚えのある幼女が駆け寄ってくる姿があった。
「マーガレット。走るとまた転ぶよ」
シャインが先程とは真逆の優しい言葉を投げかけるが、駆け寄ってくるマーガレット・ガンフォールは顔を青ざめさせながら叫んだ。
「大変! 皇后のおばちゃんガ! えぇっと、はしゅいしたっテ!」
報告に来た猫耳を持つレオンドラ星人のマーガレットの一言でシャインだけでなく騎士団全員の表情が険しくなった。皇后の出産予定日はまだ1カ月近く先のはずだったからだ。
再び額に汗が吹き出すベアトリスとは対象的にシャインは冷静な表情で言葉を連ねた。
「トーマス、宰相派に漏れないようすぐ情報統制を。クヌカとベアトリスは執政大臣に報告してきて。リーゼルは皇后様の居室への入室規制強化を。他はついてきなさい」
シャインは部下らに指示を飛ばすとマーガレットと共に走り出す。取り残されたベアトリスはクヌカに「行くぞ!」と言われたことでようやく我に返り、彼に後に続いて走り出した。
走りながら彼女の心の中には皇后の優しい笑顔が浮かび上がっていた。それは元奴隷惑星であり、今なお帝国内で厳しい差別を受けるのスコルヴィー星出身の彼女を騎士団に推挙してくれた皇后の笑顔だった。
「(だ、大丈夫……きっと大丈夫……)」
目から溢れそうになる涙を堪え、ベアトリスは心の中でそう叫び続けていた。
翌日――皇后は双子の皇子を出産した。自らの命と引き換えに……




