皇帝崩御 第14話『信念と共にあれ』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ タルゲリ教会】
激動の早朝から数時間の時が流れた。
外はすでに暗くなり、気温は急激に落ちていく。教会の離れにある蔵の中に放り込まれていたダンジョウは寝覚めの悪さに苛立った。それは決して隙間風が齎す寒さのせいではない、安否を確認すべきフィーネがいなかったからだった。
目が覚めてからのダンジョウは、教会を抜け出そうとしてはシャインに捕まり、再び抜け出そうとしてはまたしてもシャインに捕まるといういたちごっこを繰り返していた。
「おいババア」
ダンジョウは怒りが滲んだ声でそう呼びつけるが、シャインは振り向こうともしない。
「もう一遍その呼び方したらぶん殴るからね」
シャインは最早ダンジョウの相手をする気はないらしく、通信端末を操作してどこかと連絡を取っているようだった。しかし、そんな彼女の都合など構うことなく、ダンジョウは荒々しくさらに言葉を連ねた。
「今なら許してやるからコイツを外せ」
「アンタ、その体制でよくそんな態度が取れるね」
シャインは鼻で笑いながらむしろ感心したようにそう告げる。M字開脚状態で亀甲縛りという、人としての尊厳を打ち砕くに等しい恥辱の体制で固定されていたダンジョウは、そんな辱めを気にすることはなかった。
「フィーネん所行くぞ。さっさと外せ。んでもってお前も手伝え」
「……あのね。あ、ちょっと待った」
シャインは呆れながらも、ようやく彼の方に振り返ったところで着信が入ったらしく、通信端末を耳に当てて蔵の扉を開いた。
シャインが出ていくと入れ替わりで、次は見慣れた2人の少年が入ってきた。
「あ、兄貴! なんちゅう格好をしとるんじゃ! ちょっと姐さん!」
ビスマルクは早々に驚愕の声を上げて、すれ違うシャインの方に振り返る。しかし、彼女は見向きもせずに誰かと話しながら外へ出て行ってしまった。困ったような表情を浮かべるビスマルクと違い、彼の後ろにいたタクミは冷めた目でダンジョウを一瞥してから鼻を鳴らした。
「ふん。ほうっておきなよ。いくらなんでも帝国軍に喧嘩売るなんてやりすぎだ。いい薬だよ」
「あぁ? タクミ! てめぇ何言ってんだ! 女の顔に一生モンの傷をつけやがった野郎を見逃せってのか!」
タクミの反応にダンジョウはいきり立つが、いかんせん身動きが取れないせいで鎖につながれた猛獣の如くジタバタするだけだった。
ビスマルクが重い扉を再び閉じるが、隙間風は収まらず風切り音が蔵の中にこだましていた。噛みつくダンジョウと冷静沈着なタクミ。この2人は長い間こんなことを繰り返してきた。そしてその都度タクミがヤレヤレとあしらいながら折れるのだが今日は違った。
タクミは目を吊り上げると、その横に広がった身体からは想像もできない機敏さでダンジョウに詰め寄った。
「いい加減気付いたらどうだ! 君のその無鉄砲さは魅力でもあるが欠点でもある! それが原因で着いて行けないと言った人間も沢山いたんだぞ!」
端から見ていたビスマルクからすれば、タクミが怒号を上げるのは珍しい光景だったのか驚いたような表情を浮かべている。普段はいつも論理的で冷静な人間が感情を剥き出しにするのは、どこか普通以上の恐怖心をあおるものだが、ダンジョウはそんな彼を迎え撃つように声を荒げた。
「誰がどう見たってワリィ事をワリィって言うのがおかしいってのか!? そいつは俺がおかしいんじゃねぇ! 間違ってんのは世の中じゃねぇか!」
「いい加減にしろ! 政治家にでもなったつもりか!? 僕らはまだ子供なんだ! 今までやってきたことを考えてみろ! 悪徳教師やいじめの首謀者、後はせいぜい小規模な犯罪を犯した小悪党を相手にしてきたから先光団は善良な伝説になってるんだ! 帝国軍を敵に回すのは現政府への反抗と同じなんだぞ! それは内乱を起こすと同義だ! 政治を語るようになったら自由な自警団は意味をなくすんだよ!」
「俺がいつ政治の話をした! 俺が言ってんのは全員平穏ってことだけだ! 大体先光団はいつもそれを掲げてきたんだろうが! 平穏をぶっ壊すやつは許さねぇ! 軍の連中はそれをやった! そんな単純なことが何で分かんねぇんだ!」
「話はそんな単純じゃないんだよ! いい加減大人になれ! 大体ね! 君には計画性ってものが無いんだ! いつまでも行き当たりばったりで通用するわけないだろう! 君の尻拭いを今まで誰がやって来たと思っているんだ!」
「それはオメェが協力するって言うからやってきたことだろうが! テメェでやるって言った事の責任を何で俺に押し付けてんだ! つーか今そんなことはどうだっていいんだよ! 帝国軍の連中をぶっ飛ばさなきゃ気が済まねぇ!」
「バカを言うな! フィーネには同情するがこの情報を見てないのか!」
タクミはそう叫びながら通信端末から情報を浮かび上がらせる。二次元の記事のように浮かび上がるそのホログラムには大々的な見出しが書かれていた。
『大人気観光準惑星で一体何が……? セルヤマ準惑星にてスパイ一斉摘発!』
タクミは端末を閉じると憤慨しながら声を荒げた。
「彼女はスパイ行為を行っていた! これは紛れもない事実だ! 君は理解が不足しているようだから教えてあげるよ。スパイ行為によって組織というのは想像以上の打撃を受ける! 君が望む平穏を脅かす行為だ!」
「な、なんか力入っとるのぉ?」
ビスマルクは場を和らげようと微笑みながらそう告げる。タクミも少し落ち着いたのか、息を荒げながら腰に手を当てた。
「実家でそういう光景を見ることがあったのさ。結果的に父は数人の部下を切り捨てることになった。分かるかい? フィーネがやったのは一企業のスケールを超えた国家間の悪事だ。理解できたらもう彼女に関わるのはやめろ」
タクミは全てを出し切るように息をつくと、壁の隅へとヨロヨロ歩み寄り、腰を下ろそうと倒れていた樽を起こし上げた。
「……そうか。じゃあ尚更アイツに会わなきゃならねぇな」
ダンジョウがほくそ笑みながらそう告げる。ビスマルクとタクミは「は!?」と声を上げながら彼の方に振り返ると、タクミが腰を下ろした樽が彼の体重に耐えきれずに崩れ去った。
「ひぐっ!」
尾てい骨を打ち付けたタクミは両手で臀部を抑えながら、土下座するような間抜けな体制で顔だけを上げてダンジョウを睨みつける。
「い、今、何て言ったんだい?」
「だから、尚更アイツに会わないといけねぇって言ったんだよ」
「き、君は……っ!」
タクミは声を上げようとするが、思いのほか臀部が痛いらしく、声も出せずに一先ずお尻を摩っていた。そんなタクミに代わるようにビスマルクはダンジョウを諭すように口を開いた。
「兄貴、流石に馬鹿なオラでも理解できる。オラだってフィーネはんとは一緒にやってきた仲間として見捨てたいとは思わん。けども今回ばっかりはフィーネはんが……」
「オメェらアイツをどんな奴だと思ってんだ?」
ダンジョウのその一言でビスマルクは押し黙った。そして彼は未だお尻を抑えるタクミの方に振り返ると、彼は不本意と納得が入り混じったような微妙な表情を浮かべていた。
「アイツは頭は切れてっけど、どっか抜けてる。んでもって母親想いで仲間思いだ。それは分かるだろう?」
「しかし……それも彼女の演技という可能性がある」
タクミはゆっくり立ち上がってスパイの危険性を語ろうとするが、ダンジョウはいつものように屈託のない笑顔を作った。
「だから、それも引っ括めて確かめなきゃならねぇ。俺はどうしてもアイツが好き好んでスパイやってたってのが納得できねぇ。それを確かめんだ。オメェ等……手ぇ貸せ」
いつものように行き先を決めるダンジョウの姿を見て2人は沈黙する。再び蔵の中には風切り音が響き渡り、その音は急激に収まると一陣の風が蔵の中に巻き起こった。
「乗ったげる」
思いがけない言葉に3人は振り返ると、開かれた扉の先にシャインが立っていた。
衛星のハイドが照らす光をバックにシャインはズカズカと蔵の中に入ると、スカートの中からナイフを取り出してダンジョウの縄を切り解いた。
「……何だババァ? どういう風の吹き回しだ?」
「ダンジョウ。アンタに話がある。2人も聞いときな」
戸惑うダンジョウに目もくれず、シャインは先程から手にしていた通信端末を操作して、情報ホログラムを浮かび上がらせる。その内容を見てタクミとビスマルクは驚愕した。
「なっ!」
「マ、マジかいな!?」
シャインが浮かび上がらせた情報……それは帝国皇帝ゼンジョウ=カズサ・ガウネリンが崩御したというものだった。
ダンジョウは特に思い入れがある表情も浮かべずに縄を振り払って立ち上がると、不可解そうにホログラム越しのシャインを見つめた。
「何だ? これが今なんの関係があんだよ?」
「これ。アンタの父親」
シャインは今まで隠してきた事実を告げる。タクミとビスマルクは大きすぎる衝撃のせいか、声も出せず、呆けたように口を開きながら固まっていた。ダンジョウは表情を変えずにもう一度浮かび上がる情報を見つめていた。
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皇族であるという事実……その事実をダンジョウはどう受け止めるのかシャインは少し不安だった。彼に出生の秘密をいつ伝えるかというのは大きな課題になっていたのだ。
この広大な星間連合帝国にとって皇族であるガウネリン家は3000年以上の歴史が記録された血統である。当然、その認識を知れば戸惑い、純粋な彼はあまりの衝撃に精神に異常を来す可能性があるかもしれなかった。だからこそこのタイミングは非常に重要だったのだが、現皇帝が亡くなった今、この真実を告げないわけにはいかなくなった。彼には皇族としての自覚と、これから起こるであろう宰相派との戦いに立ち向かう覚悟を決めてもらう必要があったからだ。
シャインは息を飲みながら、うっすらと眉間から一筋の汗を流す。その久し振りの感覚から彼女は自分が緊張していることを自覚をしていた。情報ホログラムを眺めていたダンジョウは再び、そしてゆっくりとシャインの方に視線を戻した。
「冗談じゃねぇんだな?」
「……こんな時にそんな冗談言うわけ無いでしょ」
「そうか。分かった」
ダンジョウは納得したように頷きながらシャインとの距離を詰めていく。そして彼女が持つ通信端末に手をかざし情報ホログラムを消し去った。
「……ダンジョウ?」
「……」
ダンジョウはニヤリと笑う。そして次はタクミとビスマルクの方に振り返った。
「よし、じゃフィーネん所に行くぞ」
「は?」
シャインは目を丸くするが、ダンジョウ彼女など見向きもせずにタクミとビスマルクに対して胸を張った。
「よし、つー事は皇子様の命令、あ、勅令ってやつだな! ぐはははは! オラ! オメェ等手ぇ貸せ!」
「何だそりゃ!」
悪びれる素振りも見せずに堂々と笑うダンジョウの背中を見ていたシャインは、気が付くといつも通りの反射的に彼の背中に前蹴りを入れていた!
「ぐおっ! な、何しやがるこのババァ!」
前に倒れたダンジョウは背中を抑えながら睨みつける。シャインは自分の憂慮とはまるでかけ離れた行動をとるダンジョウに対して、どこか怒りに似た感情を覚えながら声を荒げた。
「テメェこのクソガキ! 話聞いてたのかボケェッ!!」
胸倉を掴みながら起こし上げるその形相に恐怖したのか、ダンジョウは本日初めての恐怖心を滲ませながら叫んだ。
「だ、だから分かったって! 俺が皇族ってことね!? はい、OK! んで話を戻して……」
「戻すなバカ! もっとこう何かこう沸き立つものがあんでしょうが! 責任感とか! 覚悟とか!」
言葉にならない感情を掻き立てようとしてか、シャインは珍しくジェスチャーでその思いを表すが、ダンジョウは逆ギレと言わんばかりに声を荒げた。
「うるせぇな! 生まれがなんだろうが今の俺は俺しかいねぇんだよ! だいたいそんな昔のことよりも今はフィーネのほうが重要だろ!」
「何それ!? ちょっと待って!? 何でこんなバカなの!? アタシの教育ってそんなに間違ってた!?」
「何言ってんだ!? テメェの教育だけで今の俺があるとでも思ってんのか!? 俺は生まれつき俺なんだよ!」
混乱するシャインを他所にダンジョウはゆっくり立ち上がると、再びタクミとビスマルクの方に振り返った。
「まぁこんなババァは放っておいてよ。手伝ってくれんだろ?」
ダンジョウはいつもの笑顔で2人に問いかける。タクミはあまりの状況に混乱していたが、ビスマルクは頭をポリポリと掻きながら微笑んだ。
「正直、今もフィーネはんのことは信用してええんか分からん。兄貴が急に皇子って話も理解は出来ん。でものぉ……オラは兄貴に負けた時から着いて行くと決めとったんじゃ」
彼はそう言ってダンジョウに歩み寄ると手を差し出した。
「兄貴が誰だろうと関係ねぇ。何より今まで兄貴がやってきた事が間違うとると思ったことはないんじゃ。とことん付き合わせてもらうで! 兄貴!」
「おお! いいぞ元悪童!」
ダンジョウは彼の手をガッシリ握り締めると、続けと言わんばかりにタクミの方に視線を移した。
「タクミ!」
ダンジョウは歓喜の笑顔で歩み寄る。タクミは目を背けながら仏頂面をしていたが、ダンジョウは彼の視界に入り込み、再びタクミは顔を背けると、それに合わせてダンジョウは再び彼の顔を覗き込んだ。
「……分かったよ。君が本当に皇族だと言うなら、帝国軍に対する行動は反乱ではなくではなく指導になる。そう考えてリスクマネジメントしよう」
「それでこそだ! よっしゃー!」
ダンジョウは自分より背の高い2人の肩を抱き寄せると、並んで回転しながらシャインの方に振り返った。
「先光団の仲間を連れ戻すぞ! おいババァ! お前は作戦を考えろ!」
「だっかっら! ……って何回ババァって言ってんだコラァッ!!」
シャインはダンジョウに拳を振り下ろす。蔵の中には先程まで響いていた風切り音は消え去り、打撃音が響き渡った。




