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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3356年 皇帝崩御
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皇帝崩御 第7話『ジキルがとっても青いから』

【星間連合帝国 準惑星セルヤマ 高原】



 夜の高原の中にはいくつか移動式のドローン街灯が光るだけで、圧倒的に暗闇の比率の方が大きい。帝星ラヴァナロスや流行の最先端が揃うカルキノス星は宇宙から見れば夜でも光り輝いているらしいが、観光惑星のこのセルヤマは繁華街を含んでもそれほどの明るさはなかった。

 街の明かりが少ないことや、秋の始まりによって冷たい空気があたりを包んでいるせいもあってか、空気も澄んで夜空には星々が輝いている。母の仕事を手伝い終えたフィーネは何も告げずに家を出て、誰もいない高原で1人夜空を見上げていた。


「(……もしも……自立することが出来たら……私はどこに行くんだろう……)」


別に家出というわけではない。ただやりきれない気持ちを解消するには、外に出るしかなかった。時計の針が進むのに比例して外の気温は落ちていき、薄着のフィーネは少し体を震わせる。


「(日を跨ぐまであと少し……あと少しで家に帰ろうと思える筈……)」


そんなことを思いながら両手に息を吹きかけると、外気の寒さは彼女の吐息を白くした。


「おーい」


思わぬ声に振り返る。暗がりの中で目を凝らすと、都合よく移動式の街灯が通りかかって声の主を照らし出す。照らし出されたのはいつもと変わらないダンジョウだった。


「……何してるの?」


「あ? えーその、あれだな」


少し戸惑った表情を浮かべながら、歯切れ悪く近寄ってくるダンジョウはハッとしながら夜空を見上げて指さした。


「ほら、ジキルがとっても青いからよ。ちょっと遠回りして帰ろうって気分なだけだ」


「何それ?」


「何だっていーんだよ。オラ横ちょっとズレろ」


そう言ってダンジョウはフィーネの隣に座ると、おもむろに時間を確認し始めた。


「うわ、もうこんな時間かよ。お前1人で危ねぇだろ」


「別に大丈夫」


「あれ? まだ怒ってんのか?」


「最初から怒ってないけど」


「まぁカリカリすんな。すぐに収まっからよ」


「だから怒ってない」


「つーかそんな薄着で寒くねぇのか?」


「女の子は胸に脂肪を蓄えてるから平気なの」


「マジか。便利なもんだな」


「嘘に決まってるでしょ」


「え、何その嘘?」


「あのさ」


全く身のない会話にフィーネは少しイライラしながら顔を向ける。隣で胡坐をかくダンジョウは、いつものように屈託のない笑顔でヘラヘラしていた。彼の顔を見て怒る気も失せたフィーネはため息をつくと、ダンジョウは何食わぬ顔で話し始めた。


「そういえばよ。さっきタクミが帰って来たんだよ」


「ふーん」


「お袋さんに会ってたらしいんだけど、アイツこの冬にセルヤマから出てくんだってよ」


「え? ……そうなんだ……」


フィーネは驚きと同時に小さく落胆する。ダンジョウと出会って以来、ここセルヤマで彼女にも多くの友人が出来た。いつも1人でいた彼女にそんな多くの友人が出来たのは、ダンジョウ、そしてタクミのおかげに他ならない。出会って僅か4年ほどの歳月しか経っていないが、16歳の彼女たちにとってみれば人生の4分の1を占めるのだ。ましてや、それまで1人ぼっちだったフィーネにとって、初めてできた友人であるダンジョウとタクミにはちょっとした思い入れがあった。


「……そうなんだ。タクミ君は頭いいからね。ここにいるよりもいいのかも」


「ああ。アイツも名残惜しかったみてぇだけど、家の都合もあるからな」


()()()()か……」


その言葉はフィーネにとって呪いのように聞こえた。

 生まれた瞬間、“家の都合”で故郷の人々から迫害を受け、そこから逃れるようにこのセルヤマに流れ着いた。ダンジョウ達以外のここで出会った友人たちもそれぞれの“家の都合”でこの星から出て行ったのだ。

 セルヤマは輝かしい星に見えるがそれは見かけだけなのだ。資源は乏しく収入源は観光産業しかないこの星に暮らす人々の中で、裕福なのはホテル経営や別荘を売る不動産業、飲食の経営者などの一握りの人間である。そのほとんどは出稼ぎでやってきた外惑星の人間であり、彼らはその華やかな観光惑星には似つかわしくない慎ましい生活を送っていた。

そしてその殆どがやがて故郷の星へと帰っていく。収入が不安定なため、皆安定した星へと去っていくのだ。

 だが、フィーネの母の仕事はここでしか行えない。何より彼女たちには故郷がないのだ。それもまた、呪われた言葉である“家の都合”で捨てざるしかなかったのだから。


「家の都合なんてなければいいのにね……」


フィーネはそう呟きながら夜空を見上げると、冷たい風に流されるかのように星が小さく揺れていた。無数に輝く星の1つに1つにこの星を去っていった仲間や友人が暮らしているのかもしれない。そんなセンチな気分をかき消すかのように、ダンジョウは無遠慮に彼女の肩を叩く。


「ん」


フィーネが振り返ると、ダンジョウは笑顔で何やら紙袋を差し出していた。


「なに?」


急に渡された紙袋にフィーネは戸惑う。隣のダンジョウはニコニコしながら「開けてみろよ」と言うだけだった。

 フィーネは怪訝な表情を浮かべながら適当に包まれた梱包を解き、袋の中を確かめながら手を入れる。袋の中から出てきたのは彼女の髪同様に赤く輝くブレスレットだった。


「何これ?」


シンプルなデザインのその腕輪は、どこか洗練されたような美しさがあり、赤いリングに沿って中央に走る黒いラインからはセンサーのように少しチラつく光が見て取れた。


「0時回ったからな。誕生日プレゼント」


ダンジョウはそう言って古い中古の通信端末から時刻を映し出してそう告げると、フィーネはただただ呆然としてしまった。そのリアクションがダンジョウにとって予想外だったのだろう。彼は少し不服そうな表情を浮かべていた。


「何だその面? ちったぁ喜べよ」


「……覚えててくれたんだ」


「あたりめぇだろ。ほら付けてみろよ」


ダンジョウはそう言ってブレスレットを奪い取ると、フィーネの右腕にそっとはめ込んだ。手首で光るその美しさにフィーネは少し心を奪われていた。


「……奇麗」


「その前に言うことあんだろ?」


ハッとフィーネはダンジョウの方に顔を上げると、彼はドヤ顔の手本と言わんばかりに偉そうに胸を張っていた。その大げさな態度にフィーネはようやく笑顔が溢れ出す。


「ははは。そうだね、ありがとう」


心を覆っていた黒い何かが洗われていくような気分になりながらフィーネはブレスレットを摩る。すると、ダンジョウは彼女の手を取って身体を密着させてきた。


「え? な、何?」


ドギマギするフィーネを他所に、ダンジョウは真剣な眼差しでフィーネの手を握っている。フィーネは思わず視線を逸らそうとするが、彼はいつもと変わらない様子で話し始めた。


「いいか? ここを押さえたらすげえんだぞ」


「え?」


フィーネはとぼけたような声を出し、ダンジョウの視線の先を見つめる。すると、彼はブレスレッドを握りながら黒いラインの部分を撫でるように操作した。


「うわっ!」


フィーネが驚愕の声を上げると同時にブレスレットはナックルダスターへと変形する。洗練されたシンプルで美しいデザインから、一瞬で殺傷武器に変貌するブレスレットと同様に、フィーネの心も一気に冷めていき笑顔から無表情へと変わっていった。


「……何これ」


フィーネはジト目でダンジョウを睨みつけるが、彼は悪びれる様子もなく再びドヤ顔で胸を張った。


「護身用だよ。ほら、オメェの母ちゃんいない日が多いって言ってただろ? 変な野郎がオメェの平穏が脅かされそうとしたらコイツでぶん殴ってやれ」


「……」


フィーネは改めて黒いラインを撫でると、ナックルダスターは再びブレスレットの形状に戻る。シンプルで美しい形状と禍々しい殺傷武器の二面性を持つその姿は、どこか人間と似ているように感じながら、フィーネはダンジョウの方に振り返った。いつも通りの屈託のない笑顔……そんなダンジョウを見てフィーネは自分に呆れながら再び笑顔を取り戻した。


 彼だけは他の人間と違う。二面性のない真っすぐで純粋な姿のように見えたからだ。そしてだからこそ彼女は彼に惹かれていたのだろう。


「ありがとう。大事にするね」


フィーネは正に惚れた方が負けという言葉を体感しながら微笑むと、ダンジョウはケラケラ笑った。


「おう。まぁ使わなくていいように俺とかビスに頼るのが一番だけどな」


「そうだね。そうやっていつも助けてくれるから私はダンちゃんが好きなんだよ」


「おぉいきなりの告白だな」


ダンジョウは再びケラケラ笑う。それはダンジョウが初めて見せる照れ隠しという名の二面性のようだった。


「さ、そろそろ帰ろーぜ」


ダンジョウはそう言って立ち上がる。そんな彼の背中を追うようにフィーネは立ち上がると、どこか罪悪感に似た自己嫌悪感に包まれた。

 ダンジョウは約束していた今日の事を忘れてはいなかった。いつも勝手に怒り、不都合があれば何かのせいにしてしまう自分が嫌になる。フィーネは自分の心の中にあるそんな甘さが嫌いだった。だからこそ、ダンジョウに惹かれる度に自分が汚い人間に見えて仕方がなかったのだ。


「ねぇダンちゃん」


「んー?」


「あ、こっち向かないで」


振り返ろうとするダンジョウの背中に抱きつくことはできない。彼女は額が触れる直前まで密着し、目を閉じながら俯くと、背を向けたままのダンジョウに尋ねた。


「心が汚い人間も……平穏になる権利があるのかな?」


「何だ急に?」


嫌悪感と罪悪感の狭間で、フィーネは顔を上げることができない。そしてそんな顔をダンジョウにだけは見られたくなかった。

 彼女の心情に気付いているのか分からないだろう。ダンジョウは背を向けたまま夜空を見上げて答えてくれた。


「んー……逆によ。心が汚れてんのはそいつが平穏じゃねぇからじゃねぇーかな?」


「え?」


フィーネはダンジョウの背中を感じながら目を開けると、彼は全てを察してくれているように……それでいて、いつもと変わらない様子で話し続けた。


「平穏じゃねぇと疲れて余裕がなくなんだよ。だから他の人間の平穏が妬ましくて奪いたくなる。でもそいつが元々平穏に暮らせてればそんなことは起きなかったんじゃねぇか? だから……そうだな。まずは人類全員を平穏にしねぇといけねぇって訳だ」


ダンジョウはそう言って振り返る。フィーネは顔を背けようとしたが、彼は両手で優しくフィーネの頬を包み込み、真っすぐな瞳で見つめてきた。


「だから、誰だって平穏になる権利はある」


ダンジョウは大きな笑みを作ると、雑にフィーネの頭をガシガシと撫でまわして再び歩き出した。


「さ、いい加減帰ろうぜ。明日はシャインのババァが来るから俺も色々準備しねぇといけねぇんだよ」


その背中を見つめながらフィーネは涙を拭って歩み寄る。

そしてダンジョウの手を取り2人で並んで夜空の下を歩いた。

 いつの日か本当の意味でダンジョウの隣に立てることを夢見ながら、フィーネは16歳を迎えた。

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