皇帝崩御 第1話『青春が終わる足音』
【星間連合帝国 準惑星セルヤマ メルキアス地区】
セルヤマ星の周期は海陽を中心に楕円を描いている。その楕円の周期は他の惑星と比較して最も海陽に近づき最も遠くに離れていくため、夏はどの星よりも暑く冬はどの星よりも寒い。しかしその気温差によって、この星は観光惑星として成り立っているのも事実だった。暑く短い夏と極寒で長い冬。どちらの季節にセルヤマを訪れるかで帝国民の性格が分かれるとも言われているくらいである。
そんな春と秋に乏しいセルヤマ星にとって貴重な秋がもうすぐ終わろうとしていた。少し冷たい風が吹く中、メルキアス地区の街にひっそり佇む小さな喫茶店の中は人に溢れていた。外と違い気温調整がされた暖かな店内には様々な星の人々が談笑している。そんな中、異彩を放つテーブルがあった。
「16歳かぁあ。早いわぁねぇえ~」
そのテーブルの一席に腰を下ろすヒカル・マウントは、カルキノス星人特有の金色の瞳を輝かせながらそう告げる。彼女の正面に座っていたタクミ・マウントは16歳になって益々肥えた身体をしながら母の美しい瞳を見つめた。
この星系に暮らす子供たちは年頃になると自らの姿に特徴があるか否かにこだわりを持つようになる。その特徴こそが自身のアイデンティティだと思いだすからだ。同じ青い肌と金色の瞳にもかかわらず母とタクミの間には大きな隔たりがある。美しく若々しい母と違い、丸々と肥えた体型とそれほど整っていない顔立ち。どうやら彼は母ではなく父の血のほうが濃いようだった。そのコンプレックスからタクミは過食を重ねていき、皮肉なことにタクミにとってのアイデンティティはその肥満体系になっていた。
「ママは……むぐ……変わらないね……むぐ……ずっと……むぐ……綺麗だよ……むぐ……」
タクミは母の瞳を見つめ終えてからパフェをかきこみ始める。その滑稽な姿を見てヒカルは感激の表情を浮かべた。
「お世辞言えるようになるなんてぇえ……子供の成長は早いわぁあ……うう……パパも草葉の陰で喜んでいるに違いないぃわぁあ」
「嘘泣きがわざとらしいよ。あと普通に生きてるパパを勝手に殺さないで」
パフェをかきこんだタクミは口周りに付いたクリームを舌なめずりして取り除く。そして正面の母の姿を見据えながらゲップをこらえた。
「それにしても急な呼び出しはやめてよね。こう見えて僕も忙しいんだから」
「忙しぃい? そんなに勉強がぁあ?」
「ママ。学生がやることは勉強に限らないんだよ」
「じゃあこういうお遊びの事かしらぁあ?」
ヒカルは何食わぬ顔でテーブルの中央に映写機を置く。タクミは怪訝な表情を浮かべるが、彼女はそんなことを意に返すことなくスイッチを入れて小さなホログラム映像を浮かび上がらせた。
気弱そうな少年に土下座する不良グループ。
橋に全裸で吊るされる暴力教師。
元締めマフィアの前でボロボロになるドラッグの売人。
屈強な同性にスパンキングされる児童を狙っていた性犯罪者。
次々と映り変わるホログラムを見てタクミはゲップする。そして交渉時に使う冷たい視線を母に向けた。
「ママ、言いたいことがあるならハッキリ言ってよ」
そんな彼の視線など気にすることなくヒカルはいつものごとく朗らかな笑みを浮かべる。そして頬杖を突きながら金色の瞳を輝かせた。
「随分と暴れてるみたいねぇえ? セルヤマ星じゃぁあ~“先光団”って結構有名みたいじゃなぁいぃい? 何でも若者を狙った犯罪者やぁあ、イジメの首謀者たちを取り締まってるってねぇえ?」
「うん。聞いたことがあるよ。裏で動き回る正義の集団という噂もあれば、マフィアから金銭を受け取る半グレ集団という噂もある。そもそも存在しない都市伝説って噂が濃厚だけどね」
タクミはパフェスプーンに付いたクリームを舐め取ると空になったグラスの中に放り投げる。カランという音を立ててスプーンがその中に納まるとヒカルは全てを見透かしたように微笑んだ。
「まさかママの可愛い可愛いタクミちゃんがぁあ、そんな連中のぉお一員な訳ないわよねぇえ?」
「ママ。言ってるだろ? 都市伝説って噂が濃厚なの。存在自体が確かじゃない集団に入ることなんて僕が出来る訳ないじゃないか」
「んふふぅう~そうよねぇえ~?」
ヒカルの手が映写機に伸びる。彼女が映写機を時計回りに回転させると映し出される数々の映像の一か所がズームアップされ、見覚えのある顔が浮かび上がった。
「……へぇ。彼は写真写りが良いんだね。妬ましい限りだよ」
前屈みになって映像に映りこむ黒髪と深紅の瞳を持つ少年を確認したタクミは、少し諦めたようにそう告げる。そして再び背もたれに体を預けると椅子の軋む音をかき消すようにゲップをした。
「ゲッフ! ママの言いたいことは分かったよ。それで? そろそろ本題に入ろうじゃないか」
タクミの言葉にヒカルは今日初めて感心したような表情を浮かべた。
「あぁら? ママが何しに来たかちゃぁんと分かってるのねぇえ?」
「ママの性格は理解しているつもりだからね。ママは僕の素行に難があってもとやかく言う気はない。それによって生じた問題を自分で解決できなければ流石に怒るのだろうけど。そこから導き出されるのはわざわざこんな事を注意するためにこんな辺境の観光惑星に足を運ぶはずがないってことさ。となると今までの話は前置き。本題は別にあるんだろう?」
「話が早いのはぁあ、ビジネスマンにとって良いことだぁわ」
ヒカルの笑みは純粋に息子の成長を喜んでいる。それだけはタクミでも理解できた。
マウント家が経営するライオットインダストリー社は帝国随一の軍需企業である。その大企業の取締役を務めるヒカルは大人しい顔をしながら根っからの商人としてシビアな面を持っていた。そうでなければ若くして役員に昇り詰め多くの上層部を引き込む事が出来るはずがない。
タクミは16歳のものとは思えないウエストを僅かに凹ませて前のめりになると、その恰幅の良さからまるで商談に入るかのようにテーブルの上で手を組む。するとヒカルも少し神妙な面持ちで口を開き始めた。
「パパがねぇえ? そろそろCEOから退くんだってぇえ」
「へぇ。定年まで時間があるはずだけど? ……リコールかい?」
「何言ってるのぉお? パパは部下からの信頼は厚いんだからぁあ。悪さもどこにも漏れてないしねぇえ?」
「ということはただの引退か。まぁセミリタイアと考えれば早すぎる年齢ではないね。で、どうするの?」
「経営はママが引き継ぐわぁあ。取締役会の人も全員承認してるしぃい。ただ常務は1つ条件を出してきたけどねぇえ?」
「常務ということはカタギリさんか。おおよそ後継者問題についてだろう?」
タクミの予測にヒカルはニンマリと頷いた。
「ライオットインダストリー社は一族経営だからねぇえ。ママはあくまでも後見人。正当な後継者は貴方よぉお」
ヒカルの真摯な眼差しを見ることが出来ず、タクミは黙って空になったパフェグラスを眺めていた。
物事には終わりがある。それは物語であったり、戦いであったり、人間関係であったり、人の人生であったりする。今、タクミには青春の終わりが訪れようとしていた。
「こちらお下げしてもよろしいでしょうか?」
ウェイトレスと思しき女性が笑顔で2人のテーブルの前に立ち止り完璧な営業スマイルでそう告げる。タクミは彼女越しに店内を見渡すが相変わらずの賑わいを見せていた。タクミと同世代の人はいないようだったが彼らは皆一様に今という瞬間を楽しんでいるようだ。
「あの……お下げしても?」
再びそう尋ねるウェイトレスの顔を見てタクミは思わず青い肌を赤く染めた。
「あ、い、いや、ももももう少し、置いて、ください」
ドギマギするタクミの言葉にウェイトレスは嫌な顔一つせずにニコリと微笑み去っていく。そんなタクミのリアクションにヒカルは少し情けなさそうな表情を浮かべながら嘆くような表情を浮かべた。
「相変わらず女性への免疫がないわねぇえ? 会社には女性社員もたくさんいるのからぁあ慣れておかなきゃダメよぉお?」
「そ、そんなんじゃないよ。ただ女性の扱いに慣れていないだけさ」
「確かタクミちゃんはまだ坊やよねぇえ? アイゴティヤ星で遊女をやってる奇麗なフマーオス人の子がいるのよぉお。紹介しようかぁあ?」
「母親が息子の性教育に関与するのは感心しないね」
タクミは少し不愉快そうな表情を浮かべると空っぽのパフェグラスに水を注ぎ込んだ。水が溜まったパフェグラスをスプーンでかき混ぜると、内側にこべり付いたクリームが溶け透明な水は白濁していく。タクミの目にはその不透明さは親友である彼の未来のように映っていた。
「それはそうと学校の先生から聞いたわぁよぉお? 貴方、学業は優秀じゃなぁいぃい。元々貴方はB.I.S値の知能数がとぉっても高いんだからぁあ」
タクミの言葉と表情が不安の裏返しと感じたのか、ヒカルは珍しく励ますかのように明るい声で話し始める。しかしそんな言葉ではタクミの心は動かず彼はぶっきらぼうに答えた。
「B.I.S値なんてただの目安さ。その人次第で変わることは可能だからね」
「随分とぉお人間愛に満ちた言葉ねぇえ? そうなったのは誰の影響かしらぁあ?」
「影響じゃない。僕自身がそう考えるようになっただけさ。何より僕の本質は変わらないよ。僕はどんな時も合理的で将来性がある者にしか興味がないからね」
タクミが初めて見せる冷徹な目にヒカルは満足そうに微笑む。彼女がタクミに求めるのは素晴らしい息子である以上にどれだけ優秀な経営者になれるかなのだ。そのことをタクミは誰よりも感じ取っていた。
「じゃあ、将来的なことを考えるとぉお? もう答えは出てるわよねぇえ? 貴方ならぁあ、準惑星の高等部じゃなくてぇえ、ラヴァナロスの上級高等学校にもいけるわぉよぉお? そのあとはパネロ大学も目指せるかもしれないわねぇえ」
「それが終われば会社に入って経営学かい?」
タクミは少し皮肉っぽく笑い、ヒカルは冷酷さと傲慢さが入り混じったような冷たい笑み浮かべた。
「モラトリアムは終わりよぉお。それに私がワザワザここに来た意味が貴方なら分かるでしょぉう?」
「分かってるよ。ママがわざわざここに来たという事は提案じゃなくて決定事項なんだろう?」
タクミはそう言ってパフェグラスに入った水を飲み干す。白濁した水はほんのり甘いのだろうがパフェを食べていたタクミからすると全く甘みを感じなかった。いや、これから迫りくる現実が彼から味覚を奪ったのかもしれない。
「そぉんなにセルヤマは楽しかったぁあ? それともダンジョウちゃんと居るのが楽しかったのかしらぁあ?」
母の言葉にタクミは微笑む。図星と言っても過言ではないがヒカルは1つ大きなことを間違っている。彼女がそうであるように彼にも商人の血が流れているのだ。その直感に従ってタクミは母に小さく微笑んだ。
「僕は彼の人間的魅力だけに惹かれていたわけではないよ。ただ、ここで彼との付き合いが途切れるのは僕の人生においてデメリットになるような気がするんでね」
「そう思うならぁあ、途切れない様に算段を立てればいいだけじゃなぁい?」
「算段?」
タクミが顔を上げるとヒカルはまるで成長を促すかのように励ますような笑みを浮かべていた。その笑顔の中には先程のような冷酷さや傲慢さや計算したような感情はなく、ただ単純に母としてアドバイスを送るかのような慈愛に満ちていたのだ。
「そうよぉお。何をどうするかわぁあ、自分で考えなさぁい? とにかくこの春で終わりよぉお? 後悔のないようにねぇえ?」
ヒカルはそこで言葉を切るとスッと立ち上がる。すると先程まで騒めいていた店内が静まり返り談笑していた人々も一斉に立ち上がった。フラッシュモブのような突然の出来事に店員らは戸惑い隠せていない。そんな中、ヒカルはいつも通りの笑みで小さく手を上げた。
「ごちそうさまぁあ。また来るわねぇえ?」
「は、はい!」
ウェイトレス等が慌てて動き出す中、ヒカルはそれ以上何も告げすに扉に向かって歩き出す。すると扉側のテーブルで談笑していた客の一人が立ち上がり、ヒカルの動きに合わせて扉を開いた。ヒカルはそのまま振り返ることなく店から去っていき、店内にいた全ての客が彼女に続いて店を後にしていった。
気が付けば店内に残っているのはタクミ誰一人になっていた。
「(全く……息子の様子を見るためだけに店を貸し切るなんて……相変わらずママはお金がかかる人だな……)」
先程とは打って変わり、談笑する声が消えた店内にはその雰囲気にピッタリのおしゃれなBGMが響き渡っている。タクミは背もたれに体を預けながらテーブルの中央に置き去りにされた映写機を手に取り、今一度浮かび上がる映像のズームを眺めながらニヤリと微笑んだ。
「(君との関係を終わらせるのは惜しい……僕がそう思うのは事実だよ)」
浮かび上がる深紅の瞳をした少年……ダンジョウの姿を出したままタクミはポケットに映写機を仕舞いこんだ。
次回……【プロローグ 3356年 皇帝崩御<中編>】3月10日頃更新予定




