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【加筆修正中】EgoiStars:RⅠ‐Prologue‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3352年 愚弟編
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第5話『ぼくらの地区間戦争』

【星間連合帝国 準惑星セルヤマ ティアール地区 街道】



 クロウは立ちはだかるビスマルクを見上げながら睨みつけていた。同い年とは思えない長身を見上げるうちに徐々に首が痛くなってくる。その感覚はかつてタクミに連れて行ってもらった彼の実家……カルキノス星にある彼の母が経営する会社のビルを見上げたときと同じだった。


「デケェなおい。何食ってんだ?」


思わず彼は笑いながらそう告げると、背後のタクミは声を潜めながらクロウの腕を握りしめた。


「(おい! 何で君はそう無茶をするんだ! こんな敵陣の中に突っ込むなんて!)」


「あ? しょうがねぇだろ。オメェは女が暴力振るわれてて……あ! そうだそうだ!」


ヒソヒソ話に対して普通の声で返答したクロウは、何かを思い出したかのようにビスマルクに背を向けてタクミの横を通り過ぎる。そして彼は尻餅を付いていた少女に手を差し出した。


「おい。大丈夫か?」


「え?」


呆然とする少女を見るに彼女は今回の出来事にともかく恐怖を感じていたとクロウは解釈し手を差し出す。


「立てるか?」


「あ、はい。立て、ます」


少女はその手を握ることなく気丈に自分で立ち上がる。行き場を無くした差し出した手に気まずさを感じながら、クロウは改めてビスマルクの方に向き直った。


「さぁて、とりあえずウチの地区のモンに手ェ出したケジメは付けてもらわねぇとな」


クロウはそう言って手首を回しながらビスマルクの方に振り返る。すると彼の子分らしき少年が気付いた。


「リ、リーダー! コイツだ! クロウ・ホーゲンとかいう最弱リーダーだ!」


子分らしき少年の言葉に周囲の他の子分連中もざわつきだす。しかしクロウはそんなザワつきをかき消すかのように目を吊り上げた!


「コラァ子分A! 誰が最弱だぁ!?」


クロウは親の敵と言わんばかりの剣幕で少年に勝手なあだ名をつけて叫ぶ。その迫力に子分Aは体をビクつかせていた。


「テメェらなぁ! 俺が喧嘩弱いからってなめんなよ! 喧嘩弱くてもオメェらなんぞには負けねぇ! 纏めてかかってこいコラァ!」


チンピラのごとく眉間に皺を寄せメンチを切りながら両手で煽るクロウに彼らは微妙な面持ちでビビっていた。恐らく、弱いくせに自信に溢れるという矛盾に不気味さを感じているのだろう。


「お前ら下がってろい。喧嘩は一対一でやるもんじゃからなのぉ」


ビスマルクはそう告げて首をゴキゴキ鳴らしながら歩み寄る。そんな彼の態度を見てクロウはビスマルクの認識を改めた。


「ほぉー? デカいだけのバカかと思ったけど意外と正々堂々としてるじゃねぇか」


「何言っちょる? 正々堂々でも何でもねぇ。お前くらいオラ1人で充分だってことじゃ」


「言ってくれるじゃねぇか。さぁて、やるか?」


2人の間に乾いた風が吹き渡り一瞬の静寂と同時に緊迫した空気が張り詰める。

 間合いをとっていてもビスマルクの巨体は凄まじかった。

その証拠にクロウはある程度の距離を保っているにも関わらず、彼を見上げなければならなかったのだ。

 恐らくまともにやって勝てる見込みは万が一にもない。

それでも逃げられない戦いはあるのだ。クロウがそう決意して拳を振り上げようとした瞬間だった。


「おーい! クローウ!」


水を差されクロウは思わずガクッと転びそうになって振り返ると、そこにはビスマルクの襲来を告げてくれた少年が走ってくる姿があった。


「間に合ったね! みんなももうすぐ来るよ! うわっ! ビビビビスマルク暴やだぁっ!」


今更気付いた少年は反射的に後ずさりする。しかし、不自然なほどに彼はどこか強気だった。


「で、でも問題ないね! 今日は強力な助っ人がいるんだから!」


ファイティングポーズをとる少年の言葉にクロウは眉をひそめた。助っ人などという存在がいることなど聞いていないし頼んでもいないはずなのだ。そしてそれは背後にいるタクミも同様だった。


「お、おい。助っ人というのは誰のことだい?」


タクミが恐る恐るそう尋ねると少年は目を燦燦と輝かせながら振り返る。それはもはや勝利を確信したかのような笑顔だった。


「さっき2人の孤児院によく来てるお姉さんにたまたま会ってさ!」


少年の言葉にクロウとタクミの顔色は徐々に青褪めていく。


「お、おい……そのお姉さんってのはもしかしてシャインのことか?」


「? そうだよ。決まってるじゃないか!」


「タクミーーーーーーッ!! 逃げるぞぉーーーーーーッ!!!!」


クロウは凄まじい剣幕でそう叫ぶと、タクミは気を動転させながらクロウに縋りついた。


「どどどどうする気だい!? 僕はシャインさんから逃げきる自信なんてないよ! ああ! 君だけならまだしも何で僕まで命の危険にさらされなきゃいけないんだ!」


「お、落ち着け! 今から作戦考えっから! 

……

…………

………………

……………………

…………………………

あ、ダメだ! どう足掻いても殺される!」


クロウはタクミと顔を見合わせあたふたしながら絶望する。


愛と称した体罰。

指導と称した暴言。

そして圧倒的に逆らえない姉的存在という称号。


そんな畏怖以外に例えようのない存在がすぐそこまで来ている……それは予防接種がある日の4時間目や、プールの授業があるのに海パンを忘れた日など比較にならないほど恐怖を感じる日なのである。

 狼狽する2人を見て只事ではないと悟ってくれていたのか、それとも意外と空気が読めるタイプなのか、固まっていたビスマルクは「お、おい!」と叫んできた。


「さっさとやろうじゃねぇか!」


身体に見合った大声を張り上げるビスマルクに対しクロウは必死の形相で睨み返し辺り一面に広がるような大声で叫んだ!


「うるせぇ! 今それどころじゃねぇっ!」


その怒号に周囲は思わず耳を塞ぐ。さしものビスマルクも「ぐっ」とたじろぐが、面目を保つためなのか引き下がりはしなかった。


「オ、オラと勝負するんじゃろうが!」


「だっかっらっ! オメェと勝負とかいう問題じゃねぇの! 今俺たちはもっとヤベェ状況にあんだ! また今度な!」


周囲の戸惑いを他所にクロウとタクミは顔を見合わせ逃げ出そうとする。その情けない姿にビスマルクは勢いづいたのか、勝鬨と言わんばかりに右腕を掲げた。


「じゃあ勝負はオラの勝ちだなぁ! そ、そこのお嬢さんも……この本ももらってくぞぉ!」


「え? あ、あの。こういう場合どうすれば?」


逃げ出そうとするクロウの腕を少女が掴む。クロウは延命のために必死の形相だったが、少女の眼差しを見て我に返った。少女はまるで助けを求めているような上目遣いだったのだ。


「とりあえず本だけは返してもらいたいんですけど」


少女はいたって冷静にそう告げるがクロウにはその声が悲痛ともいえる叫びに聞こえた。

そしてその声がクロウの持つ信念を呼び起こしたのだ。


――全員日々平穏


今、自分はこの世で最も恐ろしい存在から逃げようとしている。しかし、その本能に従えば自らの信念に背き、さらに目の前の少女の平穏が脅かされてしまう。

 恐怖と欲望の板挟みの中、クロウは目を泳がせるが、彼の少ない脳内では単純明快に1つの結論を導き出した。


「あ゛ーーーーッ! クソ!」


クロウはそう言って背中を向けていたビスマルクの方に向き直ると堂々と距離を詰めていく。あまりにも大胆で不可解な行動に周囲はあっけに取られていたが、クロウはそんなことも気にせず不意打ちの如くビスマルクの頬を殴りつけた!


「ぶへっ!」


間抜けなうめき声を上げてビスマルクは再び腰を付く。本来の戦闘態勢に入ったビスマルクならばその拳は大したものではなかったはずだ。現にクロウの拳は全く腰も入っておらず、ただやみくもに腕を振り抜いただけだったのだ。しかし、不意打ちに近いその打撃は棒立ちしていたビスマルクにとっては強烈な一撃だった。


「よし! 俺の勝ち! もう悪さすんなよ! あと本返してやれ! じゃあな!」


クロウはそれだけ言い残して帰ろうとするが、当然ビスマルクはそんなことを許さなかった。


「ま、待たんかい! ふ、不意打ちたぁ卑怯な真似してくれるやないか! 本番はこっからやでぇ!」


ビスマルクは吹き出る鼻血を抑えながらゆっくりと立ち上がる。クロウは振り返ると面倒くさそうに睨みつけた。


「だめ! もう終わり! 俺は俺で用があんだよ!」


「喧嘩はまだ終わっとらんぞい! かかってこんかい!」


「じゃ、じゃあ明日! 明日にしよう! ね?」


クロウのまるで遊びの期日をずらそうと言わんばかりの態度がビスマルクをますます激昂させる。ビスマルクは青い顔を真っ赤にして瞬間湯沸かし器のごとく頭部から湯気を噴出させた。


「何を言うとるんじゃ! 遊びと違うんじゃぞ!」


「もういい加減にしてくれ!」


しびれを切らしたかのようにタクミが2人の間に割って入る。そしてその場しのぎのように2人にまくしたてた。


「そんなに戦いたいならじゃあ正式なものにしようじゃないか! 明日の正午ここで血闘だ!」


唐突な提案にクロウとビスマルクは硬直する。いや単純に2人はタクミの言っている意味がよく分からなかった。

 タクミは呆然とする周囲を尻目に声高々に解説した。


「いいかい!? この国の帝国法では古くから血闘法というのがある! それによると、12歳以上同士の人間であれば性別、人種問わずに合法的に戦えるんだ! そしてそれは法的なこととして例え殺してしまっても法に触れることはない! な? これで明日決着を付ければいいだろ! あ、そ、その……お、お嬢さん……どうか本は、その、あああ明日まで、お待ちくだされば幸いです」


2人の時とは一転して女子に対してはドギマギするタクミの提案を聞きながらもクロウは妙な点に気付きビスマルクの方に向き直った。


「いやいや待て! 本は関係ねぇだろ? 返してやれよ」


「そうはいかんわい! こうなったからにはキサンとは徹底抗戦じゃ! 明日の正午ここに来るまで(コイツ)は預からせてもらうからのぉ!」


「いいから早くしてくれ! ()()()は目前まで迫っているんだぞ!」


気が狂ったかのように叫ぶタクミの言葉にクロウは身に迫る恐怖と自分の信念の間で板挟みにあっていた。足りない頭を使う中で、クロウは完全に置いてけぼりにされている少女の方に振り返った。


「あ、あれ取り返すの明日でもいいか?」


「え?」


「明日! 絶対に明日返してやるから!」


クロウは必死の形相で少女に詰め寄ると、彼女は怪訝な表情を浮かべていた。彼女の表情には他人を信用できないという不快感に染まっていき、それはやがてすべてを諦めたかのような達観した溜息へと切り替わった。


「……お好きにどうぞ」


少女は不満気に頷く。そしてそれだけを言い残して少女は踵を返し去っていった。

 少女の承認を確認してクロウはビスマルクの方に向かって歩き出した。


「よし、明日正式にやり合おうじゃねぇか」


「棺桶の準備する時間ができてよかったのう?」


2人は今にも殴り合いを始めそうな勢いで睨み合うが、またしてもその状況を止めたのは必死の形相で怯えるタクミだった。


「じゃあとりあえず署名を! 早く!」


タクミは慌てた様子で2人の間に割って入る。そして、手首に装着していた通信端末からウィンドウを浮かび上がらせると2人の前に映し出した。


<血闘申請書>


それは国が管理する正式な書類である。2人はそれぞれの欄に自らの名前を記入すると、利き手をかざして血闘を承認した。


「明日の正午にここで戦いだ! ……ほ、ほら? そろそろ行こう?」


タクミはそう言ってクロウの腕を掴むと、クロウはビスマルクに向かって最後の言葉を残した。


「おいテメェ! 明日の正午までは悪さはなしだ! いいな!」


クロウはタクミに引き摺られながらようやくその場から退散した。

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