火蓋の上下 36~カザマンスの目
アゾはホイホイと豆を炒りだした。
竃はゴーゴーと赤い炎を滾らせた。
『ん~、いい匂いだぁ。』
アゾは鍋に手をやるとスクとレンズ豆を抓んだ。
『あぢぢぢぢ~!』
パク!
『んまッ』
集会所の中は徐々に熱せられ、アゾの上半身からは熱湯の汗が流れだした。
『ガーラ、ちょっと見て来てはくれないか?』
『東の山の麓辺りですね?』
『そうだ。』
『しかし、豆を炒るには早過ぎませんか?』
『いいんだ、いいんだ。その時が来たらまた炒り直せばよい。別に食べるわけじゃないんだから。冷めても匂いは消えるわけじゃなし。』
『では、数人連れて行って参ります。』
『くれぐれも。』
『気をつけます。』
ガーラは3人の兵を連れフランス軍が下りて来るであろう東の山の麓に向かった。
『ガーラ殿、本当にフランス軍は全軍で下りて来るのでありましょうか?』
『ニジェはそう言っておるよ。』
『それでは、ジョラは無抵抗のままだったてことに?』
『そういう事になるな。』
『でしたら、奴隷として連れて行かれるジョラの民も一緒なのでは?』
『ニジェからジョラのファルとかいう少年の策略を聞いた。うまくいけばフランス兵のみ、失敗していればジョラも一緒にこの山を下りて来る。縛られ、繋がれてな。』
『それでも戦うと?』
『どちらにしろ、きっとフランス兵が先にありつくよ。あの豆に。お腹が空いてるフランス兵が先に奴隷に食べさせると思うかい?』
『確かに。』
ガーラ達は山の麓に辿り着いた。
山の斜面は西からの夕の日が降り注ぎ、濃緑の山肌は薄く橙色に染まりつつあった。
『わしらの利点を知っておるかい?』
『なにをです?』
『お前、あそこに。あの木の枝で小鳥が寛いでるのが見えるか?』
ガーラは指差した。
『もちろんですとも。』
『わしらは当たり前のように思っているが、フランス人には見えん。これは奴らには無いわしらの能力だ。多少の暗闇でもな。』
『そうなんですか⁉』
『だからな、こういう偵察もわしらの方が先に相手を見つける事ができるんだ。覚えておけ。』
『この山にいたフランス先頭部隊がなぜジョラに攻め入った時が、わかったと思う?』
『はて?』
『この山の上でな。ほら、西側にはジョラがもういないと思ってな、こちら側の斜面で食糧の煮炊きをしておったんだ。それはもう、わしとニジェで宮殿での攻防の前に確認しておったんだ。』
『なにをです?』
『煙だよ。煮炊きの煙。細い煙。ジョラからは煙が見えんようにこちら側で煮炊きをな。』
『ほう。』
『その煙がな。二日前から上がっておらんのだ。』
『なるほど!食糧が尽き業を煮やして攻め入ったと。』
『その煙を見逃さない目を、お前も持っておるんだぞ。』
『そろそろ、沈むな。太陽の神が。』




