衣装をつくろう!
本編とあまり関係ないのですが、冬に引き続き、塚本ケンスケさま(@kensuke_illust)に25歳となったちはると西ノ宮みらのデザインを描き下ろしていただきました。文末にてごらんください。
※ ※ ※
「はァ……なんでOKしちゃったんだか」
トップモデル・東雲綾乃は、カメラの前でポーズを決めながら、昨日の軽率な自分を憂い、溜め息をひとつ。
「綾乃ちゃんどうしたのォ。日にリテーク三回もなんて、新人時代ぶりじゃあない?」
「すみません。ちょっと、悩み事があって」
「何ナニ男ォ? それともカラダァ? 話くらいなら聴くわよォ?」
「や。違うんです。そういうものじゃなくって」
幼馴染に誘われて、魔法少女のマネゴトをしましょうと言われ、その場のノリで首を縦に振った――。などと言っても理解される筈がない。綾乃は自ら口を閉ざし、フレームの外へと逃げ出した。
「衣装……。ほんとに作るつもりなのかしら」
昨晩、箪笥の中に踏み入って、肥やしにしていたセパレート・スーツに袖を通した。体型はそれほど変わってない筈なのに、服に『拒まれ』着られない。あれがまほうに依るシロモノだと理解し、もう昔のようにはなれないのかと落胆したものだ。
(落胆。落胆って何よ)あれはちはるのゆめだ。彼女がゆめを見なくなったなら、合わせる必要なんてないじゃないか。
あれで、自分も楽しんでやっていたのかもね。昔のことを思い返すと自然と顔が綻ぶ。
(ま、期待しないで待っててやりますか)
良くも悪くもちはる次第。首を縦に振った以上、自分に出来るのは信じて待つことだけ。綾乃は迷いを振り切り、笑顔を作って戻り行く。
「すいませーん、自己解決しました。次お願いしまーす」
※ ※ ※
「あぁあぁあぁ。なんで安請け合いしちゃったんだろう……」
「グリッタちゃんどう? 出来そう?」
「いや、そう言われたってなあ……」
あんたのせいで話がこじれたんだぞ、という気力すら失せ、西ノ宮ちはるは机から紙束だらけの床へと身を投げる。
服を作るのに型紙や布はいらない。イマジネーションを素にペンを走らせ、それがひとつに繋がれば、まほうのチカラであっと言う間に出来上がる。筈なのだが――。
「駄目。まじ無理。思いつくわけ無いじゃんさー、この歳になってさあ」
歳を取り、ゆめも希望も失った今、そう容易くアイデアが出て来るわけもなく。何を描こうが過去の焼き直しで、ひとつとして衣装に変化することはない。
「昔はさあ、思い付くだけポンポン溢れ出たんだよ。それが今じゃ……あぁあ」
描いても描いても『これだ!』が出ず、やればやるほど自己嫌悪。実はまほうのチカラなんてなかったんじゃないかとさえ思いたくなる。
「まぁまぁ。出て来ないんなら情報収集。今のトレンドを探ってみたら?」
「言われずとも、やってますよ」
その上で、無理だと諦めているんだろうが。毒づいて想いを吐き出したいが、怒りに駆られまた消えられてはかなわない。溜まったモヤモヤを胃の腑に落とし、西ノ宮ちはるは枕に顔を埋めた。
目を閉じて、すべきことを反芻する。久し振りに逢い、キモチをぶつけ合ったあの日。彼女は南公園の外周一回にさえ耐えられず、息を切らせてうずくまっていた。あんなバクダンを抱えたままで、アイドル活動など行えるはずがない。
(何よりまずしなきゃならないのは)癒してあげられないのなら、責めて負担を和らげる。脚にギプスやサポーターを増設し、綾乃が動けるようにする。
「わかってる。分かってるんだけど……」
自分はグリッタちゃん好きの絵描きであって医者じゃない。脚の痛みを和らげる機器の構造や機能回復の仕組みなんて理解できない。
それが点と点を線に繋げない理由だ。如何にカタチが出来ようと、作り手の頭に確固たる像がなければ、まほうは宿らず紙から出てくることはないのだ。
「脚を包んで痛みを軽減、かつ重量を減らして、カッコ可愛さも同居させて、って……。無茶苦茶しんどぉ……」
ちはるは疲れた顔で床に並べた資料に目をやる。今どき流行りのコーデを掲載した雑誌、祖母が使うからと取り寄せていたリハビリ用の商品ラインナップ。コスプレドレスの作例本。いずれもキッカケを与えはしたが、完成には程遠い。
紙束となった没稿の中から三枚をひったくる。ガーターリングのようなもので傷を隠した一枚目――、見栄えはいいが、負担減にはなりえない。没。
ブーツにサスペンションめいた機器を組み込み、足の動きをサポートする二枚目――、サスペンションが大きく重く、派手なアクションには不向き。没。
いっそのことロングスカートで隠し、仕込んだサポーターが見えないように――、否。綾乃の良さはその脚にある。晴れ舞台で注目ポイントをみすみす潰して何になる。没、没、没。
「もー! 無理! 決まんないーっ!」
改めて、自身の発想の貧困さを呪うばかり。こんなものじゃ駄目だ。東雲綾乃――、魔法少女ズヴィズダちゃんを正統アップデートさせたものへはなり得ない。このままやっても何も変わらないだろう。諦めてふて寝を決めこまんとした、まさにその時。
「そーかなあ。わたしはどれも良いと思うけど」
傍で見ていたみらが布団に潜り込み、投げ捨てた案の一部を摘み見る。
「デザインのいろはを知らないお子様は気楽でいいよね。こちとら色々考えなきゃなんですよ。被りとか、歳とか、カラダへのケアとかさ」
「そりゃあ、わたしは素人だけど」ちはるのぼやきに、みらはわざとらしく突っかかる。「デザインって、もっと自由にやればいいんじゃないの? トシとか、カブリとか、あれとかソレとか。そう言うのやってて、グリッタちゃんってばたのしい?」
「たのしい、ってあんた……」
誰のせいでこうなったのか・という言葉を吐きかけ、はっとなる。それをやってて楽しいか? 楽しくはない。したくてやったことじゃないし、クリアすべき案件が多すぎる。こんなもの、楽しんでやれるわけがない。
(そうか、確かに、そうだ)
過去の自分を思い返し、何も無い空に投影してみる。彼女はそういう時どうしていた? このドレスを、グリッタちゃんになりたいと願った時、どんな気持ちだったのか?
(あの頃の私は、楽しんでた)
ヒトの目など気にせず、ただ楽しいことを全力で楽しんでいた。そこに技術の優劣や七面倒な課題はない。秘めたキモチをストレートにぶつける。だからこそひとりになっても続けることが出来たのだ。
「楽しんで……取り組む、か」
薄暗い暗雲の真中に、さっと光が差したような気がした。悩み迷うのはひとまずおやすみ。まずは楽しむことだけを考えろ。
「あ。ちょっと元気になった?」
「おかげさまで……」
トラブルも、その解決策も、彼女は全部持ち込んで来る。後者台ならありがたいのだけど、両方ごっちゃじゃありがたみも何も無い。ちはるは曖昧な笑みで言葉を返し、机に再び画用紙を叩きつけた。
「アップデートとか足とか、小手先の要素に振り回されてた。そうだ。楽しめなきゃ駄目なんだ」
息を吸ってふうと吐き、真っ白のキャンパスに線を引く。この感覚だ。完成品をイメージしてワクワクする感覚。
ベースは昔のままでいい。自分が知ってる東雲綾乃なら、それでも十分映えるはず。足りない部分はこちらでちょい足し。春から始まった朝の女児アニメに魅力的なモチーフがあった。合わせればきっともっと素敵になると思う。
あとは脚だ。これだけは自分の頭の中からは出て来ない。何か。何かないのか。足を保護し、見栄えにも配慮出来るなにかは――。
『――水田開発にきつい地ならし、ヒトの手はもう限界。そんなあなたにバーミリオン・レントオール。重機のことならバーミリオン・レントオール。トラクターからパワーショベルまで、一台一日八時間から受付可能。迷っているそこのあなた、お電話一本見積もり無料……』
多摩は、東京の中でも都会の二十三区と田舎とされる西東京の境目にある街だ。朝昼はさておき、夜の時間帯になるとあきる野でしか流れないようなマイナーなCMと出くわすこともある。
「あ。ごめんねグリッタちゃん。なんか話しかけづらくて、テレビ……」
見ればこの相方はベッドの端に寝転び、リモコンでチャンネルを右から左に送り続けていた。もう切るねとリモコンを操作せんとするみらの手を、それよりもふた周り大きいちはるの掌が包み込む。
「これだ」
「はい?」
※ ※ ※
「よっす。あれからどう?」
「出来たよ。言ったからには間に合わせるのがオトナですもの」
お互い忙しい仕事の合間を縫い、再び顔を合わせたのは、衣装を作ると言ってから十日後の日曜日だった。真昼の南公園は幾人かの高齢者が日向ぼっこをしており、トップモデル・東雲綾乃が立っていても気にも留めていない。
「はいこれ。新しいトランスパクト」
「わざわざそっちから新調したのね」
渡されたのは大人が持っていても違和感を持たれないようなパール色の無地の手鏡。余計な装飾を用いなかったのはちはるなりの配慮だろう。
「それじゃあレッツきらきら……」
「するわけないっしょ」
使い方なら言われずとも覚えている。自らを映して指でスライド。衣装と自分とを重ね合わせてスイッチオン。気の抜けた音楽と共に、パクトにしまわれた衣装と今着ているそれとが入れ替わり――。
「えっ……何この、えっ!?」
あのちはるが、本気で一着こさえて来たのだ。若干不可解でも受け容れてやろうと思っていた。
だがこれは一体何だ? 衣装そのものに大きな変化はないが、膝から下・腿に増設されたこの機器は――。
「いや、解るっしょ。クレーンだよクレーン。重機の。びょーんて伸びてく」
「はあ!?」




