わたしたちは勝つ! みんなで勝つ!
そういえばグリッタちゃんって劇中放送されていたアニメで、ちはるはその姿を無断で使ってるんだよね……。
ってことを今更ながらに思い出しました。
※ ※ ※
「はいっ、出来ました!」
「出来ました、じゃないわよ! あんたまたこんなもの出して来て、片付けてらっしゃい、今すぐに!」
夕刻に近いナナカマド高の被服室。入り口の引き戸には『ご当地アイドルグリッタ&ズヴィズダちゃん、作戦会議中』と書かれたステッカーが貼られ、他の侵入者を物理的・心理的に拒んている。
「よっす。これはなんの騒ぎ?」
「おうおう、やっと気よったな瑠梨やん。見ての通り、衣装合わせや」
四人目の協力者・花菱瑠梨が被服室に足を踏み入れた時、彼女はその小汚さに唖然とした。
部屋に置かれた大机四つには色鮮やかなドレスが山と積まれ、リノリウムの床には書き殴った皺だけが残った白紙の紙がそこらかしこに散乱している。
ご当地アイドルナンバーワン決定戦に出るならば、衣装・歌・パフォーマンスの拡充は何よりの急務。歌は三葉と(その姉)、パフォーマンスのダンスは綾乃。となれば衣装作りはちはるの仕事。全権を委ねると分割作業に入ったのだが――。
「あんたは! どうしてそんなにあたしのお腹にこだわる! いい加減隠す方に持ってってよ! いまもう10月でしょ?! こちとら寒くてやってられないんだっつーの!」
「そんなナンジャクなこと言ってる場合?! これは大会なんだよ? お客さんがいーっぱい観に来るんだよ?! せーるすぽいんとを自分から捨てに行ってどうするの!」
西ノ宮ちはるの『まほうのペン』は描いたものを実体化させるチカラを持つ。机のものは総て、作ったは良いが綾乃に着用を断られた夢の塊とでも言うべきか。
「よくもまあ、そこまで思い付く」外野の瑠梨は他人事めいてそう独り語ち、
「それがちーちゃんや。目標を見定めたら絶対に揺らがへん」三葉が横から太鼓判を押す。
とはいえ、両者の認識が縮まらないのは由々しき問題だ。互いの同意ラインが決まらない今、他の展開は総て後回しとされているからだ。
「セールスポイントって言うならね、あんたのはどうなのばかちは。ナニを売りにするつもり?」
「ふっふーん。そう来ると思ってましたよう」ちはるは不敵な笑みと共に、未だ色の付いていないスケッチブックを見開くと。
「これが! わたしの新衣装カッコカリだ! だ! だ!」
言って彼女が見せたのは、現行のグリッタちゃんを基調とした新作衣装のデザイン案。ノースリーブ部分をリボンを巻くようなシースルーの袖で覆い、パニエは膨らんでよりプリンセスらしく、ブーツは脛を覆うくらいのロングに。冬に向かう秋の装いとしては寒々しさが拭えないが、ちはるはそこまで考えることはおそらく無いだろう。
「いつものドレスが板についたなら! 続くモノはやっぱりラブリン! 恋のチカラに目覚めたあの姿しかないでしょ! でしょ?!」
彼女が公言する通り、これは全くのオリジナルという訳ではない。グリッタちゃんの本編半ば、玩具販促的な事情から新規投入されたもう一つの装束。それがこのラブリンだ。星の力ではなく恋の力を糧に放つそれは、夏場に売り出された玩具と併せ、通常形態とは別の魅力を放っていた。
「いや。いやいや。駄目でしょそれは」
「ナンデ?!」
「自分で言ったじゃん元ネタ。地域ローカルじゃ許されてても、お外でそれはまずいって」
長く自分のものとして捉えて来たので忘れがちであるが、そもそもグリッタちゃんとは、ちはるたちが子どもの頃放送されていたテレビ番組のイチキャラクターだ。地元でもあまり宜しくないが――。舞台を関東圏全体に拡げ、大々的に打って出ようとする時に、著作権云々で手鼻を挫かれるわけにはゆかない。
「やり直し。リテーク。再提出。ついでにあたしのも、お腹を隠す方向で調整してもらえる?」
「うぇえ。今から? まだやるの?!」
「そりゃそうよ。勝つために妥協は一切無し。あんただってそう決めたでしょ?」
「ぐ……ぬぬぅ。体育会系ぃいい」
忘れがちだが、彼女は陸上部で未来を切望されているエースだ。今もなお魔法少女と陸上を掛け持ちし、冬の大会に向けて練習を続けている。
綾乃は最早幼馴染なだけではなく、自分の夢を共有する同志だ。彼女が駄目というなら素直に従う他ない。
たとえ、地区予選開催が七日後に迫っていたとしても。
「わかった。わぁったよう。やり直します。やり直せばいいんでしょ?」
こうなればちはるも必死だ。腱鞘炎一歩手前の右腕に湿布を貼り付け、キャンパスに向かい筆を走らせ――。
「あ……。りゃま」
「うん?」
「どったの」
「替えの……。替えのスケブが無いや」
徹夜根性みたいな勢いで机に向かうも、スケッチブックは総ての紙を使い使い尽くしており、裏表紙さえ落書きで埋まっている。
「オーケー。じゃあ他のことやるわよ。昨日教えたあのダンス。ちゃんと踊れるようになってもらうから」
「ぎえっ! わ、わたしちょっと疲れちゃったから……明日は?」
「駄ぁ目。文句言わずにさっさとやる」
この体育会系め。西ノ宮ちはるは両腕を振って何度も何度もそう毒づくと、着の身着のまま被服室からグラウンドへと引っ張られてゆく。
『頑張ってちぃちゃん。あなたならきっとできるわ』
引きずられゆくその中で、背中に届いた聞き覚えのない声。幼くて、優しくて、どこか懐かしい雰囲気。誰だろうと振り返るもそこには何の姿もない。
(聞き違い……。なのかな?)
聴こえた言葉はそれひとつ。ならばやはり聞き違いなのだろう。ちはるはこのことを頭の隅に放り、前の方へと目を向ける。
(いい気なもんだ。これから死ぬ定めにあると言うのに)
会話に交われず蚊帳の外に立っていた花菱瑠梨は、表情ひとつ変えずに心中そう独りごち、携帯電話を開いてメールを送る。
『対象はしばらく釘付け。搦手から始めていい』と。
※ ※ ※
「もう……。三葉ったら、私にだって就活があるっていうのに」
日も落ちて暗くなりゆく十七時半。それなりに広い一人部屋に、溜め息と共に愚痴をこぼし、動画編集ソフトを切り貼りする影ひとつ。
桐乃菜々緒は妹たっての頼みでグリッタ&ズヴィズダちゃんの活動動画を編集し、インターネットにアップロードする役割を担っている。関わるならば裏方と言ったのは自分だけれど、まさかこうも人気となり、自分の受け持つ箇所が増えることになろうとは。
なれど嫌だと言わないのは、画面に映るふたりの少女の為だ。『少々』常人とは外れた趣味嗜好を持った菜々緒にとって、それぞれ『属性』の違う少女たちの映像を独り占め出来るこの作業は、給金の出るどんな仕事よりも価値がある。
というより、先月起きた米国の大規模な金融危機により、内定が決まりかけていた会社から弾かれたので、その反動も多分にあるのだろう。体の良い現実逃避である。
「あー、もう無理終わり。あとは明日の私におまかせしまーす」
下手の考え休むに似たり。彼女たちの人気の何割かは自分の双肩にかかっているのだ。根を詰めずに今は休もう。菜々緒は伸びをして上体を反り、入り口の方へと目を向ける。
「みなは?」
そこに見慣れた妹の姿を見込み首を傾げる。彼女は今学校でちはるたちと打ち合わせを続け、泊まり込むと聞いていたのだが――。
「何よ、帰ってくるなら電話してって。悪いけど、動画ならまだ完成してないよー。私だって休みたいのー」
などと軽く返したが、向こうからの反応は何もない。妙だな。いつもなら『ごめんね』だの、『ちょっと見せて』だの、何らかのアクションが返ってくるはずなのに。
「三葉。あんた、どうしたの?」
眼前の人物は柔和に微笑みこそすれ、一言も言葉を介さない。あれは本当に妹か? 姿形も、匂いでさえも同じだが、発せられる異様な雰囲気は三葉のそれとは何かが――違う!
「ねえ、あなた一体」
誰だ、と問い質す暇もない。大股で迫る妹は菜々緒の言葉に耳を貸さず、羽交い締めにして動きを封じる。手足をばたつかせるも全くの無意味。この膂力は、確実に女子高生に操れるものではない。
「まずは、ひとり」
妹の身体から滲み出した白濁の液体が菜々緒にまとわりつき、彼女の体をフランスパンめいた細長い繭へと変質させてゆく。
「"妹"は数に敗けた。なら仲間を全部刈り取って……。独りきりにして殺してやるわ」
そこに居たのは、蒼いローブに脚のスリットが大きく開いた破廉恥なシスター衣装を身に纏う異形。
グレイブヤード三賢人、次女オガミは主の求めに応じ、繭を抱えて窓の縁を蹴り、夕闇迫る茜色の空に消えた。




