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DIVE / DIVA  作者: 葉六
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閑話

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 アットホームなBGMに他愛ない世間話とカトラリーの金属音が合いの手を入れている中で、場違いな異音を奏でているテーブルがあった。

 テーブルの上に所狭しと広げられたルーズリーフにペンが走り、ノートPCのキーが叩かれ、参考書のページがめくられていく。

 横切る店員たちの冷ややかな視線をものともせず開催されていたのは、学生たちによる勉強会もどき。

 学校終わりに立ち寄る飲食店ファミレスでドリンクバーだけ注文し、長時間居座り続けるという、よくある良くない催しである。


「なぁこれ、お前のやってるゲームじゃね?」

「……確かに、なんかニュースになってんのか」


 レポートを仕上げるためにノートPCをいじっていたはずの友人から「ちょっと」と呼ばれ、蒼乃深也は開かれていたニュースサイトを覗き込んだ。

 両脇を肌色多めな広告で固めた記事には、ゲームプレイ中での失踪や死亡など、これまた読んでいるだけで知能指数が下がりそうな、センセーショナルな見出しが並んでいた。


『VRゲーム中の失踪事件、また発生』

『社会不適合者を量産する企業の責任は!?』


 ゴシップ誌のネット記事に対するネット掲示板やSNSの反応をまとめたサイトようで、引用元のURLの多さも良い味を出していた。

 お手本のような出来の良さに深也は鼻で笑うことすら出来ない。


「読みづれぇ……まとめろよ、まとめサイト」


 発端となったゴシップ誌の記事は見出しだけを残して何十倍にも希釈されてしまっており原型がない。

 サイトのメインもその記事につけられたコメントとなっている。

 それも事件の内容に対するコメントではなく、ゲームプレイヤーと製作会社へ批難が向くように選抜されたコメントだけで塗り固められていた。


「いつまで社会不適合者の量産を許すのかって……こんだけ時代が進んでもマスコミのゲーム憎しというか、ロートル具合は変わらねぇな」


 ただの悪口をどれだけ堅苦しく書けるかどうかに心血をそそいで出来上がったコメントの山に深也は目が斜めに滑っていくのを止められない。

 メディアの見え透いた世論扇動とそれ釣られた暇人の群に呆れた様相の深也だが、友人は対照的であった。


「そうか? 正直なところVRゲームはまだ怖いよ俺は。そこのとこはお前も同じじゃないのか?」


 VRはゲームでの運用以前に技術として黎明期にある。

 これが突如として現れた天才科学者により黎明期を飛び超えて産み出された娯楽への総意である。

 プラグ通して人間の感覚へ直接訴えてくる表現力の怪物の生誕は、凡百の集合知からしても『天才科学者の出現』で片付けていいスケールではなかった。

 未だ想定されていないアクシデントケースがあるのではないのかと議論は尽きないのも当然ではある。

 ただ、この世界は怪物の恩恵を受け取りすぎていた。


「まぁ……なぁ。けど、失踪とゲームとを結びつけるのは無理がある。子供ガキなら単なる家出のが可能性だってあるだろ。あとバイタルアラーム無視して長時間プレイし続けてたら、そら死ぬぜ?」

「そら死ぬて……選べる死に方としてはマシな方なのか……?」


 役所への届け出が必要なゲームは違うなぁ、と友人は深也と自分との間にある死生観の”ズレ”を揶揄するようにページをゆっくりとスクロールさせていく。

 彼はまだ”マシかどうか”なんて判定基準を『死』に持ち込めるほど、なし崩しで生きていない。

 記事に書いてある意見についても、不安視することと、不安を煽ることの違いは判別できている。


「ご時世なんだろうけどさ、どうせ死ぬならゲームの海がいいと思っている若者が増えた、だってさ」

「首吊りに使えるからって縄跳びに難癖つけるようなもんだ」


 憤るポイントがやはりどこかズレているが、深也もそんな風潮をわざわざ広める意味が分からないという見解である。


「記事の中のゲーム……たしかVRの開発したところの製品なんだよな」

「あー…そうか、尚更注目されてるわけだ。この会社への信頼というか株価が安全の担保なわけだしな」


 記事にはゲーム開発元のシー・パレード社の社長、陸奥国 六郎の画像が添えられていた。

 白髪をオールバックに撫でつけた壮年の男は、背景との遠近だけで分かるほどの長身と鍛え抜かれた体躯の持ち主であった。

 そんな歴戦の古強者のような風体は、糊のきいたスーツを完璧に着こなすことで理知的ビジネスマンとしてまとめ上げられている。

 聡明さと頑強さ、およそ隙が見当たらない。

 記事の画像は何かのインタビューに応えている最中に撮られたようで、写真の中の陸奥国は目じりに緩やかな下り坂を作り、僅かに口角が上がっていた。

 人当たりの良さは見る程に十分だが、どこか作り物めいてもいる。

 先ほどまで記事の内容に対してもっぱら同意しかねるというスタンスを取ってきた深也が初めて眉をひそめた。


「……こんな面白みに欠けた顔してるのがVRの産みの親なんだよなぁ」

「お前、開発者は嫌いなんだ?」


 国営放送の開発者インタビュー映像やゲーム関連の雑誌など、様々な場所で見てきたはずなのだが深也の中の陸奥国に対する印象は異様に悪かった。


「これだけか? なら俺もう課題に戻るぞ」


 もう他に、というか最初から最後まで見どころの無かった記事に飽きて深也は席に戻ろうとする。

 その直前に、画面から視線を外そうとした瞬間に、インタビュー画像の下に添えられた注釈文が深也の目端についた。

『界……の対応に……補……任命された』

 だが、無闇に長く小さな注釈文をわざわざ丁寧に読み取ることなどない。

 そしてこれがこの後に起こる引き返せない深みへと至る前の、貴重な帰還ポイントだと見極められるはずもなかった。

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