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DIVE / DIVA  作者: 葉六
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3話 ドリンキングスナック

 基本的にこの街の人間は快活と下品と腕力、少しの知性で成り立っている。

 調子が良ければ豪快で横暴で、都合が悪くなれば卑屈で小賢しくなる。

 それが示すのは金銭が背景にあるならば適切なやり取りのようなものは出来るということ。

 人となりの”アク”だの”クセ”だのが強かろうと札束ではたけば大抵大人しくなる。

 騒がれたところで暴力で次の日の朝くらまで物言わぬ状態に出来るし、そうしてもよい。

 せいぜいが恨まれる程度だが、

 そんな街で本気で恨まれるということの意味は観光客でも察しが付く。


 アークスの店主グラッグが深也へ催促するかのように髭を蓄えた顎をしゃくった。

 巨大な絵筆のような髭が揺れる様はどこかコミカルで愛嬌がある、本人が笑顔であればだが。


「さっさと依頼したモン出して、とっとと帰れ。お前が来ると店の空気が悪くなってしょうがねぇ……」

「そうか? いい雰囲気に見えるけどなぁ」


 グラッグの無愛想に対して放った深也の皮肉に店にいた客の温度ボルテージが分かりやすく上昇した。

 店内の人だかりから小声で深也への恨み節の合唱が始まる。


「(アイツ!……この間ウチの連中を切りまくった奴じゃねぇか!!)」


 右からは自分達から仕掛けておきながら壊滅寸前で済ませてもらった海賊たちの怒りが。


「(手懐けかけてた”海凶”を無手でくびり殺したイカレ野郎が……どれだけバンダナ共に払ったと思ってやがるんだ……!)」


 左からはネジの吹き飛んだ商売をしようとしていた密売人バイヤーくずれたちの嘆きが。

 その他にも店内のあちこちから投げつけられる恨み辛みの視線と罵倒の多さに深也は内心でタメ息をついた。


(恨まれてんなー)


 本来であれば、この恨み節と同じくらいに感謝の言葉があってもよいはずだが、

 街が街なので今のところ深也は小耳に挟んだことすらなかった。


(まぁ現実リアルに寄せるって本来こういうことか)


 このゲーム自体が、善行も悪行も好きにすればいいと言わんばかりの放任主義、例えば戦闘面でもそれは遺憾なく発揮されている。

 ステータスとなる要素もなければ特殊スキルの獲得のような要素もない……おそらくは。

 もう、この隠す気のない罵詈雑言は飲み屋のBGMみたいなものだと諦めて深也は持っていたカバンから大ぶりの結晶をカウンターへぶちまけた。


「ほらよ、依頼通り。レベル2の海魔石6つな」

「……8つあるぞ」

「ああ、それな。またランブルエッジの噴出機構がダメになったみたいだから追加だよ、修理代」


 グラッグが露骨に顔を引きつらせた。

 深也の装備しているアビスフレーム、【蒼炎】は自分の店で購入していったものだ。

 納品の際にどこで試運転するかも、それとなく聞き出していた。

 危険な海洋生物が跋扈するような海域ではない、何故ならそこでは海賊が幅を利かせている。

 そこへ行って壊れて帰って来た。


「じゃ、頼むわ」


 軽く手を振ると当の深也はカウンターに片肘をついて煙草と酒瓶がズラリと並んだ棚を眺め始めた。

 注文を考えている間に見積もりを済ませろということなのだろう。

 さっそくランブルエッジの内燃機関を分解に取り掛かりながらグラッグが尋ねる。


「……エアソリッドシステムは問題なく起動したのか?」

「ああ、ちゃんと起動した。音声なんであれだが、気になるほど動作遅延ラグは無かったな」


 エアを吸引する装備者の声には特殊な波長が生じている。

 エアソリッドシステムの起動には、その性質が利用されていた。

 あらかじめ設定されているシステムのコード名と、エアを吸い込んだことで生じる特殊な波長を紐づけることで声紋照合のような起動方法を可能にしている。


「むしろ使って気になったのは燃費の悪さだな。火力は申し分ないんだが……それも燃費の悪さに見合うほどかと聞かれるとな」


 ぼやく深也を横目にグラッグはランブルエッジの刀身を傾けては光の反射で歪みや破損箇所を確かめていく。


「故障もそれが原因か、刀身が膂力と加速耐えきれてない(コイツ、使ったってことはそういう……)」


 刀身にそういう痕跡は残っていない。

 だが深也が口にしたのは、つい先ほどまで人を斬っていたと言ったも同然の言葉である。


(海水で洗い流されたか)


 軽く刃に触れてみて感じる残った動物性の脂肪特有のぬめりが指先から這い上がった。

 一瞬固まるグラッグを怪訝な表情で深也が覗き込む。


「ん? なんか問題あるか?」

「いや、そんなことあるわけないだろう……次は海魔石だな」


 とはいっても、これ以上この血まみれな話にグラッグが肝を冷やす必要はない。

 自分の仕事に専念していれば深入りすることはなく、前掛けのポケットからルーペを取り出してカウンターに置かれた海魔石の1つを手に取った。


「状態がいい、何より大ぶりだ。この大きさで、この純度ならレベル3相当……コアにも使えそうだな」


 海魔石は海にあふれる微細なエア、それが潮流や水圧、または海凶の体内で不純物と混ざりあって出来上がる。

 一定割合の不純物が繋ぎとなることでエアの大気中で散ってしまうという特性を抑制するのだ。

 設けられた等級レベルはこの不純物の割合に反比例している。


「お…ッと気の抜けない」


 鑑定に集中するあまり一瞬こぼしそうになったところをグラッグは慎重に海魔石を包装材と共にケースへと移していく。

 額には冷や汗が噴き出ていた。

 海魔石は高いレベルになるほど不純物が少ない、つまりそれだけ原材料であるエアに近い状態であるということ。

 三態の移行もスムーズかつ出力にも優れている。

 しかし、不純物の少なさは"繋ぎ"の弱さの裏返し。

 高レベルの海魔石の不安定さは取り扱う技術者に高い知識と技能を要求する。


「よし当初依頼した分の鑑定は済んだ。で、ランブルエッジは預かるわけだが、当面はどうするんだ」

「テンペストがあるさ、新しい海層だとむしろ燃費も取り回しもいいコイツがメインになる」


 そう言って深也はガンベルトに収まっている鈍い銀色の2丁の拳銃を撫でた。

 大型の、特に長く設計された銃身が肉厚なダガーとなっている。


「そいつなら、よほど無茶な使い方をしない限りは壊れないだろうな」


 深也から預かったランブルエッジをカウンター下にしまいこみ、修理代である残る2つの海魔石に手を伸ばすグラッグ。

 その伸ばされた手よりも早く、深也の背後から突如として刺し込んできた鋼鉄の拳が海魔石の内の1つを殴り壊した。

 エアへの回帰による爆風と共に飛び散る破片を片手間で弾きながら、カウンターにめり込んだ鉄拳に目を白黒させる深也。

 挨拶のついでくらいの感覚で拳が飛び交うのは珍しくないが自分に向けて振るわれるのは久しい。

 背後に立っている何者かを確かめようともせず深也は文字通りの鉄拳をしげしげと眺める。


「義手か?……あーなるほど? グラッグ、この店いつから人身なまものの売買も始めたんだ?」

「んなことするか!」

「腕の買戻しかと思ったんだが、なんだ違うのかよ」

「当たり前だ! あーもう!俺は関わらねぇぞ!!」


 髭をぐしゃぐしゃと搔きむしりながらグラッグが悲鳴に近い愚痴を吐く。

 じゃあ何なんだよ、と深也は面倒くさげに振り向く。

 背後には光沢のある見事なスキンヘッドに血管を数本浮かび上がらせた大男が立っていた。

 思わず見上げる深也、2メートル近くある背丈の男が見せつけるように指を鳴らす。


「うーわ、キッツ」


 あまりに”ありがち”がすぎる。

 それは昨今の創作物で擦られまくり、遂には比喩でもなく親の顔より見た展開だった。

 胸焼けと男臭さに深也は喉奥が酸っぱくなるのを感じた。

 夕飯がまだで良かったと思わず安堵する。


「はぁ…なんか用でもあるのか? 今砕いた魔石分の代金を払うって話なら付き合うが」


 あるわけのない可能性にそれでも賭けて深也は男に最終確認をする。


「ああ払ってやるよ。"この後"に、お前の言い値でな」


 人を見る目を養うほど人生経験を積んでいない深也でも分かるレベルの人相と言動で非常に有り難かった。

 コイツは話にならない、こんな比喩でもない極論を結論にできる。

 深也はカウンターに向きなおった。


「グラッグ、早いとこ会計を済ませてくれ。1つなくなった分はこのハゲに請求ツケとけ」


 この深也の態度に今度こそグラッグはひっくり返った。

 なぜ今、男に背後を晒すのかと。

 そんな隙を見せながら、そんな煽るようなことを言ったら、そんなのはもう殴るしかなくなってしまうだろう。


「俺は関わらないって言っただろうが! いま受け取ったら俺まで巻き込まれる! 解決してからに、おいッ!うしろぉ!!」


 男の鉄拳は深也の後頭部を捉えていた。

 それを、うなじでも掻くように回した深也の手がを遮る。


「痒いなァ、オイ」


 深也の声のトーンが下がった。

 どうやら"あんなの"が見逃してやる最後チャンスのつもりだったらしい。


「おいおい!シン!! ケンカはしても店を壊すな、汚すな!」

 「さっきの爆発で大方おじゃんだろうが」


 店主であるグラッグの懇願はもっともだ。

 だが、既に先程の爆発で店の窓と入り口は吹き飛び、

 テーブルと椅子、客すら逆さになっている後の祭りでそんなことを言われると深也も釈然としない。


「だいたい店汚すなってのもそうだ、"いつも綺麗に使って頂き有り難う御座います"みたいな場所トコで何言ってんだ」

「その”いつも”とやらは、お前が初めてこの店に来てからの話だよ!!」


 半狂乱になって喚きたてるグラッグを無視、深也は鉄拳を払いのけて男の方へ再度振り向いた。


「義手なぁ。髪は品切れだし、手も残すは1本だけか。下にある足の形した髪束2本は……頭に植え込んだりするのか?」

「俺の右手はお前に落とされたんだよ!」

「我ながら笑える冗談だと思ったんだけどな。あと、いちいち覚えてねぇよ。どこで誰のどっちの腕を切り落としたかなんて、これっぽっちも覚えてねぇよ」


 どうやら以前戦ったことのある海賊くずれらしい、と分かったところで深也には感慨も何もなかった。

 つまり海の中でのことだろう、アビスフレームを装備しているのだからヘルムで見えない顔など覚えようがない。

 自分シンに限って言えば例外なので単純に覚えていないわけだが。

 では本当にそんなことがあったのかなどと、矛先の向けどころの正誤を精査する段階は通りすぎている。

 確定したのはハナから喧嘩でおさまる程度の恨み事ではなかったこと、その証拠に今の深也の煽りでさらに男の怒りに燃料がかかった。


「!!!!!」


 もはや言葉になっていない、怒髪天をつく咆哮を男が上げた。

 掴もうと開かれ、迫ってくる巨大な掌。

 体格差を活かした掴み(グラップ)からテイクダウン、そこからの絞め落としが狙いか。

 いなすことなく深也も真向から掴み返す。

 そしてゆっくりと男の両拳を握り潰した。

 殊更念入りに、懇切丁寧に。

 砕けた骨が肉を突き破らぬよう、勢いに任せず、磨り潰すよう、粉々に。


「なんかチョークみたいだな、お前の骨」


 骨の鈍い低音、軟骨と間接の泡立つような快音、鉄製の義手からも小気味のよい重低音が鳴り響き、男の悲鳴をかき消した。

 あまりの激痛に耐えかねて腰が抜けて落ちてきた男の頭部、深也はその顎先に躊躇なくヒザを打ち込んだ。

 一瞬、神からの啓示でも受け取ったかのような姿勢になった後、男は静かに崩れ落ちた。

 僅かに震えているところを見ると神様的には来てほしくなかったらしい。


「済んだぞ、血は出てない。店も綺麗だ」

「見りゃ分かる!! あークソ!なんて日だ! 見ろ! 客の酔いがさめちまってる!」


 爆風を浴びて無理やり逆立ちさせられたのだから百年の酔いも覚めるだろう。


「明日の今頃には、いつも通りまたバカ騒ぎしてるさ。それよりも会計だ」


 深也は倒れた男から金品を物色してそれをカウンターに置いていく。


「受け取らねぇぞ! 恨まれてややこしくなるって言ったろうが!!」

「海賊にも密航者バイヤーにも酒だして盗品だろうと取り扱う店のマスターが何言ってんだよ」


 そう言って深也はグラッグの頭をガシリとつかんでみせたかと思うと唐突に撫ではじめた。


「撫でてやってる内に済ませろ」

「……! 分かった!分かったから!」


 グラッグにとって今しがた脳裏に焼き付けられた光景と合わせて、それは最後通牒に等しかった。

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