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一ノ段



姫路城の天守閣に長壁なる妖姫が住む事を。

「其身は人間のごとく、八百(ひき)のけんぞくをつかひ、

 世間の眉毛をおもふままに読て、人をなぶる事自由なり」

『西鶴諸国ばなし』より




 今の姫路城の天守にあたる奥の曲輪で、町ノ坪弾四朗なる侍が家宝の皿を口に咥え横死したのは、永禄7年(1564年)の八月、蝉も鳴き声をとうに潜めた夜半過ぎであった。

「さて」

 町ノ坪の死体を目にして、そう呟いたのはこの姫路城を守る黒田職隆の長子にして清廉潔白の青年武士黒田官兵衛。その側で白粉で化粧し女装した、珍妙な様相のまま立ち竦むのは官兵衛の幼馴染であり、目付け役として従者を勤める八代又助。


 天井に蜘蛛の巣を無数に作るこの奥の曲輪(くるわ)で、二人が如何にして町ノ坪の怪奇なる死に様と相対したか、それにはこういった経緯がある。


 この日の暮れ時、播磨灘(はりまなだ)での舟遊びを終えた二人は、姫路城に帰る道筋である噂を話していた。それは姫路城の奥の|曲輪に住み、そこで一夜を明かした者を祟り殺すと言われる長壁姫(おさかべひめ)なる妖怪の噂で、この時、道中で会った町ノ坪がこれを聞きつけた。

 町ノ坪という武士は、黒田家の主家小寺の家臣であったが、さる理由から姫路城に逗留しており、その閑暇を持て余した挙句、酔狂者であった彼は、この話を聞いて即座に自身の武勇を示すという名目で、奥の曲輪に泊まるという肝試しを行った。

 町ノ坪の常日頃からの酔狂ぶりに、いささかの不満を抱えていた官兵衛は嫌がる又助を説き伏せて、黒田家所蔵の豪華な打掛(うちかけ)を纏わせ、女中連中に命じて化粧をさせると彼を長壁姫と仕立て上げ、深夜に奥の曲輪に行き町ノ坪を驚かそうという算段を整えた。



「その結果がこれだよ。なんてこった」

 町ノ坪の死体が城の衛士によって簀巻きにされ運ばれている頃、化粧を解いた又助が嘆息を漏らした。

「なぁ又助、俺らが町ノ坪の旦那の死体を発見した時、周囲に人は居たか? 隠れられるような所は?」

「いや居ない。私達が一本道の廊下を通って、奥の曲輪の部屋に入るまで誰一人として擦れ違わなかったし、また隠れられるような場所は無い」


 官兵衛がこういった事を気にしたのは、町ノ坪の異様な死に方が気にかかった為であり、この戦国の時代にはままありうる、乱波などの間諜(スパイ)による暗殺を危惧しての事だった。


「だが、まさか本当に長壁姫の祟りなんて物があるなんて……」


 しかし又助は官兵衛の思惑を外れ、町ノ坪の死の原因が長壁姫による不可思議な物だとばかり信じていた。その又助の様子に、戦国時代特有の合理主義を備えた官兵衛は落胆し、自身の考えを示す。


「祟りだってんなら、そりゃ等閑(シンプル)だぜ。でもよ、俺らは町ノ坪の旦那を驚かす頃合を見計らって、奥の曲輪に一番近い詰所に隠れてただろ。そこで何人か、この奥の曲輪に人が行き来してたのを見たはずだ」

「確かに、小姓や女中なんかが数人出入りしていたな」

「でだ、その最後に女中が一人と小姓が一人、連れ立ってここを出てったのを見て、この部屋に旦那以外に誰も居なくなるのを確認して、俺らは一本道の廊下を通っていき、結果として旦那の異様な死に様を発見したという訳だ。これがどういう意味だか解るか?」

「解らないな」

「口に皿をぶち込んで死ぬなんざ、並みの死に様じゃねぇ。自然勝手に死んでそうなるもんじゃない。なら誰かが、それこそ乱波かなんかが殺したって事だ。それは女中と小姓がこの部屋を去ってから俺らがこの部屋に来るまでの、ごくごく短い合間に事を為遂げられたって話さ」


 又助は官兵衛の話を聞いて、ううむと唸って顔を伏せ思索を始めていた。又助は生真面目な性格で、何事もひたすら思索すれば答えが出ると信じる性質であるが、合理的な判断を下せず、一方、官兵衛は合理的な反面、思考を苦手とし事実の考察などは人任せにする事が多い。


「禰子ー、いるかー」

 しかしそこは適材適所、そういった二人を補うように、いつも二人の側に控える女性が居た。

「呼んだ?」


 官兵衛に呼ばれて、黒田職隆の侍女である禰子は何処からともなく現れると武家に仕える子女にしては短いかむろ髪を揺らして、官兵衛と又助の間に入った。彼女は生来の噂好きが高じてか、家中や近隣諸国の物事に明るく、とかく情報を仕入れるのが上手かった。そういった点を買われて、姫路城下の商家の娘であるにも関わらず、城主職隆付きの侍女として姫路城に入り、幼い頃から官兵衛達と同等に付き合ってきた、気の知れた仲であった。


「官ちゃんも又ちゃんも、大変だったねー」

「まぁそりゃいい。それより禰子、この部屋で町ノ坪の旦那に会った小姓と女中、全員調べられるか?」

「それくらいお易い御用なのよー」

 言うが早いか、既に禰子は立って駆け、官兵衛と又助の前から姿を消していた。

「あの調子じゃ、禰子もいずれは乱波になれるな」

「さてな、親父はもうそのつもりで側に置いてるみたいだぜ」

「マジか……」


 黒田家の誇る女乱波、禰子の足音は既に聞こえてこない。



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