第75話『フクの絆サッカー』
チームはとても状態が良いと感じました。
両サイドからの切り崩しによって、藤井大井高校は混乱しているようにも見えます。
ボールがセンターサークルへ戻ってきました。
相手キャプテンの望月さんが、必死になって鼓舞しているように見えます。
ベンチからも監督さんの怒号が飛んでいました。
U-17代表のキャプテンが率いる、サッカーが盛んな都市から代表選出された我が高が、創部1年目の初出場高校に負ける訳がない…。
そんな空気は今回だけじゃなく、毎回あります。
桜先輩は、それを油断と表現しました。
僕は違うと思います。
その空気が、本来あるべきもので、創部1年目の初出場高に、最初から緊張感を持って、本気でぶつかってくる方がおかしいと思うのです。
相手高のほとんどの選手は、中学以前からやっているかも知れません。
そんな人達だからこそ、1年生に何が出来ると感じるはずです。
「おい、フク。」
そんなことを考えていたら、となりで腕組みをしている天龍先輩に話しかけられました。
「はい、なんでしょう?」
「次はおまえがゴール決めろ。」
「えっ?ここは天龍先輩のハットトリックの方が…。」
「馬鹿野郎。おまえの存在感を示す、最高の場面だろ。先の事を考えろ。」
そりゃぁ、相手にとって不足はありません。
だけど、浮足立っているかもしれませんが、相手は百舌鳥校と決勝で戦うだろうと予想されるほどの強豪校。
そう簡単には得点出来るとは思いません。
それに桜先輩は、得点王も欲しいと言っていました。
少しでも有利になるよう、天龍先輩には取れるうちにガンガン決めて欲しいのが本音です。
「トドメを刺せ。おまえがな。出来なければ…。」
じょ、条件付きですか?
「大会が終わるまで、おまえとは口を利かない。」
えっ…、えぇっぇぇぇぇぇーーーーーー!?
「い、嫌です!」
「だったら決めてこい。フォローはしてやる。いいな?」
私は泣きそうになっていました。
大好きな天龍先輩と話も出来ないなんて、辛すぎです。
耐えられません。
「俺は約束は守るからな。わかっているな?」
そうです。先輩は誓った約束は、尽く守ってきました。今回のも半端な気持ちで言っている訳ではないはずです。
「わかりました…。やってみます。」
「それじゃぁ駄目だ。」
うぅ…。
「やります!絶対に決めます!」
「うしっ。その意気だ。頼んだぜ。」
ピィィーーーー
試合再開です。
僕は極度の緊張に包まれていました。
敵は望月さんを起点に、どんどん攻めてきます。
まずは1点返して、試合終了の笛の前に同点に持ち込みたいはずです。
形振り構わず攻撃を仕掛けてきました。
望月さんと対峙する場面の多い、いおりん先輩も防戦一方でした。
それに、さっきの得点の為に、かなり体力も消耗しているようです。
天龍先輩も浅いところでのボールには、果敢に守備にいっていました。
僕はポストプレイも求められているので、最前線、一番前で仲間の守備を見守ります。
緊張します。
こういう時は、一瞬で勝負が決まるパターンだからです。
じっくり攻め上がるのではなく、カウンターでくるはずです。
その一瞬を見逃せば、敵はあっという間に追いついてきて囲まれてしまいます。
しかし、なかなかボールはきません。
相手は、時にはじっくり丁寧に、時には一瞬でゴール前へと、多彩なボール運びでゴールが脅かされます。
かなり無理していると遠目にも分かります。
ミーナちゃんのファインセーブもあって、得点にはいたりませんでしたが、かなり危険な雰囲気がします。
その時、初めて僕は気が付きました。
ボールがこないことに、安堵している自分に。
このまま試合が終わってくれることに。
こんなんだからダメなんです。
もっと貪欲にゴールを狙わなければ、敵から恐れられることもなく、天龍先輩にばかり負担がのしかかってきます。
あっ…、くる…。
部長が相手FWとのヘディング勝負に勝ち、こぼれ球をジェニー先輩が拾いました。
前にいる桜先輩にパスが渡った瞬間、僕は走り出しました。
だけど、警戒していた相手の大柄なDFさんが並走してきました。
どうやら読まれていたようです。
というか、最前線は僕一人でしたからね…。
ガシッと肩と肩がぶつかりました。
その勢いにヨロっとすると、ボールを蹴り出されクリアされてしまいました。
タッチラインを割ってしまいました。
敵のDFさんがニヤッと笑いました。
まるで、おまえで助かったと言わんばかりです…。
プチンッ
何かが切れた音がしました。
そこへ、天龍先輩が駆け寄ってくれました。
「フク!」
ハッと我に返ります。
「しっかりしろ!」
そして両手で両頬を抱えられます。グイッと顔を先輩の方へ向けられました。
先輩…、近いです…、顔が…。
「いいか、気持ちで負けんな。フクならやれる。ここが踏ん張り時だ!」
僕は小さく頷きました。
「僕がゴール決めたら、思いっきり抱きついていいですか?」
先輩はキョトンとしたあと、最高の笑顔を見せてくれました。
「あぁ、勿論だ。」
僕の中で、何かが燃えていました。
「そんで、桜を決勝へ連れていくぞ。」
あっ…。
僕はまだまだでした。
ただのサッカー好きだった僕を、こんな凄い場所に連れてきてくれて、そして尚且つサッカーの楽しさを教えてくれた桜先輩の為に、もっとFWとして成長しないといけないと、常日頃考えていたはずです。
なのに…、なのに僕は…。
ドンッ
背中を叩かれました。我に返ります。
「さぁ、行くぞ!」
「はい!」
僕の中で、負けるか!という闘争心のスイッチと、天龍先輩からご褒美を貰う為の、やる気スイッチと、そして仲間のために戦うんだという、勝負のスイッチが入りました。
そしてもう一つの後悔しないスイッチが強制的に入ります。
先輩達とは、この試合を含めて3戦しかプレー出来ないという事実を受け入れて、覚悟を決めるスイッチです。
悔いだけは絶対に残したくない。
未熟な僕に、先輩達は愚痴一つ言わないで導いてくれました。
それに応えなければなりません。
そして来年、先輩達は一人もいません…。
…………。
今のままじゃ駄目だ。
何回もそう思ってきたはずです。
本当に僕はバカでした。
このままじゃ、絶対に後悔します。
疲れているはずなのに、集中力がどんどん高まっていくのが分かります。
望月さんからの鋭い攻撃が続いていました。
あの人は、桜先輩やジェニー先輩と同じステージで戦っていました。
だからと言うわけではありませんが、流石と思わせる活躍をしています。
しかし、我がチームの守備陣は、その攻撃をことごとく跳ね返しています。
クソッ!
僕はなんて不甲斐ないんんだ。
あんなに必死に守ってもらって、やっと送り出したパスを1本無駄にしたんだ。
次は決める、絶対に!
だけどかなり押し込まれていました。
望月さんが右サイド、いおりん先輩を交わしドリブルで攻めていきます。
そこへリク先輩がしつこくまとわりつき、フォローにきたソラ先輩と囲んでボールを奪い取りました。
あの、望月さんも辛そうでした。
両膝に両手を付いて、苦しそうでした。
そうです、敵だって辛いんです。
僕らは2点差で勝ち越していますから。
だからこそ相手守備陣も必死になって…、文字通り必死になって守ってくるんです。
僕はそこを突破しなければなりません。
いえ、突破するんです!
僕らの絆サッカーが日本一だと証明する為に!
ボールはカウンターとなって直ぐに前へ前へと運ばれてきました。
再び桜先輩がボールを受けると、僕の周囲の緊張感が高まります。
相手DFは既に僕を視界に入れてマークしています。
桜先輩は僕より手前にいる天龍先輩へパスを出しました。
敵DFがあっと小さな声を上げた瞬間、僕はゴールに向かって走り出しました。
ボールは天龍先輩に渡り、ダイレクトで大きく、無人の敵陣へと蹴り出されました。
どうしてパスがダイレクトでくるのが分かったのか、頭では理解出来ていません。
そんなの理解する必要はないのです。
これが…、これが桜先輩が目指す絆サッカーだと思うから!
僕は、それこそ必死になって走りました。
直ぐ後方には敵のDFが走ってきています。
天龍先輩から送られた、仲間が守りきって送ってくれたボールを受け取ると、僕も気が付かなかった最後のスイッチが入りました。
それは、欲張りスイッチでした。
僕は勝負に勝って、ゴールも決めて、天龍先輩からご褒美貰って、悔いも残さない、全部、全部欲しいと欲張りました。
控えめで地味な事を好むと、自分のことを分析していたのは、ついさっきまです。
どうやら、人並みに欲もあったようです。
だったら、本能の赴くまま戦います!
ゴールは近いです。ペナルティエリアに近づくと、敵のGKが飛び出してきました。
後ろにいるDFと挟み撃ちにするはずです。
恐ろしいほどの集中力が、僕を覆いました。
GKとの距離、DFとの距離、ゴールの位置…。
全てを把握しながら走っているみたいです。
少し左にそれつつ、タイミングを合わせます。
何のタイミングかって?
それは…!!
僕はその瞬間、無理やり急停止しボールを押さえ込み、後ろのDFが止まりきれなくて僕を追い越す瞬間に、右へ方向転換し猛ダッシュしました。
敵のDFとGKが激突します。
顔を上げれば、無人のゴールが待ち受けていました。
僕は思いっきりゴールに向かってボールを蹴り込みました…。
ピィィィィィィィーーーーーーー!!!!
ゴールを知らせる笛が聞こえました。
やった…。
やった…。
「ヨッシャーーーーーーーーーーーッ!!!」
天龍先輩がゴールを決めた時の真似をして叫びました。
「ナイスシュートだぜ!!」
直ぐに先輩はやってきました。両手を広げる先輩に向かって、思いっきり飛び込みます。
グッと強く、強く抱きしめてくれました。
僕は涙が零れていました。
僕も思いっきり抱きしめました。
先輩とは、後2戦しか一緒に試合が出来ません…。
後2ヶ月もしたら学校からも居なくなってしまいます…。
先輩…。
「もう、お前に託すことはないな。」
先輩の言葉に顔をあげます。
「泣くな、馬鹿野郎。まだ試合は終わってねぇぞ。」
「は゛い゛…。」
「もう一つ、仕事が残っているだろ。」
そうです…。桜先輩のことです。
「福ちゃーーーーん!!」
その桜先輩が抱きついてきました。僕は二人の先輩を強く強く抱きしめました。
「もう少し!油断せずにいくよ!」
「は゛い゛!!!」
だけど試合は、このまま両者見せ場もなく、試合終了の笛を聞くことになりました。
「3-0、桜丘学園の勝利です。」
「ありがとうございました!」
両者が礼を済ませ、握手をしました。
僕は相手DFの人とかわします。
「最後凄かったぞ、このまま百舌鳥校も倒してくれ。」
僕は左手も添えて答えました。
「はい!」
相手DFの人は、涙を零しながら、ニッコリ笑ってくれました。
お互い全力を出したと思っていると感じました。
藤枝大井高校のメンバーの人達は、ガックリと泣き崩れる人もいましたが、望月さんが一人ずつ、一人ずつ声をかけてベンチへと連れていきます。
「もっちー!」
そんな望月さんへ、桜先輩が駆け寄りました。
「私達、絶対に百舌鳥校倒すから!もっちーの分も頑張るから!」
その言葉に、望月さんは泣き崩れ、そして桜先輩が抱きかかえていました。
「百舌鳥校は…、んぐっ…、私が倒したかった…。そして桜さんを迎えにいきたかった…。」
「ありがとうね、もっちー…。」
そうか…、そうだったんですね…。
望月さんは、桜さんのトラウマを知っていたんですね…。
だから…、だからあんなに必死に…。
僕も涙が零れました。
色んな人が、桜先輩を助けたいって思っているんです。
こんなことって…、こんなことってあるのでしょうか…。
不意に肩に手が回ってきました。
天龍先輩です。
「次も絶対に勝つぞ。」
見上げて先輩の顔を見ました。
また一つやり遂げられたと、そう顔が物語っていました。
僕も何だか嬉しくなりました。
「フクのお陰で、次の試合もより良い感じで乗り込める。ありがとな。」
「先輩達が…。」
「ん?」
「最高の笑顔で卒業出来るよう、僕も頑張ります!」
「お前ってやつは…。」
天龍先輩は、涙でぐしゃぐしゃの僕を抱きしめてくれました。
寂しいです…。
でも、その気持ちよりも、もっともっと強く願いました。
先輩達と刻む桜ヶ丘女子サッカー部の歴史に、自分も堂々と名前を刻みたいと…。
そして、全員で最高の笑顔で優勝旗を掲げたいと…。




