第53話『藍の苦悩』
「そろそろ準備してください。」
きたきた。運営の人が呼びに来たよ。
ついに関東大会が始まる。なのに私は、相変わらずドリブル禁止だって…。
つぐは大との練習では、凄く褒めて貰っていて、本当は今直ぐにも試したい自分がいる。
でもね、それは誰もが同じ。歯がゆい感じ。そしてそのうえで、この強豪紅月学院を倒さなきゃいけない。
そんな厳しい条件を言ってくる桜ちゃん…。絶対にあの子は病院のベッドの中で泣いている。
笑顔で嘘のような厳しい事を言ってくるけれど、だけど自分に一番厳しいよね。
だから誰も文句も言わずついていける。
楽して勝つことが、どれほど難しいか、スポーツをやっている人ほど分かると思う。
根性や気合でどうにかなる問題でもない。
部活における過去の努力至上主義も、最近はかなり見直されてきたとは思う。
もしかして、私達はそんな昔からある部活のあり方とは、真逆の超効率主義で突っ走ってきたのかもしれない。
あの子は、そういう事を知ってか知らずか、迷わずこの道を走ってるよね。
既成概念にはとらわれない、駄目なら別の方法を直ぐに模索して、即実行。
これって新しい部活だから出来たこと?
いいや、違うよね。
あの子の行動力と、あの笑顔に誰もが騙されてもいいやって思っちゃう。
私もその一人。
だけど騙されて良かった。
思いっきり騙されてよかった。
だって、今私が立っているグラウンドは、関東大会の舞台なんだよ!
こんなに興奮することってないじゃない!
運営の人に付いていくと、広い通路に連れていかれ、今日の対戦相手である紅月高校と並ぶ。
強そう~…。
自信が漲っている表情。どこか負けるはずがないって雰囲気。
そんな強豪校を横目に、私だってね気合が入っているし、密かな目標もあるの。
勝てば勝つほど有名な競技場で試合するでしょ!
そこは、陸上で思いっきり走るのが夢だった場所なの!
トラックじゃないけれど、だけどそんなステージで走れるなんて最高じゃない!
だから私は、二つの夢を一気に達成出来るかもしれないという興奮もあるよ。
「そろそろ入場します!」
運営の人からの声で、緊張感が更に高まってきた。
前の方から審判3人を先頭に、ゆっくり歩き出した。出口が徐々に明るくなる。
あぁ、これってプロの試合でよく見る映像と一緒だよね。テンション上がる~。
少しの歓声と、予想以上に多かった拍手に迎えられグラウンドに向かっていく。
最後尾のミーナの後ろの後藤先生と可憐は途中でベンチに向かう。
センターサークル内まで移動し止まると、審判が振り向いた。
「これより、紅月学院対、桜ヶ丘学園の試合を開始します。」
部長と神田さんが握手をする。凄い睨み合い…。気合入ってる。
いや、桜ちゃんの取り合いみたいな気もするけど…。
コイントスを行い決定権を取ると、部長は迷わずボールを選択した。そう、私達は前半は全力で攻める作戦になっている。
礼を済ませ、自軍で円陣を組む。
「雰囲気に飲まれるな!」
「声出していくぞ!」
「まずは1点だ!気後れするなよ!」
色んな掛け声に混じり、私も声を張り上げた。
「勝って桜ちゃんを泣かせるぞ!」
一瞬全員が私を見た。だって、勝利を聞いたあの子は、絶対に泣くもん。子供みたいに…。多分、皆もそう思ったと思う。
「よし!いくぞ!舞い上がれぇぇぇぇ桜ヶ丘!」
「ファイ!オオオォォォォォォォッ!」
円陣が解かれ、私は左サイドへと走って行く。さっそく紅月学院の右MFが私を注視していた。
私も負けずに睨み返した。
ピィィィーーーーーーーーー
試合開始を宣言する長い笛が鳴る。
ボールは福ちゃんから天龍へ。そして後ろのジェニーに渡る。
私は前線に大きくジグザグに、軽く走っていく。ボールを持ったままジェニーはドリブルを開始した。
来るっ!
直ぐにピンときた。相手は私の俊足を全然警戒していないのが分かる。だってピッタリ張り付いているから。これだと初速で私は相手を抜いていける。
!!
ジェニーが逆サイドを見た瞬間、絶対にこっちに来ると直感した。私は一気にトップギアで走り出す!
案の定、敵は置いていかれ、ボールは私の前に転がっていく。
敵の右DFが駆け寄ってきた。
あぁァァァァァァ!!!!
このままドリブルで抜き去りたい!
だけど、それ以上に桜ちゃんを泣かせてやるんだから!絶対に解禁しない!
そう思った矢先、私の右後方に存在感を感じる。福ちゃんがいる。
この子はいっつも誰かをフォローしてくれる。
存在感を消して、ひたすら奇策を練ってくる。目立たないけど、とても頼りになるの。
私は敢えて、福ちゃんを飛び越してジェニーにパスを戻す。
それを確認した福ちゃんと視線が合う。
私の狙いが伝わった。
ジェニーとも一瞬視線が合う。
大丈夫。彼女にも絶対に伝わっている。
点取り屋の天龍には、二人がかりでマークが張り付いていた。彼女の数字上の実績からだと思う作戦なのだろうけど、それって他の攻撃陣を舐めているよね。
見せてやろうじゃないの!
敵MFがピッタリと私に付く。
だけど少し距離を置き、俊足を警戒しているのが分かる。更に前方では、敵DFも私の飛び出しに注意しているのが分かる。視線が熱いよ。
中央でボールをキープしていたジェニーに、また一人守備に駆け寄る。その瞬間ボールが動いた。
「あっ!?」
敵の誰かが叫んだ。もう守備がぐちゃぐちゃになってきている。
ジェニーは視線を天龍に向けてから、こっちにボールを蹴ってきた。
私へのパスだと思いこんでいた敵MFとDFが駆け寄ってくる。
そのボールを、まるでパスカットでもするかのように福ちゃんが中間で受け取る。
!?
敵守備陣に緊張が走った。
絶好のポジション、しかもフリーだからね!
「走れ福ちゃん!」
私の掛け声で、彼女はゴールへと駆けていく。
敵が守備ラインを復旧しようと動き出す。この辺の流れるような動きは、見ているこっちが気持ち良いぐらいだよ…。
誰がどうすれば良いか、しっかり分かっている感じ。県予選の時の相手チームの多くは、何となく守っている雰囲気もあったからね。
ゴール前が厚くなる。私は迷わず福ちゃんの後方へ飛び出す。
その動きに敵が付いてこられない。
後ろに目があるかのように、福ちゃんはバックパスする。私はそれをノートラップ、それもアウトサイドで引っ掛けるようにしてゴール前にパスを出した。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
天龍が大声をあげながらボールへ向かっていく。敵DFが二人で囲むように張り付く。彼女はジャンプする振りだけして動かない。
!?
天龍をマークしていたDFが混乱しているうちにボールは頭上を飛び越してしまう。
何事もなければ、ボールは転々と転がりラインを割ったと思う。
そんな訳ないじゃーん!
「Go ahead!」
そこへジェニーが駆け抜けながら、ダイレクトシュートをド派手に撃つ!
ドンッ!
しかし、敵DFが偶然出した足の裏に当たり、ゴール外へ飛んでいく。いやほんとに入ったかと思った。
あーあ。
いい感じだったけどなぁ。
おっと、今はどんどんチャレンジしていかないとね。
「大丈夫!大丈夫!」
私は桜ちゃんの真似をした。
それ見た誰もが笑顔で答えた。
皆わかってる。
今日の勝利は、桜ちゃんにプレゼントしたいんだって。
それは私達の成長の証であると共に、百舌鳥校への挑戦権でもあるの。
大丈夫、集中力もあるし身体も動けてる。
何だか攻撃のチャンスもありそうだし…。
だけどジェニーだけは凄く悔しそうにしていた。
最初はシュートを防がれたからって思っていたけど、彼女だけは焦っているようにも思えた。
「パスどんどん回すネー!」
そんな彼女の叫びは、どこか悲壮感もある。
それが理解出来るまで、それほど時間はかからなかった。
ボールが回ってきて突破口を探す。
あれ?
敵の布陣が最初よりも、色んな事に対応出来るよう変更されている。
これって、ドリブル突破もきついし、パスコースも前にはないよ…。
もしかして、もう私達の攻撃に順応してきたって言うの?
まさか…、これが彼女達の実力だっていうの?
そう、付け入る隙きがまったくない。これが組織的な守備なの?こんなのどうやって…。
焦りは私だけじゃなかった。
いおりんも福ちゃんも、そして天龍もやりづらそう。
ドリブルどころか、パスコースさえ見えないよ…。
待って、待って、落ち着いて。落ち着け私。
この守備をしていれば、絶対に点が取られないなんて事はないはず。
どこかに突破口がある。そうだった、パスを回して敵を疲れさせるってのもやらないと。
今はそこに集中して、じっくりと、そして一瞬の隙きを付くの。
うちらは今までにないほど激しく攻め立てた。
時には強引に中央へクロスを上げ、DF二人に囲まれながら天龍が何とかしようとする場面もあった。
そんな天龍を、福ちゃんは献身的にサポートしている。
逆サイドからは、良い感じのラストパスが上がってくる。
あぁ、なるほど。
バスの中で後藤先生が、桜ちゃんからの言葉を伝えていた時、うちらのチームは攻撃的だと言っていた。
いやいや、守備固いっしょ、って思っていたけれど、なるほど案外良い感じで攻撃していると思う。
中央のジェニーは突破力もあるし、ロングボールも軽々と放り投げてくる。
全員の封印が解けた時が、凄く楽しみな感じがする。
だけど、それで満足していちゃダメだし、今はそれどころではないよ。
それにボールを取られた後は、鋭い攻撃を受けている。
なるべく前でボールを奪おうとMF陣が奮闘しつつも、何度かシュートまでもっていかれていた。
油断すると、サクッと得点決められちゃうパターンだ。
紅月学院の神田さんは、言うだけあって上手かった。
攻撃的MFでありながら守備も上手いし、その攻撃もドリブル有り、パス有り、シュート有りで、どれも器用にこなしている。
特にドリブルは自信を持っているのか、結構な頻度で使ってきていた。
事実香里奈ちゃんでは辛そうだったし、そこからシュートまで繋げられると最終ラインも辛い。
だって、ドリブルメインで攻められたら、三つ子が奏でるオフサイドトラップも仕掛けられないじゃない。
ジリジリと追い詰められているよういな雰囲気を感じ取った。
何か手を打たないと、いつか点を取られる気がする。
攻撃している時間は、うちらの方が長いけれど、試合の内容では押されていると実感し始めていた。
きっと誰もが思っていたと思う。
フィールドに、ぽっかり大きな穴が開いていると。
その大きな穴を埋めていたのは、小さな小さな桜ちゃんだったってことを。
どうしたら良いの?桜ちゃん…。




