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お嬢さまと犬 契約婚のはじめかた  作者: 糸
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日常閑話 天邪鬼といちご

 ひばりは苺グッズがすきだ。

 本人は隠しているつもりらしいが、スマホケースのチャームがさりげなく苺だし、手帳も苺柄だし、よく見るとハンカチやノートなどいたるところに苺がまぎれこんでいる。

 にもかかわらず、以前、「苺がすきなのか?」と本人に尋ねたところ、「は?」とつめたく一蹴された。


「そんな子どもっぽいもの、わたしがすきなわけないでしょう」


 おまえの目は節穴なのか、とでも言いたげな口調で一刀両断され、「そうか」と律は顎を引く。なら偶然だったのか、と納得していたのだが、先日、結納式のまえにつぐみの家にひばりを送っていったとき、ひばりのボストンバッグにさがった苺のマスコットにきづいたつぐみがくすくすとわらいだしたのだ。


 ――ひばちゃん、あいかわらず苺がすきなんだね。


 なんでもお見通しというような姉の顔に、律はなんだか負けた気分になった。

 律が尋ねたときは一蹴したくせに、つぐみをまえにすると「べつにいいでしょ」と居心地わるそうにひばりが頬を染めているのも、解せない、と思う。


 そのひばりは今、律が運転する車の助手席で、


「見て見て、律。これねえさまにもらったんだー」


 と満面の笑みで、はばかりもなくシスコンぶりを発揮している。

 断言するが、ひばりはかなり強度のシスコンである。しかも、想いがうまく届かなかった時期があったせいで、こじらせている。以前は姉を貶める言動ばかりをしていたが、最近は律にならなんでも話してよいと安心しているのか、「ねえさま」の話ばかりをしてくる。


「知り合いの造形作家さんに教わってつくってくれたんだって」


 ひばりの十九歳の誕生日につぐみが贈ったのは、自身がデザインしてつくったシルバーアクセサリーのチャームだった。葉っぱつきの苺を取り巻くように春の花が咲いている。彫金は素人らしいつたなさが残るが、デザインのほうは画家だけあって洗練されていた。

 スマホにつけた苺のチャームをひばりは大事そうにいじっている。喜んでいるひばりを見ているのは微笑ましいが、同時に若干複雑な想いもよぎるのが男心というやつだ。


「おまえ、俺があげたものよりつぐみがあげたもののほうを大事にしてるよな」


 ちなみに律が贈ったのは腕時計である。

 ちょうどひばりの時計が壊れていたのを知っていたし、ひばりならアクセサリーより実用的なものを喜ぶ気がしたから選んだのだが、実用性の対極をいくような苺のチャームに負けている。勝ち負けではないのだが、でも負けている。


「はあ? あたりまえでしょ。ねえさまがくれたんだよ?」

「俺は世界でにばんめらしいからな」

「世界でにばんめであることを誇ったらいいよ」


 結納を済ませても、ひばりの世界のいちばんは絶対的につぐみであるらしく、律は二番手に甘んじている。ときどき不満に思わなくもないけれど、チャームを手にふんふんと鼻歌をうたっている婚約者はかわいいし、腕時計をいつもつけてくれているのも知っているので、にばんめに昇格したならいいか……と思いはじめてしまう。ひばりに飼い慣らされている気がしないでもない。


 カーナビに表示されていたルートを外れ、目的地である鹿名田の屋敷ではなく、すこし離れた海浜のほうに出る。

 ひばりの門限は八時だ。今は七時。ときどきやっている短い時間の迂回ルート。

 海浜公園のまばらな駐車場に車を止めると、ぽつぽつと対岸の工場が輝く海が見えた。ひばりはイルミネーションより、工場夜景を好む。人工的なところがすきなのだという。


「写真は撮らないのか」


 ひばりはすきなものを見つけると、たいていスマホのカメラを起動する。撮影して姉に送るのだ。

「うーん」とつぶやき、「いいや」とひばりは首を振る。


「これは律とわたしだけのものだから、いい」

「……へえ」


 ハンドルに腕をのせ、律は片眉を上げた。

 ひばりはあらゆる言動を計算し尽くしているくせに、ときどき素で破壊力がある言葉をぽろりとこぼす。


「あ、でもやっぱりねえさまにも見せたくなってきた」

「どっちだ」


 呆れて息をつき、チャームを引き寄せるひばりの手に手を重ねた。

 暗闇に淡いひかりを放つスマホを裏返してオフにする。「なに?」と胡乱げな顔をしたひばりのシートに手を置いた。


「写真はまたあとでな」


 そして、ようやく恋人になった少女にくちづけのおうかがいを立てた。

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