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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第三章

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96 オリビアのコラムとシロフクロウ

 淑女新報に掲載されたオリビアのコラム『森の薬草と日々の暮らし』は女性読者を中心にじわじわと人気が出た。

 第一回のテーマは『美肌と薬草』。


 お肌の潤いを保ち、日焼けした肌を健やかに回復させる薬草水の作り方と使い方だ。

 お肌の潤いと言えばキュウリパック、蜂蜜パックが中心だった王都の女性たちは、『薬草で美肌』という新しい美容法に食いついた。


 新しいコラムとあって「感想はこちらへ」と書いた住所には、続々と読者の声が寄せられている。淑女新報の営業担当トレヴァー・フィンチは、毎日配達される読者の手紙を見てホクホクしていた。


「出だしは上々。これは本当に宝の山かもしれないぞ」

「トレヴァーさん、彼女は期待できますね。初回からこんなに反響があるのは珍しくないですか?」


 話しかけてきたのは貴族の醜聞を担当しているアンガス。彼は茶色の巻き毛の髪をかき上げながらため息をついた。


「どうしたアンガス。ため息なんかついて」

「そりゃため息もつきたくなりますよ。こそこそと噂話を集め回って、腹を立てた貴族の使用人に何度も水をぶっかけられたりしているんです。いいですよねえ、トレヴァーさんは。美味しいご馳走を食べて、上品な記事を手に入れて。反響もばっちり。なんですか、この差は!」

「まあまあ、アンガス。一軒一軒家を回って契約を取っているときの私だって、君と似たようなものだよ。だが、こうしてたまに宝の山を掘り当てると、嫌がられながら契約を取ってきた努力が報われるというものさ」


 オリビアのコラムが週に一度の掲載と聞いて、今まで淑女新報と契約しなかった家から「うちはあの薬草のコラムが載るときだけ淑女新報を買いたい」という意見が相次いでいる。

 だがそこは営業担当者の腕の見せ所だ。


「週三回配達で月ぎめ。これが淑女新報の契約形態なんです。他の記事も十分お楽しみいただける内容ですので、いかがです? 契約。気にいらなかったら翌月に解約してもいいのですよ?」


 最近のトレヴァーは着実に契約数を稼いでいる。


     ◇ ◇ ◇


 一方、森のほとりのオリビアたちは、最近よく姿を見せるようになったシロフクロウのことを話題にしていた。


 馬小屋に集まってオリビアとおしゃべりしているのはダル、スノー、ロブ、それと馬のアニー、そしてルーカスだ。

 オリビアはアニーにブラシをかけながらしゃべっている。


「アニー、最近シロフクロウがよく来るんだけど、あなた見たことある?」

『ある シロフクロウ すぐ帰る』

「そうなのよ。ここに何をしに来るのかしらね。ダルは知ってる?」

『ボク 知ってる! ネズミ 捕まえてた!』

「スノーも見たことある?」

『ある ネズミ 丸飲みしてた』

「ロブは?」

『ボク 見てない』


 ロブは自分だけがシロフクロウの話題に参加できず、しょんぼりしている。

 オリビアはロブの丸い頭を撫でてから、ゴシゴシとアニーの体にブラシをかける。アニーはブラッシングされるのが大好きだ。


『背中 もっと ゴシゴシ』

「このへんかしら?」

『そう そこ ゴシゴシ』


 背中の痒いところを硬めのブラシでこすられて、アニーはうっとりと目を細める。その近くでスノーも毛皮のお手入れをしていたが、思い出したようにつぶやいた。


『シロフクロウ ルーカス 好き』

「えっ?」

『シロフクロウ 窓から ルーカス 見る』

「いつも?」

『いつも ルーカス 見る』

「そうなの……。私も一度だけ見たことがあるわ。窓の外からルーカスを見ていたのよ」


 しかし、シロフクロウはルーカスの母親が亡くなる前からこのあたりで暮らしていた。アオカケスに生まれ変わったリディアナとは話が違う。


(どういうことかしらね。あのシロフクロウが話をしてくれるといいのだけど)


 オリビアのそんな気持ちが通じたのか、翌日の夜、シロフクロウがやってきた。

 オリビアはルーカスを寝かしつけながら本を読み聞かせしていた。その本はオリビアが子供の頃にジェンキンズが王都で買ってきてくれた本だ。森の動物たちの絵と森の景色の次には猫、犬、スズメと街の景色が描かれている。文章はない。


 子供時代のオリビアはジェンキンズが読むと毎回話が違うのが不思議で、「その話はどこに書いてあるの?」と尋ねたことがある。

 するとジェンキンズは「この本は読み手が好きなように絵に物語をつければいい本なんだ」と優しく笑って答えてくれた。


「のー、にゃいいい」

「にゃいいい?」


 そっとルーカスの心を読む。ルーカスの記憶の中でスノーが優しく「にゃううう」と鳴いている。それを「にゃいいい」と真似しているらしい。オリビアもルーカスの真似をしてみる。猫の絵を指さしながらルーカスに話しかけた。


「スノーが『にゃいいい』と鳴きました」

「のー、にゃいいい!」


 ベッドの上でルーカスが嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、オリビアはうっとりするような幸福感に包まれる。


「ハリネズミもオオカミもキツネも、母親はきっとこんな気持ちなのね」

「のー、にゃいいい!」

「そうね。スノーは、にゃいいい。ダルも、にゃいい」


 キャッキャッと笑っていたルーカスがスウッと目を閉じて眠りについた。オリビアはこの瞬間が好きだ。

 さっきまで笑ったりしゃべったりしていたルーカスが眠りにつく瞬間、その心からふわりとさまざまな記憶が浮かび上がり、流れ出してくる。


 裏庭で見たヤギ一家の、頭突きを楽しんでいる様子。スノーが丁寧に毛づくろいしている姿。ルーカスを黒く濡れた目で見おろす大きなアニー。

 料理をしているオリビアの後ろ姿、店の床にモップをかけているアーサー。

 ルーカスの夢は視点が低く、巨人の国で暮らしているかのようだ。

 ぷっくらしたほっぺと赤く柔らかそうな唇を眺めていると、視界の端で動くものがあった。


「うん? あっ、シロフクロウ」


 オリビアはシロフクロウを驚かさないよう、そっと身体を起こした。


「あなたはルーカスが好きなの?」


 声に出しながら心で強く語り掛けた。シロフクロウはルーカスからオリビアへと視線を向ける。だが心の声は聞こえない。


「ルーカスを見に来たの?」

『人間 母親 死んだ』


 初めてフクロウの心の声が聞こえた。


「そうよ。この子の母親は雷に打たれて亡くなったわ」

『母親 子供 見てた』


 自分の力を全開にして、オリビアがシロフクロウの心を読み、一度に流れ込んできたたくさんの記憶を見て、ヒュッと息を吸った。


 雷雨の間、シロフクロウは枝が密集している場所で雨を避けている。どしゃぶりの雨の中、森の中が真っ白に光り、同時に雷が大木に落ちた。母と子が雨宿りしている大木だ。


 ルーカスの母親はその場で倒れたが、ルーカスは意識を失ったのか、泣きもせず目を閉じている。そこから不思議な景色が。

 倒れた母親の身体から青白いものがぼんやりと抜け出して、人の形になった。青白い人影はルーカスのそばに立っている。


 シロフクロウは雨が止んだので一度は別の場所へと移ったものの、再び戻って来て青白い人影を見ている。

 そこに金色の鹿がやって来た。金色の鹿はゆっくりルーカスと母親に近寄り、クンクンとにおいを嗅ぎ、頭を上げ、青い人影を見た。


 少しの間、金色の鹿は人影と向かい合っていたが、走って姿を消した。

 それからしばらくして、オリビアが登場したのだ。


 シロフクロウの記憶を通して自分が見える。オリビアは子供に駆け寄り、介抱している。

 やがてアーサーもやって来た。母親の遺体をアニーに乗せ、ルーカスと共に去っていく。


 シロフクロウは好奇心からだろうか、枝から枝へと飛び移りながらオリビアたちを追いかけて眺めている。

 青白い人影はしばらく馬に乗せられた遺体の近くで揺らめいていたが、『スープの森』が見えてきたあたりでスウッと遺体から離れて消えた。


「そうだったの。母親の魂は、あのときあの場にいたのね」


 ぐっすり眠っているルーカスの顔を見おろしながら、オリビアは泣いた。


「この子を遺して旅立つのは……どんなに無念だったかしら。気の毒に……」


 両手で顔を覆って、静かに泣いた。

 深呼吸をしてからベッドを抜け出し、台所へと階段を下りる。台所ではアーサーがコップを磨いていた。

 泣き顔のオリビアを見たアーサーは一瞬だけ動きを止め、コップを置いて素早く近寄るとオリビアの肩を抱いた。


「どうした? ルーカスになにかあったんじゃないよな?」

「ルーカスは眠っているわ」

「じゃあどうしたんだい?」

「シロフクロウが……シロフクロウが見ていたの。私たちがルーカスを保護した時のことを、全部」


 アーサーがオリビアを促して椅子に座らせ、背中をさする。オリビアは思い出して再び涙を流した。


「母親は馬に乗せられたあとも一緒について来ていたの。この家が見えたあたりで消えていなくなったわ」

「そうなのか……」

「あの母親がどれだけ無念だったかと思うと、私……」


 ロブが心配して近寄ってきた。


『イタイの? イタイ?』

「大丈夫よ、ロブ。痛くないわ」


 泣きながらロブの頭を撫でる。


「アーサー、私、全力でルーカスを可愛がる。おなかの子も、ルーカスも幸せにするわ」

「そうだな。さあ、オリビア、あんまり泣くな。おなかの子がロブみたいに心配するぞ」

「ええ、そうね。『妊婦は心穏やかに暮らすべし』って、おばあさんの本にも書いてあったものね」


 まだしゃくりあげて泣くオリビアに、アーサーがハンカチを差し出した。それを両目に当てて、オリビアはまたさめざめと泣く。


「この力を授けた神様をずっと恨めしく思っていたけれど、今、この力があって本当によかったと思ったの」


 なかなか泣き止まないオリビアのために、アーサーがお茶を淹れる。ルーカスと三人で拾ってきたさくらんぼのお茶だ。


「オリビア、俺もいる。安心してくれ。俺と二人でルーカスもおなかの子も、幸せにしよう」


 オリビアはハンカチに顔を埋めたままうなずいた。


「今夜はルーカスと三人で眠ろうか?」

「ええ、今夜はそうしたいわ」


 甘く優しい味のさくらんぼのお茶。穏やかになだめ続けるアーサーの声。

 オリビアはやっと泣きやむことができた。


 


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書籍『スープの森1・2巻』
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