70 別れと出会い
「ルイーズ様、今日の日替わりは干し野菜を使っております。問題はございませんか?」
「あるわけないわ。マーガレットは冬の間、干し野菜をたっぷり使っていたじゃないの。懐かしくて嬉しいわ」
ルイーズが久しぶりに来店している。
いつもはルイーズだけが入店して、従者や御者は馬車で待っている。だが、今日はお付きの女性も御者も護衛も一緒に入ってきた。
「さあ、あなたたちも今日は思う存分食べなさい。好きなだけお替りしていいのよ」
「ありがとうございます、ルイーズ様」
ルイーズの使用人たちはさすがに主から距離をおいた席に座ったが、遠慮する様子がない。店内に並んでいるたくさんの鉢植えや、吊り下げられたシダ類を興味深そうに眺めている。
『これで最後だわ。寂しいこと』
台所に戻ろうとしたオリビアの心に、感傷的な心と一緒にルイーズの言葉が流れ込んできた。
(え? 最後って?)
振り返ろうとしたが、グッと我慢した。一行六人分を作るのだ。考え事をして失敗したくない。
「最後なら、なおさら美味しく食べてほしい。理由を尋ねるのは、自分の仕事を終えてから」
今日は鶏もも肉と干し野菜のスープ。大き目に切った鶏もも肉とたっぷりの干し野菜のスープは、あっさりした味付けだ。
だから付け合わせはこってりさせた。自分で釣り上げたマスのバター焼き。すりおろして作ったパン粉にたっぷりの乾燥バジルを混ぜ、バターで揚げ焼きしたものだ。
「このマスの料理、懐かしいわ、バジルの味が濃厚で、マスがいっそう美味しくなるわね」
ルイーズは喜び、料理を完食した。
食べ終わったのを見計らってお茶を運ぶ。
「ルイーズ様、今日は特別な日なのですか?」
「察しがいいわね。ここに来るのは今日で最後なの。私、アルシェ王国に戻るのよ」
笑顔でそう言われて、ルイーズの決意の固さを感じた。
「公爵様が亡くなって息子が爵位を継いでくれたから、こうやって好きなように暮らしてきたけれど、さすがにお墓をここに置くわけにいかないもの。私はアルシェ王国の人間ですからね。そろそろ戻らなきゃ。それがアルシェ王国の民に対する私の誠意なの」
「寂しくなります」
「私の代わりに、今後は別荘街の土地の所有者は王家になるの。土地を管理する人間がやってきます。このお店に来ることもあるでしょう」
なにかとオリビアを気にしてくれたルイーズは、祖母と二十年以上一緒にすごしていた人だ。身内を失うようで、たまらなく寂しい。
「寂しいですけれど、ルイーズ様にはお立場がありますものね」
「ええ。私に残された最後の役目は『公爵夫妻は仲睦まじくここで眠っている』と民に思ってもらうこと。嫌々帰るわけじゃないのよ。どこにいても楽しく暮らせるのが、私の特技だもの。アルシェでも楽しく暮らそうと思っているわ。なによりも」
そこで言葉を止めて、ルイーズはオリビアを見る。
「いつの日かマーガレットに再会したら『あなたが愛したあの子は、頼もしい夫と仲良く暮らしていたわよ』と、ここで見たことをたくさん話すつもりよ。お別れの記念にオリビア、これをあげるわ」
そう言ってルイーズはオリビアの手に、ひんやり冷たいものを握らせる。腕輪だ。
金の腕輪には紺色のラピスラズリがぐるりとはめ込まれている。
「これは……」
「ラピスラズリの腕輪よ」
「このような高価なものをいただくわけにはまいりません」
「いいえ。あなたがいてくれたから、マーローの暮らしが楽しかったの。ここに来ればマーガレットに会えるような、あの人が喜んでくれているような気がして」
いつも毅然としているルイーズの目が潤んでいるのに気づいて、オリビアも泣きそうになる。
「父が私のためにとマーガレットの帰国を許さず、ジェンキンズの辞職も許さず、愛し合う二人を二十四年間も離れ離れにさせたこと……私は逆らえない立場だったとはいえ、本当に申し訳なく思っていました。マーガレットは私がそう言うと、いつも笑って『気になさらないでください』と言ったけれど、それでも苦しかったわ」
祖父母の仲睦まじさを見て育ったオリビアは、何も言えずに聞いている。
「私の心苦しさ申し訳なさは、こんな腕輪ではとてもあがなえないけれど、何かのときには役に立つでしょう。万が一お金が必要になったら、これを売りなさい。売るときは王都のこの店で」
ルイーズはそう言って、白い上等なカードもオリビアに渡す。
「売るだなんて。一生大切にします」
「オリビア。アーサーと仲良く、楽しく笑って生きるのよ」
ルイーズ・アルシェはそう言って優雅に微笑み、店を去っていく。「見送りは苦手」と言って、見送りをさせてもらえなかった。
夜に帰宅したアーサーは話を聞きながら腕輪をしばらく眺め、オリビアに返した。
「これは人に見せないほうがいい。俺は宝石のことは詳しくないが、これは間違いなく大変な価値があるよ。金も混じりけなしのようだし、ラピスラズリの色合いも、研磨の状態も、最上級のように見える。しまう場所も、考えたほうがいい」
「困ったわねえ。しまう場所といっても、引き出しぐらいしか思いつかないわ」
「俺がいい場所を考えるよ。そういう場所を作ったっていいし」
「じゃあ、お願いね」
『キラキラ』
「えっ?」
『キラキラ』
「スノー、キラキラが好きなの?」
『好き ちがう』
スノーの心には闇賭博場に集まっている人々の中の、着飾っている派手な女性が思い浮かべられている。派手な身なりのその女性は、腕輪やネックレス、指輪をいつも身につけていたようだ。
『こんばんは、お姫様』
その女性はいつもそう言ってスノーを撫でてくれたらしい。
『この子を撫でると、運が向いてくるのよ』
とも言っている。
「腕輪をつけている女の人、スノーのお気に入りの人だったのね」
『うん』
スノーはその話に飽きたらしく、ロブにぐりぐりと頭をこすりつけながら丸くなって眠ってしまった。
◇ ◇ ◇
ルイーズと別れた日からしばらくたったある日、初めての客が入ってきた。
三十代後半の、身なりのいい男女は、二人とも店内の鉢植えの多さに驚いている。
「いらっしゃいませ。空いているお席にどうぞ」
「日替わりスープとパンを二枚。付け合わせもお願いします。妻も同じものを」
夫婦は窓際の席に腰を下ろし、窓の外を眺めている。
(料理の頼み方に慣れているから、誰かの紹介みたいね)
「オリビアさん、お金持ちそうな人ですね。別荘街の人ですかね?」
「ララ、ここに来てくださる方々は、全員が大切なお客様。対応はいつも通りにね?」
「はいっ」
ララが料理を運び、楽し気に話をしている。気難しい人ではなさそうだと、安心して料理に専念した。やがてララが食器を下げて台所に戻った。
「オリビアさん、あのご夫婦、やっぱり別荘街の方だそうですよ。とっても美味しいってほめてくださいました」
「そう。よかったわ」
(ルイーズ様にはもう会えない。それは寂しいことだけど、こうして新たな出会いもあるわ。ルイーズ様に言われたように、楽しく笑って生きよう)
そう考えている足元にスノーが顔をこすりつけてきた。反対側の足にはダルが。
『痛いの?』
『痛い?』
「少しだけ痛かったけど、あなたたちのおかげでもう治ったわ。ありがとう」
『大好き! 大好き!』
「ロブもありがとう。春になったらヤギミルクをおすそ分けしてもらってみんなで飲みましょう」
ダルとスノーはヤギミルクと聞いてきょとんとしているが、味を知っているロブは心が浮き立っている。
『ヤギミルク! 大好き!』
ロブがここに来たばかりのころ、ヤギミルクをお客さんに分けてもらって飲ませたことがある。まだ覚えているとは、よほど気に入ったようだ。
今は一月の下旬。ヤギのペペは、おなかが膨らんできている。春には子ヤギが生まれるだろう。
「別れの後には出会いがあるものね。子ヤギに出会えるのが楽しみだわ」
「そうです。新しい『こんにちは』が待ってます!」
オリビアが気落ちしているのを心配していたララは、ことさら元気よく返した。
…………………………
オリビアが川で釣っているマスはこんな感じです。日本のマスより大きいです。
スープの世界はカナダのような環境をイメージしています。
都合により、スープの更新はすこし間があきがちになると思いますが、今後も続きますので、のんびりお待ちくださいませ。





