56 マロンクリーム
今回は久々に1話完結です。
大銅貨1枚は百円くらいです。
秋が深まり、少しずつ冬が近づいて来た。
夜明けと共に起きるオリビアは、台所で吐く息が白く見えるようになってきたら「冬の到来ね」と毎年思う。
階段を下りている途中で、パタパタとロブの足音が聞こえてくる。
『あいたかった! あいたかった!』
黒犬のロブは毎朝大歓迎してくれる。ロブは何年も会っていなかった主人と再会したかのようにはしゃいで朝の挨拶をする。
『キタ ゴハン キタ』
朝ごはんを待っているのは猫のダル。ダルは寒くなったらオリビアたちのベッドに入ってくるのかと思っていたが、ロブとくっついて眠るほうがいいらしい。
大鍋にたっぷり水を入れてかまどに載せる。お湯が沸くのを待つ間に馬とヤギに餌を与える。水も取り換える。それからロブとダルに朝ごはんを与える。
ロブは丸呑みするような勢いで食べ、ダルはムッチャムッチャと音を立てながらゆっくり食べる。
ロブが満足して専用のベッドで丸くなり、ダルが丁寧に顔を洗っているのを眺めながらお茶を飲む。
「おはようございます、オリビアさん」
「おはよう、ララ。まだ寝ていていいのに。ララくらいの年齢だとまだまだ眠り足りないでしょう?」
「いいえ。最近は朝日と一緒に目が覚めるようになりましたから、大丈夫です」
そんな会話をしながら、二人で分担して朝食を作る。
今日は豚バラと葉玉ねぎとニンジンの塩味スープ。ニンニクを隠し味に入れ、麦も入れる。麦が柔らかくなるまで煮込むとスープにとろみがつく。冬の縮こまった身体にはありがたいスープだ。
朝食の用意ができた頃、アーサーが下りてくる。ロブがまた『会いたかった! 会いたかった!』と尻尾をちぎれんばかりに振って挨拶をしている。ダルはベッドから視線を送るだけ。『ツガイ キタ オソイ』と心の声が漏れてくるから、アーサーのことを嫌いではないようだ。
「今日は仕事休みだから、薪割りをしておくよ。もう少し薪があったほうがいいだろう?」
「そうね。薪はどれだけあっても多過ぎることはないものね。お願いします」
三人でスープを食べながら今日の予定を確認する。
アーサーは薪割り、ララは乾燥させた薬草を粉にする仕事と薬師の勉強。
オリビアだけ、まだなにも決まっていなかった。
「オリビアはどうするんだい?」
「そうね、今日は栗のクリームを作りたいかな」
「食べたことないですけど、聞いただけで美味しそうです! あの硬い干し栗を、どうやってクリームにするんですか?」
ララの目がキラキラしている。ララは初めて干し栗を食べて以来、栗と名がつけばなんでも大好きになったようだ。
「干し栗はもう、さんざん料理に使ったでしょう? だから残ってる栗は柔らかく戻してからミルクと生クリームと砂糖を足してマロンクリームにするの。パンに塗って食べると幸せな気持ちになるのよ。私もこの家に来て初めて食べたときは、感動したわ」
「私、オリビアさんの隣で作業しますから、作るところを見せてくださいね!」
「最初の味見役はララにやってもらおうかしら」
「うわあ、嬉しい!」
ララはもう、これ以上にやけられないぐらいにやけていて、アーサーが我慢できずに笑い出した。そして「ララ、顔が」と指摘したが、ララのニコニコ、というよりニヤニヤは止まらない。
何かのときにララが「生まれた家では、甘いものは一年に一度しか食べられない貴重品でした」と言っていた。砂糖はたしかに貴重品だが、果物も食べることがなかったらしい。
(本当に賃金なしの使用人として扱われていたのね)と気の毒に思うが、母親との楽しい記憶がある分、オリビアからするとまだ救いがある。
麦入りの豚バラスープとパンを食べ、それぞれが仕事を始めた。
オリビアは、まずはぬるま湯に砂糖をひとつかみ入れて、干し栗を入れ、全部が浸るように落し蓋をした。
「栗が柔らかく戻るまで火はできるだけ小さくしておいてね」
ララにそう頼んで二階に上がる。そろそろ雪が降るだろうから刈って干しておいた草をヤギ小屋に入れておかなければならない。
「いい運動になりそう」
干し草まみれになってもいい服に着替えてから庭に出て、干し草を抱えてはせっせと庭とヤギ小屋まで往復した。
庭ではアーサーが「カンッ! カンッ!」と小気味よい音を立てて薪を割っている。雪が降る前に屋根付きの薪置き場に積んでおかないと、湿った薪でオリビアが苦労することになるから精が出る。冬の前はみんな忙しい。
パン屋さんのマックスが焼き立てのパンを配達しに来た。
マックスは五十代で、息子にパン焼きを任せてからは配達に回っている。オリビアのスープが大好きな常連客だ。
長くて大きなパンを木箱ごと台所まで運び込んでくれる。マックスだけは時間外だけれどミント入りのお茶を淹れてもらって飲む。それからゆっくりスープを楽しんで帰ることが多い。
「今日からまた栗のクリームを作るんですよ」
「おっ。いつできる? 明日できるなら明日も来るよ」
「明日にはできあがりますよ」
「あのクリームだけ売ってくれないかなあ」
「毎年お断りして申し訳ないんですけど、マックスさんのお店に卸すほどは作れないんですよ」
「うちも何度か作ってみたんだけどね。オリビアが作る栗のクリームには味も香りも及ばないんだよなあ」
「うふふ」
「なにか秘密があるんだろう?」
「いえ、特別なことはなにもありませんよ」
「本当かなあ」
本当だ。
ニコニコしているオリビアに、マックスは「明日来るからね!」とマロンクリームの予約をするかのように宣言をして帰って行った。
「オリビアさん、マロンクリームには、本当にコツがないんですか?」
「うーん、コツがあるとすれば、甘みが薄い栗は料理に回して、甘みと味が濃い栗を選ぶことかしらね」
「それだけですか?」
「ええ、それだけよ」
オリビアは美味しい栗の見分け方をリスから学んだ。
森のリスたちは、オリビアが栗をイガから取り出したあと、自分たちに栗を分け与えてくれるのを覚えている。だから近くの木の枝でオリビアが栗を集めるのをじっと待って見ているのだ。
そしてザラザラと地面に栗を置くと、我先に木から下りて栗に群がる。
「たくさんあるから奪い合いしなくても足りるわよ」
オリビアは、リスたちがその場で皮を器用にむいてペッ!と捨て、生の栗を美味しそうに食べるのを見るのが大好きだ。毎年毎年、そうやってリスが食べるところを見ていると、彼らが争うように手を出す栗と、そうではない栗があることに気がついた。
大きくて丸くて艶があるのがいい栗なのは、祖母に教わって知っていた。更に、色が濃いほうがリスに人気がある。食べ比べてみると、色の濃さは味の良さに繋がっていた。それともうひとつ。
木だ。
美味しい栗が実る木が毎年同じ。栄養なのか日当たりなのか。
オリビアは美味しい栗の木の場所を覚えていて、その栗はマロンクリーム用に分けている。
料理用は味付けをするからどの木でもいいのだが、マロンクリームは素材の味が仕上がりを決めてしまう。だからコツはないし、あるとすれば『美味しい栗がなる木を覚えておくこと』だけだ。
皮をむいた干し栗をぬるま湯で戻し、荒く潰してから砂糖と牛乳と生クリームだけで練り上げる。
渋皮をつけたままねっとりと練り上げたマロンクリームを、最後にザルで裏ごししたら完成だ。
最初のひと口をララに味見をさせたところ、ララはほっぺを両手で押さえてぴょんぴょん跳ねまわった。
「なにこれなにこれ、こんなに美味しい食べ物って、この世にあったのぉ!」と大騒ぎだ。
「そこまで喜んでくれたのなら、今夜はパンをカリッと焼いて、バターを薄く塗ってから好きなだけマロンクリームを塗って食べなさい」
「売り物なのにぃ。いいんですかぁ?」
「いいんですかぁ?」と一応遠慮する様子は見せたが、手の甲でよだれを拭くララが可愛い。
「いいわよ。ララがそんなに喜ぶなら、今年の分は、全部食べたっていいわよ」
「い、いえ。それはだめです。商売なんですから。そんなことは許されません。今夜だけ、パン三枚食べていいですか」
「食べなさいって。四枚でも五枚でも食べなさい」
その夜、出来上がったばかりのマロンクリームをひと口食べるごとに「おいしいぃぃ!」と叫ぶララの声が台所に響いた。アーサーは苦笑しながらも何も言わない。
ロブはすぐに慣れた様子だったが、ダルは最後までララが「おいしいぃぃぃ!」と叫ぶたびに「ウルサイ」と心で言い返していた。
翌日、「マロンクリームあります」の貼り紙を見て、客の全員がマロンクリームを注文した。大銅貨一枚でスープ用の大きめのスプーンにこんもり山盛り一杯という値段だが、「二杯分」「俺は三杯分パンに載せてくれ」と注文が相次いだ。
「スープの森のマロンクリームが始まった」という噂は毎年すぐ広まる。鍋にたっぷり作ったマロンクリームは三日で売り切れた。
「ああ、マロンクリームが売り切れちゃった」
「また来年も作るわよ。ララが手伝ってくれたら倍作れるかもよ?」
「手伝います!」
(来年もここにいてくれるのかしら。薬師試験に合格したらいなくなっちゃうわよね。寂しいこと)
お皿を洗いながらオリビアがそう考えていると、アーサーがそっと肩を抱いてくれた。
「俺がいるさ」
「そうね」
『ツガイ ナカヨシ』
ダルのつぶやきに思わず後ろを振り返ると、ダルはロブの腕の中で目玉だけ動かしてこちらを見ていた。
次の更新まで少し間が空くかもしれません。





