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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第二章

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45 ニガイモの木

 ランドルと二人で森を歩く。ロブも一緒だ。

 オリビアは最初こそランドルに配慮してゆっくり歩いていたが、すぐに配慮は無用と気がついた。ランドルが健脚でオリビアの方が置いて行かれそうになる。


「実に気持ちのいい森だ。そして豊かだね」

「ええ。祖母がこの土地を愛していたのも、この森や川の豊かさがあったからだと思います。あ、毒桃」

「なんだって。どこだい? おお、たくさん落ちているな」

 オリビアがカラカラに乾いている毒桃の実を拾っていると、ランドルも負けじと拾う。

 こんな事態を予想して布袋を二つ持ってきたのは大正解だ。ランドルは素早く毒桃を拾ってどんどん袋に入れていく。


「もう少し行くとニガイモの木があります。お好きですか?」

「懐かしいな。ニガイモは子どもの頃に母がよく団子にして出してくれたよ。子どもの頃は苦いのが苦手だったが、また食べてみたいものだ」

「では今夜はニガイモ料理を作りましょうか?それとも他にご予定が?」

「思い出のニガイモ料理に勝てる予定なんてないよ」


 陽気なランドルはご機嫌で「ニガイモはどこだ」と催促する。オリビアは川の方へと方向を変えて進む。ニガイモは芋ではなく、栄養を蓄えて肥大した木の根だ。

 日光が好きな木だから、森の中では根っこが肥大しない。森が途切れた川の斜面に茂っている。


「ランドルさんの育った地区でもニガイモが生えているんですね」

「ああ。ここよりもっと南の農村地帯でね。薬師になりたいと言ったら親に泣かれたよ」

「まあ。薬師は尊敬される職業なのに」

「薬師は一人前になるまでに十年はかかる。それまでは住み込みで無給の下働きだからね。今は最初から賃金が払われるが、私が少年の頃はそんな配慮はない時代だった。やっと働けるようになった息子が稼げないなんて事態は、親にしてみれば論外だったのさ」


 しゃべりながらもランドルはキノコや薬草、食べられる野草をどんどん摘んでいる。


「母に泣かれて仕方なく実家の農業を手伝ったんだがね、諦めきれなかった。自分でもなぜあんなに薬師になることに執着したのかわからない。だが、『このままこの家にいたら、自分の心が死ぬ』とまで思い詰めた」

「そうでしたか」

「そして明日で二十歳と言う日の夜、着替えを一着と小銭を持って家を出たよ。それから十三年たって、やっと親に金を渡せるようになった。勢い込んで実家に帰ったら、両親はもう亡くなっていた。家長になっていた弟に『今更どの面を下げて帰ってきた』って殴られた。何も抵抗せず、弟の気が済むまで殴られた。せめてもの贖罪だな」


(私も実家から逃げて生きてきた。逃げなければ心が死ぬと思ったから)


「でも、そのときのランドルさんは家を出る以外、どうしようもなかったのですから。仕方ないのでは? 親のために子が自ら進んで犠牲になるのは人間だけです。私はよくわかりません。子の犠牲を尊いという人は多いですが。私が親なら……」


 言葉が途切れたオリビアを、ランドルはチラリと見たが、何も言わなかった。


「あちらの斜面にニガイモの木がたくさん生えてますよ。ほら! あの斜面全部です」

「これは驚いた。こんなに群生しているとは思わなかったよ」


 日当たりのいい斜面に、ニガイモの木がびっしりと生えている。この辺ではあまり食べる人がいないので増え放題だ。人の手のひらのような形の葉っぱが茂っている。


「しまったな。ニガイモを掘るなら道具を持って来るべきだった」

「大丈夫ですよ。私の道具が隠してあります。重いから置きっぱなしにしてあるんです」

「なんと。まさに君の庭同然だね」


 ロブが『泳いでもいい? いい? いいの?』と必死な顔で見上げるので、「いいわよ、泳いでおいで」と声をかける。オリビアの言葉を最後まで聞かずにロブは川に飛び込んだ。

 ロブは、顔だけを水面から出して「ふんっ! ふんっ!」と鼻息も荒く犬かきをしている。


 オリビアは岩を積んで隠しておいたシャベルを取り出した。シャベルは丁寧に洗ってから拭いて、油紙で包んである。錆はない。

 そのスコップでニガイモの木の根元を掘る。何も言わなくてもランドルが木の枝をてこにして土から持ち上げる。オリビアがカバンからナイフを取り出し、紡錘形の根っこを切り取る。

 まるで長年一緒に作業をしてきたように息の合った作業で、たちまちニガイモの根っこが十五本集まった。


「このくらいにしておくか。欲張っては森の女神にしかられるな」

「はい。その言葉、懐かしいです。祖母がよく言ってました」

「私も薬草採取のときにマーガレットにそう注意されたんだ」


 オリビアは「ロブ! そろそろ帰るわよ!」と声をかけ、ニガイモの根っこが入った布袋を抱えて歩き始める。すると木の枝の上にリスが三匹現れた。オリビアが栗やクルミを集めるときにおすそ分けをしていたのを覚えていたらしい。


(ランドルさんがいるのにリスが集まってきたら都合が悪いわね)と思い、心のなかで『食べ物はない』と繰り返したが、声に出していないので上手く伝わらない。『逃げろ』とか『敵が来る』という強いメッセージは声に出さなくても伝わるのだが、それ以外は声に出さないと汲み取ってもらえないことがほとんどだ。

 気づくとあっちの枝にもこっちの枝にもリスがいて、オリビアを期待の眼差しで見ている。


「オリビア、君はリスの生まれ変わりかい? さっきからリスが集まって君を見ているんだが」

「気づきましたか。実は栗やクルミを拾い集めるときに、おすそ分けをしていたんです。私のことを『食べ物をくれる人間』と思っているのかもしれませんね」

「ほぅ……」


 ランドルが興味深そうな表情で隣を歩くオリビアを見る。居心地が悪い。

 当たり障りのない会話をしながら店に戻って、さっそくニガイモの下処理を始めた。ランドルがジッと見ている中、厚めに皮を剥き、輪切りにして水に晒してからゆでた。


「その皮の部分だけを集めて煮詰めると、かなり強い毒ができるのは知っているかい?」

「毒? アクが強いから厚く皮を剥きなさいとは教わりましたが。毒とは知りませんでした」

「二百年くらい前にはよく使われた毒だよ。そうか、マーガレットは教えなかったんだな」


 ランドルは祖母の薬草の本を読みながらニガイモを団子にするのを楽し気に眺めている。

 ゆでて潰して布で濾して、少しの小麦粉とこねた団子がゆで上がったころ、ランドルは「寒気がする」といい始めた。額に手を当てると結構熱い。

 夕食の客たちが帰り、今はオリビアとランドルだけ。


「熱がありますね。今夜は二階に泊ってください。私が看病します」

「初めて会った君に手間をかけさせて本当に申し訳ない」

「具合が悪い時に、初めて会ったかどうかなんて関係ありません。私を頼ってくださいな」


 ランドルの顔色が悪い。その上震えている。

おそらくこれからもっと熱が上がるのだろう。オリビアは走って森の氷室に向かった。

(まだ少しだけ氷が残ってるはず!)


 アーサーが帰宅するころにはランドルの熱が上がり、頭痛と腹痛にも苦しんでいた。オリビアはその夜はずっと付き添った。『高齢者の熱は危険』と祖母が言っていたのを思い出す。


「湯冷ましを飲んでくださいね」

(もしかしたら王都で流行っている悪い風邪かもしれない)


 オリビアはアーサーに「この部屋に近づかないように」と言い渡し、ランドルが寝ている部屋の窓を少しずつ開けた。ここはかつてのオリビアの部屋だ。祖母は「流行り風邪の治療にはきれいな空気が必要」と言っていた。

 額には氷水で絞った布を置き、寒いと言われればお湯を入れた瓶を布で何重にも包んで身体の脇に置いて温める。


「大丈夫です。すぐに良くなりますよ」


 食欲が全くないランドルに具のないチキンスープやキノコのスープを飲ませ、汗を吸った服を着替えさせる。咳が始まれば咳止めの湿布を胸に貼り、咳止めの薬湯を作って飲ませた。

 ランドルの熱が下がり、食欲が戻ったのは発熱から二日後。それまで『スープの森』は臨時休業にした。


 ランドルは熱が下がり始めると、なぜか猛然とオリビアに質問をし始めた。薬草のこと、病の対処法と予防法、怪我の手当てなどなど。

(これで病人の気が紛れるならお安い御用ね)と全ての質問に丁寧に答え続けた。


 発熱から三日後、ランドルは体調が回復し、食欲も出てきた。ニガイモ団子入りのカボチャのスープを堪能しながら、ランドルはなにやら考え込んでいたが、翌日にはマーローの街に戻ることになった。

 馬車に乗ってもまだ、ランドルは「ありがとう。助かったよ」と繰り返し、一枚の紙をオリビアに手渡す。


『オリビア・イーグルトン・ダリウは王城薬師と同等の知識を持つ者なり。責任を持って証言する。 元王城薬師 ランドル・オベール』


 受け取ったオリビアは、その書きつけの重要性を知らない。

オリビアは結婚前はオリビア・イーグルトン(イーグルトンは養父の苗字)

アーサーはアーサー・ダリウ

結婚後はオリビア・イーグルトン・ダリウとなる仕組みです。

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書籍『スープの森1・2巻』
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