27 青菜とハムのスープ
領主の衛兵たちは、あっという間に五人の商人たちを連れ去った。
一番立場が上らしい男性がオリビアに状況を尋ね、オリビアとアーサーがそれに答えている。
「夕食を食べに来たあの人たちが、私のことをチラチラ見ながら何か喋っていました。嫌な予感がしてアーサーさんに相談したら、私に森に隠れていなさいと言ってくれたんです」
「ええ、俺がそう言いました。なんとなく怪しい感じがしたので、灯りを消して奴らが来るのを待ちました」
「そうですか。お手柄でした。たった一人でよく捕まえてくれました。マーレイ領の平和を守ってくれたことを感謝します」
衛兵の男性は笑顔で帰って行った。ビリーも「じゃ、お兄さん、オリビアを頼んだよ」と言って帰って行く。
やがてご機嫌な顔でロブが帰ってきた。ロブの気持ちは動物の心が読めないアーサーにもすぐにわかった。
『どう? ちゃんとお使いできたでしょ?』という自慢げな顔だ。
オリビアが約束のゆでた鶏肉をロブに与えた。ガブ、バクンと飲み込んで口の周りを舐めるロブを、二人で笑いながら眺める。
アーサーがロブのほうを見たままオリビアに話しかけた。
「俺、あの人にうまく言えていたかな?」
「ええ。とても」
「オリビアはこんな気苦労をずっと続けているんだな」
「森の中で待っているときの不安に比べたら、この程度の辻褄合わせなんてどうってことないわ」
「不安て、俺がやられるかもしれないと思ったの?」
「だって私、小金貨七枚がどれほどの腕かわからないもの。アーサーさんに何かあったら、一生後悔するだろうと思ったわ。生きた心地がしなかった」
アーサーはしばらくオリビアの顔を見ながら考えていたが、思ったことは今、はっきり伝えておこうと決めた。
「あのさ。俺に相談する前、ソワソワしてたよね。もしかして最初は、俺に何も言わずに一人で対処しようと思った?」
「……」
「やっぱり。そんな気がしたんだ。もしそれで君になにかあったら、俺が苦しむとは考えなかった?」
「それは……」
「考えなかったんだろうな。あのとき男たちを見ていた俺が、何も知らされずに帰ったとするよ? 君に何かあったと後から聞かされたら俺は苦しむさ。ずっと、ずっとだ。オリビアは俺に雨宿りさせてくれて、泊まらせてくれて、狼から守ってくれたじゃないか。なのになぜ?」
「それは……」
そこでアーサーは「あれ?」とオリビアを覗き込むように顔を傾けた。
「うわ、今まで気づかなかった。顔があちこち傷だらけだ! 薬、あるんでしょう? すぐに塗ったほうがいい」
「え? 顔? ああ、暗い中を全力で走ったから、転んだり枝で引っかいたりしたけど。大丈夫」
「暗い中を全力で走るなんて。枝が目に刺さったら死ぬこともあるんだよ?」
「初めて会った日も思ったけど、アーサーさんは心配性ね」
「俺は最悪のことを想定して生きてきたからね。口うるさいと思うだろうけど、オリビアは少し不用心だよ」
「私だって」
そこで言葉を切るオリビア。「ん?」と続きを促している顔のアーサー。
「私だって、すごく心配だった。アーサーさんが怪我をしていたらどうしようって。心配で心配で、あんなときに歩いて戻るなんてありえない」
アーサーはなんとも微妙な顔になり、オリビアから視線を外した。その耳が赤いことにオリビアは気づかない。
「とりあえず今はここまでだ。ドアをなんとかしなきゃ」
「今夜はもう遅いから。ドアの内側からテーブルを押し付けておきます」
「あのままで寝るつもり?」
「今夜はもう無理。へとへとに疲れてしまったの」
「俺が直すよ」
「明日! もう明日にしましょう。ひと晩に二組の強盗は来ない。断言するわ」
「わかった。じゃあ、俺は店で寝る。じゃないと俺が心配で眠れない。安心してくれ、君の部屋に行ったりはしないと誓うよ」
「そんなことは疑っていません。じゃあ、祖父母の部屋に寝てください。この床でアーサーさんが寝てるだなんて、それこそ私が眠れなくなります」
そんなやり取りがあった翌朝。アーサーはオリビアの祖父母の部屋で目が覚めた。
手入れの行き届いたランプや暖炉、磨かれた木の床、祖母の手仕事と思われるベッドカバー。そして上品な色の壁には、誰かが描いた少女の絵。それは、少女時代のオリビアだとすぐわかる。
五歳くらいの頃から、成長の順番に小ぶりの額縁に入れてたくさん壁に飾られている。どのオリビアも楽しそうに笑っている。そしてどの絵にもオリビアの隣には犬、猫、ハリネズミ、スズメ、コマドリ、ヤギ、キツネなどの動物が一緒だ。
「これ、もしかして知っていたんじゃないのか?」
そうつぶやきながら絵を見ていると、階下から声がかけられた。
「アーサーさん、朝ごはんが出来ました! 起きてください!」
「はい!」
たったこれだけのやりとりなのに、ひとりで照れてしまう。アーサーはニヤつきそうな自分の頬をパン! と両手で挟んでから、澄ました顔で階段を下りた。
台所のテーブルにはゆで卵、バタートースト、青菜とハムの澄んだスープが並べてあった。
「美味しそうだ。オリビアは早起きなんだね」
「私はいつも日の出と一緒に起きるの」
「それじゃあ、夜は眠いはずだ」
「ええ。昨夜はもう、へとへとでした。でも、五人と戦ったアーサーさんのほうが疲れましたね」
「あんな程度じゃ全くだよ」
本当に全く疲れていない。あの男たちは弱かった。彼らは五人という人数と相手が女性一人ということに調子に乗ったのだ。
「あ、チュン。いらっしゃい」
開け放たれている台所の窓枠に、一羽のスズメが降り立った。アーサーを見て、いつでも飛び立てるように緊張している。
「大丈夫。この人はあなたに何もしないわ。パンを食べる? ん? そう、少しだけ降るのね。ありがとう。さ、お食べ」
スズメはチュンチュン鳴いてるだけに聞こえるが、オリビアにはスズメの言葉が伝わっているらしい。(確かに何も知らない人が見たら、頭がおかしい人だと思われるだろうな)と思いながらアーサーはパンを食べる。
バターをフライパンに引いて焼いたパンは、外がカリカリで中はしっとりだ。
「私の雨予報はあの子が出所なの。私はそれを自分の手柄のようにお客さんに教えているだけ。ふふ」
「スズメと会話出来たら楽しそうだ」
「会話、ではないかも。あの子はチュンて名前なんだけど、チュンは雨が降る時だけ教えに来て、お礼を食べて帰るの。私の言ってることはあまりわかってないと思う。それでも十分大切な私の仲間なの」
「俺をその次の仲間リストに加えてほしいよ」
「え? チュンの次でいいの?」
「ロブ、金色の鹿、ヤギ、スズメ、その次が大型犬の俺」
スープを口に入れるところだったオリビアが笑い出し、スープはスプーンからこぼれ落ちる。
「タイミングを考えてくれたのね」
「ああ」
二人で笑い合う楽しい朝食だった。
アーサーは(こんな楽しい食事はいつ以来だろう)と思う。多分、妹と二人で山栗をたくさん拾って帰り、夕食に母親がそれをゆでて出してくれた時だ、と思い出す。
(あの頃は、ゆでた栗がたくさんあるだけで幸せだった)
そう思いながら飲むスープは、傷だらけの心を癒してくれる優しい味だ。そして言うべきことを言う勇気をくれる味だった。
「ねえ、オリビア。昨夜のようなことがあると、俺は心配でこの先不眠症になる」
「……うん」
「だからヤギ小屋の上に住まわせてくれないかな。それと、今朝はドアを直してから薬草店に行く。それは譲れない」
「う、うん。ありがとう。でも毎日往復二十キロも歩くことになるわよ?」
「俺、実は多少の金は持っているんだ。馬を買うよ。いいかな」
「ヤギ小屋でいいの?」
「うん。ヤギ小屋がいい」
「……ええ、いいわ。私もあなたがあそこにいてくれたら心強いし嬉しい。どうぞ。あなたのことはもう、リストに加えたから、安心してね」
「俺はスズメの次だから五番目の仲間だね」
「いいえ、仲間リストの一番目よ」
「そりゃ大出世だ」
朝食を食べ終え、壊れたドアの蝶番を付け直す間、アーサーはずっと緩みそうになる顔を引き締めるのに努力していた。





