26 祖父母の心配
バキッ!ガシャンッ!
いきなり店のドアが蹴破られた。ドアにはめられていたガラスが粉々に砕けて飛び散る。アーサーは気配を消して動かず、五人全員が店の中に入るのを待った。
「下りて来ないな」
「怯えて動けないんじゃないか?」
「金はあるかな」
「まずはあの女の部屋に行こう」
勝手なことを言いながら、ぞろぞろと五人が店の奥の階段に向かう。四人が階段を上り、五人目が階段を登ろうとしたところでアーサーが飛び掛かった。
ゴッ!と背後から首の付け根を強打。男は「ぐぅっ」とひと声漏らしてその場に倒れた。
「誰だっ!」
前の男が大ぶりなナイフを抜いてアーサーに飛びかかる。鞘で手首を鋭く叩いてナイフを弾き、相手が避ける間も与えずに側頭部を打ちのめす。暗い店内に血の匂いが広がった。
階段を上りかけていた三人の男たちが飛びかかってきたが、アーサーは冷静に全員の腹や頭、首を狙って一撃で倒した。暗闇での戦いには慣れている。
呻いている者、意識を失っている者、五人全員をオリビアが渡してくれた洗濯用のロープで縛り上げる。それから家中の灯りをつけた。これが「無事解決」の合図だ。
一方のオリビアは悶々としていた。
五人の男たちが店と自分を狙っていることに気づいてから、アーサーに告げようか、巻き込むのはやめようか、と迷った。
彼らの心を聞いてしまった直後は、さっさとアーサーを帰して自分とロブ、ヤギを連れて森深くに逃げようと思っていた。熊や狼の危険はあるが、確実に襲ってくるつもりの人間よりは「襲われるかもしれない」熊や狼のほうが、まだましだと思った。
だがそう思う一方で(そういうところが私に欠けている部分じゃないのか)とも思った。耳に祖母の言葉が甦った。
『オリビア、人間は愚かなこともするけれど、正しいこともちゃんとするの。あなたはいつか、人間を信じられるようになるといいわね』
祖母マーガレットはオリビアが人間不信なことをとっくに見抜いていた。
そして自分たちが先立った後に人間不信のオリビアがどう生きていくのかと心配してくれていた。
オリビアは自分が親に見捨てられたことも貴族の娘だったことも、祖父母には言いたくなかった。自分の能力を知られて気味が悪い子と思われるのも恐ろしかった。
当時のオリビアにとって、マーガレットとジェンキンズは、最後の命綱だったから。
『私は人間を信じてるわよ。大丈夫』
そう言って笑っても、自分を見る祖母の顔から心配の表情が消えることはなかった。
(おばあさん、私、アーサーを巻き込むとわかっていて、あの人を信じて頼ったわ。これでよかったの? 人を信じて頼るって、こんなに不安で申し訳ない気持ちになるのに。みんなこんな苦しい気持ちになっても人を頼って生きてるの?)
アーサーに申し訳なくて、(私が頼ったせいで彼が怪我をしたり殺されたりしたらどうしよう)と目の前が暗くなる思いだった。彼を失って、死ぬまで後悔を抱えて生きていく人生も恐ろしかった。そんな人生に耐えられそうにない、と暗く思う。
両手を握り合わせ、祈るような気持ちで店のほうを見つめ続ける。
「キューン」とロブが心配して鼻を鳴らした。
「ロブ、ごめんね。不安よね。私、すごく不安なの。アーサーを巻き込むべきじゃなかったかもしれない」
声を殺して話しかけ店を見つめ続けていると、やがて店の全ての窓が暖かい色に輝いた。
「生きてる! よかった! アーサーが生きてる! 行くわよ、ロブ。帰ろう!」
足元がよく見えない森の中を走り出すオリビア。
心の中で(アーサー、アーサー、お願い、無事でいて!)と繰り返しながら走る。木の根に躓き、盛大に転んだり木の枝に顔を引っかかれたりしたが、どうでもよかった。アーサーの無事な顔を早く見たかった。
「アーサー! 無事? 無事なのっ?」
蹴破られたドアから駆け込み、オリビアは床に転がされている男たちを見てからアーサーをじっくり見た。
「怪我は?」
「ない。奴らには触らせなかった」
「よかった! 本当によかった! 五人もいたのに。すぐにロブをお使いに出します」
急いで書いたメモをロブの首輪にハンカチでくくりつけ、ロブの額に自分のおでこをくっつけて話しかける。
「いい? ビリーさんの家よ。何度も行ったことあるからわかるわね? エラとソフィーの家。ちゃんとお使いが出来たら肉をごほうびにあげるわ」
肉と聞いて、ロブは鼻息も荒く店を走り出て行った。メモには「強盗を五人捕まえました。人を呼んでください。オリビア」と書いてある。ロブの足なら二キロはすぐだ。メモを読んだビリーは近所の農家へ知らせるだろう。知らせを受けた人は、領主のヘイリー・マーレイに知らせるはずだ。
オリビアはアーサーの周囲をぐるりと回る。
「えっ、何?」
「本当に怪我をしていないか調べてます」
「してないよ。こいつらはたいした心得がなかった。何の問題もなく片付けられたよ」
「本当に強いんですね」
二人の会話を縛られた男たちが恨めしそうに見上げながら聞いているが、アーサーもオリビアも横目で監視しながらも一切知らん顔で通した。
やがてガラガラガラと荷馬車の駆けつける音が聞こえてきた。壊れて倒されているドアを踏み越えてビリーが走って入ってくる。手には先の鋭い農具のフォークを持っていた。
「オリビア! 大丈夫かっ!」
「ビリーさん! 私もこの人も無事です! 来てくれてありがとう!」
「ああ、よかった。エラもソフィーも心配しているよ。もうすぐ領主様のとこの兵隊さんが来てくれる。こいつらか! こんの野郎が!」
怒りをむき出しにしてビリーが男たちを見下ろした。だがすぐにオリビアを抱きしめる。
「オリビアが無事でよかった。マーガレットにもジェンキンズにもどれだけ繰り返し頼まれていたことか。あんたのことを二人は本当に心配していたんだよ。ああ、よかった。本当によかった」
最後は涙声で鼻をすするビリーの言葉に、オリビアの緊張の糸がほぐれ、じんわりと泣きそうになる。祖父母はきっと自分が思っていたよりもずっとずっと人間不信の自分を心配していたのだ、と申し訳なく思う。
ビリーはアーサーに向き直った。
「あんたがやっつけてくれたのかい?」
「はい」
「ありがとうな。俺たちみんな、いつかこんな日が来るんじゃないかって心配していたんだよ。だが、この子の家族が『何も言わずにオリビアの好きなようにさせてやってくれ。見守っていてくれ』と言い残していたからさ。余計なことは言うまいと思いながらも心配してたんだ」
「そうでしたか」
「ありがとう、オリビアを助けてくれてありがとうな」
ビリーは何度も頭を下げた。
アーサーは目を眩しそうに細めて笑っている。大型犬みたいな笑顔だ、とオリビアは涙で歪む視界の中のアーサーとビリーを見ていた。
やがて大勢の人間の気配がして、領主の家の衛兵が店に駆け込んで来た。





