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スープの森〜動物と会話するオリビアと元傭兵アーサーの物語〜 【書籍発売中・コミカライズ】  作者: 守雨
第一章 

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19 『いい人間!』

 大雨の中、常連の商人ボブとサムが入って来た。本来なら休憩時間だが、オリビアは笑顔で彼らを迎え入れる。


「助かったよ。こんなに降っては馬が可哀想だからさ」

「熱いお茶を淹れますね。馬は屋根の下に?」

「ああ、入れたよ。助かった」

「着替えますか? 祖父の服でよければお貸ししますよ」

「悪い、貸してくれるかい? 今は休憩時間だろ? 時間になったらでいいから、壁に書いてある本日のスープとおかずとパンを」

「はい。承知いたしました」


 オリビアはとりあえず熱いお茶を出してから二階に服を取りに向かう。その間、ずっと何かが心に引っかかっている。

(なんだっけ、さっきとても変なことを聞いたような気がする。ええと、何だったかしら)


 答えが見つからないまま二人分の服をタンスから出し、階段を下りる。

 ボブとサムが店の隅で着替えている間、台所で料理の準備をした。アーサーはずっと台所のテーブルで『薬草学入門』を読んでいる。


 スープの鍋をかき回しながら、心に引っかかることがアーサーの言葉だった気がして、アーサーを振り返って眺める。

 アーサーは視線に気がついて(ん?)と目を大きく開いた。その瞬間、オリビアは気がかりの原因を思い出した。急いでアーサーに近寄り、小さな声で話しかける。


「アーサーさん、さっき『頭の中に犬や猟師がいきなり浮かんだ』って言いましたよね?」

「うん。君が狼に話しかけている時、急に頭の中に興奮して吠えている猟犬と、猟銃を持った猟師の姿が浮かんだ。あれ、君が送ったイメージなんでしょ?」

「そうですけど、私、動物とはそういうやり取りができますけど、人間に対してはできたことがないと思うの」


 言われたことが理解できず、アーサーは困惑した顔でオリビアを見上げている。オリビアはアーサーの顔をじっと見ていたが、店の方から声がかけられた。


「おーい、オリビアさん、着替えが終わったよ。やぁ助かった。お茶のお代わりをもらえるかい?」

「はい、ただいま」


 そこで話は途切れたままになった。

 だが、オリビアは頭の中でずっと考えている。アーサーは確かにオリビアの心の声を聞き取れるのだ。どういうことだろうか。

 そこで、ずっと前に言われた金色の鹿の言葉を思い出した。


『人間 人間と 暮らす』

「私は人間が怖いし苦手なの。あなたと一緒にいるほうが楽しい」

『きっと いる 人間』

「そうかしら。私、普通の人間じゃなくて、だめな子だったから。だから群れに捨てられちゃったの」

『お前 だめ ちがう ツガイ 見つかる』

「ふふ。ツガイねえ。見つかるかしら。私が人間のツガイを見つけるのは、とても大変そう」



「オリビアさん、お湯が沸いているけど、大丈夫?」

「あっ」


 小声で言われて慌ててヤカンをかまどから下ろし、お茶を淹れてボブたちに運んだ。次は干し肉を細かく裂き始めた。オイルとお酢、塩と蜂蜜を混ぜた液の中に、刻んだ野菜と裂いた干し肉を浸した。


(ツガイってことはないわよ。秘密を知っても嫌わない人が現れただけよ。ただそれだけ。何をはしゃいでいるのかしら)

 そこまで考えてからハッとアーサーを振り返った。

(今のも聞かれた?)と心臓をバクバクさせたが、アーサーは本に没頭していて、何も聞こえていなかったようだ。


(よかった。聞かれなかった。そうか、心を知られるって、こんな感じなのね。誰だって心を知られるのは嫌だし気持ち悪いわね。うん、実感したわ)


 夕方の五時になったので常連の親子に夕食を出す。


 雨はなかなか降り止まなかったが、夜の七時ごろにようやく止んで、雲の切れ間から星が見えるようになった。商人の親子は急いで帰り支度を始めた。


「長居したね。服は洗って今度持って来るよ。エンドウ豆のスープ、美味しかった」

「ありがとうございました。服は急がなくても大丈夫です。気をつけて」


 ドアに「閉店」の札をかけ、店内に戻ると、アーサーに夕食を出した。


「昼と全部同じでは飽きるでしょうから、干し肉とキュウリのマリネを作りました。どうぞ」

「ありがとう。では。んんー、美味しいな。俺、十日間毎食同じ携帯食でも平気だったんです。でも、ここに通っていたらもう、そんな生活には戻れそうにない」

「光栄です。ゆっくり食べてくださいね」

(傭兵仕事には戻らないでほしい)


 オリビアは自分が無意識に願いをあふれさせていることに気づかないまま、台所に戻った。



「今日はありがとう。狼三匹を相手にしていたら、無傷では済まなかったはずだ。君は命の恩人です。このことは決して忘れない」

「無事で本当によかったです。アーサーさん、薬草をあまり採取できなかったでしょう? うちにあるのでよければ持って行ってください」

「いや、さすがにそれは。俺、君に世話になってばかりだよ」

「薬草が生えている場所はここの近くです。私はいつでも気軽に採取できます。気になるのでしたら、またいらしてください。お代はちゃんといただきますから。メモがあるなら見せてくださいな」


 オリビアは恐縮するアーサーからメモを見せてもらい、「全部あります。ちょっと待っててくださいね」と言って階段を駆け上がった。二階の自室の天井には、たくさんの薬草が吊るして干してある。フックつきの長い棒を使って必要な薬草の束を下ろし、「これと、これと、あ、これも」と取り分ける。

 すぐにそれを持って店に戻り、「はい。干した物ですけど、これで全部揃いましたよ」と手渡した。


「また近いうちに来ます。ありがとう」

「どういたしまして。楽しみにお待ちしていますね。帰り道、気をつけて」


 アーサーは二回振り返って笑顔になり、その都度軽く手を挙げる。そして街へと帰って行った。

 その姿を見送りながらオリビアはしみじみする。オリビアの隣に立って一緒に見送りをしていたロブは、口を開けてオリビアを見上げ、『いい人間! あのオス、いい人間!』と繰り返す。

「もう、ロブったら。でも、そうね。いい人間ね」


 店のドアに鍵をかけ、オリビアは豊かな気持ちで片づけをし、湯を使い、ベッドに入った。その間ずっと心が柔らかく温かかった。


 一方その頃、街に到着したアーサーは、顔が緩むのを必死に抑えていた。

 澄ました顔を保ちながら、オリビアの『傭兵仕事には戻らないでほしい』という言葉が繰り返し思い出されてしまうのだ。

 心に直接聞こえて来た声は、普段の冷静な雰囲気のオリビアよりも、ずっと愛らしい感じの口調だった。


「彼女の素は、あんな感じなんだな。いや、聞こえたことは言わないでおこう。知ったらきっと恥ずかしがる」


 アーサーは日焼けした男らしい顔の口元を綻ばせた。



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書籍『スープの森1・2巻』
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