地球編24 能力の可能性
「はは。まぁ、宜しくね」
ミシェルのライバル心剥き出しの視線を愛想笑いで躱すと、俺はカリム様の方を見た。するとカリム様は、何か観察するように俺を眺めながら話し掛けてきた。
「ふむ……心は決まったようだな」
「はい。こないだ話してた覚悟っていうのが、まだよく分からないんですけど……前に進むことにします」
「先日まで、お前の魔力には揺らぎがあった。それに一抹の不安を感じていたが、今は落ち着いたようだ。試練に進んでも、問題ないだろう」
そうだったんだ……揺らぎが消えたっていうのは、俺の中で迷いが無くなったからってことかな?魔力は、その使い手の精神も影響されるって話を聞いたことがある。
「ミシェル、すまないが……一度訓練は中断しよう。休憩しておいてくれ」
「え、まだやれるのに!」
「……ミシェル、行きましょ。ママとケーキでも食べようか?」
「ケーキ?いいよ!……じゃあ、しょうがないなぁ」
カリム様は少し考え込んだ後、ミシェルに話し掛けた。彼女はまだ力が有り余ってるのか、不服そうな声を上げる。その様子を見たダリアは、空気を読むようにミシェルを外に連れ出した。簡単にケーキに目を輝かせて釣られてしまうとこなんか、ちゃんと子供っぽくて安心した。
ダリア達が部屋を出たのを確認してから、カリム様は話し掛けてきた。
「……コウ、試練については聞いているか?」
「はい、最初四大元素の試練をやるんですよね?」
「そうだ。あれは、心身の負担が大きい。たがら、通常は少し間隔を空けて行う」
「そっか、確かに“火の試練”を受けてから少し経ってるな……ひと月くらいか」
四大元素の試練っていうのが……火土水風の4つの試練だ。あの“夢”を見てから、ひと月くらいか。本当に人生が一変した。濃い内容の1ヶ月間だった……まさか、こんな風になるなんて思ってもみなかった。
「うむ。しかし、お前には1日置きで受けてもらう。今の揺らぎのないお前の魔力ならば、十分耐えうるだろう」
「え、大丈夫かな?」
「ああ、お前には試してもらいたい事がある。10日間で、“鏡像の試練”までやるぞ。我も、ずっとこの場所には居られないからな」
「“鏡像の試練”?」
10日でって、カリム様もスパルタだ……あの、死ぬ程苦しい思いを1日置きに味わうのか、早くもちょっと挫けそうだ。しかも、なんか新たな試練が出てきた。
「まぁ、それが賢者の力を開放させる試練だ。その後も鍛錬を繰り返すことで、コントロール出来るようになる」
「じゃあ、その後は……カリム様じゃなくて別の人と鍛錬するって事ですか?」
「そうだな。初めは管理者や闘志を相手にしながら学べ」
それじゃあ、エヴァン達と訓練を一緒にやれるかも。せっかくチーム『GOTS』結成したし、アラシにも大いに協力してもらおうかな。
「だが、賢者の力を開放した後は魔力抑制装置を付けてもらう。暴走する可能性もあるからな」
「魔力を抑える……か。確かに、怖い気がする」
「ああ、最初は基礎鍛錬が必要だ。コントロール出来ない膨大な魔力ではなく、管理者程の魔力から始めたほうが良い。その方が、より多くの相手と実践的な訓練も行える」
「うん、俺もそっちの方が安心です」
そもそも今のところ全くイメージ出来てないし、想像も出来ないような力なんて怖くて使えない。先ずは掌から小さな炎を出す、みたいなところから始めたい。……いや、それだけでも凄いんだけど。
「それと、頼みが一つある」
「え、何ですか?」
「お前のツナガルモノの能力で、ロックスと繋がってくれんか。この場所でだ」
「え……でも、今まで俺の意思で繫がったことないんです。いつも、ロックスから急に……」
俺は急に言われて戸惑った。そう、俺はツナガルモノの能力はあるけど、使い方は分かってない。ロックスがツナグモノの能力で、向こうから俺に声を掛けてくる。いつも俺は受け身だ。
「この場所は、魔力の蔵の最上部にあたる部分に存在している。そして、ここから宇宙上の精神の回廊に繋がっている」
「……ん?それって、何かロンが言ってた気が」
「そうだ、彼も精神の回廊を浮遊していたからな。宇宙空間を結ぶ道のようなものと言えば分かるか。宇宙網に沿って、延々と空間魔法を繋げているのだ」
うーん。凄すぎてよく分からないけど、カリム様は宇宙上に道を作ったのか。途方もない力だな。それだけの力があるなら、エラドも指先でパチンと出来そう……って思ったけど、冗談言える雰囲気じゃない。
「……凄いな。じゃあ、ここもどこかに繋がってるんですか?」
「ゼスト大陸に繋がる。カルディア大陸と同じ星に存在する大陸だ。実は魔力の蔵へは、カルディア大陸で集められた魔力が送られてきているのだ」
「え!!……カルディア大陸って何処にあるんですか?」
「隣の銀河団の端だ。ここから5千万光年近く離れた場所にある」
は?5千万光年って……光が5千万年かけて行く距離だよね。いやいや、送るとか無理でしょ。どう考えても、無理でしょ。
「我は、思念を光の十億倍の速度で動かせる。精神の回廊の内部では、その速度で魔力を動かす事が可能だ」
「可能なんですね!!」
俺は思わず突っ込んでしまった。言っている意味がよく分からないけど、アインシュタインも真っ青な内容だ。地球の物理学の根底が崩れる。ま、魔法自体が地球の科学超えてるけど。
光の十億倍ってことは……えっと5千万光年を十億で割ったら、どうなるんだ?
「大体魔力は、20日程度で到着する」
「はぁ……とんでもないですね」
「とにかくだ。精神の回廊に繋がるこの場所なら、ツナガルモノとの親和性が高いはずだ。既に繋がっているからな」
何となく何がしたいか理解出来てきた。多分、ここと繋がっている先のゼスト大陸にロックスがいるって事だろう。えっと、どうしたらいいんだ?
「あの祭壇の前に立ち、あの宝玉に触れてみてくれ。きっと、ロックスも応えてくれる」
「……はぁ、分かりました」
カリム様の背後を見ると、1つ段差が上がった部分に祭壇があった。先日来た時は無かった気がする。その祭壇は、細長い円柱状になっており、何かの鉱物で作られている。その壇の上部には、1つの大きな宝玉が嵌め込まれている。
「じゃ、やってみます」
俺はカリム様の方を見て頷くと、透明の宝玉に触れた。すると、宝玉は一気に金色を放った。俺は眩さに目を閉じた。すると、直ぐにあのツナガルモノの能力が発現した。感覚的に何処かに繫がったことが分かる。俺がその場所に意識を向けると、頭の中でロックスの声が響いた。
(あ、コウ君?……本当だ。近くに感じる)
(え……ロックス。何か直接繋がってるよね)
(うん。一気に僕の意識に繋がった。そのまま辿ってきて)
いつもなら、あの謎の白い空間を介さないとロックスには会えなかった。けど、何故か今回は直接彼と繋がっている感覚がする。俺は言われた通り、目を閉じたままロックスがいる場所を意識の中で探る。気配を辿るように、彼の存在を強く感じる場所に近付いていく。
そして、彼と重なる部分に辿り着いた。不思議と感覚的にここだと分かった。……どうやら俺は、ロックスの肉体に憑依したみたいだ。彼の中に、俺がいる感覚がある。
(うん、今僕の中にコウ君が来たのを感じるよ)
(ああ、確かにそんな感覚がする)
(目を開いてみて)
俺が目を開くと、目の前には美しい金髪と、吸い込まれるような碧眼の女の人がいた。魅入られる程綺麗だ。フランス人形をそのまま大きくした感じの見た目をしてる。彼女は、不思議そうに、俺の方を眺めている。
その隣には、青い武道着に身を包んだ男がいる。そちらは茶髪で中性的な顔立ちの人だ。
「ロックス、本当に繋がってるのかい?」
「……確かに、内側に強大な魔力を感じます」
茶髪の男が、怪しむ表情を浮かべたまま話し掛けてきた。隣に立つ金髪の美女は、興味深げに俺を観察している。あ、そうだ……俺、今ロックスの身体に憑依してるのか。こないだ、ノアさんと会ったときみたいな感じか。
(女の人は、アンナ。そして、隣の男の人はディーノって言うんだ。僕は少し眠るから、僕の身体を使って話してみていいよ)
(……分かった)
ロックスの声が頭に響いた後、次第に憑依が深くなる感覚がした。……彼が眠ると、周囲の状況が明確に感じられるようになっていく。完全にロックスの身体と同調してる感じがする。
「……あ、俺はコウ。今、ロックスの身体の中にいるみたいだ」
「え!!凄い……本当に繋がってるのか。君が地球の“金色の輝きを持つ者”なのかい?」
「うん、そうだね。俺もびっくりだよ……ここは何処なの?」
「ゼスト大陸ですよ」
驚愕の声を上げながら興奮気味に近付いてきたディーノの隣で、アンナは落ち着いた様子で俺の質問に答えた。やっぱ……本当に、ゼスト大陸に繋がってるんだ?
「私はアンナ=ルートヴィヒ。地球の魔力の蔵にカルディア大陸の魔力を送る役割を持っています」
「え、そうなんだ?」
「はい、この場所から千年もの間……魔力が送られ続けているのですよ」
「信じられないな。ここから地球に繋がってるなんて」
アンナは俺に自己紹介すると、俺の背後を指差した。そこには、巨大で透明な宝玉が床に埋め込まれている。俺がカリム様の部屋で触れていた宝玉に似ている。もしかして、宝玉同士が繋がれてるのかな?
「私、地球の存在にずっと半信半疑でした。でも、あなたと話してみて確信しました」
「うん、俺も感覚的に地球とここは繋がっている事が分かる。何故かそう感じる」
「ふふ、凄いですよね」
アンナは屈託のない笑みを浮かべた。冷静な人だって第一印象だったけど、その柔和な笑みに、包み込まれるような温かさを感じた。
「ね、地球ってどんなところなの?」
「私も興味ありますけど、今日は手短にって指示が出てます。そろそろ繋がりを切ったほうがいいと思いますよ」
「え、アンナばっかり話して、ズルいなぁ」
「ふふ。じゃあ……コウさん、もう一度目を閉じてください。そして、意識の中でロックスに声を掛けて上げてください」
ディーノは不服そうな顔を浮かべたが、素直に引き下がった。俺はアンナの言う通り、目を閉じた。すると、意識下にロックスの存在を感じる。
(ね、ロックス。まだ寝てるの?)
(……ん、ああ、終わったの)
(うん、なんか手短にって言われてたみたい)
(そうだね、まだ負担が大きいかも)
ロックスは、眠そうな声色で話す。彼が起きると憑依の感覚は薄れた。負担が大きいのか……前ノアさんと会った時にも言われた気がする。
(じゃあ、一度戻ったほうが良いのかな?)
(うん、なんか長時間はまずいんだって。でも、これから何度も繋がる事になるかもってアンナさんが言ってた。また来てね)
(そうなの?……分かった、とりあえず地球に戻ろうかな。じゃあ、またね)
俺はロックスに別れを告げると、彼の身体から離れた。感覚的に彼から次第に離れていくのが分かる。ゆっくりと浮遊していく感覚で上昇していく。ある地点まで辿り着くと、元の場所の存在を感じた。
俺は意識下でゆっくりと、元の場所へと近付いていく。何かの流れに乗っている感覚だ。すると、明確にカリム様の存在感を感じるようになった。俺はゆっくりと、目を開いた。
「……ん、ああ、戻ってきたのか」
振り返ると、カリム様がいた。元の部屋に戻ってきたようだ。あれ?体が重い。凄い疲労感を感じて、堪らず俺はその場にしゃがみ込んだ。
「ふむ、やはり……お前とロックスの能力は凄いな」
「はぁ、そうですね。本当にゼスト大陸に行けちゃいましたね」
「お前達の能力は……時間や空間の概念を飛び越えている。数千万光年先の場所に、リアルタイムで繋がれるというのは、我にも不可能だ」
「あ、そっか。言われてみれば、物凄い距離を飛び越えているのか」
カリム様に改めて言われると、確かに物凄い能力だ。物理学を無視した能力だよね。カリム様でも無理な事やってるのか……俺達凄いな。
「とりあえず、試練をクリアした後……再度繋がってもらう事にしよう。繰り返せば、時間を長く保てるようになるだろう」
「え、そうなんですか?楽しみだな」
「ああ。近い将来、お前には手伝ってもらわねばならぬ事がある」
カリム様は険しい顔で呟いた。……大変そうな事が待ってそうな気がする。何か重要な事が起こりそうな感じだな。
「早速、“地の試練”から開始したいと思うが……一度部屋に戻るか?準備があるなら、出直してきてもいいぞ」
「え、どうしよっかな?」
俺は唐突に言われて戸惑った。うーん……カリム様も忙しそうだし。心の準備がまだ出来てないけど、やるか!……一度戻ったら、気持ちが萎縮しちゃうかもしれないし、勢いで前に進んだ方が良いかもしれない。
「よし、じゃあ、お願いします!」
「うむ。では、“地の試練”を開始するか……」




