地球編23 ミシェルとの出会い
「それにしても、こんなに早く賢者になるって決断してもらえるなんて……思ってなかったわ」
「そうだね。最初ダリアに話聞いた時は、絶対受け入れられない話だと思ったよ」
俺達は、エレベーターに向かう通路で会話しながら歩いてる。ダリアは、嬉しそうに話し掛けてきた。
「何か、心境の変化があったのね?」
「うん。自分のツナガルモノの能力に色んな可能性があるって知れたのも大きい。……この先を知りたくなったんだ」
「そっか。私としては、ミシェルに色々押し付けなきゃいけないのが苦しかったから……あなたが一緒に前に進んでくれるなら、ホッとするわ」
ダリアは本当に安堵した様子で語った。1人娘に世界の命運を託さなきゃいけないのは辛いだろう。ま、俺がその肩代わりすることになるんだけど……10歳になる女の子に、無理矢理魔力を増幅させる手術のリスクを負わせるのは可愛そうだしね。
「俺がなれば……もうミシェルは、賢者候補にならなくていいんだよね?」
「うん。けど……困ったことに、本人の意志は固いのよね。まあ、組織としては候補者は1人より2人が良いけど……母親の立場としては、手術まで受けて欲しくはないわ」
魔力を増幅させる手術は、ミレナが数ヶ月後に控えてるって言ってた。それには副作用がある可能性もあるし、魔力炉との適合率は不明だ。リスクはあるだろう。
「ダリアも、難しい立場だね」
「そうなのよね〜。まぁ、当面は一緒に訓練する事になるかもしれないわ。仲良くしてあげてね」
ダリアは、どうやら先日カリム様に会った部屋に向かっているようだ。話を聞くと、あの場所が賢者候補者の特訓室になっているらしい。でも、何の変哲もない白い壁に囲われた部屋だったけど、訓練なんか出来るのかな?
先日と同様、警備員に認証チェックを受けたらエレベーターに乗り込んだ。自動で動き出したエレベーターが到着した先には、先日も見た赤絨毯が続く通路があった。
「ここ、来たことあったのね?」
「うん。一昨日カリム様に話を聞きに来たんだ」
「でも、今は開いているから……こっちの部屋に入って着替えて」
「え、どういう意味?」
ダリアは、右側の壁に据え付けられているボタンに手をやった。壁と同色の白で、ぱっと見あるかどうか分からない。よく見れば、掌程度のサイズで丸い窪みがある。
彼女がボタンを押すと、隠し扉が開いた。その先はウォークインクローゼットのような造りの部屋で、宇宙服のような白い服が複数掛けられていた。
「え……何これ?」
「宇宙服を簡易にした専用スーツよ。動きやすさを重視して素材は薄手にしてるわ。ちゃんとヘルメットして、酸素タンクと生命維持装置は背中に背負ってね」
「あの……どういうこと?」
「カリム様の能力で、別の惑星への扉が開いてるの。その惑星は、重力も大気も薄いし紫外線も強力なの……生身では行けないわ」
「ええ!!……何それ」
ダリアは、服の上から専用スーツを装着しながら話した。ここから別の惑星に繋がってるなんて……理解が追いつかない。
ダリアの説明によると、転移魔法と空間魔法を組み合わせて、何処かの惑星の地表の一部を空間ごと圧縮して、この先の扉に繋げているという話だ。訓練時だけ、カリム様の魔法で空間を繋ぎ合わせているらしい。
「とんでもないな……それって、宇宙船無しで何処の惑星でも行けるんじゃない?」
「惑星の地表の1平方キロメートル位の区画のみを空間魔法で切り取ってるから、その惑星を旅出来る訳じゃないわ。それに距離の制限はあると思う。比較的近くの惑星らしいし」
「成程ね……でも凄い力だ」
ダリアの返答に、俺は呆れ声を漏らした。カリム様の力なら、大抵なことは出来そうな気がする。
スーツ着用のレクチャーを受けながら、ダリアに話を聞いた。どうやら賢者の力を開放して訓練をやると、地球上では目立ち過ぎるようだ。そこで、地表の硬度が高い惑星を使用することになったらしい。
〔よし、これでいいわ〕
〔ああ、スピーカーが内蔵されてるんだ?〕
〔そう、カリム様達とは念話で話せるわ〕
〔ね、念話……か〕
透明の球形のヘルメットを被ると、ダリアの声が聞こえてきた。頭部の後方にスピーカーがあるようだ。にしても、念話か……ロックスと話す時みたいな感じかな。色々凄過ぎる。
専用スーツの着心地は悪くない。動きは制限されるけど、内側は程よくひんやりしてるし、思ったほど重くはない。
〔じゃあ、扉を開けるわよ〕
〔あ、うん〕
俺達は、元いた赤絨毯の廊下に戻った。眼の前には厳重そうな黒い両開きの門がある。先日は普通の部屋に繋がっていたけど……。
〔うわっ!……なにこれ〕
ダリアが中央の宝玉に手を当てて、扉を開けると……眩い空間が広がっていた。四面は黒い壁に覆われているが、足元には大きな魔法陣がある。複雑な文字が円の中にぎっしりと書かれてある。見たことない文字だ。その魔法陣の周囲には、円状に渦を巻く霧のような光が浮遊している。
金色に輝く眩いその空間に、ダリアは迷いなく足を踏み入れていく。
〔これは、カリム様の魔力で作られた転移魔法陣よ。さあ、入ってきて〕
〔凄い……〕
俺もその空間へ足を踏み入れる。周囲に浮く金色の霧の渦は、抵抗無く体を透過した。その渦は天に向かうと、先で粒状になり消えていく。一歩踏み出す度、足元の魔法陣からも淡く光が揺れる。
〔それじゃ、行くわよ〕
ダリアは、俺の手を取ると強く握りしめた。彼女が緑に光った瞬間、景色は一変した。
そこには異空間が広がっていた。赤茶の砂塵が所々舞っており、岩石が転がる大地が広がる。奥の方に、山や崖が見えるが緑は1つもない。……ただ、赤茶の風景が広がり続ける。
茶と灰色が交じる淡い色合いをした空には雲1つ存在していない。太陽のような恒星だけが眩く輝いている。
静寂の中、自分が呼吸する音だけが頭の周囲を反響する。透明のカバーに強い日差しが反射している。ん?なんか……立っている感覚に違和感がある。
〔ここが……別の惑星?〕
〔そうよ。ヘルメットは絶対外さないで。それに、宇宙酔いを起こすかもしれないから、あまり動かないでね〕
〔分かった。……あ、あそこで向かい合ってるのは〕
俺は遠目に魔導士のようなローブを着た人物を見つけた。その向かい合わせに、グレーのワンピースを着た少女の姿も発見した。
〔あ、カリム様とミシェルよ。ちょうど何か始める様子ね〕
〔え、でも2人とも生身じゃん!〕
〔まぁ、カリム様は精神体だから。ミシェルは、自らの魔力で身を覆い続ける事でこの苛烈な環境に対応してるの〕
確かによく見れば、少女の身体は淡く黄緑の光を発している。あれは、魔力で体表を覆ってるのか。
〔あれは、私には出来ないわ。魔力を長時間出力させながら身に纏わせるなんで、大量の魔力と繊細な操作が必要よ〕
〔じゃあ、ミシェルはそれが出来るんだ?〕
〔ええ。私達、管理者も四大元素の試練は受けるけど……賢者候補者は、それに加えて厳しい試練があるみたいなの。それを乗り越えれば、可能になる〕
四大元素の試練っていうのは、俺やエヴァンが見たあの“夢”の事らしい。俺は火の試練、エヴァンは火と土の試練が終わってる。あとは水と風の試練があるらしい。
〔はぁ……俺も前途多難だな。でも、ミシェルは乗り切ったんでしょ?〕
〔そうよ。親バカに聞こえるかもしれないけど、彼女は紛れもなく天才よ。あなたを除けば、ミシェルの素質は圧倒的だわ〕
〔ふーん、やっぱり賢者候補者になるだけの素質はあるって事なんだ?〕
〔そう。候補者になれるのも、一握りなのよ〕
俺達は、ミシェルの様子を眺めながら会話を交わす。スピーカー越しに聞こえるダリアの声は、誇らしげだった。
〔じゃ、キリルも出来るってことだよね?〕
〔そう。兄妹で候補者になった事例は、これまでもあったみたい。元々持つ魔力の含有量は血筋にも関係してるって説もあるわ〕
〔成程ね。そういう事か……〕
確かに、2人の父親のロベルトは管理者だったって聞いた。ミシェルに関しては、ロベルトとダリアの子だから、両親が管理者だもんね。生まれ持った才能があってもおかしくない。
〔あ、始まるわよ〕
〔うおっ〕
ダリアの声がヘルメットに響いたのと同時に、ミシェルの身体の光が輝きを増した。彼女は右手を伸ばし、白色の光弾をカリム様に放つ。しかしそれは跳ね飛ばされ、近くの岩石を破壊した。
それを合図に、2人の姿は消えた。視線を上げると、宙で2つの人影が激しく飛び交っている。交差する度に、火花が飛び散るように白色の光と金色の光が空に舞う。
俺の体には、その度衝撃波が伝わってくる。ミシェルが放つ光弾を、カリム様が受け流すと地面に着弾して、振動と共に地面が大きく抉れた。
〔なんて……迫力だ〕
〔そうでしょ。これ、地球でこっそりやるの無理でしょ?〕
〔はは……確かに、派手過ぎるね〕
〔でも、あなたも訓練すれば……このレベルの戦いは可能よ〕
俺もこんな感じになるのか……凄過ぎる。全く想像がつかない。スポーツも割と苦手なタイプだったんだけどな。信じられない光景が眼前で繰り広げられているのを、俺は呆然と眺めた。〔あ、危ない!〕
〔え……〕
ミシェルの放つ白い光弾が、俺とダリアの方へ飛んできた。その光は瞬く間に、接近する。俺は避けようとしたが、惑星の重力が違うせいで、体のバランスを崩して背中から転んでしまった。俺は咄嗟に体を丸めて、目を閉じる。
(ふう……やはり、まだ課題はありそうだな。お前達も来ていることだし、一旦戻るとするか)
低い声が頭の中で響いた。多分、念話だ。俺が再び目を開くと、カリム様のローブがはためく後姿が目に入った。どうやら、俺達を庇ってくれた様子だ。彼は右手を前に付き出した姿勢のまま首だけこちらに向けた。
俺はゆっくりと立ち上がろうとした。けど、思ったより勢いがついてしまった。重力が違うと違和感がある。
〔すみません、特訓の邪魔をしたみたいですね〕
(まぁ、構わぬ。コウも……そろそろ来る頃かと思っていた。ミシェル、一旦中断して戻ろう)
ダリアが申し訳無さそうに謝ると、カリム様は、遠目でぼんやり立ち尽くしているミシェルに向って手を振った。少女は何か悟った様子で、大きく頷くジェスチャーで応えた。
カリム様が両手を広げると、金色の輝きを放った。そのままその煌めきは範囲を広げていき、辺り一帯はその光に包まれていく。俺はその眩さに、再び目を瞑った。
〔あれ……ここは〕
〔公会堂内の部屋に戻ってきたわ。生命維持装置が、減圧しながら身体チェックしてるから……OKサインが表示されるまでヘルメットは外さないでね〕
俺が目を開くと、一昨日カリム様と会っていた時の部屋に移動していた。なんだか、体が重い気がする。ダリアが説明してくれた通り、ヘルメットの内側にゲージが表示されている。何かの調整中のようだ。
前方に視線を移すと、カリム様の裾を掴んでバツの悪そうな表情を浮かべるミシェルの姿が見えた。茶色のロングヘアーをツインテールにしている。顔型はダリアに似て整っていて、二重の瞳が印象的な美少女だ。
俺と目が合うと、口を尖らせて目を逸らされた。え、何でだろ?
そうこうしている内に、OKサインがヘルメット内側に表示されていた。自動でヘルメットのロックが外れて、プシュウという音と共に空気が首元に吹き掛けられた。
「ふぅ……もう外していいわよ」
隣で、先にヘルメットを外したダリアは専用スーツを脱ぎながら話し掛けてきた。ヘルメットを外すと、外気が顔に触れて開放感を感じた。俺もゆっくりとスーツを脱いでいく。
「あなたが、コウね」
「え……あ、そうだよ」
俺がスーツを脱ぎ終わる頃、ミシェルは俺の眼の前まで接近してきた。彼女からは、睨みつけるような鋭い視線を向けられている。
「私のライバルね。絶対、負けないんだから」
「は、はあ……」
何故か、強烈にライバル視されてる様子だ。だから、睨まれてるのか。
「ミシェル!さっき、危ない目に合わせたのに……先に言うことあるでしょ」
「ママ……だって、気付かなかったんだもの」
「でも、びっくりさせたでしょ?」
隣でダリアはミシェルを叱った。すると少女は、気が強そうな雰囲気は消えて一気にしおらしくなった。流石母親だ。
「さっきはごめんなさい。あれは……ちょっとしたミスよ」
「あ、ああ……まぁ、カリム様が何とかしてくれたし」
ミシェルは、目線を下げてもじもじしながら謝ってきた。まだママには逆らえない様子に安心した。見た目も小学生くらいだし、ちゃんとあどけない感じが残ってる。
「でも、負けないんだから」
「……ごめんね、何かあなたの事意識してるみたい」
「あはは」
ダリアは頭を抱えて、溜息を吐いた。……成程、彼女の賢者になる意思は強そうだ。何とか上手くやる必要がありそうだな。




