another story 運命と時間 前編
※コウ視点の回です。
※地球編19の続きの時系列です。
俺とエヴァンは、魔力研究所を出た後……それぞれ用意された自室に入った。ビジネスホテルの一室のような造りで、清潔感があって良い。所々、サイバーチックなデザインなのが面白い。
今日は色々と考えさせられる事が多かった。脳を休めるように、頭を空っぽにしてベッドに横になって寛いだ。……そのままウトウトしていると、食事のお誘いの電話が鳴って目が覚めた。俺は、エヴァンとアラシと合流して食堂に向かった。
食堂は50席ほどあり、洒落たフードコートみたいな作りだ。広い空間に、4人掛けのテーブルが整然と並べられている。
「お、結構立派じゃないか?」
「そうでしょ、そしてなかなか美味いんすよ。今日は、日本食っす」
エヴァンは食堂を見回して感心している。隣に立つアラシは、メニューボードを指さした。その先に、『Pork cutlet』と表示されてある。
「ん?豚かつって事かな。良いね、久し振りに食べたい」
「美味しそうだな。楽しみだぜ」
「いやー、名店にも負けてませんから。絶対美味いっすよ」
俺達は席につくと、配膳された豚かつ定食を前に心をときめかせた。千切りキャベツに味噌汁、お漬物……それにメインの厚切り豚かつ。ご飯はおかわり自由。しかも、胡麻とすり鉢まで用意されてる。……分かってらっしゃる。
「ん……これはヤバいな」
「でしょ?このサクサクジューシー感たまらないでしょ」
「うん。これは、名店レベルだね」
俺達は興奮気味に呟きつつ、その味を堪能した。ご飯とキャベツを一度おかわりして、更に箸を進める。うん、最高だ。
食事の終盤に差し掛かり、豚かつがあと一切れってタイミングで……リザードマンの管理者・ロンが声を掛けてきた。
「コウ、急な話ですまない。食後に、魔力研究所行きのエレベーターの場所に向かってくれ。さっき乗ったとこ覚えてるか?」
「ああ、覚えてるけど……どうしたの?」
「カリム様が来られた。お前を呼ばれている」
「え……そうなんだ!?分かった」
「では、宜しく頼むぞ」
ロンはそう言い残すと、食堂から出ていった。俺は唐突な指示に動揺する。是が非でも会いたかった相手だけど、まだ心の整理が出来てない。隣でエヴァンとアラシも驚いた表情を浮かべている。アラシの顎に付いている米粒が気になったが、それより……カリム様が俺を待ってるって事実に驚いた。
「流石コウさんっすね。カリム様に名指しで呼ばれるのって、滅多にないっすよ!」
「やっと、聞きたいこと聞けそうそうだな」
「……うん」
「あ、それ、俺片付けとくんで……先行っていいですよ」
「……ん?………、あひあお」
俺は残りの一切れを一気に頬張った。その味を堪能しつつ、声にならない声でアラシにお礼を言うと、食堂を出た。そして、足早に先程乗ったエレベーターの場所へ向かった。
「あの……カリム様に呼ばれたみたいで」
「あ、あなたがコウ様ですか?」
エレベーターの扉にいる警備兵には、ロンが事前に事情は説明してくれている様子だった。彼は、手元のパネルと俺の顔を見比べている。十数秒後、照合確認が取れた様子で俺を見て頷いた。そして、黒い金属製のゲート前に立つようジェスチャーで促された。
「では、こちらに手を翳してください」
通路脇に立つ縦長の黒い台を、警備兵は指差した。読み取り用と思われるパネルが設置されている。俺はそこに右手を置いた。
無事認証が済むと、ゲートの縁が、翡翠色に輝いて扉は開いた。俺は通過しながら、何階に行くのか聞いてない事に気付いた。
「あ、しまった。何階だろ?」
「どうぞ。中に入れば自動で指定された階に止まります。出た通路を真っ直ぐ進めば部屋がありますので」
「良かった。分かりました」
俺がゲートを通過した後、扉の前で立ち止まっていると警備兵は説明を加えてくれた。エレベーター内に入ると、彼が言うとおり扉が閉まったあとは自動で動き出した。
1分ほどで、エレベーターは動きを止めた。扉がゆっくり開くと、一本道の通路の先に1つの門が見えた。金刺繍入りの赤絨毯が続く先に、黒い両開きの門が立つ。
前に足を進める度、緊張が高まっていく。あの“夢”の中で一度会ってるはずなのだが、初めて会う感覚だ。凄い存在だと知ってから初だし、尚更心が張り詰めてしまう。
俺は門の前に立つと、1つ大きく深呼吸した。そして、門の中央の宝玉に手を翳した。そうすれば、この門は開くと直感で分かった。偉大な存在に誘われるように、自然と体は動いた。
宝玉は、金色に輝きを放つ。多分、俺の魔力に反応してる。ゆっくりと扉は開かれていく。隙間から白い空間が見えてくる。眩い光束が俺の体を包む。そして、その光の先に人影が見えた。
そこには長く伸びた白髪と彫りの深い顔面、痩身に濃灰の外套を纏う老人が立っていた。あの……“夢”に出てきた人物だ。
「あなたが……カリム様、ですか?」
「そうだ。“金色の輝きを持つ者”よ、会いたかったぞ」
眼の前の老人は、思いの外優しい笑みを浮かべた。俺は、厳格で崇高な存在だと思っていたから、その感情が溢れる笑顔に驚いた。同時に張り詰めていた心が解れた。
「コウ……何か、聞きたい事があるのだろう?」
「はい。えっと……何、聞こうとしてたんだっけ」
「……まだ、迷っているのか?」
「あ……そうです」
俺はカリムという偉大な存在を目の前にして、頭が真っ白になった。何から話せばいいのか……言葉が出てこない。それを見透かしたように、カリム様はゆっくりと語りだした。
「では、まずは賢者について説明してやろう」
「お願いします」
「うむ」
カリム様は、賢者が実際何のために存在するのかを説明してくれた。
賢者は、知的生命体が住む銀河を振り分けられ、その銀河を管理する。
具体的には、知的生命体が住む星の管理者や闘士の育成。また、生命体から放出される“悪しき意志”が吹き溜まりを作らないように、銀河内で意志エネルギーの循環を促す……っていうのが主な仕事みたいだ。
そして、精神体とは自分の想像を実体化したもののようだ。不慣れな内はものを触ることは出来ないが、魔力のコントロールを高めていけば想像の具現化を繊細にする事で、ものに触れる感触も得ることは可能らしい。
話だけ聞いても良く分からない内容だ。まだピンと来ないけど、概要は知れて良かった。何となくイメージは出てきた。
「他に、聞きたいことはあるか?」
「えっと……エラドが居ない銀河でも、管理者や闘士って必要な存在なんですか?それに、賢者だって」
「ああ。エラドは、自らの身体を分裂させて“エラドの欠片”と言うものを宇宙にばら撒きながら進行している。その“エラドの欠片”が宇宙を彷徨い続けているのだ」
「あ、何か聞いた事ある気がする。ランダムに出現するっていう」
確か、“エラドの欠片”についてはダリアが少し話してた気がする。宇宙にそんな存在が漂ってるなんて、恐ろしい話だ。
「そうだ。それも知的生命体の意志に引き寄せられ、惑星を攻撃する。動きを予測するのも難しい。だから賢者は、知的生命体の存在する星の者達にコンタクトを取って、可能ならば管理者達の組織を置かせてもらうのだ」
「じゃあ、可能じゃない場合もあるんですか?」
「ああ。知性のレベルが一定水準以上じゃなければ無理だろう。たまに知性があっても、断ってくる惑星の指導者もいる」
「その場合は、仕方ないって判断ですか?」
「そうだな。無理強いはしない」
へー、賢者も営業活動みたいな事もやるんだ?確かに意思疎通が出来て、協力的な生命体じゃないと、務まらない責務だもんね。あくまで相手に判断を委ねるスタンスなのは、賢明だと思う。
「良くも悪くも知的生命体の意志というのは厄介でな。肉体と違い、死後の意志エネルギーは分解されづらい。それが宇宙に淀みを生む……その淀みが溜まって増大した結果、強大な力を得た生命体・エラドが産まれてしまったのだ」
「じゃあ、さっきの意志エネルギーを循環させるっていう話は、事前にそんな存在が出てこないように予防する為って事か……」
「ああ、そういう事だ」
俺は、何となくだけど賢者の必要性については納得した。じゃあ、管理者達の組織は、宇宙の平和や秩序を守る駐屯軍みたいな立場になるのかな。
「まだ疑問はあるか?」
「……あの、カリム様って……どんな気持ちでこういう事やってるんですか?だって、数千万年も続けてるんでしょ」
「どんな気持ち……か。我にも何故エラドと戦い始めたのか、記憶が無いのだ。運命の過流に翻弄されるように、我が心から湧き出る使命感に従って生きてきた」
「使命感……ですか?」
カリム様は、嘲笑するように哀しく微笑む。偉大な存在な筈なのに、人間臭い哀愁を感じる所作だった。カリム様の力を持ってしても、運命には逆らえなかったのか……。
「ああ、使命を全うせねばと……それだけだった。我が強く自我を意識したのは、自らの死期を感じ取ってからだ」
「え、死期って……」
「我にも寿命はあるのだ。まだ暫くは生きるであろうがな。今は、我の後継に相応しい賢者を探している」
「そっか……後継者か……」
「ああ。我の意志を継ぐ者に託す……それが、我にとって、運命の本流に立ち向かうという事だ。そうすれば、運命の流れから解放され……我は終着点を自ら選べるのかもしれん」
なんか、深い話だな。やっぱり数千万年という時を使命感に縛られて生きるっていうのも、想像が及ばないほどの重責があったんだろうな。
「……孤独感は、感じますか?」
「遥か昔、我は孤独であった。だが、今は我を慕う賢者達が居てくれる。いつの間にか、孤独ではなくなっていたな」
「そっか、良かった。でも数千万年って凄いですよね。俺だって賢者になったら……数万年は生きることになるんでしょ?」
「ああ、長いのは確かだが……あっという間に過ぎ去る時間もあるぞ」
「ん?どういう事ですか?」
「不思議なもので、感覚的な時間は伸び縮みするのだ。私にとってみれば、千年もあっという間の期間でしかない。今話している数分など、意識も出来ない程の時間の筈だ……だが、こうやって話をしている時間は一瞬ではないだろう?」
確かに、数千万年生きる存在にとっては……今話している時間なんて超ミクロな時間でしかない。でも、今は同じ時を共有している。不思議な感覚だ。
「そうですね。時間って不思議だな」
「運命と同様、抗えない存在だ。我も星も……万物には寿命がある」
「その点は、人間と同じですね」
「ああ。生とは、死があるからこそ輝くのかもしれん。我は人の一生も羨ましくなる時もある。数千万年は、些か長過ぎる」
カリム様は穏やかな表情で、そう呟いた。今まで色んなものを見てきたんだろうな。俺は死に恐怖を感じることがある。もう動かない紗絵を見て、笑い合うことが二度と出来ない辛さを味わったから。一方で、取り残されて生き続ける哀しみも知った。
カリム様も、そんな体験何度も繰り返してきたんだろうな。だからこそ……限りある生に、羨ましさを感じるのかもしれない。
「自分だけ取り残されていくって、悲しいですよね」
「そうだな。我が生きた文明も、遥か昔に朽ちた。断片的な記憶しか無いが、大切な思い出だ」
「うん、大切ですよね。……俺、それに耐えられるかが自信ないのかもしれません。もう、失いたくないんです」
俺は、心の中で一番引っ掛かっていた理由が、今分かった気がした。もう……失うのが怖い。取り残されて、孤独になるのが怖いんだ。
「失う怖さがある。……それは、賢者とっても大切な事だ。愛おしむ心があるという事だからな」
「そうですね。……大事だから、失いたくない」
「ああ。お前も最愛の人を失ったようだな。だが、お前は失ったが、失っていない」
「何で、それを?それに……どういう意味ですか?」
俺の質問に答える代わりに、カリム様は近付いてきて、俺の胸に掌を翳した。俺は、ぼんやりとその所作を眺めた。
「その指輪の宝玉に込められた想いが、お前の魔力に守られている」
「え、この指輪に?」
俺は右手に嵌めた指輪を眺めた。紗絵がいつも身に着けてた宝石が、この指輪には嵌め込まれている。……確かに、このターコイズは彼女の想いに触れ続けていたのかもしれない。
「お前のツナガルモノの能力の発現により、その想いが具現化しつつある。行ってこい、お前の心象の世界へ。……繋がれ」
カリム様がそう話し終えたのと同時に、俺は洋風の街並みが広がる場所に移動していた。周囲を見ても、俺1人しかいない。
それに……ここは。
「紗絵との想い出のショッピングモールだ」
ヨーロッパ調のアンティークな市場と、大きな桟橋が目印の人気のデートスポット。海沿いに並ぶカラフルでお洒落な露店……あの頃のままだ。俺は、あの頃の想いが蘇り、一筋涙が溢れた。
そして俺の耳に、奥の方から教会の鐘が鳴り響いてきた。
「紗絵が……居るのか?」
俺は、何かに導かれるように教会の方へ歩き出した。
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