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カルディア大陸編20 運命への道筋

「……誰だ?ジャスは知り合いなのか?」

「ああ」


 エリックは、初めて見るノアに戸惑いを覚えた。見た目は自分よりも若く感じるのだが、その存在感には圧倒されるものがあった。底知れない不気味さと、包み込まれるような安堵感が同居しているような……そんな不思議な感覚がしたのだ。


「君がエリックだね?私は、ノア。千年を生きる魔導士。……そして、運命を導く役割を持つ者さ」

「せ……千年?」


 ノアは柔和な笑みをエリックに見せた。彼は運命を導く為に、己の判断で必要な人間に情報を与える事が出来る。ノア自身には、“沈黙の契約(ミスティ)”が敢えてかけられていない。


「まぁ、まずは脱出しよう。魔人たちを追わねば」

「あ……はい」


 エリックは事態を飲み込めないままノア達の後ろを追った。光の道は元の世界へ続く。亜空間の漆黒の闇に、射す希望の道。一筋の光の先には亜空間との境界があり、歪んだ森の風景が映る。


 3人がそこを潜ると、元の世界に戻った。エリックは地面を踏みしめ、不気味な浮遊感から解放されたことに安堵した。

 しかし彼が周囲を見渡すと、森は踏み荒らされていた。地面の白土が焦げ茶に変色する程、地面には無数の足跡で埋め尽くされている。


「これは……?何が起きたんだ?」

「数千体のオークが通過したんだ。あの洞窟からね」

「何ですって!?」


 エリックは、足元の凹凸と魔物の残り香に眉を顰める。そして、ノアの言葉を聞き衝撃を受けた。


 魔人がダマスク地区の結界を破壊した事で、地下道を塞いでいた結界も一部が破壊されてしまった。その結果、大量の魔物が侵入する事が可能になった。

 ノアがダマスク地区に辿り着いた頃には、既に森は荒れ果てていた。無数のオークの激流が、大量の土埃を中に撒き散らしながら進む姿を、彼は遠目に見る事しか出来なかった。


「……エリック、君の部下の亡骸はそこに安置しておいた」

「……!?…………ジル、ウェルズ……これは、酷い」


 ノアは魔物の群れが過ぎ去った後に、引き千切れた紫の外套に包まれる肉塊を発見した。命を賭けて戦った魔導士達の亡骸は、オークに踏み荒らされ人と呼べる形状では無くなっていた。

 その無惨で無慈悲な姿に、エリックは膝を落としてその場で項垂れた。


「……勇敢に立ち向かっていったのだろうな。……丁重に、弔ってやる」

「くそっ……あいつら、許さん!」


 エリックは、2人の死骸から紫の魔導士達(モヴマギア)の証である鷹の紋章が入ったピンバッジを外した。それには、彼らの名前が彫られている。隣に立つジャスは、怒りに満ちた顔で声を荒げた。いつも冷静な彼も感情を表に出し、憤りを隠せなかった。


 エリックは、今回失われた部下達の顔を思い出し悲嘆した。自分を信じ、付いてきた者達を守れなかった弱さが、悔しかった。


「エリック……ダマスクの街に戻って、紫の魔導士達(モヴマギア)の立て直しを頼む。すまないが、悲しみに暮れている暇はないよ」

「はい……分かりました」

「君達が、命懸けで魔人達を引き止めてくれたお陰で……運命が反転するのを防げたよ。ありがとう」

「そうですか……。よく分からないけど、こいつ等の犠牲も意味があったのなら、良かった」


 エリックは、あまり意味が理解出来なかったが……ノアの御礼の言葉に、安堵した。その屈託のない素直な言葉の響きに、犠牲になった者達も救われる気がしたのだ。


「じゃあ、ジャス……急ごう。魔人達に追いつくよ」

「団長、必ずこいつ等の(かたき)は打ってくる」


 そう言い残し、ノアとジャスは洞穴の方へと駆け出した。ジャスは仲間達の死を決して無駄にはしない、と覚悟を深めながらその足を進めていく。


「頼むぞ……」


 エリックは……2人の背中に、死んだ団員達の願いを託した。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「急ぐんだ! もう出るぞ!」

「第18大隊揃いました!」

「ゴナ地区の騎士団も先程到着しました」

「指示を待て!」


 セレネ城下では、月の女神の兵士達(セレネストラティオ)の大軍が準備を進めていた。


 その深碧の色の鎧には月の紋章が光っている。城下の大地を覆い、遠目からは蠢くように映るその深碧の集団は、緊張感を高めていた。


 セレネ魔導学校には剣術や体術をメインとした学部があり、その卒業生が月の女神の兵士達(セレネストラティオ)の隊員になることが多い。

 騎士だけではなく、優秀な魔法剣士や僧侶の部隊も数多い。



 セレネ城の近辺地区の騎士団も召集された。全ての軍を合わせると、その数は1万を超えた。近年では最大の戦となる。20年程前にゴブリンが大量に発生した時も大戦があったが、今回の方が脅威は遥かに上だ。


 セレネ城下町の住民もただ事ではないことが起こっていることに気付き、町中にも緊張と不安が広がっていた。



「すごい規模だな」


 セレネ城の一番高い塔にある展望台から、ディーンは月の女神の兵士達(セレネストラティオ)の大軍を見た。深碧の色の集団達が、号令と共に測られたように整然と並んでいく。

 彼も風の王シェラと共に、アーガイル地区を発った後、セレネ城に来ていたのだ。


「ディーン、私達もそろそろ向かいましょうか?」

「ああ、そうだね」


 彼の後ろから、アンナが声を掛けてきた。彼女はセイントの片腕であり、養女でもある。唯一、転移魔法を使える彼女には、ある任務が与えられていた。ディーンはその護衛として付き添う。


「空気が、ひりついてきたね」

「ええ。状況はもっと混迷を極めるでしょうね」

「こんなタイミングでここを離れても、ほんとに良いのかな?」

「ノア様の予知した未来を信じるしかありませんよ」


 ディーンとアンナは、“転移の間”に向けて歩きながら言葉を交わす。ディーンは、大きな戦いを前に場を離れる事に罪悪感を感じているのだ。


「まずは、ロックスのいるシュベルトの街に行きますよ。あの子、元気そうでした?」

「ああ。僕も護衛で付いてたけど、振り払って1人でどっか行こうとするし。あの身体能力の高さには驚いたよ」

「ふふ……将来が楽しみです」


 ディーンは、アーガイル地区に滞在していた間、ロックスの護衛を担当していた。勿論、その事はゲイルの了承を得ている。ロックスは、現在アーガイルの隣街であるシュベルトの街に避難している。


「ま、流石に魔人達もロックスの存在には気づいてないだろうけどね」

「ええ。だからこそ、今の間に動いておいた方がいいのでしょう」

「……うん。まぁ、そうなのかもね。僕等の任務も責任は重いよね」

「そうです。私達は私達に出来ることをやりましょう。魔力(マナ)もいっぱい溜まってますし……ちょうど良いタイミングでした」


 アンナの手には、大きな壺が抱えられている。それは、鷹が羽を広げたような彫刻が彫られていて、前面に埋め込まれた宝石は、翠緑の光を放っている。


「よし、じゃあ頼むよ」

「はい。では、向かいましょう」


 “転移の間”に到着した彼等は、複雑な象形文字と幾何学模様が並ぶ魔法陣の上へ立った。そして、アンナは転移魔法を唱える。すると2人の体は銀の光を放ち、その場から消え去った。


 彼等はロックスを連れて、()()()()へと向かう任務がある。ノアが視た未来の断片は、その場所を示していた。大きな災いが降り注ぎ、そしてそれに立ち向かう者達……。


 その未来の光景(ビジョン)を、ノアは視たのだ。


『始まりと終わりの島』……ゼスト大陸。

 運命を決する事態が、その場所で起こる事になる。




 _______その頃、魔人達は魔竜(マギアドラゴン)の洞窟を奥深くまで探索していた。カルディア大陸の地下を縦断するその洞穴は、かなりの規模だ。魔人達も簡単には魔竜(マギアドラゴン)に辿り着けないでいた。


「ちっ、なかなか辿り着かないな」

「まぁ、奴らも馬鹿じゃない。魔竜(マギアドラゴン)魔力(マナ)は、辿れないように細工がしてあるのじゃ」

「お前の部下が熱源を感知したのは、この辺りか?」

「ああ、ほら……聞こえてきただろう。竜の呻き声が」

 

 湿った岩が削られて出来た空洞は、苔と泥が混ざった臭いが漂う。長く続く空洞は薄暗く、ヴァールが魔法で浮かす炎を頼りに、魔人達は奥へと侵入していく。

 やがて、ヴァールは目的の生物の近くまで接近出来た事を確信した。竜の呻きが、低音の響きとなり洞穴内を震わせ、魔人の耳にも届いたのだ。



 その先に存在する魔竜(マギアドラゴン)は、縦長の瞳孔で周囲を警戒していた。黄金の瞳を左右に動かし、黒い鱗で覆われた皮膚を呼吸と共に膨縮させる。その喉を鳴らす度、空気が振動する。


 漆黒の鱗は、周囲に漂う淡い綿雪のような白い魔力(マナ)の光に、反射している。竜は、その鋭い牙をチラつかせ、赫灼の羽を軽く揺する。


 ー我に干渉せねば、手出しはしない


 干渉した場合、大地に災いを起こすー


 魔竜(マギアドラゴン)とセレネ国と()()()()()()()の成約は……今、破られようとしている。


 ……その成約の真相を知る者達が、魔人達の背中を追っていた。


「ノア様……もう魔竜(マキアドラゴン)が居る場所に、魔人達は辿り着いているのでは?」

「かもしれないね。だけど、既に仕掛けは施してる。彼等は目の前に辿り着けても、簡単には手出し出来ないさ」


 ジャスの心配を他所に、ノアは不敵に笑った。洞穴の奥深くで、激しく交錯していく意図と意図。地上と地下で、幾つもの運命がぶつかり合う。その結末を知る者は、まだ誰もいない。


 ノアは、気紛れな運命の動きを己の瞳で見極めようと、洞穴の暗闇を光で照らして進む。深い闇まではその光が届かず、何も見えない。

 彼が視ている運命は、断片的だ。漆黒の世界に、光が等間隔で差す光景があるならば……その光が照らす場所しか視認出来ないだろう。その間にある闇は深い。


 運命もまた然りだ。手探りで伸ばす手で、望む運命への道筋を掴むしかない。


「さあ、運命の別れ道だ。見極めないとね」


 運命を司る魔導士は、決意を深めるように呟いた。

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