カルディア大陸編18 魔人ガイム
「逃さん!フィロス!!」
「くそっ、しつこい奴だ」
エリックは、前方を漂うドミンに向かって魔法を放つ。披針形の葉を槍状に精製して、数本連射した。赤い魔人の肌を刃は掠めたが、素早い動きにより避けられてしまう。
ドミンはふらつきながらも、エリックの方へ向き直り、再び魔弾を口から撃とうと大きく息を吸った……その時。
「怒りの爆弾!」
「ギャッ!」
ドミンは不意をつかれ、爆裂魔法をまともに受けた。激しい爆炎が魔人を包み、光と轟音が広がる。爆煙が周囲に広がると同時に、魔人の身体は地面へ叩きつけられた。
脇の路地にエリックが目をやると、傷だらけのカロメが立っていた。彼は両腕を前に伸ばした格好で、倒れた魔人を睨みつけている。
赤髪から流れた血は乾いて、カロメの顔面にこびりついている。彼の紫のローブはどす黒く変色し、粉塵に塗れた部分が所々白い。力を出し尽くしたように、カロメはそのままうつ伏せに倒れた。
カロメは、ガイムと交戦していたが強烈な攻撃により瀕死の重傷を負った。しかし、身体を這わせながら魔人を追ってきたのだ。
彼の意地の一撃に倒れたドミンの焼け焦げた肌からは、煙が昇る。赤い魔人は、力無くぐったりと地面に倒れている。
「カロメ!!……アイシャいけるか?」
「……ええ!いくわよ」
エリックは、真後ろまで近付いてきていたアイシャに目をやった。彼女は頷くと、一気に魔力を高める。薄紅色の光が彼女の体中を覆っていく。その瞳は獲物を狙って鋭く光る。
「全ての罪に懺悔なさい!! 鉄の処女!」
アイシャは最大限魔力を高めて最大級の魔法を放つ。
倒れたドミンの前に、薄紅色に発光する金属製の人形が現れた。前面の両開きの扉が開くと、中身は無数の鋭い棘で覆い尽くされている。扉を閉められたら、中に入った者は身体中が隈なく串刺しになるだろう。
「ぐ……、な……なんだ!?」
ドミンは目の前に急に現れた人形に気付き、鋭い眼光で睨みつけた。焼け焦げた身体を宙に浮かせ、離脱しようと試みた。だが、人形の内部から放たれる薄紅の光は、赤の魔人を捕えようと追い掛けていく。
その光に捕らえられ、隙間なく包み込まれたドミンは、物凄い吸引力でそのまま人形の中に吸い込まれていく。魔人は黒い靄を口からばらまき、首を振って抵抗するが、身体が収まると重厚な扉は閉じられた。それと同時に、分厚い金属製の鎖が何重にも扉に巻きついていく……。
その太い鎖は、強力に人形を締め付けた。しかし中にいるドミンは、その強烈な力で暴れ回る。蓋の隙間が、内側からの衝撃で瞬間的に開きそうになる。
「くっ、魔力を弱めると破られそう。もうっ暴れないで!!」
「枝の牢獄!」
アイシャは捕らえたものの、強烈な力で押し返されそうになった。その様子を見て、すぐにエリックが魔法を唱えると太い蔦が現れ、人形の上から幾重にも巻き付いた。
頭から足先まで隙間なく巻き付けられ、しっかりと密封された。中で暴れている様子で、僅かに跳ねてはいるが、ドミンが外に出てくる心配はなさそうだ。
「ふぅ、何とか閉じ込められたか。そうだ、カロメ!」
エリックは、傷だらけのカロメの元に向かった。彼は意識を失い、肌は蒼白になっている。辛うじて呼吸はしているが、身体は力無くぐったりしている。
「これはまずい……。森の恩恵」
エリックは素早く回復魔法をかけた。カロメが淡い緑の光に包まれると、傷が塞がれ、徐々に顔色も良くなっていった。
エリックの使う森林魔法は、元々回復・補助系がメインの魔法だ。治癒能力の高い回復魔法も彼の得意分野なのだ。
「よし、何とか命は繋ぎ止められそうだ。……ん?そうだ、キマイラは倒せたのか?」
「はい。ちょうど倒せたところです。後は私が引き継ぎましょう」
エリックは、近付いてきた存在に気付き振り返った。そこに立っていたのは、ドミンが出現させたキマイラと戦闘中だった、彼の部下だった。
キマイラは強力だったが、エリックに鍛えられた直属の部下達が遅れを取ることはなかった。アイシャが、ドミンを 鉄の処女に閉じ込めた頃……彼女たちの後方ではキマイラも強力な魔法により、倒されていた。
「助かる。お前は引き続き回復魔法をかけてやってくれ」
「分かりました」
エリックは部下にカロメを託すと、立ち上がった。彼が周囲を見渡すと、生き残った数名の紫の魔道士が集まってきている。
満身創痍の者も多い。彼らは魔人達の激しい攻撃に耐え切り、瓦礫の中から這い出してきたのだ。彼らの姿を見て、エリックは顔を綻ばせた。
「おお、生きていたか!……アイシャ、このドミンという魔人は任せた。呪符で封印を施しておいてくれ」
「分かったわ。こいつ……しぶといわね」
アイシャは、まだ時折跳ねる鉄の人形に近付いて呪符を取り出した。魔人を封印する為の呪符は、セイントから配布されていた。彼は、何処かの場面で魔人が襲来してくると予測していたのだ。
「傷が浅い者は、俺についてこい! 残りの者は傷を癒やし、生き残りがいないか捜索しろ」
「……私達は団長に付き従います!」
生き残りの団員達は、傷が深い者に回復魔法をかけ始めた。軽症の2人の魔導士は、エリックの元へ駆け寄った。
「うぇ~~ん!」
「……サナーー!どこにいる?」
エリック達の元には、何処からか子供の泣き声や誰かを捜す声も聞こえてくる。
魔人の急襲により、ダマスクの街は崩壊し、砂煙が立ち込めている。周囲の建物の一部は吹き飛んで、砕石と木片の山となった。家財道具や玩具に至るまで散乱しており、呆然と立ち尽くす住民の姿もある。
紫の魔導師達だけではなく、街の住民達も数多く犠牲になっているようだ。
「仲間を、罪なき住民達を………許さんぞ!」
エリックは惨劇の光景に激昂し、魔人ガイムが向かった洞窟の方向へと駆け出した。2人の団員も彼の後を追従する。
______その頃、魔人ガイムは魔竜の洞窟の前まで来ていた。ダマスク地区の洞窟は、地下でガアル地区とドアラ地区の洞窟に繋がっている。その巨大な規模の地下洞窟の何処かには、魔竜が潜んでいる。
「な、なんだお前は?」
「おい、もしかして………魔人じゃないか!?」
洞窟の入口を警備していたダマスク地区の騎士十数名が、急に現れたガイムの姿と巨体に驚愕した。その威圧感のある出で立ちに、騎士達は緊張で体を強張らせた。
ガイムは騎士達を見下しながら、洞窟に近づいていく。
「くそっ通すか! ……たぁぁぁ!」
「……邪魔だ。どけ」
数名の騎士が意を決して突撃した。ガイムが右手を前に翳すと、その掌に巨大な棍棒が現れた。騎士達は突撃した勢いのまま、青い魔人の身体に槍を突き立てたが、びくともしない。
ガイムが棍棒を横に薙ぎ払うと、一気に3人の上半身が宙に舞った。血を撒き散らしながら空中を飛んで、地面に落ちた。
「え?……ちょ……」
「ふんっ!」
残る眼前の騎士達に向け、ガイムはもう一振り棍棒を打ち振るう。血飛沫と共に、突撃した騎士は全滅した。洞窟の前に立つ騎士達は、同僚の命が造作なく肉塊となった光景に慄然とした。しかし、彼等は覚悟を決めて剣を構える。
「くそっ、私はダマスクの誇りある騎士だ!!」
騎士達は洞窟を死守すべく、近付いてくるガイムと交戦を始めたが、彼らの勇気は血溜まりへと化していく。あっという間に、数名の屍体が地面に並んだ。
最後の騎士は堪らず逃げ出そうとしたが、後から頭を握り潰された。首から下の体躯は、そのまま力無く地面に落ちた。
「おいおい、逃げるなよ。白けるだろ。誇りがある者の方が、俺は好きだぜ」
ガイムは右手から滴り落ちる血を見ながら、怪しい笑みを浮かべた。
ガイムは血溜まりを踏み越えると、洞窟の前に立った。
その入り口は、人の倍ほどあるガイムの身丈程の大きさがある。その入口の周囲は丸太で出来た柵が隙間なく地面に刺さり、外部からの侵入を防いでいる。それに加え、周りの地面には結界石が埋められている。
「さて、これが魔竜がいる洞窟か……封印に綻びがあるとヴァールが言っていたな」
ガイム達が、ダマスク地区の洞窟を狙ったのには理由があった。この地区の封印だけ、セイント作の結界ではなかったのだ。封印には僅かな綻びが存在していた。
ガイムの仲間である魔人ヴァールは、数週前からダマスク地区に訪れて調査をしていた。その時、紫の魔導士が、街に滞在している事にもヴァールは気付いた。それが、今回の襲撃に繋がったのだ。
「ん?ここか……」
ガイムは、背を縮めながら封印の状態を確かめていく。すると、等間隔で置かれている緑の結界石の1つに僅かなひび割れを見つけた。
ガイムは腰の袋から、魔術符を数枚取り出した。魔術符にはルセル卿の魔力が込められており、結界石を壊す力が込められている。ガイムは魔術符を選び、結界石へと手を伸ばした。
……その時、ガイムの後方の森から人影が飛び出してきた。
「樹枝の槍!!」
ガイムに追い付いたエリックは、後方から攻撃をいきなり仕掛けた。緑に光る木樹の槍が複数飛び出し、ガイムを襲う。
エリックの背後には2人の紫の魔導師達が続く。3人は、森を駈け抜けてきた勢いに任せて、そのまま魔人との戦いに突入した。
「ちっ……ドミンの奴、しくじったか!」
鋭く風を切って向かってきた尖鋭な槍を、ガイムは片手ではね除ける。だが、その内3本の槍が魔人の胸に突き刺さった。後続の紫の魔導師達の団員達も、攻撃を仕掛ける。
「フロガ!」 「ブロンテ!」
2人は炎と雷の魔法を同時に繰り出し、ガイムにぶつけた。紅蓮の焔に強烈な稲光が加わると、強烈な轟音と爆煙が魔人を包んだ。
「痛ぇだろ!」
しかし、すぐにその爆煙を突き抜けて出現した巨駆は、炎の魔法を放った魔導士に襲いかかった。あっという間に距離を詰められた団員は、瞬時に魔法障壁でガードした。しかし、棍棒での強烈な一撃は、その障壁を容易く突き破り、団員を吹き飛ばした。
「あ………が……」
その団員は地面に伏して悶えている。片手があらぬ方向に折れて、口からは血を吐いている。たった一撃で、一気に戦闘不能に追いやられた。
「くそっ! ……フロイ。切り刻め!!」
エリックは沢山の笹葉を精製すると、鋭い刃に変えた。緑に輝く小さな鋭刃が、無数にガイムへ襲いかかる。
ガイムは体を丸め防御の姿勢をとる。無数の鋭刃は魔人の巨体に突き刺さっていく……だが傷は浅く、ガイムが丸めた体を一気に広げると、その刃は跳ね飛ばされた。
「邪魔をするな」
ガイムの目は暗赤色に光り、エリックに襲いかかる。その疾風迅雷の如き速度に、彼は対応が遅れた。
「なっ!? クラド!」
強烈な一撃に耐えるため、木の枝を折り重ねて弾力のある網を咄嗟に精製した。木製の網が、エリックの眼前に広がる。
だがガイムの強烈な一撃は、それを突き破る。網がクッションとなり威力は弱められたが、そのままエリックは森の奥へ弾き飛ばされた。
エリックは、森の木々を折りながら吹き飛ばされた後、勢いよく大木の幹に叩きつけられた。彼は余りの衝撃に暫く呼吸が出来なかった。
「ぐはぁっ……くっ」
体中に切り傷が出き、肋骨も折れている。彼は悶えながらも、冷静に意識を保つ。エリックは自分に回復魔法をかけながら立ち上がると、吹き飛ばされた方向へと歩き出した。
エリックが吹き飛ばされた瞬間、1人残された紫の魔導師達の団員は、最大限に魔力を上げた。恐怖を打ち消すように、彼は最大出力の魔法を放つ。
「はぁぁぁ……雷の弾丸!」
紫の光に包まれた団員は、両手をガイムに向け、連続で雷光の礫を放った。無数の雷の弾丸が魔人に襲いかかる。
「くおっ!」
ガイムは、真横からの攻撃を受け、苦悶の表情を浮かべた。すぐに、体を反転させ両手を体の前に出してガードの姿勢をとった。
「はぁぁぁぁ!」
団員は、自らの魔力を出しきるように叫ぶ。
さらに雷の弾は威力を増し、その礫の大きさは拳大まで増大した。覚悟が込められた弾丸は魔人を滅っさんと、更に黒煙を上げる。焼きただれる匂いと大煙が、ガイムの周囲から立ち篭めていく。
団員が雷の弾丸を撃ち終えると、やがて煙の中からガードした姿勢のままのガイムが現れた。身体の前でクロスさせた両腕が焼け焦げている。
その腕の間から赤い目が光る。ガイムは団員を睨み付けると、一足飛びで襲いかかった。
「お前は殺す!」
「させるか!!樹枝の槍!」
強烈な棍棒の一撃が団員に届く前に、エリックが森の中から飛び出してきた。同時に、ガイムの側面から木槍を数本飛ばした。ガイムは顔を顰め、棍棒を振り回し木槍を跳ね飛ばした。その隙に、襲われていた団員は距離を取った。
「しつこい奴だ!」
「こいつは、俺が抑えておく。早く、ジルに回復魔法を!」
「分かりました」
エリックはガイムに相対すると、後方に避難した団員に指示をした。団員は頷き、地面に倒れている仲間の元へ近付いていった。
「くっくっく、お前みたいな虫けらが俺を抑えるだと?」
「紫の魔道士達を、舐めるなよ」
ガイムは嘲笑すると、棍棒を宙に向けて一振りした。その強い風圧によって土埃が派手に舞った。対峙するエリックは、翡翠色の魔力を身体中に纏わせてガイムを睨みつけた。
「威勢がいい人間じゃな」
「……ヴァール、やっと来たか?」
その時、ガイムの後方にもう1人の魔人が地上に降り立った。小柄な老人の風貌をしたヴァールだ。背は曲がっており、吊り上がった大きな目と尖った耳をしている。その黄土色の肌は皺だらけだ。
ガイムはヴァールに目を向け、ニヤリと怪しく微笑んだ。
「結界の破壊はわしに任せろ。早く、そいつを殺せ」
「だ、そうだ。覚悟はいいか?虫けら」
「く……命に替えても、お前達は倒す!!」
ガイムの余裕の笑みに、エリックは決死の覚悟で答えた。
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