カルディア大陸編17 ダマスクの攻防
______ダマクス地区では、既に戦いが始まっていた。鈍色の石を積み上げられた建物は複数倒壊し、旭日の斜光がその輪郭を際立たせる。粉塵が辺りを包み、崩れ落ちた砕石の山中から微かな呻き声が漏れている。
朝焼けに染まる地からは、所々黒煙が上がっており、何人もの住民が生き埋めになっている様子だ。ダマスク地区の騎士団員が数名駆けつけ、救助作業を始めている。
その裏側では、激しい戦闘が繰り広げられていた。
「アイシャ! 援護しろ! 俺が突っ込む」
紫の魔導師達の団長エリックの周りには、鋭く槍の形状をした数本の木棒が、緑の光を放って浮いている。
エリックの目線の先にいる魔人は、不気味なほどに細い手足をして、骸骨のような顔をしている。薄皮で覆われた肌は赤黒い。2本の角を持つ小柄な魔人だ。
「樹枝の槍!!」
その魔人に向かって、エリックは、何本も連続して木槍を打ち込む。物凄いスピードで放たれた木槍は、緑色に発光して残光の線を残しながら、赤の魔人に襲いかかる。
「魔人を縛る趣味はないけどね……魅惑の錠!」
タイミングを合わせてアイシャが、身体と精神の自由を奪う魔法を唱える。魔人の手足目掛けて薄紅色の魔力が飛ぶ。ぶつかると眩く発光した後、その手足は金属の錠で縛られた。
身動きが出来ない魔人に、エリックの放った木槍が連続して突き立てられる。その体躯を6本の木槍が貫くと、後方へと吹き飛んだ。
「うぎぃぁぁぁぁぁぁ!!」
魔人は、気味の悪い叫び声を上げ倒れた。
ピクリとも動かない。
「……やったか?」
エリックは、訝しげな表情で倒れた魔物を観察した。微動だにしない赤の魔人に、胸を撫で下ろす。漸く倒せたか、と安堵の息を彼が吐いた……その時。
「何を遊んでる? ドミン」
エリックの後ろから、もう1人の大柄な魔人が姿を現した。背後から感じたその強大な魔力に、反射的にエリックは距離をとった。
「………もー邪魔しないでよ、ガイム。人間に倒されかけた魔人が、秘めた力で逆襲を開始するって筋書きだったのに」
ドミンと呼ばれた赤の魔人は、ゆっくりと起き上がった。突き刺さった木槍を何事もなかったように、自らの体躯から引き抜いた。その刺されて穴が開いた部分は、黒い蒸気を上げながら修復されていく。
「相変わらず、めんどくさいやつだな」
「君とは意見が合わないなぁ……せっかく久しぶりに人間と殺し合うんだから、面白く盛り上げたいでしょ」
ガイムと呼ばれた巨体を持つ青の魔人は、小柄な赤の魔人を見下ろして睨みつけた。
「くそっ、効いてないのか!?」
エリック達は、先程からドミンに攻撃を与えているのだが、素早い動きに手間取っていた。アイシャとの連携で、漸く攻撃をまともに与えられた……かと思われた。しかし、目の前の魔人は、薄ら笑いをエリック達に見せた。
_____濃紺の空に旭日が昇る頃、エリック達は寝込みを襲われる形となった。
魔人達の急襲によって、紫の魔導師達の団員数名は、一撃で絶命した。
それは予告の無い無慈悲な来襲だった。エリック達が寝泊まりしていた建物が、霧状の邪悪で黒い魔力で覆われた。
それに触れた物は、全て朽ち果てていった。建物の中で眠りについていた紫の魔導師達の団員達も、その邪悪な魔力の餌食となったのだ。
その黒き邪悪な靄に巻かれた魔導師達は、すぐに意識を失い、その体は灰のように崩れた。
その黒く……邪悪な魔力は周囲の建物にも広がり、複数の建物がものの数秒で崩壊した。罪のない民衆も巻き込まれ犠牲となった。
混乱する紫の魔導師達の団員達に、エリックは冷静に指示を出して、体勢を立て直した。
急な仲間の死を目の前にしても、動揺せず統率のある行動で迎え撃てたのは、紫の魔導師達の団長と団員の深い信頼関係があったからであろう。
急に現れた2体の魔人に対して、生き残った紫の魔導師達9名は、4名と5名に隊を分けた。
小柄な魔人に対しては、エリックとアイシャを含めた4名、大柄な魔人に対しては、カロメを中心に5名で対抗した。
小柄な魔人に対して、エリック達は善戦した。むしろ戦況はエリック達に傾き、勝負はすぐ着くかと思われた。
しかし小柄の魔人に、致命傷を与えられる一撃がなかなか決まらない。4人で四方から魔法を放つが、嘲笑うようにするりと避けられる。次第に、戦況が膠着していった。
やっと手応えのある一撃を加えられたと思った矢先、エリック達の後ろに大柄の魔人が現れたのだ。カロメ達と闘っている筈の魔人が、だ。
大柄の魔人ガイムは、鋭く赤い目を持ち濃青色の肌をしている。頭には角が2本生え、筋肉隆々の体格で人の倍近くの大きさがある。
露出の高い黒い胸当てを身につけ、背中には棺を背負っている。その迫力と滲み出るオーラはおぞましく、普通の人間ならば萎縮し動けなくなってしまうだろう。
「そろそろヴァールも来る。俺は先に行くぞ」
「おい、カロメ達はどうした?……答えろ!」
ガイムは、エリックの問いを無視して背を向けた。そして、魔竜の洞窟がある森の方向へと歩き出した。エリックは、咄嗟に両手に魔力を込め、緑に輝く木枝を出現させると、枝は檻状に膨張してガイムを捕らえた。
「ふん、こんなもので」
「な、なんて力だ……」
ガイムは、体躯を縛り上げていく枝条に手をかける。彼は二の腕を盛り上げ、力づくで拘束していた樹枝を引き剥がした。エリックは驚愕した。これまで何度も強力な魔物達を拘束してきた魔法が、簡単に破られたのだ。
「早くその鬱陶しい虫けらを殺してこい。じゃあな」
「虫けらだと? なめるな! ……ぅくっ!」
エリックがガイムを追おうと、駆け出した瞬間背中側に一気に吹き飛ばされた。分厚い石壁に罅が入る程の勢いで、後方の民家に激突した。後ろからドミンが、彼の首を掴んで投げ飛ばしたのだ。
「ぐはっ!」
「お前は僕の玩具だよ」
小柄の魔人ドミンは、殺意のこもった凶悪な目付きでエリックを睨んだ。
アイシャと他の2人の団員達は、壁に激突して倒れたエリックを庇うようにドミンの前に立った。
「まずは、このおチビさんを倒すしかないようね」
アイシャは怒りの表情でドミンを睨んだ。魔力を高め、右手を薄紅の光で包んだ。
「僕もそろそろ仕留めに掛かろうかな。はぁ、久し振りに殺せるから、もっと絶望を味合わせてやりたかったのに……ペットに手伝わせるか」
ドミンはそう言うと、地面に黒い靄を漂わせて魔方陣を出現させた。その中にゆっくりと魔物の影が現れていく……キマイラだ。獅子と山羊の頭、蛇の尾を持ったその姿は、凶悪さと獰猛さを兼ね備えている。その魔物は間髪入れず、アイシャ達に襲いかかってきた。
「1人ずつ嬲り殺しにしてやる」
「 ほんと面倒なチビね! この怪物はあんた達で何とかしなさい」
「お任せ下さい!」
アイシャは、団員2人にキマイラを任せてドミンに攻撃を仕掛ける。素早い身のこなしで跳躍すると、キマイラを飛び越えて一気に魔人に距離を詰めていく。
「痛め付けてあげるわ、これでね」
アイシャの右手には、魔力で精製した金属の鞭が現れた。ドミンに連続で鞭を打ち付ける。赤い肌から藍色の血液が飛び散り、周囲の地面が抉られる。怒濤の素早さで、間髪入れず連続して打ち振るう。魔人に反撃の隙を与えない。
アイシャは、鞭の使い手としても優秀だ。接近戦でもそれなりの剣士とも互角に戦える。ドミンは、不規則な鞭の軌道に対応が遅れた。堪らず後ろに跳んで、彼女と距離をとる。
「いったぁぁぁい。……殺す!」
「ふん、それはこっちの台詞よ」
ドミンはアイシャを睨み付け、黒く禍々しい渦を巻く魔力の塊を右手に込めた。その右手を彼女に向けると、漆黒の魔力はアイシャを飲み込むように霧状に広がっていく。
「え、ちょっと何?」
「ま、まずい……大樹の盾!」
魔法で傷を癒やしていたエリックは、慌てて立ち上がると、アイシャの眼前に分厚く巨大な真木の壁を出現させた。その樹皮は漆黒の魔力に触れ、腐り朽ちてていく。
エリックが翠緑の魔力の光で押し返すと、その黒の霧は空気中に散開して、消え去った。
「助かったわ。今の……最初襲ってきた黒い霧じゃない?」
「ああ。こいつのせいだったか……なんて邪悪な魔力なんだ。一気に勝負をかけたいな。なんとか隙を作るぞ……アイシャ、あれを頼む」
「ええ、その方が良さそうね」
エリックがアイシャに指示をだすと、彼女はすぐに意図を理解して頷いた。
「行くぞ! クラド!」
エリックは木枝を鋭く強化し、矢のようにドミンに飛ばす。が……赤の魔人は、素早く飛び回り避け切る。
「そんなの、当たらないよー」
「クソ、素早いな!!」
エリックは連撃を与えるべく、魔力を込めた木槍を作り出し、自らの体の周囲に7本浮かせた。全ての穂先は、ドミンへと向けられている。
エリックはその内の1本を手に取ると、槍を構えてドミンに向けて駆け出した。その動きに追従するように、残りの6本の木槍が付いてくる。
「おりゃあ!」
「ちっ、引っ掻いてやる!」
「ぐっ!」
エリックは槍術は得意ではない。だが、何とか隙を見出そうと飛び出したのだ。ドミンに槍を振り払うが、避けられる。赤の魔人の細腕は急激に伸び、鋭い爪でエリックを突き飛ばし、肩に深い切り傷を負わせた。
「……はぁ!喰らいなさい!!」
「うっとおしい鞭だ。こうしてやる!……死ね」
「やばい!きゃあ!!」
背中から後方に倒れたエリックを飛び越して、アイシャが鞭を振るう。しかし、ドミンは長い腕を振り回し片腕を鞭に絡めた。鞭が引っ張られる形となり、動きが止まったアイシャに向かって、ドミンは口から藍色の魔弾を数発放った。
アイシャは、魔法障壁を眼前に出したが後方へと吹き飛ばされた。
「面倒臭い奴等だね!」
「またか!大樹の盾」
体勢を立て直したエリックに向けて、ドミンは漆黒の魔力を右手から放出した。エリックは再び真木の盾を出現させ、黒い霧を防ぐ。
そして、自分の周囲に浮く残る6本の木槍に翠緑の魔力を纏わせた。そして真木の盾の上部に浮かせると、ドミンに向けて連続で発射させた。
「喰らえ!」
「!?……うぎゃ!」
黒い霧を貫いて、連続で翠緑の槍がドミンを襲う。不意を突かれた赤の魔人は、前方上空から鋭角に降ってきた槍に貫かれた。
「よし、スポロス!!」
「ぬぅ……くそっ」
エリックは、黒い霧が薄れたの同時にドミンの足元に向けて種を投げた。種はすぐに発芽するとドミンの足元から蔦が巻き付いていく。
「ちっ、面倒だな。があ!」
「何だと?」
ドミンは半分千切れかけている胴体を自ら完全に引き千切ると、上半身のみの状態で上空へ逃げた。
「思ったよりやるな!ちょっと回復させてもらう」
「くそっ、逃がさん」
「奈落の弾丸!!」
ドミンは、エリック達を背にして逃げ出した。その様子を見て、咄嗟にアイシャは鉄の弾丸を創造して、連射させる。薄紅の魔力を纏う鉛が鋭く飛び、ドミンの身体を貫く。すると、赤肌を持つ上半身は空中をふらつきながら落下した。
「があ!……くそっ、調子に乗るな!!」
赤い魔人は地面に叩きつけられると、激怒した表情でエリック達を睨みつけた。そして、再び宙に浮き、口から藍色の魔弾を発射した。強烈な魔力の藍色の光がアイシャを襲った。
エリックは、彼女を庇うように魔法障壁で受けたが、2人は後方に弾き飛ばされた。
「ふぅ……くそっ魔力が尽きそうだ。最初でかなり消費したせいか……やばいな」
「ま、待て……」
ドミンは、再び空中を漂いながらその場を離れていく。襲撃時に大規模な魔力で、建物を破壊し続けたドミンは、魔力の消費量が増え過ぎて動きが鈍ってきている。一度、撤退して回復を図るつもりだ。
肩から血を流すエリックは、逃すまいと慌てて立ち上がった。だが、攻撃で跳ね飛ばされたせいで、ドミンとは少し距離が離れてしまっている。
「逃がすわけにはいかん!!」
エリックは、地面からゆっくり離れていくドミンの背中を追った。




