地球編18 魔力研究所
俺達はロンに連れられて、長い通路を進む。黒い金属製の壁に、緑の細い光が奥まで続く。天井には、白い間接照明が明るく照らされている。突き当たりまで進むと、エレベーターの扉らしき物が見えてきた。
扉の前には、黒い金属製のゲートがある。駅の改札口のような造りで、人1人通る程度の幅だ。ゲートの両脇に警備兵らしき男が2人立っており、肩にライフルが掛けられている。多分、本物の銃だ……ちょっと怖いな。
「ここを通りたいのだが」
「これは……ロン様。後の2人は?」
ロンが警備兵に話し掛けると、男達は右手を額に当て敬礼の姿勢を取った。そして怪訝な面持ちで、俺とエヴァンを眺めた。
「新たな候補者達だ。カリム様に通行の許可はとってある」
「ふむ、そうですか? ……では、どうぞ」
2人の警備兵は、顔を見合わせて頷き合うと、ゲートの通路脇に立つ縦長の黒い台を指差した。読み取り用と思われるパネルが設置されている。
ロンは警備兵に促されて、そのパネルに右手をかざした。
パネルから赤いレーザー光が複数出てくると、ロンの右手の型を取るように立体的にスキャンしていく。そしてパネルが青く光ると、ゲートの上部に、“Authentication”の表示が出た。
すると、ゲートの縁がエメラルド色に光った。続けて、塞いでいたフラップドアが左右に機械音と共に台に収納されていく。
「2人とも先に入れ」
「お……おう」
「先、行くね」
ロンに先に行くよう促され、俺とエヴァンはゲートを足早に通り抜けた。俺達がエレベーターの前に行くと、自動で左右に扉は開いた。
中に入ると、階数の表示もない無機質な空間が上部からの照明で照らされていた。6名ほどが乗れる大きさの白い空間だ。ロンが乗り終わると、扉が閉まり自動で動き出した。
エレベーターは数分間降り続けた後、静かに止まった。結構地下まで降りた気がする。扉が開くと、そこは薄暗い場所だった。
「ここから先は、“沈黙の契約”がかけられてない者は立ち入れない。念の為確認するが、お前達は問題ないな?」
「ああ……俺達は大丈夫だな」
「そうだね」
ロンは先に降りて、俺達の方へ振り返る。そして、深刻そうな口調で尋ねてきた。俺達はあの“夢”を見た時点で、カリム様から“沈黙の契約”をかけられているらしい。エレベーターを降りると、薄暗い空間に目を凝らした。ん?左右に何かいる……。
「何だ……巨人!?」
「“沈黙の契約”が無い者が、この足元のラインを越えると、単眼の巨兵が襲いかかってくる」
「ま……マジかよ」
隣からエヴァンの唾を飲む音が聞こえた。奥の扉に続く両サイドに、左右1体ずつ巨人の像が立っている。俺達の3倍程の大きさはありそうだ。顔の中央には、単眼の大きな瞳がある。RPGに出てくる皮の鎧のような物を身に着け、巨大な金槌を肩に背負っている。
呼吸もしてなさそうだし、銅像のように見えるけど、よく冒険映画であるように……急に動き出して襲ってくるパターンなんだろうか?
「では、安心して付いてこい」
「本当に大丈夫かよ……」
「いやー、これは怖いね」
俺とエヴァンは、恐る恐る一歩踏み出した。左右の像は微動だにしない。ロンは何も気にしない様子で、先導していく。俺達は、彼の背後から距離が離れないように付いていった。
「この化け物の像……本当に生きてるのか?」
「ね。こんなのに襲われたら、一溜まりもないよ」
俺達は、左右を警戒するように見回しながら前に進む。暫く歩くと、ロンが立ち止まるった。気付けば、目の前には大きな門が聳え立っていた。5mくらい高さがありそうな、黒い金属製の重厚な門だ。
中央に丸く白い玉が埋め込まれていて、それを中心に鷲が羽を閉じたような模様が、門には彫られている。彫りに沿って金色に塗られた鷲の姿が薄明かりに反射して、僅かに煌めいている。
「凄い……巨大な鷲だ」
「この先に見せたいものがある。では、開くぞ……アニクス」
ロンは門の中央に立つと両手を前に突き出した。呪文を唱えるような感じで、謎の言葉を呟いた。
ロンの手先が緑に光ったかと思うと、中央の玉も呼応するように翡翠色に光って反応した。更に鷲の金色の模様が眩く光を放つ。その煌めく光が俺達を包み込むと、ゆっくりと低音を響かせながら門が開いていった。
「こりゃ凄ぇな……」
「うん、ここにも魔法の扉があったね」
NY支部の地下にも似たような門があった。でもこっちの方が規模がデカい。ロンが先に門の中へと足を踏み入れると、俺とエヴァンも恐る恐る門の中へと入っていった。
「おおっ!」
「何だこりゃっ!!」
俺とエヴァンは目に飛び込んだ物体の迫力に、驚愕の声をあげた。思った以上に大きな空間が広がっていて、それは天井に向かって聳え立っている。
その物体は、大きな盾が楕円形に丸く膨らんだような形をしていた。大きさは10階建てのビル程はありそうだ。楕円の形を保ったまま円柱状に縦に長く伸びていて、下部だけ円錐が逆になったように尖っている。
表面は、網目状に美しく装飾された金属と磨硝子のような素材が組合わさっている。硝子の表面からは中身が所々透けて見える。中には、緑の光を放つ煙が充満していて、蠢くように漂う。
まるで生きているかのように、定期的にその蠢く光はゆったりと点滅を繰り返している。
よく見ると、紋章を型取った形をした表面の金属には、見たことのない文字がびっしり刻まれている。
「凄い!………何これ?」
俺は目の前の巨大な物体を見上げながら、ロンに尋ねた。今まで、驚く事ばっかだったけど……これは桁違いだな。圧倒的な存在感に肌が粟立つ。
「魔力の蔵だ。千年間、ずっと魔力を溜め続けている蔵だ」
「は、千年?……これ、そんな前からあるのかよ」
ロンが答えると、エヴァンは魔力の蔵と呼ばれた物体を、唖然とした表情で眺めながら呟いた。
巨大で異様な存在感を放つそれに圧倒され、俺も唾を飲んだ。それに、何か強烈な力を肌で感じる。……何だろう?この感覚は。
「あぁ、そうだ。地球の管理者達はこの魔力の蔵の管理を、長年受け継いできたのだ」
「ま、魔力の蔵か。こんなのが千年前に作られたの?……信じられないな」
「まぁ、地球の技術で作られたものではないからな。元々は地上にあったらしいが、文明の発達によりここに移されたのだ」
「そうなんだ……。そう言えば、魔力を溜めてるって言ってたよね?」
蔵の中で緑に光る煙が、気紛れに漂う。それを目で追いながら、俺はロンに尋ねた。
「ああ。さっきの話の続きにもなるが、私の星がエラドに滅ぼされた後、カリム様は悩まれた。……『今のままではエラドを倒すのが無理だ』と感じたのだろう」
ロンはそのまま話を続ける。
「そして、賢者達と共に、試行錯誤をしている中で……運命を司る魔導士が現れた。彼の予言により、エラドを倒す為の計画が始動する事になった」
「え……それって、もしかしてノアさん?」
「ああ、そうだ。……彼を知っているという事は、お前はもう能力に目覚めたのか?」
「うん。自分でもよく分からないけど……別の世界と繋がれるんだ」
本当に、ノアさんの予言から始まってるのか。地球にこんな物まで造るなんて、途轍もなく大きな計画なんだろうな。隣でエヴァンは、興味深そうに俺達の話を聞いている。
「そうか、順調で安心した。では……話を戻すぞ。その計画の中で、エラドを倒す為に必要な魔力を溜める決断が下された」
「倒すのに必要な魔力……?」
「お前が記憶の中で見た通り、前回エラドを倒しきれなかったのは……単純に攻撃力が足りなかったのも一因だ」
「ああ、確かに総攻撃しても……倒せなかったよね」
俺は、さっきアルテラの記憶で見た映像を思い返した。ダメージは与えてたけど、倒し切れる感じではなかった。あんなの……どうやって倒すのか、想像出来なかった。
「そうだ。それで……エラドを倒せると思われる量を保持する為、この蔵に魔力を長年溜め続けているのだ」
「ふぅ…………大層な話だな。部分的に内容がよく分からなかったが……千年も溜め続けなきゃいけない程なのか?」
「ま……実際、どの程度必要かは謎ではある。多すぎても困る事はないからな。それに、新鮮な魔力を定期的に追加して循環させないと、質が劣化してしまうのだ」
「ふーん。……ん?この魔力は、どうやって溜めてるんだ?」
黙っていたエヴァンは、余りの事実を整理しきれないのか……首を横に振った後、大きく息を吐いた。そして真剣な表情のまま魔力の蔵に再度目をやると、ロンに質問を投げかけた。
「魔力は、別の星から送られてきている」
「え、別の星って……」
「あら、 ロンじゃない。あなたが案内してるの?その人達が、候補者でしょ?」
俺がロンに尋ねようとした時、背後から女性の声がした。
そこには、愛嬌がある笑顔をした女の人が立っていた。赤毛の髪が後ろで一つ結びにしてあり、眼鏡を掛け、長い白衣を羽織った研究員の様な風貌をしている。彼女の右手には、タブレットのようなものが抱えられている。
「あぁ、ミレナか。その通りだ」
「やっぱり!あなた達、地上では有名人みたいね? 初めまして、ミレナよ」
ロンは、ミレナという女の人の方を振り向いて答えた。彼女は明るい声で挨拶すると、俺達を興味深げにまじまじと見ている。
「俺はコウ。こっちはエヴァンだ」
「よろしくな。そうだ、有名人だぜ。俺の事、知ってるだろ?」
「ごめん、どっちも知らないわ」
「おいおい、俺のこと知らないのか? アメリカでは有名なスーパースターなんだぜ」
ミレナは悪気がない様子で答えると、エヴァンは呆れたように肩をすくめた。でも確かに、彼は世界的に知名度は高いから、知ってても良さそうだけどな。
「私は、この魔力の蔵とずっと一緒に暮らしてるのよ。他の事あんまり興味ないのよねー。ふふふ」
「ミレナは、ここの研究所長だ。ここは、魔力研究所と呼ばれている。魔力の効率化の研究が長年に渡り行われている」
ミレナは愛しそうな眼差しで、魔力の蔵を見つめた。その隣に立つロンは、彼女について補足説明をしてくれた。魔力研究所……やっぱ、研究もしてるんだ?
「でもさ、この膨大な魔力をどうやって使うの?」
「ま、簡単に言えば……この魔力を込めた弾丸を、賢者が撃ち出す感じかな」
「え、賢者が?」
「そうよ。この膨大な魔力をコントロール可能なのは、賢者だけだから」
「え、そうなんだ?」
「管理者の力じゃ、この膨大な魔力を使いこなせないわ」
ミレナは、魔力の蔵を見つめながら話した。そっか……賢者には、そういう役割もあるって事か。
「はぁ……責任重大だね」
「そうよ。でも、あなたが担当するのかどうかは、まだ分からないけどね。でも、膨大な量の魔力をコントロールする修行は絶対させられるはずよ」
「え、修行か……やっぱりそういうのもあるよね」
俺はその責任の重さを改めて感じて、心が重くなった。修行かぁ……ギターの練習は凄くした事あるけど、部活動もした事ないから不安だな。
「当然よ。だって、まだ試練も終わってないんでしょ? これから、頑張ってもらわないと」
「いや、俺……まだ賢者になるって決めてないんだよ」
「え~!!何で?世界の平和を守るんだ!って、ならないの?」
俺は返答に困って頭を掻いた。こんなにストレートに言われると、自分に非がある気がしてしまう。……いやいや、簡単には決められないでしょ。
「おいおい、お前……そんなあっさりと決められる話じゃないだろ?賢者の責任は重過ぎるじゃねぇか」
「まぁ、そうだけど。……やらないとダメよ」
エヴァンは俺を庇うように口を挟んできた。しかし、ミレナは彼の言葉には意に介さない様子で、俺の方を向いて迫ってきた。
「そう言われても……スケールが大き過ぎて、まだ気持ちの整理がつかないしさ」
「そうだよ。そんな強引に迫るなんて勝手じゃねぇか? そもそもよ、コウが賢者になる以外の方法はないのか?」
「金色の輝きを持つ者は、貴重なの!!」
ミレナの迫力に怖気づきそうだったが、俺は言葉を返した。エヴァンは俺に援護射撃しながら、苛立った表情を浮かべてミレナを見た。負けじと彼女も言い返す。2人は顔を近付けて睨み合う。
「まぁ、他に候補者がいない訳でもない」
「!?……ちょっと、ロン!それは……」
一触即発の2人を見兼ねて、ロンが口を開いた。するとミレナは、慌てた素振りで彼に詰め寄った。
「どの道、分かることだ。コウには話しておくべきだろう」
「まぁ、そうね。…………コウ、あなたには事情を話してもいいかも。悪いけど、ロンとエヴァンは席を外して」
ロンは落ち着いた口調で諭すと、ミレナは溜息をつき、表情に影を落として大人しくなった。
「エヴァン、私が研究所を案内してやろう」
「あ、ああ。仕方ねぇ、わかったよ」
ロンは研究所の奥へと進むと、手招きした。エヴァンは収まりが付かない様子だったが、渋々ロンに連れられて通路を奥の方へと歩いていった。
2人の姿が遠くなったのを確認してから、ミレナは口を開いた。
「それじゃ、他の候補者について説明するわ」
「……それって、ダリアの子の事?」
「え、知ってたの?どこまで聞いてる?」
「いや、詳しくは全然知らないよ」
ダリアに初めて秘密を明かされた日、彼女は自分の子も賢者の候補者って言ってたのは覚えてる。でも、あの時は自分の事で頭が一杯で、事情まで聞く余裕もなかった。……確かに、気になる存在だ。
「そうなの?……じゃあ、過去の話からしましょうか」
ミレナは、覚悟を決めたように頷くと話し始めた。




